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月の行方

【第八話 変わりゆく世界】 5.いっしょに

 和やかに夕食が終わって、改めてユリウスから発表された。
 別れること。
 すでに一度耳にしていただけあって、皆冷静だった。
 特にラティオはそっけない。
 元々そこまで知らない相手だし、これは仕方ないともいえるだろう。
 またポーラの悲しそうな顔を見るのかと、危惧していたユーラだが、予想に反して彼女はうつらうつらしている幼馴染の方に気をとられているようだった。
 そうして今、ユーラは扉の前に立っている。
 大きく呼吸を繰り返し、整え、意を決してノックする。
 了承を得て部屋に入ると、薄暗いランプの下、父は荷造りを進めていた。
 一人旅となれば、どうしても現在の荷物より少々増える。
 今までは皆で分けて運んできたから。
「どうした?」
 振り返らずに言う父に、何とか、声を絞って返す。
「あたしはここに、ポーラの側に残るから」
 父が振り返る。でもその表情を見たくなくて、見れなくて。
 俯いたままにユーラはユリウスの言葉を待つ。
 残って何が出来るだろう?
 そんな事、自分にだってわからない。
 剣が使えるっていったって、そんなに強い訳じゃない。
 むしろしょっちゅう怪我をして、逆に心配かけてる事だって判ってる。
 魔法なんてもの使えないし、自分のもってる知識なんて、駆け出し冒険者と同じくらいの事ばかり。
 役に立てなきゃ、一緒にいちゃ駄目なんだろうか。
 役に立てなくても、一緒にいたいって思っちゃ、駄目なの?
 俯く娘の頭に、ぽんと手を置くユリウス。
「お前の好きにしなさい」
 昔を思い出すように優しく言う。
「え? だって」
「なんだ、イヤなのか?」
「ううんっ そんな事ない、けど」
 自分から残りたいといっておいて、了承されたら不思議に思うのだろうか。
「セラータは今、妙な噂が多い。本当の事を確かめれば、戻ってくるさ。
 ……その前にレリギオにたどり着いたとしても、様子くらいは見に来る」
「ん」
 少々不機嫌そうに頷く娘に苦笑して。
「気をつけて」
「父さんもね」
 顔をあわせることはなかったけれど、親子はそうして笑った。

