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しんせつ

081:制止の声に耳を貸さず

 以前からずっとずっと企んでいたことがあった。
 それでも実行に移すことは出来なかった。何故なら志津の周りにはいつも何人もの侍女が控えていたから。
 今回は丁重におもてなししなければいけないお客様がいる。叔母の誠だって久々に戻ってきた。だから今夜の宴はとても盛大なものになるだろうし、その分準備にも時間がかかる。
 これはまたとない機会なのだ。
「ほんとうにするんですか?」
「するの」
 不安そうな声は幻日のもの。
 それも仕方ないかもしれない。彼は志津のワガママに巻き込まれただけだから。
 以前からこっそり用意だけはしていた衣装に着替えた志津が胸を張る。
「いつもいつもいつまでも城の中ばかりではいけないと思うの。
 民の暮らしを知ることは大切なことなのよ? 人の話を聞くのもいいけど、やっぱり自分で体験しなきゃ」
 これは志津の持論だ。というより刷り込みだろうか。
 彼女は昔から母に聞かされていた。身分を隠して城下を歩いた父の話を。
「それに一人で行くわけではないのだし、大丈夫よ」
「わたしもあまり道は分からないのですけれど」
 にこっと笑う志津に対し、幻日は浮かぬ顔。
 脱走の片棒を担がされる身としては当然かもしれない。
「うそおっしゃい。地図を作るお仕事をしているのに、知らないわけがないでしょう?」
「わたしはお手伝いをしているだけですから」
 あちこち連れまわされているだけあって、幻日は年の割りにしっかりしている。あまり道がわからないなどと言っているが、それは志津を外に出したくないが故の嘘だろう。
 先ほどからまったく目を合わせないあたりが怪しい。
「大丈夫大丈夫。頼りにしているからね、幻」
 重さのともなわぬ声で告げて、志津は自身の姿を確認する。
 今着ているのは茜のお下がりだ。
 本来ならそんなものを持っているはずがないのだが、柄が気に入ったからこれがいいと駄々をこねて、なんとか手に入れたものだ。
 すべてはこうやって脱走する日のため。
 廊下をこっそりと通り過ぎて、大好きな中庭に向かう。
 今の季節は桃の花。三分咲きといったところか。香りを楽しむような余裕はないので、植木の陰に隠れるようにして移動する。
 壁に沿ってしばらく歩いてから先導する志津が立ち止まった。
「ほら、ここに穴が開いているでしょう?」
 指差す先には確かに小さな穴が開いている。
 猫や子どもが通るなら十分だが、大人には小さすぎる穴。
「ここから出るんですか?」
「そう。うふふ、楽しみだわ」
 志津があまりにも楽しそうに笑うので、幻日はここで折れた。
「……先に行きます」
 もしもここから出て人攫いなどにあっては大変だ。
 自分は何とか逃げることが出来るが、志津はそうはいかないだろう。
 大地に手と膝を着いて穴から半身を出して様子を伺う。
 人通りはほぼないし、門からも離れているから姿を見られる心配はない。確かに抜け道と言っていいだろう。
 そのまま先に這い出て志津に声をかけて脱出を手伝った。
 すその汚れを気にしつつ、志津が立ち上がったその時にそれは聞こえた。
「姫?!」
「河青ッ?!」
 出てきた穴の向こうで真っ青な顔をしている若侍の姿を目にして、志津は露骨に顔をしかめた。
「な、何故外におられるんですかッ お戻りくださいッ いえ、今そちらに参りますからお待ちくださいッ」
「い・や・よ!」
 自分が抜け出すことが出来ないと察した河青が叫ぶのに、志津はいっそ楽しそうに否を唱え、どちらに味方しようか迷っている幻日の手を迷いなくとり、すぐさま駆け出していった。
「姫様あぁっ」
 河青の悲鳴を背に受けながら、楽しそうに志津は町へと駆けていった。

かくて子ども達は「外」へと出でる。 08.02.06

065:夕暮れの帰り道

 城からでた志津は大いにはしゃいだ。
 あれは何これは何と幻日を質問攻めにしたり、だんごを食べたり。
 でも、仕方ないと幻日は思う。
 彼も最初はそうだった。彼の場合は志津以上に外に出ることを……部屋から出ることすら難しかったから。
 都に戻れば、またそんな日々を過ごすことになるのだろうけれど。
 初めての「外」は志津にとってとても眩しいものだったらしい。一日中ニコニコしていて、城に戻ったときにかなり怒られたというのにとても幸せそうだった。
 いい思い出になれば良いな、なんて思っていたのだ。その時は。

