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ソラの在り処-暁天-

【第六話 神変】 6.とある勇者の末路

 さすがに食事の邪魔をしているという自覚があったのか、フォルトゥニーノは少し席をはずすから食べ終わっとけと告げて、事実少しの時間席を空けた。
 やや詰め込む形にはなったけれどポーリーたちが食事を終わらせてお茶を頂いているところに戻ってきた彼は、先程と同じようにだらしなく椅子に腰掛けた。
 びしばしとキツイ視線を投げかけてくるスピカをものともせずに、挑戦的にノクティルーカを見る。
「聞きたいことは三つあるんだが、いいか?」
「俺が答えられるような内容ならな」
「そりゃそうだ」
 軽い返事に肩をすくめて、しかし瞳の真剣さはそのままにフォルトゥニーノは問うた。
「あんたが、あの『勇者ノクス』なんだよな」
「こじつけられて『勇者』に祭り上げられたことなら、ある」
「ノクス」
 労わるような気遣いの声。
「信じる、信じないはこいつが決めることだろ?
 他に証人がいる訳でもなし、嘘ついてもわからんだろうし」
「嘘つくのかよ」
「内容によってはな」
「あーくえねぇ」
 不安そうなポーリーにノクティルーカはなんでもないことのように軽口に答え、面倒そうにフォルトゥニーノが頭をかく。
 安心させるわけでもなく、ただ事実を述べているといった態度にポーリーの不安は消せない。
 だって、気づいてしまった。今まで感じていた違和感の正体に。
 彼は、一度も笑っていないのだ。再会してから、ずっと。
 基本的に表情は豊かだし、へらへらしているわけではないけれど笑わないことなんてない。
 ポーリーにはよく笑いかけていた。彼女が笑うとつられて笑ったし、安心させるように笑うことも多かったのだ。
 納得はしたが、不安は強まるばかり。けれどそんな彼女を置いてきぼりにしたままに、フォルトゥニーノの質問は続けられる。
「じゃあ次。
 あんたは魔王を倒したってことになってるが、なんで魔王は復活した?」
「復活も何も、魔王退治なんかしてねぇぞ。
 対峙した覚えもない。むしろ、いたのかって感じなんだが」
「は?」
 語り続けられた伝説を根本から破壊されて戸惑ったのか、フォルトゥニーノは不審そうな目を向ける。
「俺達が倒したのはただの魔物。こいつの母親の敵討ちをしただけだ。
 その魔物が、ソール教会を目の仇にしてあちこちの教会を壊しまくってたって話を後から聞いたがな」
 母親の仇、という言葉を聞くたびにポーリーはなんともいえない気持ちになる。
 許せないという気持ちはあった。
 けれど……あの今際の姿を思い返すたびに抱く疑問がある。
 倒されることを、望んでいたようなあの姿は。
「それにあの魔物が『魔王』だったとしても、倒した後で魔物の数が変化したって話も聞かないがな。魔物が増えてってるって話は聞いたが、実際はどうだか」
「……は」
 他人事のノクティルーカに対し、フォルトゥニーノは吐き捨てるような声を出す。
「じゃあ何か? 今回の魔物の増加も『魔王』のせいじゃなくて、『魔王』なんざ存在しないと?」
「さあな。教会に都合の悪い相手って意味の『魔王』なら、いるのかもな」
 語尾に『自分達のときみたいに』と聞こえたのは気のせいだろうか。
 長い長いため息をついて、フォルトゥニーノは最後の質問を投げかけた。
「もし仮に、俺が『魔王』と呼ばれる相手を倒したとして……無事でいられると思うか?」
「さあな。国同士のバランスが崩れることは確かだろうが」
「国?」
 予想していなかったという表情で問い返す彼に、ノクティルーカは相変わらず感情の読めない顔で返す。
「ここ最近、国家間の……人間同士の戦は極端に減ってんだろ?
 対魔物で足並みが揃ってるだけだろうから、魔物の被害がなくなれば……次は国家間の利害争いが表面化するだろ」
 言われてはじめて気づいたような顔で、自分より若く見える『勇者』を見返すフォルトゥニーノ。
 実際、年齢だけで言えばノクティルーカのほうが若いだろう。
 だが彼は末端といえど王族。政治に関してある程度の下地がある。
 言われた内容を反芻し、苦い笑みを浮かべたのはフォルトゥニーノだった。
「だよなぁ。ってこたぁ俺のお先真っ暗じゃないか」
 疲れたように呟いて、彼は立ち上がった。
「まあ、言い事教えてもらったわ。礼代わりにさっさと出て行くな」
「え?」
 きょとりと首を傾げるのはポーリー。
 何故、出て行くことが礼になるのだろうと不思議がる彼女に、茶目っ気たっぷりにフォルトゥニーノは返した。
「あのお嬢さんがぎゃーぎゃーうるせいだろうしな」
 お嬢さんことルチルを知らないポーリーは首を傾げ、ノクティルーカは納得した。もしかしたら、まだグラーティア相手に色々言ってるのかもしれない。
 じゃあなーと手を振りつつ部屋を出て行った彼は、言葉どおりに一刻後には街を出たらしい。

