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月の行方

【第七話 時代は繰り返す】 1.あなたはだぁれ?

「そっち行ったぞ!」
「分かってるっ」
 ユーラの声にノクスが応える。
 手にした剣はもうとっくになじんでいて、自分の意のままに操れる。
 あせることなく敵の動きを見極める。
 そう――敵。
 しょっちゅうという訳でもないが、旅をするにはかなりの危険が付きまとう。
 例えば狼などの猛獣。追いはぎたち。そして一番厄介なのが魔物たち。
 これがいつからこの世界にいるかなんて知らないけれど、それでも襲われたなら応戦するしかない。
 二ヶ月を過ぎた頃には大分チームワークが取れるようになってきた。
 ノクスとて、かつてのように震えることなく敵に立ち向かえている。
 ……その『慣れ』は、怖い事だと分かってはいるけれど。
 今回みたいにたくさんの魔物に襲われた時などにはこの人数がありがたい。
 ユリウスは的確な指示を出してくれるし、ユーラだってそこそこ戦える。
 それに何より、全体的なフォローをポーラが一手に引き受けてくれる。
 三人でチームワークが取れてたところに後から入ることになったノクスは、しばらく戸惑う事があった。先陣を突っ切るタイプじゃあないが、前衛がこうも多くてもと思うし、かといって後衛に徹しきるほどではない。
 剣はそこそこ魔法もそこそこの自分はまさに器用貧乏。
 結局は後衛のポーラからあまり離れない位置で向かってくる敵を討ちつつ、時折魔法で他をフォローするという立場に落ち着いた。
 魔法使いというのは狙われやすい。
 魔法はとても強力なものだが、それを扱うには一にも二にも集中する事が必要。
 最初こそポーラのそばにノクスがいることに不満を漏らしたユーラだったが、戦いとなるとどうしても先陣を切りたくなるらしく諦めがついたらしい。むしろ最近は後顧の憂いはなくなったとばかりにそれはそれは嬉しそうに敵に向かっていく。
 ユリウスの手によって最後の一体が切り伏せられた。
「皆無事か?」
「もちろんっ」
「ああ」
 ユリウスの問いかけにユーラが元気よく返し、ノクスも頷く。
 このパーティに入ってから戦いで怪我などほとんどした事がない。
 それはひとえにポーラのお陰と言って良いだろう。
 回復魔法はからっきしだが、彼女は防御魔法に特に優れていた。
 今回だってカマキリに似た魔物によって足に攻撃を食らったものの、傷はおろか布も少しも斬られていない。
 敵の姿を認めたときに、あらかじめ彼女が防御魔法を使ってくれていたから。
 防御魔法じゃ敵わないなと思う。
 魔法で出来た穴とかを避けてこちらに戻ってくる親子の姿を認めて、ノクスは魔物たちに目を向ける。
 カマキリやテントウムシ等、虫に似た魔物たち。
 この辺りは魔物が多いんだろうか? 半日で六回も襲われるだなんて。
 以前この国をイアロスと旅したことはあるが、こんなに魔物は出ただろうか?
「にしても……こんなに居たか? 魔物」
「え? そう?」
 問いかけにポーラはきょとんとした顔で問い返す。
「遭遇率高いんじゃねーか?」
「そうかな?」
 ポーラは何も不思議に思わなかったらしい。
 むしろそういうことが気になるのか、みたいな視線を向けてくる。
 口にはしないけれどちょっと思った嫌な事。
 これ、関係してないよな……?
 知らず左手をきつく握り締める。
「ノクス? どこか、痛いの?」
 心配そうな声に慌てて答える。
「いや、なんでもない」
 そう言ったにもかかわらず、ポーラはどこか気遣わしげな顔でじっと見つめてくる。
 自分はそんなに深刻な顔をしていたんだろうか?
 そんな風に思っていると、小さな悲鳴とユリウスの切羽詰った声が聞こえた。
「ユーラッ」
 目に入ったのは赤い色。
 座り込んだユーラと彼女のそばで転がったままの魔物。
 まだ息があったのだろうそれは、刹那の後に閃いた白刃によって今度こそ絶命した。
「ユーラっ?!」
「っつあ~。油断した……」
 力なく言う彼女の足に一筋の赤を認めて、二人は慌てて彼女に近寄る。
「大丈夫?!」
「へーきだってこのくらいの傷なら」
「コイツの爪は毒持ってんだぞ! 動くなっ」
 立ち上がろうとするユーラを慌てて抑えて、ノクスは荷物を漁る。
 傷口よりも心臓に近い場所――膝の少し下あたりをユリウスが布で強く縛って、水筒を取り出し傷口を水で洗う。
 その様子をただ、青ざめた顔でポーラは眺めていた。

