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もの書きさんに80フレーズ

それもまた事実

「どこのどいつだ?」
「……知らない」
 本当、何度これを繰り返しただろう。
「何度も聞くが、あの男は誰だ」
「何度も言うけど、名前知らないから」
 恨めしそうな顔で聞く父さんに、そ知らぬ顔であたしは返す。
 でも、嘘は言ってない。互いに名乗っていないんだから。
 あの土手で二人並んで日向ぼっこをした。
 ただ、あまりにも気持ちよかったというか、のんびりしたというか。
 そのせいで帰るのが結構遅くなっちゃった。
 暗くて危ないからって近所まであの人が送ってくれて。
 父さんがそれを見ていたのが一番の問題。
 ため息つきつつ、さっさと靴を履く。付き合ってたら遅刻しちゃうし。
「きちんと紹介することもできないなんて、そんな相手は許さんぞ」
「だから全然そういうのじゃないから」
「大体お前は」
「いってきます」
 まだ何か言ってる父さんを無視して、あたしは学校に向かった。

「で。どこの誰子ちゃんだ?」
「さぁ」
 だって名前聞いてないし。
 そう付け加えると、エドは思いっきり肩を落とした。
「だーもうっ 信じらんねぇ。何で名前くらいきかねぇんだよ」
「自分が名乗ってないのに失礼だろ?」
「名乗りゃいいだけの話だろ」
 せっかくの出会いをとかまたぶつぶつ言ってる。
「でも、めずらしいですわね。にーさまの『充電時間』に付き合える方なんて」
「うんそうかもね」
「だからこそ名前聞いとけっていったんだ」
 軽く私を小突きつつ、やっぱりエドがぶつぶつ言う。
「お前に付き合えるくらいだから、落ち着いた女性なんだろ?
 そしたら俺に紹介」
「小母様がいくらでも世話してくださいますわよ」
「いらん事言うなエリィ」
 エドは嬉しそうな顔から一転、エリィをにらみつけるけど。遊ばれてるよ?
「で、どんな人なんだ?」
「黒髪の綺麗な、可愛らしい子だったよ?」
 返事に、なぜか黙り込む二人。
 何か変なこと言ったかな?
「それってつまり、年下?」
「だと思うよ。いくら桜月人が童顔って言っても」
 こくんと首を傾げて言うと、やっぱりエドは怒った。
「どうして聞いておかなかったんだ!!」
「名乗ってないのに失礼だから」
「にーさまにそういうこと言っても無理ですわ。エド」
 それはどういう意味なのかな、エリィ?
「でも、『彼女』をみつけて」
 ポツリとエリィはつぶやいて品のよろしくない笑みを浮かべる。
 一方エドは呟きが聞こえたのか、難しい顔。
「にーさまに春を運んであげますわ!」
「後処理しないとなぁ」
 表情も内容も正反対のことを言う二人。
 互いにそれに気づいて、またすぐに口げんか始めてるけど。

 追求者は父さんだけだと思っていたのが間違いだった。
「で、どんな人なの?」
「だから文香。名前も知らないんだって」
「それが何の不利になるの? 素敵じゃない。名前も知らず恋に落ちる二人!」
「……文香。どんな景色が見えてるのよ?」

「一目合ったその日から、恋の花が咲くことだって十分ありますもの!
 エドは黙ってらして!」
「黙ってられるか! 俺は一応こいつの『盾』だぞ?!
 そんじょそこらの小娘が『ウチ』にふさわしい訳ないだろ」
「まああ! なんて言い方でしょう!!
 血筋でそうやって判断するなんて、見損ないましたわ!」
「エド、エリィも。お茶が冷めちゃうよ?」

 本当に、勝手に盛り上がるこの人たち。
 何とかならないものだろうか?

周りからの詮索はひどいけど、本人たちにとってはどうしてコレで盛り上がる?
むしろ周りがおだてるからだんだん気になってくるんでしょうか。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/