 ある意味『お客様』が消えてからの日々は平穏そのものだった。
 ポーリーの体調は順調に回復し、件の要望――アースに会いに行く――を叶えるべく、ミルザムたちの調整や下準備も整えられていく。
 そんな中で不満を持っているものが一人。
「絶対おかしい!」
 本来なら和やかなおやつの時間。不服そうに言うのはポーリーだった。
 ちなみに本日のお茶請けは桃の花を模した練りきり。
 見た目が可愛らしいため、誰もが手をつけるのを躊躇している。
 そして無論のことノクティルーカはいない。
 今日はサビク相手に剣の練習らしい。
「何がだよ」
「ノクス」
 半ば恒例めいた文句に、それでも反応してしまうのは親友ゆえか。
 案の定返ってきた名前にユーラはため息をつく。
 おかしいおかしいと本人はごく普通に……本気で思っているのだろうが、何故だろう聞かされるこっちは惚気られている気がしてならない。
「だって今までどんなに言ってもキスしてくれなかったのに」
「……挨拶の、だよな?」
 確認の問いに、案の定ポーリーは即首肯する。
 同じテーブルについているグラーティアとソレイユはすでに目が遠い。
 やー春が来たねぇ、あったかいですわねぇと二人は言ってる。
 暦の上では立春だが、まだまだ寒さは抜けきってない。念のため。
「挨拶は大切なのにね。
 最近は言わなくてもしてくれるのは、分かってくれたのかしら?」
「そうなんじゃないのか?」
「でも……何か、ヘンなんだもの」
「そいうもんか?」
 ユーラが見る限りでは変わった様子は見られない。
 なんかもう、最近はいちゃいちゃするな近づくなと言うほうが馬鹿らしくなってきている。
「んー。機嫌悪そうな顔が定着しちゃったのかなー?
 でもポーリーの前なら違うんじゃない?」
「考えられすぎでは?」
「そう、なのかしら」
 年下二人に重ねて言われてポーリーは言葉を濁す。
 けれど、ならどうしてまったく笑わないのだろう?

「ノクスがヘンなの」
 突然押しかけての質問に、部屋の主であるミルザムはほけほけと返答した。
「ああ。そうですねぇ」
 反論ではない同意に、ポーリーは心持ち身を乗り出して問いかける。
「何か知ってるの?」
「少々色々ありまして。ですが、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」
 にっこりと笑うミルザムと、同意するスピカ。
 信用している大人二人に宥められてもポーリーは不満そうにしている。
「今のノクティルーカはお嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど……やだ」
 返事は小さな子どものようで、けれど事実を見抜いているのだろう。なんとか宥めすかして退室してもらってから、ミルザムはやれやれとため息をついた。
「落ち着いたって言えなくもないが、感情の起伏の振れ幅が急に狭くなった感じか?」
「わらわに聞かれても知らぬわ。そなたがお世話しておったのだろう?」
「まあそうなんだが」
 無碍にされてもへこたれずミルザムは考える。
 正直な話、あの年頃であの朴念仁ぶりはおかしすぎると思う。
 世の中にそういった手合いはいないことはないが、ノクティルーカは明らかに途中から変わった。
「心当たりといえば、『アレ』を手にしたことで……としか考えられないんだが」
「何も変わらぬと思っていた我らが浅慮だったか」
 悔しそうなスピカに同意する。
 事はノクティルーカだけではすまない。アースにもかかわる。
「出立は何時頃に?」
「啓蟄を過ぎてからだ」
 気ばかり急くが、準備を行ってはならない。
 急いては事を仕損じる。確実に確実に。
 いずれくる『春』のために、力を確実に溜めておかなければ。

 しかし、その出発前に遠くフリストから一方的な手紙が送られてくることになるとは、誰も知らなかった。