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しんせつ

047:そうして貴方は毒を吐く

「ずいぶんと、楽しそうですね」
「うん? いや、まぁな」
 喜佐に言われて景元は自らの口元に手をやる。
 少々浮かれていたかもしれない。
「今宵の月は格別だからな」
 そういって差し出した杯に透明な酒が注がれる。
 今夜は喜佐も機嫌がいい。
 酒精のためほんのりと色づいた頬。口元は絶えず笑みを浮かべている。
 そんな妻を見やって景元はまた杯を傾けた。
 気分がいい。特に、策がうまくいったときの酒は格別に美味い。
 昔から常々思っていたことだが、やっぱり自分は二番手にいてこそ真価を発揮することが出来るのだ。真砂七夜の名を上げ、その地位を磐石のものにするためには、どのような手をも使おう。
 本来なら十数年も前に兄の元でやるはずだったことが、ようやくできるようになった。
 鎮真は金の卵だ。傷をつけるわけにはいかない。
 名だけの存在しない「正妻」を娶ることになったときには、良くやったと思ったものだ。
 しかし予想していたとはいえ、側室をという声の強さには難儀した。
「まぁそれも、なくなるだろうが」
「なにかおっしゃいまして?」
「いや。まこと好い月よな」
 遊びなら良い。本気は決して許さぬが。
 とはいえ、契った女に裏切られたとあっては、痛手は中々消えぬだろう。
 鎮真は優しさを持つ故に、周囲の安全を考える。
 止めのように親友を奪い取られたのも効いたろう。
 それこそがアレの弱点ともいえる。上に立つには冷酷さが足りぬ。
 だが、それでいい。
 我が家の地位を上げるには、星家へと婿を出すことが一番の近道。
 幸いなことに真砂以外の七夜に、姫とつりあう年頃の男はおらぬ。
 鎮真が意識するように、幼きときより顔をあわせさせてきた。
 姫をお預かりした折にも好いている様子が伺えた。もっとも否を言わせる気はないが。
 お家は『和真』が継ぎ、鎮真は星家へ婿に入る。
 すべては、真砂七夜の繁栄の為。

家を栄えさせるためには、あらゆる手を使う。踊らされていると気づかせぬように策を張り巡らせて。 09.03.11

096:ある夜の御伽噺

 高く遠く、澄んだ笛の音が聞こえた。
 何の曲だろうか。優しいのに、ひどく切ない気持ちになる。
 暖かでいて物悲しいその曲に惹かれるように、鎮真は茵を抜け出した。

 鎮真は今、都に来ていた。
 河青の処分をどうするかの話し合いの最中、伝令が入った。
 昴が即位されるので至急都に上がるようにという勅命。
 これに逆らえるはずもなく、河青の処分は保留となった。
 鎮真のいない間に勝手に処罰される可能性もないとは言えないが、国を挙げての慶事に血の穢れを許すものはいないだろう。
 そんなことがばれたら、問答無用で真砂七夜は潰される。
 一部ではまだ宴会が続いているのか、ぽつぽつと明かりが見えた。
 桜宮殿と異名を持つだけあって、都は桜だらけだ。
 春爛漫のその景色は、青空の下では儚く美しいもの。月の下では妖しくも美しい。
 花明かりの中、音だけを頼りに足を進める。
 ふと思う。
 勝手に宮殿の庭を散策していいものだろうか?
 これほど雅な音なのに、鎮真のように奏者を探そうと思うものはいないのだろうか?
 降り落ちる花びらと細い月に笛の音はよく合い、また引き立てている。
 余韻が消え去る頃、ようやく鎮真は奏者を見つけた。
 狩衣を纏い、白い髪を一つにまとめ、こちらに背を向けている、外見だけは男性に見える人影。まあ、ほぼ間違いなく現姫だろう。
 漆塗りの篠笛を手にしたまま、ゆっくりとこちらに振り向く。
「『なんだ鎮真か』」
 開口一番つまらなそうに言われた言葉。
 それだけで、夢うつつとした意識がはっきりした。
「……壱の神」
 すぐさまその場に平伏すと、鷹揚な声で面を上げよと告げられる。
 見上げた姿は、神が降りていると知っているからか、いやに雄雄しい。
「『笛の音に誘われてきたか? 随分、無用心なことだな』」
 くつくつと笑う。どうやら機嫌は悪くないことを知って少しだけほっとする。
 触らぬ神に祟りなし。敬って穏便にお帰り願うのが一番いいのだ。
「『まあ丁度いい。今ならうるさいアレもおらぬし』」
 漏らされた独り言にふと疑問を感じるが、口は開かない。
 不用意な一言など、発するわけにはいかないから。
「『河青と言ったか? あれらは我が貰い受けよう。我が人柱として』」
 さらりと言われ、動揺のあまり鎮真は上げそうになった声を何とかかみ殺す。
「武田河青と妻の敦子を、でございますか」
「『息子もいたな』」
 どくんと心臓が脈を打つ。
「和馬、ですか」
「『然り。七つまでは神の子というであろう』」
 横柄に神は下す。渡せと。
 答えられぬ鎮真に、神はどう思ったのか。喉の奥で笑い、告げた。
「『良い。子だけは許す。慈しみ育てるがいい』」
「――は」
 是と。
 ただ一つだけ許された答えをした鎮真。
 地面を踏む音がして、視線を少し上げると壱の神――現姫はこちらに背を向けていた。
「『真に鎮める者よ。一つ教えてやろう』」
 思い出したと言わんばかりの気安さで神は言う。
「『どうせ捨てきれぬなら、しっかりと持っておけ。我が飽きたら返してやろう』」
 どういう意味だ。何について言われているんだと頭を働かせていると、ばっちりと視線が合ってしまった。
 硬直し、冷や汗を流しそうになる鎮真に対し、神は何故か悪戯っぽく微笑んだ。
「『そう――二人ともに、な』」
 理解できなかった。
 飽きたら返すと神は仰せられた。二人とも、と。
 神が縛っている二人を、返すと……そう。
 問いただそうと頭を上げると同時に、桜吹雪が互いの姿をかき消す。
 せめてもと伸ばした手は空を切り、叫んだはずなのに声が出ない。
 いつの間にかきつく閉ざしていた目を開くと、伸ばした自らの腕と……木の天井が目に入った。
「は?」
 腑抜けた声は自分のもので、寝起きのせいかくぐもっていた。
 夢……夢、か。
 じゃあ、あの返すっていうのは自分の都合のいい願望か。
 人柱云々の物騒な話は嘘でいいんだが。
 そこまで考えて、朝からなんだか気分が沈んだ。
 ため息をついて起き上がる。
 と、どこに紛れ込んでいたのか。
 淡い紅色の花びらがひらりと掛布に落ちた。

