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月の行方

【第七話 時代は繰り返す】 7.繰り返される戦い

 いま、大変な事をさらりを言わなかったか?
 隣の様子を伺えば、ポーラも唖然とした顔で発言の主――ラティオを見ている。
「なんだ? 妙な事を言ったか?」
「いや……」
 そう応えるものの、なんだかもう。
「そりゃ戦を起こさせないっていうのはいい事だと思う。
 でも……どうやって?」
「簡単な事だ」
 にやりと笑うラティオは自信に満ちている。
「俺は今までも大事な局面ではすべて成功させてきた」
 ……一体どんな作戦があるのかと思えば。
「いや、だから具体的には」
「恐れる事など無い」
 少し虚ろなノクスの問いかけにも自信満々のお答え。
 内容は聞いての通り、まったく答えになっていない。
 だというのに、何故こいつはこんなにも自信に満ち溢れているのだろうか?
「具体例を!」
「やれば出来る」
「……」
 何を言おうとも根拠も何も無い妙な自信を持って応えられる。
 視線を移せば、サビクとミルザムは妙に頷きまくっていた。
「やっぱり想の君の血筋だな」
「あの根拠の無い自信たっぷりさは確かにな」
 ぼそぼそと小声で紡がれた言葉に、思わず天を仰ぎたくなる。
 血筋なのか? むしろ、それで済ませるなとか思うのは俺だけか?
「作戦……ないのね」
「最悪、戦が起こったとしても。
 漁夫の利で出し抜いて、俺たちが『それ』を手に入れるとかいう手もある」
「それ作戦じゃねぇよ」
 ぶすっとして言ってもなしのつぶて。
 ソール教会いいのか? こんな奴が司祭で?
 まったくの他人事ながらも、そう思わずにはいられない。
「さーてと。じゃあ俺はこの辺で」
 そうさりげなく席を立つミルザム。
 ちょっとまて。こんな厄介な人物紹介しておいて、自分だけは逃げるつもりか?
「「逃げるのか?!」」
 苛立ち交じりの言葉は、思いもよらぬ人物と重なった。
 問題発言を繰り返す、ラティオのお付きことサビクその人が必死の形相でミルザムを睨んでいる。
「ノクティルーカはともかく、何でお前に責められる?」
 釈然としないのか、困惑交じりのミルザムにしつこく言い募る。
「お前こっちの増援じゃないのか? ようやく負担が減ると思ってたのにっ」
「生憎帰ってから爺どもの相手だが何か?」
 応えるミルザムの視線は遠い。いびられでもしているんだろうか?
 聞いてみようかとも思ったけれど、哀愁漂うその姿が何も聞くなと語っているようで結局口は開けないけど。
「それはご愁傷様というしかないが……そろそろ俺も」
「お前には別の命令が下ってるぞ」
 言いつつ懐から紫の布に巻かれた何かを取り出し、手渡す。
 受け取ったサビクの方は恭しそうに布を外し。出てきたのは一枚の書状だった。
 ノクティルーカは何度か見たことがあるが、この『紙』は彼らが良く使用する羊皮紙とはまるで違う。インクはすぐに吸うし、薄いし。見た目に寄らず、意外に頑丈だったりする。
 一番違うのは使用されている文字や書き方なのだけれど、もっとも……ノクスはその文字を読めないから意味がないことだが。
 一枚の紙を破らずにいろんな形に変えることが出来るアースは凄いと思ったこともあったっけ。
 なんとなく昔を懐かしんでいるうちにもサビクの目は上から下へ、右から左へと書状を読み進めていき、最後にもとの姿に戻して真面目な顔で同胞を見つめた。
「……こういうことか」
「そういうことだ」
 こっちにはまったくもって分からないセリフで彼らの会話は終了したらしい。
「ともかくそういうことで。
 長々とお付き合いさせて申し訳ありませんでした。北の姫」
「え? えと、そんなことないです」
 深々と頭を下げられて、慌てて首を振るポーラ。
「そろそろお開きにするか。明日の事は明日考えればいい」
 そう言って席を立つのはラティオ。
 相変わらず何も考えていないような発言がものすごく不安を感じさせるが……
