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ナビガトリア

The kissing under the mistletoe

「おーいロータスくーん」
 のんびりとした声で呼ばれてシオンは振り返る。
 寮の廊下。時刻は午後十二時。ここ最近寝不足なシオンにとってはまさに悪魔の声。
 でも振り返らないわけにはいかなかった。
 なぜならそれは、これから先もとても世話になる人の声だったから。
「なんですか?」
「眠そうだけど大丈夫?」
「眠いです。すっごい眠いです。だから早く用事済ませてください」
 分かっていってると思われるが、とりあえず今は少しでも長く睡眠時間を確保する事が大切とばかりに先を促す。
「なんかいい風習ってない?」
「はい?」
 思わず聞き返すと、彼は困ったようにあごに手を当ててもう一度聞いてくる。
「二次会でさ。皆が盛り上がるような風習とか、ゲームとか知らないかな?」
「あー。そういえばもうすぐでしたね。槐さんの結婚式。おめでとうございます」
「それは何度も聞いたけどありがとう。で、何かない?」
 再び問われた声に、眠さで回らぬ頭で一応考えてみる。
 結婚式は六月。
 故郷ならバラ祭とかやってるなぁ。でもこれって結婚式じゃ別に関係ないよなぁ。
 結婚式……結婚式……なにかあったような。
「独身の人が盛り上がるようなものがいいんだけど」
「独身が盛り上がる……あ」
 一つだけ思い当たるものがあった。
「故郷の風習なんですけど……」
 そうしてぽつぽつと話し始める。
 と、話が終わるか終わらぬかの内に、ばしんと強く両肩を叩かれた。
「いたっ」
「ありがと!
 さっすがロータス君! いいこと知ってる! これで盛り上がるぞ~!!」
 そうして上機嫌で去っていった槐に呆然としつつも、シオンはとにもかくにも睡眠をとるべく部屋に戻った。

 ざわざわと耳に心地よい人々の声。祝福の言葉は止まない。
「幸せそうですわね」
「まあな」
 グラスを片手に壁の花となって、コスモスは隣の人物に声をかける。
 今日はシオンたちの連絡役の槐の結婚式。
 肝心のシオンが体調不良……もとい仕事しすぎの寝不足でこの二次会は辞退したのだが、お祭大好きな楸とアポロニウスは引き続き参加している。
 弟の世話になっている人物でもあり、槐から誘いを受けていたコスモスもそれに便乗した。
 パーティなどは物珍しくも何ともないコスモスは最初受ける気がなかったのだが、出席者リストを見て気を変えた。
 そこに、かつてのクラスメイトの名を見つけたから。
 出席する原因となった人物を眺めつつコスモスは呟く。
「必死ですわね」
「……言ってやるなよ」
 視線の先には一組の男女。
 男の方は珍しくもスーツに身を包んだ見慣れた顔。コスモスの護衛の薄。
 彼が必死に何かを話している女性が、そもそもの出席理由。
 こげ茶の髪をアップにして、カクテルドレスにストールなんて、見慣れない格好をしているから少し気づくのに遅れたけれど。
「桔梗が新婦さんと同じ職場なんて……世界は狭いものですのね」
 少し呆れたように言う彼女に慣れないのか、アポロニウスは声には出さずに頷く。
 アポロニウスは薄と違い、スーツは着込んでいない。
 PAは公務員。警察や消防職員と同じように、こういう祝い事に着ていくための礼服はちゃんと用意されている。
 少し光沢を持った黒を基調をしたローブっていう格好だけに、花婿よりも悪目立ち……いや、花婿はそれより派手な、白いローブなのだけれど。
 何故魔導士とローブの関係はいつまでも切れないのだろう?
「なんだか目立ってないか?」
「仕方ありませんわ。魔導士のローブは目立ちますもの」
 ましてアポロニウスの髪は深紅。
 髪の服も、互いの色を良く引き立たせている。これで目立たない訳がない。
「いや……私もだが」
 ちらと視線を感じるが、無論無視。
 コスモスとていつもの動きやすいパンツルックではなく、ちゃんとドレスアップしている。
 桔梗がいたんじゃあ……いや、いなくても、隣に来るのがアポロニウスだと分かっていたのか、用意されていたのはワイン・レッドのカクテルドレス。
 髪も結い上げて普段はほとんどしない化粧もばっちり。
「はじめまして。君はなずなさんの友達?」
「はじめまして」
 気安く話し掛けてきた新郎の友人だろう人物に、コスモスは艶やかに笑って返す。
「わたくしはただの付き添いですの。こちらが槐さんと同じ職場の方ですわ」
 そう言ってアポロニウスの腕をそっと掴む。
「あ、そうなんだ?」
 言葉使いに驚いたのだろう。二言三言話しただけで、彼はその場から立ち去った。
「パーティは好きじゃあありませんのに。
 シオンと薄のためとはいえ、疲れますわ」
 男が消えたとたんにぼやくコスモスに、アポロニウスは呆れるより他にない。
 何度か見てきたこの変身振り。
 ドレスを着たらきっちりスイッチが入れ替わるとは本人も言っていたが、本当にこれがあのコスモスなのかと正直疑いたくもなる。
「何も食べなくていいのか?」
 さっきから飲んでばっかりで。
 そう言いたげなアポロニウスにコスモスは少し目を細めて返す。
「大丈夫ですわ。ジュースですもの」
 言われてみればアルコールの匂いはなく、彼女のグラスはワインのそれにしては色が濃い。
「わたくし、パーティでお酒は一口も頂かない事にしていますの」
 苦い思い出でもあるのか、それともそういい聞かされてきたのだろうか。
 そう思っているアポロニウスに対して、今度は逆にコスモスが聞いてくる。
「アポロニウスこそ何か飲みませんの?」
「……この後仕事がある」
「あらそうでしたの? だからシオンも戻りましたのね」
 納得したように頷くコスモスにアポロニウスは内心だけで嘆息する。
 流石に、本人に言うのは憚れる。
「ジュースもありますわよ?」
「……後でならな」
 そばを離れるわけにはいかないからなんて。