 夢なのか、現実なのか。
 それが分かるのは、新しい昴の御前。壱の神が降りられるとき。

夢幻か、神託か。時を経ても、変わらない想いがあるのならば。
いつか。 09.03.18

059:君はもう隣にいない

 新しい昴の即位は何事もなく執り行われ、しばらくは国全体がどこか和やかな空気に包まれていた。
 色々代わったところもあるが、真砂は特に表立って何かがあったわけではなく、日々を粛々と過ごしていた。
 唯一ともいえる大きな話題は殿様が養子を迎えたことだろう。

 ちらちらと部下の視線が痛いのは分かる。
「その件は任せよう」
「そのけんはまかせよう」
「治水工事の件はどうなっている?」
「ちすいこうじのけんはどうなっている?」
 舌ったらずな様子で鎮真の言葉を繰り返す幼子が原因だ。
 衣装に着られている感があるのも仕方ない。
 袴着を終えたばかりの子供は、つい先日鎮真の養子となった。
 両親の名を伏せ、桂の地で生まれた『敦馬』の子として引き取った。
 本当の両親の名を公表できるはずもない。
 素性が知られれば二人の犠牲は無意味になる。
 部下が下がったのを見て、鎮真はとなりの子供に向き直る。
「あのな『和真』。静かにしていないと駄目だぞ」
「だめですか?」
「そうだ。大人しくしていたら、後でご褒美をやろう」
「わかりました。いい子にしています。義父上」
 返事だけはいい子供の頭を撫でて、次の仕事を済ますべく部下を呼ぶ。
 『武田和馬』は、両親共に壱の神の人柱となった。
 ここにいるのは『真砂七夜和真』。真砂の大切な跡継ぎ。
 こうやって幼い頃から見せ付けておけば、対立候補が出ない限りは安全といっていいだろう。
 『敦馬』の子供ということで、戸惑っている連中が多いことも確かだが。
 鎮真としては、跡継ぎ問題で悩まされる率が減ったことは少しだけ楽といえなくもない。
 失ったものとは比べ物になんてならないけれど。
 和真にある二人の面影に苦いものを感じつつ、けれどそれをどうにも出来ないまま政務に励むしかない。

良く似た面差しがいるから辛い。でも、いてくれるから耐えられる。 09.03.25

030:その先にあるものは

 鹿威しの音が静かな部屋に響く。
 品定めをするように――あるいは、真意を問うように叔父は鎮真を見ていた。
「つまり、妻は娶らぬと?」
「はい」
 再度の問いに答えつつ、鎮真は茶を口にする。
「真砂の後継には和真が居りますゆえ、不都合はありますまい」
「しかし、それで納得するか?」
「嫁をとるにしても、家臣に余計な力をつけさせず、他の七夜を組み入れるにしても問題がありましょう」
 すでに潰された武田家の嫡子とはいえ、和真は目の前の叔父・景元の孫。
 問題はこれといってどころかまったくない。
 それに、忘れがちだが鎮真は妻帯していることになっている。
 時世七夜の遠縁の姫を正妻に迎えており、かつ、子が出来ない故に今回の養子縁組が成り立った。
「初恋が忘れられぬか?」
 景元の問いかけに、鎮真は苦笑する。
 叔父は自分を星家に婿入りさせたいのだろうか?
 子をもうけぬという宣言に、反対をしなかったのは彼だけだった。
「忘れがたいものではあります」
 素直に頷いて庭に視線をやる。ここにもまた薔薇の花が咲いていた。
「小さい頃から私の好みは変わっていないようで……よく似た方を想っています。今も」
 『彼女』の存在を、どれだけの人が知っているかなんて分からない。
 兄君であらせられる麦の君はご存知かもしれないが、片手で数えられるくらいだろう。
「星を欲するか」
「幻ほどに遠いものですが」
 苦笑して見せて、もう一度叔父に向かい直る。
「そういう訳ですので、その手の話が叔父上にかけられた場合には断ってください」
 本当に言いたかったことだけを告げて、茶を頂く。
 壱の神から確約を貰ったとはいえ、それがいつのことになるかは誰も知らない。
 ここまでしつこく想い続けたのだから、この際見返りが来るまで待ち続けようと鎮真は腹をくくった。

ごまかしはしない。目も背けない。「家の繁栄のために」という大義名分を作って未来(さき)を目指す。 09.04.01

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/