 こつこつと、硬い石の廊下に靴音が響く。
 本来なら人で溢れるはずのこの通り。
 無人のそこを一人歩く、白いローブ姿のラティオ。
 どの店も、まるで何かを恐れるかのように扉が閉められている。
 この辺りは冬とはいえど、他の国に比べれば格段に暖かいというのに。
 人がこうやって閉じこもっている理由は……
「遅いお着きでしたね。フィデス司祭」
 呼びかけに立ち止まる。
 視線をやれば、相手は楽しそうに喉の奥でクックッと笑う。
 ラティオと同じ白いローブに身を包み、手に大きめの荷物を抱えた一人の司祭。
 鮮やかな金の髪と琥珀の目の青年。
「バァル司祭」
「何かあったのかと心配しましたよ? ご無事で何より」
 言葉の内容と裏腹に、その瞳は酷く冷たい。
「クネバスもタルデも戦準備を進めています。私たちも始めましょう」
「戦は起こさせない」
 きっと見据えて言えば、嘲笑が返る。
「我々の役目を誤ってはいけません。戦の混乱に持ち出すほうが楽じゃあないですか」
 これが聖職者の言葉だろうか。
 そう思うのも当然だが、そういう人物なのだ。コイツは。
 睨み付けてやれば、芝居がかった動作で肩を竦める。
「まあ結果的に手に入ればいいのですからね。
 フィデス殿のお手並みを拝見しましょうか」
 そう言って荷物を揺らす。
 と、かれられていた布が僅かに翻って中身が見えた。
 ソレが何かを悟ったラティオが顔色を変えると、バァルは楽しそうに微笑む。
「一足先に、別の場所で手に入れさせていただきましたよ。
 フィデス司祭も頑張ってください」
 そうして礼をして去っていく。
 嫌悪感で胸がむかむかする。
 そこまでして手に入れるようなものか?
 自問して自嘲の笑みを浮かべる。
 するだろう。そんなこと分かりきっていたはずなのに。
 すべての『奇跡』を我らの手に。
 それが教会の悲願なのだから。

 ふうと息をついてユリウスは椅子にもたれた。
「まったく……あんまり心配をかけるんじゃない」
「ごめんなさい」
 謝りながらもどこか釈然としない様子なのはベッドの上のユーラ。
 あの後町につくまでずっと父に背負われて、着いたら着いたで速攻で医者にみせられた。心配してくれるのは嬉しいが、これはちょっと過保護じゃないだろうかと思う。旅をしている以上こういった危険はつきものなのに。
「今日はこのまま休め」
「でも父さん……ポーラは?」
 ポーラは誰かが怪我をするとすごく落ち込む。それがユーラは嫌だった。
 彼女はユーラやユリウスが怪我をすると決まって『ごめんなさい』と謝るのだ。
 だって自分が怪我をするのは注意が足りないせいで、それなのになんで彼女が謝る事があるのか。
「ポーラ様にはちゃんと言っておく。だからお前は休みなさい」
 そういってユリウスは娘の頭を撫でて……そう、小さな頃のように優しく撫でてから部屋を出て行った。
 無論、そんなことでユーラが納得するなんて思っていないのだけれど。

 今日はこの町で一泊することが決まったから、ノクスはまず買出しに出かけた。
 薬の類などは手に入れられるときに手に入れておかないと、後で困る事になる。
 準備を終えて部屋に戻って剣や防具の手入れをして。
 そうしてやる事がなくなると、自然と考え事をするようになって。
 ユーラは元気だろうことは分かっている。問題は、宿につくまでの間一言も口を聞かなかったポーラのほう。
 あれはやっぱり気にしてるよな。
 五年ほど一緒に暮らしただけあって、多少の癖は分かっている。
 例えば人の服の左袖を掴む事、寝不足になると普段あんまり取らない甘いものを欲しがること。
 そして落ち込んだときに彼女がとる行動は。