 結局彼の言葉が合図になったのか、サビクが席を立ち部屋へ戻るべく階段を上がっていく。ノクスもそれに習おうかと腰を浮かしかけると、まだテーブルについていたミルザムが咳払いをした。
 視線をやれば、珍しくも真面目な顔で見返される。
 話があるって言ってたっけ。
 それを思い出して座りなおすと、今度は別の視線を感じた。
 一緒に戻ろうとでも思っていたのだろう。
 ポーラが少し困ったような顔で階段の側に立ったままこっちを眺めている。
 手で先に行けと合図をすると、しぶしぶといった顔で階段を上っていった。
 昔から一人で行動するのを嫌がっていた節があったが、今もそうなのか。
 そんなんでこれからどうするつもりなんだかと呆れ交じりのままに視線をミルザムに戻せば、なぜかニヤニヤ顔で見られている。
「……なんだよ」
「いやぁ? 愛されてるなーと思ってな」
「だからどうしてそうなる?」
「む。姫のあの眼差しから何も感じないのか?」
「本題にはいれッ」
 流石にこれ以上からかうのはまずいと思ったのか、咳払い一つしてミルザムはノクスの顔を見る。
「さてノクティルーカ」
 声は真面目な響きを持って、預言者に相応しい重厚さ。
 ようやく真面目な話に入ることを喜んでいいのか悲しんでいいのか。
 とりあえずノクスは居住まいを正す。
「悪い話ともっと悪い話。どちらを先に話そうか?」
「……普通いい話と悪い話の二択じゃないか?」
 げんなりといえば、いつものように苦笑される事なく次の言葉が紡がれる。
「生憎ふざけていられる状況じゃなくてな」
 嫌な予感を感じつつ、どちらでもいいから話せと視線で促してみる。
「まずは先程の戦の話だな。
 とにかく気をつけろ。隠せ。それこそ姫にも、な」
 その言葉には頷かざるを得ない。
 奇跡を手にするためならば、教会は何をするか分からない。
 そんな話を聞かされて、しかもその主役が自分もよく知っている人ならば。
「理の君からお聞きした事だが」
 歯切れ悪く続けられる言葉。
 いぶかしんでみせても、ミルザムはこちらと視線を合わせようとしない。
「ソール教会はこの戦に関わるものとして、理の君のほかにもう一人司祭を派遣しているらしい」
「ふぅん?」
 まあ当然だろうとは思う。
 先程のラティオを見て、信頼できるかといわれればノクスは否と答えるだろう。
 そんな奴に戦の調停ができるはずもない。
 実際に目の当たりにしているわけではないから、今現場でどうなっているのか知らないが。
「その司祭は『あれ』を手に入れてきたそうだ。
 デスペルタドールから、な」
 息が止まるというのはこういう時を言うんだろうか。
 聞き覚えのある町の名。
 イアロスに師事していた頃、拠点にしていた町。
 優しい人がいて……結果的にポーラと再会してて、それから。
 ぎゅうと左手を握り締める。
 ここに、奇跡を受け継いだ場所。
 自分にこれを譲ってほぼすぐといっていい頃に起きた事故。
 かつての持ち主はそれに巻き込まれ、左のひじから先を無くした。
 真っ青になったノクスを見ることが出来ず、ミルザムは言葉だけを連ねる。
「だからこそ気をつけろ。それに関しては誰にも話すな」
 そう。来るべき日が来るまで。
 いずれ奇跡は開放される。ノクティルーカも開放される。
 だが、それはまだはるか未来の話。
「もう一つは?」
 震えの残るかすれた声で、それでもノクスは先を問う。
 納得した訳じゃない。
 怖くない訳無い。
 それでも……『知っている』ことが強みになることだってある。
 そう思うから。
「反旗を翻した」
 ポツリとそれだけ。
 視線を上げれば、今度はミルザムもしっかりと受け止める。
「このタイミングで理の君を連れてきたのは、何もあちらの都合だけじゃない。
 面倒を見る『大人』をつけたかったからな」
「何が言いたいんだかわかんねーよ」
 面倒を見てくれる大人ならユリウスがいるじゃないか。
 それとも彼に何か起きたんだろうか? もしくは、起きるんだろうか?
