095:海の青、空の蒼
地にはぽつぽつと顔を出す金貨。
風の強さもだいぶ落ち着き、日差しも暖かい。
平日の昼間だというのに公園の人影はそこそこ多かった。
木々を見上げて、花を待つ人々の姿。
春は別れと始まりの時期といったのは誰だったろうか?
「いいお天気ですね」
「そうですね。流石に花見には少し早かったようですけれど」
ベンチに腰掛けて交わす会話は和やかなもの。
PA、あるいは協会お仕着せの制服ではなく、私服で会うのはいつ以来だろう?
彼女は和装を好んでいるので、もしかしなくても洋装姿は珍しい。
淡い色のカーディガンにロングスカート。
春らしい装いといえるが、新鮮に思えたのは確か。
濃い色の服のほうが、彼女の白銀の髪を引き立てていたから。
でもそれは――もう昔のこと。
現姫の少し後ろで同じく空を見上げている青の姫。
かつては違っていた髪の色が、今は同じ。
あえて例えるなら、半分風景に透けている青の姫が『空』で、現姫が『海』の色といったところか。
視線に気づいたのだろう。現が振り向いて笑った。
「咲夜さんはお元気ですか?」
「おかげさまで。茜たち総出で礼儀作法を教え込んでます。
反発も予想より少なくて……泣き崩れた老臣もいましたよ、叔母上に生き写しだと」
「環境が変わりましたし、これから当分大変そうですね」
違いないと鎮真は苦笑する。
これから咲夜が生きる道は平坦ではない。
『神の器』として、これまでは現姫が行ってきた地鎮を任されるようになる。
国中を回ることが義務付けられる――もうしばらく猶予はあるが。
あの冷たい日は……季節的にもそうだけれど、まさしく『冬』だった。
ようやく春が来たなぁと、少し膨らみ始めた桜のつぼみを眺め、鎮真はしみじみと思った。
013:二度と戻れない、その場所
つぼみはどんどん膨らんで。桜が咲くまであと少し。
窓に肘を乗せて、両足は行儀悪くぶらぶらとゆらしながら、咲夜は外の桜を眺めていた。
故郷の桜は綺麗だけれど、大分昔に現が植えたというここの桜も見事なものだ。
毎年大輪の花を咲かせている。
――『咲夜』は知らないことだけど。
「どうぞ。リンゴジュースはお好きですか?」
「わーい」
氷のいっぱい入ったグラスに注がれたジュースをごくごくと飲む咲夜を見つつ、現は自分の冷茶のグラスを傾ける。
今日は魔法協会での仕事があるからと鎮真が咲夜を預けてきた。
あれ以来会っていないから様子を見たかったのは確かだし、二つ返事で請け負ったけれど。
青かった髪はすっかり白くなって、分かっていてもちょっとぎょっとする。
咲夜は元気そうに見える……けれど。
「こうして、話をするのは初めてですね。『壱』」
そう呼びかければ、はじかれたように少女が振り返る。
ぱちぱちと大きく瞬きをして、ふっと冷たい笑みを浮かべた。
「なんだ……分かってたんだ?」
「逆に聞きますけど、分からないと思ってたんですか?」
「……いや」
少しふてくされたようにしてこくこくとジュースを飲む姿は咲夜そのもの。
ああ、こっちが素なのかなと現は思った。
もしかしたら、自分のせいかもしれないけれど、とも。
強い風がカーテンを大きく揺らす。
大分暖かくなってきたし、花が咲くのももうすぐだろう。
『壱』と話が出来る――これは結構嬉しくて新鮮なことだった。
でも寂しいのは、愛されていたから。きっとずっと、誰よりも。
春は出会いと別れの季節。
『壱』と別れた私は、別の誰かと出会うのだろうか?
ずっとそばにいてくれた人との別れ。
会えなくなる訳ではないけれど、やっぱり…… 09.08.26
039:散る花の如く
最近、すぐに眠くなった。
どれだけ寝ても寝ても、眠くて仕方がない。
転寝はもちろん、この間なんて湯船で危うくおぼれかけて、眞珠にとても怒られた。
仕方のないこと、だと思う。
日に日に強くなっていく違和感に、現は窓の外を眺めた。
はらはらと舞い散る桜の花びら。美しさにため息をつき、憧れる。
そう、仕方のないことだ。
『この世界』に拒否されている自分が、今日まで何事もなく生きてこられたのは、壱の神の御力あっての事。壱が離れてから、極端に多くなった体の不調がいい例だ。
きっと、もう自分は長くない。
知っている。
壱の神がいるとはいえ、成人までもてば良いと言われていた事を。
だからこそ、この年まで生きたことは上出来だと思う。
悔いはあるけれど、満足していないわけではない。
自分が出来ることはやってきたつもりだし、どうしても叶わないことは諦めた。
だから。もし。
もし、叶うならば――壱が叶えてくれるなら、この花のように散りたい。
人の心に何かが残ってくれたら、きっと自分が生きてきた甲斐がある。
春の穏やかな日差しの中、吹く風は優しくて、ついついまどろんでしまう。
そのまま、彼女の瞳はゆっくりと落ちて、すぅすぅと規則的な寝息が続いた。
はらりはらりと、風が桜を浚っていく。
花に埋もれて現は眠る。
花のように散りたい。
でも、その前に。
ずっと側にいてくれた人に、一目でいいから逢いたかった。
一つの『終わり』は、いくつかの『始まり』と『終わり』を連れてきた。 09.09.02
「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/
辛く苦しい冬を越え、ようやく春がやってくる。 09.08.19