 やっぱり居たし。
 案の定というかなんというか。予想があたってノクスはため息をつく。
 宿の裏手、洗濯物がはためくその向こうに、膝を抱えて座り込んでいるポーラの姿を認めて。
 なくて七癖とはいうし、癖を直すのは難しいと知ってはいるけれど。
 こうも行動パターンが変わらないっていうのもな。
 口をきゅっと結んで、視線は足元に落とされたまま。放っといてといわんばかりのその態度。
 見つけたのは良いものの、さてどうしようか。
 いつもいつも考えるものの、結局ノクスは同じ行動を取っていた。
 不自然じゃない程度に足音を立てて近づき、その隣に腰をおろす。
 かつてそうしていたように。
 隣に座った彼に、ポーラは少し視線をやってまた戻す。
 特に話し掛けることなく彼女から話すのを待つ。
 こういう時に下手に慰めると泣かれる事は学習済みだ。
「……」
 ポツリと聞き取れないほどの音量で言葉が洩れる。
 聞き返すことはしない。
 ただ彼女に視線をやると、伺うような目とぶつかった。
 ばつが悪そうに視線を逸らして、また沈黙がおりる。
 真っ白なシーツが風をはらんで大きく揺れた。
 その様子をただぼーっと眺めるふりをしていると、またぽつりとポーラが呟いた。
「……かった」
 多分『守れなかった』とか言っているんだろう。
 ここ二ヶ月ほど一緒に居てポーラが『守る』ということに執着している事は分かった。
 自分の周りに居るものが傷つく事に酷くおびえるところは昔と同じ。
「油断してたからな」
 ノクスの言葉に、伺うようにポーラは顔を上げる。
 迷い子のような不安げな眼差し。
「もう魔物は倒したって思ってたし」
 何よりポーラの魔法が強いのが悪いと思う。
 防御魔法をかけられていたら、多少の攻撃なんかで傷つけられない。
 そう思うことが油断を生んでいるんだと思う。
 強化してもらってるから多少無茶してもいいか。
 自分も時折そう思うのだから、ずっと旅していたユーラがそう取っていてもおかしくないだろう。
「魔法に頼ってばかりじゃなくて、もっと気引き締めないとな」
 口に出して言ったのは自分に言い聞かせるためもある。
 大切な事はちゃんと言挙げしないと。
 そんな風に思っていたら、隣から押し殺した泣き声が聞こえた。
 ぎょっとして振り向けば、膝の上に重ねた腕で顔を隠すようにして肩をふるわせるポーラの姿。
 また、泣かせた。
「……なんで泣くんだよ」
 がっくりをしながらもついつい言ってしまう。
 こんなこと言えばポーラが本気で泣き出すことは分かっているのに。
 どうしていつもこう……俺なんか悪いこと言ったか!?
 慰めよう慰めようと思うのに、気持ちだけが空回り。いつも決まって泣かせてしまう。
 放っておく事も出来ず、かといって何度も泣かせてしまった身としては下手に慰める事もできず。

 不意に与えられた重みにポーラは身をすくませる。
 何を。
 疑問が生まれ、あっという間に溶けていく。
 頭に乗せられた手がそっと動かされる。
 恐る恐るとかこわごわといった形容が相応しいくらいのぎこちなさで。
 これは、慰められているんだろうか。
 頭を撫でられるだなんて事は本当に少なくて。
 そっと目だけで隣を伺えば、顔は前を向いたまま、それでもどこか困ったような表情のノクスが見えた。
 放ってくれてれば良いのにと思う。
 だってこんな、泣いてるところを他の人になんて見られたくないのに。
 逃げる事が出来なかったのかもしれないけれど。
 『泣かされた』ことについて恨み言は言いたくなる。
 あれだけ我慢していたのに、なんでそれを崩すような事を言うのか。
 そう思うと、収まったはずの涙がまたじんわりとういてくる。
 こんな自分は嫌なのに。強くなりたいのに。
 ちょっとしたことで泣いてしまうなんて、知られたくないのに。
 そう。それもこれも全部ノクスが悪い。
 頭を撫でられてるからなんとなく昔の……アースのことを思い出すし、てのひらのぬくもりがまた涙を誘発させる。
 あれ?
 何か心に引っかかるものを感じてまばたきする。
 前にもこんな事があったような気がする。
 小さいころは本当に泣き虫で、ちょっとした事でよく泣いて困らせていた。
 『彼』も泣いている自分を前にあたふたして、おそるおそる頭を撫でてくれた。
 おんなじことされてる。
 そうして洩れたのは笑みのはずなのに、やっぱり涙が溢れてきて。
 昔の事を思い出したせいだ。
 またしゃっくりあげて泣き出すと、ぴしりと手の動きが止まった。
 思い出したら泣きそうになるのはいつものことで、でもこうなったのは間違いなくノクスのせい。
 あてつけじゃあないけれど、どうやったって収まりそうに無いから。
 そんなことを考える事も出来ないままポーラは泣いた。
 アースと別れて初めて、小さな子供のように。