 ミルザムはこうやって先に結果を示すくせに、細かい部分でもったいぶる……そういう悪い癖がある。
 聞くほうとしてはものすごくいらだつことに彼は気づいているのか。
「アルタイル・アクィラ・トラモント」
 ノクスが文句を言う前に、その名が紡がれた。
 セラータの大鷲。
 ノクスが勝たないといけない相手。
 そして……ポーリーの父。
 訳がわからず戸惑うノクスに告げられる、決定的な一言。
「彼が、セラータ王をその手にかけた」

 足を上げる事すら億劫だ。
 とぼとぼと階段を上りながら、まだ麻痺した思考でそれでもぼんやりとノクスは考える。
 だって今日は色々と話を聞きすぎて、一つを消化しきれない間にもっとショッキングな話を聞かされて。
 皆俺に何をさせたいんだ?
 話の重さに押しつぶされそうで。
 階段を上り終えると、知らずため息が出た。
 何から考えればいいのか、何を考えればいいのか。全然分からない。
 もう今日は寝てしまおうと部屋へ向かうべく顔をあげて、廊下の先に人が立っている事に気づいた。両腕で何かを大切そうに抱えたまま手持ち無沙汰そうにしているのは、見間違えようも無いポーラ。
 ゆらゆら揺らめくろうそくの明かりにあわせて、壁に背を預けた彼女の髪がちらちらと光を弾く。
「何してるんだ?」
 問いかけに、ポーラは振り向いて嬉しそうに笑った。
「お話終わったの?」
「ああ。ってずっと待ってたのか?」
 ミルザムの話は結構長かったと思う。
 その間ずっと立っていたのなら悪いことさせたなとも。
 でも、先程聞いた話が脳裏に甦ってまっすぐに目を合わせることは出来ない。
 目をあわせない事を不審に思うだろうに、ポーラは手にもったそれをノクスに差し出した。
「はい。遅くなってごめんね」
 差し出されるままに受け取る。
「別にいつでも良かったんだけどな」
「今日は返そうと思ってたの」
 昨日破られた自分の服。
 そう。昨日の事なのに……なんだかとっても懐かしく感じてしまう。
 つまりそれだけ今日一日が濃かったってこと。
 ポーリーは知らない。
 自分の父に何があったか。何をしたか。
 でもきっと、それを告げるのは自分の役目じゃない。
 彼女がそれを聞くのは、父本人の口からがいいに決まっている。
 内心を隠したくて、返してもらった服を広げて破れた箇所を確認してみる。
 縫い目にそって破れたのが良かったのか、ほとんど目立たない。
「うまいもんだな」
 思ったことを素直に言えば、ポーラはまた嬉しそうに笑う。
 この笑顔をなくすことなんてない。
 だから、さっき聞いた話は話さない。
「ありがとな。これ。
 でもそろそろ寝たほうがいいぞ。……明日またやりあうだろうし」
 誰がとは言わなかったが、ポーラにも無論通じたらしい。
 苦笑とともに、言われなくても寝ると返された。
 色々聞いたせいで眠れそうもないのは彼女も自分も同じ事だろうけど。
 それでも少しは寝ないと体が持たない。
 明日はまたミルザムとユリウスが一戦交えるだろうから。
「おやすみ」
「あ、ノクス」
 挨拶をしてドアノブに手をかけ、部屋に入ろうとした途端に呼び止められて。
 反射的に振りかえれば、そこに彼女の姿は無く。
 かわりに感じたのは、いつもより濃い香の香りと、頬に柔らかな感触。
 悪戯が成功したとばかりに楽しそうに細められる紫水晶の瞳。
「おやすみ」
 満面の笑みでそう言って、彼女はノクスをその場に残して部屋へと戻る。
 ぱさりと軽い音を立てて床に落ちる服。
 ようやく事体を把握して、ノクスは途方にくれる。
 なんか今日は本当に眠れそうに無い、と。