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空の在り処

よくあること

 聞こえちゃいけない声が聞こえた。
 ぎぎぎっと、からくりのようにぎこちなく顔を動かして、出所を確認する。上司に呼ばれてきた部屋で、適当に詰まれた荷物の山の中、声の主はどこにいるのか分からない。
 空耳……? 最近疲れてるからなぁ。
 そう言い聞かせたところに。
「だぁっ」
 間違えようも無い、赤子の声が聞こえた。
「ひめさまッ?!」
 慌てて呼びかけるものの、無論赤子の姫が答えられるはずも無く、楽しそうな声を頼りにそちらに進むばかり。
 邪魔な本をどけて視界を確保すれば、隙間からかすかに白銀の髪がちらちら見えた。
 とりあえず見つけてほっとしたのもつかの間。
「あうーっ まっ」
 まだまだちいさなみどり児が、精一杯に手を伸ばして掴もうとしているのは。
「なりませんーっ」
 障害を飛び越え、慌てて赤子を抱きかかえる。
 びっくりしたのか機嫌を損ねたのか、小さな姫は大音量で泣き始める。
 その泣き声につられて駆けつけてきたのは。

「何をしているんだ! 妹が泣いてるじゃないか!!」
 真っ先に駆けつけたのは、我が上司・麦の君こと兄馬鹿二号。
「よく泣くのは元気な証拠ですよ。
 ほらほら姫様、たかいたかーい」
「な・ん・で・泣いてるんだと聞いてるんだ!!」
 があと吠えられれば、やっぱり説明するしかないか。
 機嫌を直したのか、きゃっきゃっと笑う姫様をよく見えるように抱えなおして報告する。
「姫様が短刀に触れようとしてらしたから、お止めしたまでです」
「よくやった。
 まったく妹はお転婆さんだなぁ」
 一転してでれでれした顔になって、麦の君は末姫様に手を伸ばそうとするが、渡す訳にはいかない。
 大袈裟に身を引いてみせると、案の定ムッとされる。
「なんだ眞珠(またま)。妹を寄越しなさい」
「麦の君は御公務がおありでしょう? わたくしが責任もってお送りいたします。
 どうして姫様がお部屋と違う建物におられるのか存じませんけど」
 にっこり笑って付け足せば、刹那麦の君の瞳がゆれる。
 まったく。
 いくら妹君がかわいいとはいえ、仕事場にまでつれてくるか。
 しかも……今回が初めてじゃないのが始末に終えない。
 それではと軽く礼をして、姫君をお部屋にお連れした。

正告(まさつぐ)……覚悟は出来てるだろうな?」
「何の覚悟ですか!」
「末姫を泣かせた罪、如何程のものか思い知れ!!」
「その大切な妹姫が大怪我されるとこだったんですよ!」
 すぐさま飛んできそうな槍の勢いに、此方も必死に言い返す。
「大怪我?」
「そうですよっ 姫はアレに触れようとしてたんですよ!?
 風の君の大太刀に! お止めしなければ大変な事になってたでしょう?!」
 叫ぶ勢いそのままに言い募れば、ひとまず槍が放たれる事は無かった。
「アレに触ろうとしてたのか……もっと整理しておくべきだったな」
 むぅと唸る風の君に、ようやく息をつく。
 ああ……生きた心地がしなかった。
 末姫様の小さな手がぺちぺちと頬を叩いてくる。
 なんか労われてるみたいだな。
「じゃあ、私はこれで」
「ちょっと待て正告。末姫を連れてどこへ行く」
「能登か一実(ひとみ)殿をお呼びして、姫をお部屋にお連れしますよ」
「しかしだな」
 答えの分かりきった事を聞いてくるのは、無論姫を手放したくないからだろう。
 とはいえ、ここで見逃したりなんかしたら後々大変な事になる。
 風の君は上司だけど、だからといって見逃せない。
「にしても、どうして姫はこんなところにおられたんでしょうねえ」
 聞こえよがしに呟けば、風の君の動きが止まったのが見えた。
 まったく。
 いくら妹姫可愛さとはいえ、仕事場にまでつれてくるか。
 むしろここにはさっきみたいな武器があって危ないって言うのに。
 おまけに、何も今回が初めてじゃないっていうのが始末に終えない。
 それではと軽く礼をして、姫君をお部屋にお連れするべくその場を去った。

「どうしたのですか」
 落ち着いたその声音に、此方もようやく落ち着きを取り戻す。
「昴」
「どうかしたのですか?」
 問いかけは私ではなく、私の腕の中でしゃっくりあげる妹姫に対してのもの。
 怒ってるんだろう。むちゃくちゃに振り回される小さな手は、容赦ない攻撃を私にくれる。
 それでも、止めなきゃいけないことだってある。
 説明を求める昴の視線に、仕方なく重い口を開く。
「その……勾玉をお口に入れられてましたので」
「まあ」
 先ほど引っ手繰った勾玉は、姫のよだれでべとべと。それは洗えばいいだけの話だけど……もし飲み込んでしまったらと考えるだけで恐ろしい。
「本当に仕方の無い子ですね」
 呆れた調子は言葉の上だけ。
 愛しくてたまらない様子で昴は姫の頭を撫でられて、私に姫をお部屋にお連れするよう命じられる。
 まだむずがる姫を抱き上げて退室し、廊下まで来てふと思う。
「姫。どうしてこんなところにおられたんです?」
 こつんと額をあわせてみても、不機嫌ですと言わんばかりに唸られる。
 昴が公務を行われる部屋は、姫のお部屋から離れているのに。
 そういえば、今回が初めてじゃないけど。
 腑に落ちないけど、姫のご機嫌をこれ以上悪くする前に、お部屋へと向かった。

赤ちゃんから目を離してはいけません。いろんな意味で(笑)
可愛いからとつれてきたものは良いものの、仕事をしてたら存在を忘れたり、放っておかれたから勝手に遊んだり。妹が最初に話す言葉を自分が教える! と決意している姉兄ズ。
そんなこんなでいたちごっこは当分続きます。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/