 半ば引きずられながら幻日は思う。
 一回出かければ満足するなんて、何で思ったんだろう?
 この年頃の二歳差は大きい。
 どれだけ幻日が踏ん張っても、やすやすと引きずられてしまう。
「ほら幻、早く! 龍馬もまつりも待ってるのよ、早く!」
「河青さんが怒りますよ」
「放っておけばいいの!」
 せめてもの反論も志津にはまったく効果がない。
「友達」のいるところへ着いてしまえば、幻日も何も言わないだろうとばかりに引っ張る志津。
 手を引かれながら、ふと思う。
 いままであちこち……ほんとうにあっちこっち旅をしてきたけれど、幻日はあまり友達が出来なかった。
 普段大人に囲まれているせいか、彼は話し方が丁寧でおとなしい。それが、子ども同士だと一歩引いた形で出てしまう。
 正直、志津の行動力はうらやましく思う。
 そして遊んでいる間はとても楽しくて――日が傾くのを見ると悲しくなるくらいに。
「龍馬ーっ」
「次郎ー」
 呼ばれた子どもが一人、また一人と輪から離れていく。
 母に甘えるようにして帰る友達の後姿を見送って、幻日はほんの少しうつむいた。
 彼は両親を知らない。父は彼が生まれる前に、母は生まれてすぐに儚くなってしまったらしい。
 日が暮れるから帰ろうと、呼びに来てくれる人はいなかった。
 だから。
「帰りましょうか、志津姫」
 先に切り出して来たときとは逆に志津の手を引く。
 彼女もまた、どこかうらやましそうに母と帰る友達を見ていることに気づいたから。
 なんとなく黙ったまま、橙に染まった道を行く。

 城に着くまで後少し。
 河青と昇の雷が落ちるまでの時間も、あと少し。

迎えに来てくれる「親」を知らない。でも、帰りを待っててくれる人はいる、しあわせ。 08.02.13

091:逃げ道を求めて

「ああもう悔しいッ」
 憤る志津の姿を見て、幻日はこっそりと息を吐く。
 三日連続で、しかも同じ場所から逃げ出そうとすれば対策を練られて当然だ。
 逃げるなら複数の経路を用意するべきですよね。
 その上で、一番行かないだろうと思われる場所を選ばないと。
 口に出せば質問攻めに去れた挙句に逃走経路を探す羽目になるだろうことは想像できたので、彼は沈黙を守る。
 確かに街で同じくらいの年の子と遊ぶのは楽しい。それは認めよう。
 でも、必死になって志津を探す河青や茜を見ていると、積極的に遊びに行こうと思わない。
 わたしが『外』に出たときも、兄上達困られたのでしょうか?
 数年前の自分の所業を思い出して考え込む。
 きっと、河青たち以上に兄は狼狽しただろう。
 可愛がられている自覚はあるし、兄達が過保護なことも分かっている。
 今度からもっとおとなしくしよう。
 そう決意を固める幻日の横で、諦めきれない志津が唸る。
「今日は色鬼するって言ってたのに。茶店でお団子食べたかったのに」
「なんだ、団子が食べたいのか?」
 突然ふってわいた声は気さくな男性のもの。深く優しい響きにも拘らず、子ども二人は硬直する。
 恐る恐る振り返れば、案の定、庭へと通じる縁側に城主の景元が立っていた。
「なんだ志津、ここにいたのか?」
「はい。幻日に庭を案内していたのです」
 案内をするのに、何故そんな粗末な服を着ているのかと問いただされたらどうしよう。
 引きつり笑顔で返す姪に何を思ったのか、景元は思案するようにあごに手をやる。
「西の堀」
 ポツリとこぼされた言葉に、志津は訳が分からず見つめ返す。
「南の松の根元や、東の桜もいい枝振りをしていてな」
 志津は相変わらず首をかしげているが幻日は分かった。分かってしまった。
 外に遊びに行くなら、そこから出ろと。けしかけているのだ。
 景元もまた、姪はともかく幻日が気づいたことを悟って、にやりと笑う。
「あまりはしゃぎすぎぬようにな」
「はい?」
 分からないなりに返事をする志津を見やって、景元はまた廊下を歩いていった。
 どうしよう。
 志津はまだ分かっていないようだけど、幻日が何かに気づいたことは分かっているようだ。
「幻?」
「は、はい?」
 問う志津に逃げ腰になる幻日。

 そして今日も、二人は町へと下りていく。

かくて歴史は繰り返す。 08.02.200

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/