 さて、この状況をどうしようか。
 胸の内だけでため息をつくラティオ。
 目の前に座っているポーラは、自分の曾祖母の姉の娘。
 親戚なのは確かだけど、会ってからまだ間もない相手。
 人見知りすることはアースから聞いていたから、彼女が警戒する気持ちもわからなくはない。
 ないが……
 ちらりとポーラの傍らにいる者を見やる。
 同席する事に文句はない。起きてさえいれば。
 今にも眠りに落ちそうなくらいにうつらうつらとしているのでは、怒りが浮かんできても仕方ないだろう。
 一体何をしてきたのか、肌は真っ黒に日焼けして、鼻の頭は赤い。
 これが起きてさえいれば、ポーラももう少し警戒を解いてくれていただろうに。
 ええい。面倒だ。
 内心の苛立ちが現れたか、立ち上がった拍子に椅子が派手な音を立てる。
 目に見えて体をこわばらせる彼女には悪いと思いつつ、ノクスに向かって手をかざす。
目覚めの鐘(エクスペルゲ)
 たった一言の呪文。
 それが効果を為すと、パッチリ目覚めたノクスが不思議そうに辺りを見回す。
「あれ? 俺なんで」
「目が覚めたか?」
 皮肉を言ったのはせめてもの気晴らし。
 不思議そうに頷くノクスを確認してから、席につく。
「さて、色々話そうか。レリギオまでのルートとかな」
 ほれと手を出されて、言われるがままにノクスは地図を差し出す。
「今はここ。クネバスとタルデの国境付近だな。
 このままタルデ国内を北上すれば、レリギオには着く」
 ぴしぴしと指差して説明するラティオ。
 さらに、この辺りは砂漠だから徒歩では辛い。らくだを用意した方がいいとか、具体的な提案をしてくる。
「そういえば……ポーリー達は今まで旅してて、どうしてレリギオに着けなかったんだ?」
「どうして……って、いろんな人が追いかけてきたから、なんだけど」
 その問いが不満だとでもいうように、ポーラは不服そうに答える。
 ノクスが合流してからというもの、そういった輩に追われることはなくなった。
 そのことは不思議に思うけれど。
 彼が仲間になるのと前後して、セラータで不穏な噂が起こっていることを考えれば、ただの考えすぎという気もする。
「レリギオは信仰の中心点だからな、巡礼者も多い。
 だから、逆に巡礼者のフリをして追っ手を逃れようとする不届き者も多い。
 故にその辺りの警戒は厳しくなる」
「へぇ」
「まあ……俺がいる時点で、その辺の心配はしなくてもいいだろう」
「それはありがたい……な」
 話しつつ丸めた地図を、自分の懐に納めようとしていたラティオから奪い返して、ノクスは問いを重ねる。
「それだけ信用があるわけだ? 司祭ともなると」
「いや、俺だからだな」
「ラティオだから?」
 不思議そうな顔をしたポーラに、苦笑して見せるラティオ。
「ここで話すようなことじゃないし、ベガ殿に会えば嫌でも聞かされる」
「悪い事なのか?」
「……さあな」
「そういういい方されると、凄く気になるんだけど」
 ムッとしてポーラが言うと、意表をつかれたとばかりにラティオがまじまじと見返す。
「なに?」
「いや……そういうことを言うんだな」
 かなりびっくりしている様子に、ポーラは不思議に思う。
 自分が頑固な面を見せると、皆そういう言い方をする。
 そしてその後に続く言葉といえば。
「やっぱりアースの姪って事か」
 ほら、当たった。
 どうも見かけや人見知りする性格のせいでおとなしく見られることが多いが、育ての親に似て彼女はあなどれないのだけど、その事実を知るものは少ない。
 しばし感心するような顔をしていたラティオだったが、すぐにそれを引き締める。
「だが今は話せない。どこで誰が聞いているかわからないからな」
「……そういうことだったら」
 凄く気にはなるけど、納得せざるを得ない。
 しぶしぶ頷くポーラを確認してから、ラティオは席を立って部屋へと帰っていった。
「良かったのか?」
「うん……母上に会えば、話してくださるって言うし」
 気になるけど、それまで我慢するしかない。
 気遣わしげな幼馴染に笑ってみせる。
「でも、ノクスもう大丈夫? 眠くないの?」
「ん? 眠気は、なんかすっかり飛んだ」
 何でだろうとかノクスは不思議がっている。
 魔法で起こされた事は知っているけど、わざわざ言う事もないと判断してポーラは黙っておく。
 使えたら結構便利かなと思うから、後々教えてもらおうかな。
 席を立ったノクスについで、立ち上がろうとして思い出す。
「あ、そうだ。部屋交換してもらったから」
「へ」
「髪拭いてる最中に寝ちゃったでしょ? 荷物はちゃんと運び変えてあるから」
 そういうと、彼はなんとも複雑そうな顔をした。何故だろう?
 きょとんとするポーラを見て、ノクスはため息をつきたくなる。
 不思議そうな顔をしないで欲しい。
 いや、気づいて欲しい訳じゃないけど。
 髪を拭いてもらってる最中に眠ってしまうって……ガキか俺は。
 確かに、疲れていたんだろう。
 でもいくらなんでも寝ちゃったのはいけないだろう。
「あ」
 廊下を歩きつつ他愛ない会話を交わしていると、ポーラがおもむろに立ち止まる。
「見た? 今の流れ星」
「流れ星?」
「うん!」
 小さいころのようにはしゃぐポーラと同じように、窓から空を眺める。
 当然の事だが、流れ星の姿はすでにない。
 ちらちらと瞬く星々。
 それにすぐに目を奪われてしまうノクスを見て、ポーラは少し安心する。
 昼間感じた違和感は、きっとただの気のせい。
 成長したから。ただそれだけの事。
 星が大好きなところとかは、全然変わっていないんだから。

 図らずも二人と同じように星を眺めて、彼は言葉をこぼす。
「夜に輝く星も、昼に輝く太陽も、同じもの……か」
 知っているものが見ればすぐに彼の者を連想するだろう。
 月の光に彩られるその顔は、普段より神秘性を増す。
 それは『昴』に連なる者に共通する特徴。
 星は夜にその輝きを魅せる。
 だが、輝きの強い者は『彼らの世界()』から『人の世界()』へと引っ張り出されてしまう。
 いずれ強い光の中で、道を見失ってしまうとしても。
 この行動が何を引き起こすかなんて、今のラティオには分からない。
 ただ……家族が離れ離れにならないと良いと、それだけ思った。