 それは、二次会が始まる少し前のこと。
 はぐれちゃいけないと(はぐれたら絶対に寮に戻れないから)コスモスのそばにいたアポロニウスは、何故か薄に引きずり出された。
「何だ? いきなり」
「……頼みがある」
 真剣な顔で言う薄に、とりあえずアポロニウスは先を促す。
「この二次会の間、公女の護衛してくれ」
「……何故また?」
「桔梗が来てるんだよ!
 こんなところでも公女に仕えてたらそれこそ誤解が解けないだろ!」
 真剣な顔で言う薄。桔梗という名前に何か聞き覚えがあるような気がしてしばし沈黙するアポロニウス。
「もしかして彼女か?」
「……だったらまだ良かったんだが」
 なんだかそうだったような気がすると思っていった言葉に、薄は遠い目をする。
「とにかく! 今日はチャンスなんだ。だから公女を頼む。
 手を出そうが何しようが、命令だろうが邪魔はしないから!」
「……それでいいのか護衛?」
 アポロニウスのもっともな言葉に、薄は何故か笑みを浮かべる。
「俺を騙せるとでも思ってたか?」
「……ッ!」
 今度はアポロニウスが言葉に詰まる。
「そういうわけで頼んだからな!」

「薄の奴」
 ぼそりと呟いた声が聞こえた。
 あたしの視線の先は黒いローブのアポロニウス。
 彼の視線の先は、桔梗に必死に弁解してるっぽいあたしの護衛の姿。
 あたしとしては薄の恋を応援してやらないこともないといった感じか。
 そうは言ってもあいつに恋人が出来たりすると、あたしへの波風がまた激しくなるんだろうなぁ間違いなく。
 グラスに口を寄せてため息をつく。
 視線の先の薄はというと、何とか桔梗をその場から動かせようとしているらしい。
 ……ま、狙いなんて分かりきってる事だけど。
 ちらと会場を見回せば、六つか七つかかかっている緑のオーナメント。
 そこに取り付けられたヤドリギの実。それがある以上、男どもの狙いは明白。
 でもまたなんで、季節外れもいいのにキッシングボールなんぞがあるのやら。
 本来これが飾られるのは聖夜。後半年は先の話。
 ま、結婚式の余興にはいいかもしれないけどね?
 案の定というかなんと言うか、あちこちでいいムードが出来上がってるし。
 あたしとアポロニウスは目立つらしく、視線は散々受けるけれど誰も近寄ってこない。
 互いが互いへのけん制になっているのなら、こいつがいる価値も一応あるのか。
 どうでもいいけど、とっとと終わらないかな。
 グラスをもてあそびつつ思う。
 何で飲まないかって?
 そりゃあ変な奴が来た時にわざとこぼすからに決まってるでしょ。
 あたしの退屈ゲージはとっくに満タン。
 だから。
「コスモス」
 暇つぶしでも出来ると思って、普通に顔を上げた。
 その瞬間思ったことは、怒りでも羞恥でもなく、なんだか呆れに近いもの。
 やられちゃったなって感じの。
 動きの止まったあたしにかまわず、アポロニウスは右手を伸ばす。
 人を避けて移動したせいだろう。あたしの頭上にあったキッシングボール。
 そこからヤドリギの実一つ摘まんで、悪戯が成功した子どものような顔でそれを自らの口に寄せる。
「知ってらしたのね」
 出た声は、自分で言うのもなんだけどいつもと変わらなかった。
「コレは私の時からあったからな」
「そういえば、古い風習ですものね」
 特に悔しいとか思わないあたり、あたしもどうかしてるのかも。
 そんなことを思いつつあたしはたぶん……苦笑していた。

 そんな二人を見て取って、薄は隣の女性に言う。
「だからいっただろ?」
 しかし彼女は何も聞こえていないかのように、ぽーっとした目で二人を見ている。
 普通ならば、やっぱりああいうものに憧れるのかなとか思うところだが。
 (ステキ……映画やドラマみたい……でも、これって……すっごいスクープなんじゃ?!)
 心が聞こえるというのは……やっぱり厄介だ。
 それてしまった彼女の注意を自分に戻すべく薄は声をかけようとして。
「ブーケトスするよ!」
 絶好のタイミングで邪魔が入る。
 前に集まる女性陣へとブーケが宙を舞い、一人の腕にすぽんと収まる。
「やったああああっ!」
 ブーケを手にしてはしゃぐのは、礼服を着て見た目だけはおしとやかっぽい楸だったとさ。

 おしまい