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しんせつ

005:それは鮮やかな

 お客様に挨拶をするのは、義姉でもなく義弟でもなく、何故か私の役目だった。

 絹の衣を纏わされて、髪は丁寧に梳かれて結われ飾られる。
 畳を敷き詰めた部屋にはまだ小さな姫と乳母役の少女が二人。
「姫様の髪は本当にお綺麗ですねぇ」
「もう十年もすれば、お母上のように美しくなられるのでしょうね」
 どうやらあまり機嫌のよろしくない主。
 彼女を宥めるためか、あるいは本心だろうか。少女達は褒めたおす。
 それでも姫の表情は晴れない。
 小春も茜も褒めてくれるけれど……正直、喜んでいいのか分からない。
「志津様。笑顔、笑顔ですよー。ほら笑ってー?」
 顔を覗き込むようにして、にっこりと楽しそうに笑う茜に志津はムッとする。
「だって頭が重いのだもの」
 髪飾りが多いと思う。とくにかんざし。
 こっそりと付け加えられた言葉のように、志津姫の髪には見事な細工のかんざしがつけられていた。
 細かな金属で出来ているから、動くたびにシャラシャラと涼しげな音がする。
 音も見た目も綺麗だし、嫌だと言うわけではないが、やっぱり重い。
「我慢ですよ志津姫。姫は着飾ってこそなんですから」
 まじめに、でも楽しそうに言うのは小春。そうして彼女は容赦なく姫を飾っていく。つまり、動きにくいように。
 これから続く退屈な時間を思って、小さな姫はため息をついた。

 父の名前は七夜(ななよ)龍真。
 昴に継ぐ権力を持つ『北斗』の座。
 その一つ、破軍の任についていた、この国の先代当主。
 父が死んだのは二年前。その後すぐに母は出家した。今は遠い桂の地で父を弔っているという。
 国と破軍は叔父の景元(かげもと)が継ぎ、私は叔父の養子になった。
 それからずっと、お客のあるときは呼ばれる。
 先代の子を蔑ろにしていないと内外に示すためだろうって、どこからか聞こえてくる噂。
 そういった噂が気になって、一度だけ叔母に聞いたことがある。
 子どもを同席させるのはおかしいとか、同席させるなら国を継ぐことになる義弟じゃないかと。噂されてたそのままの内容を。
 叔母は苦笑して教えてくれた。
 義姉は年頃だから。いい人に見初められるとは限らないからあまり見せたくない。
 義弟は幼すぎるから。まだ言葉もあやしい赤子をそばに置けるわけがない。
 納得できるような出来ないような答えだった。

 にっこりと笑ってご挨拶しながら、退屈をもてあましているため、志津は別なことを考える。
 (あや)義姉上は、どこかにお嫁に行かれるのかな。
 志津がそう勘ぐるように最近の真砂への来客は若者が多かった。
 それも、家格がつりあい、かつ年もそう離れていないものたち。
 真砂の姫ならば引く手数多だろうことは察せられる。
 義姉上も十五だから嫁ぎ先が決まっているかもしれない。
 生まれてすぐに決まっちゃう人や、生まれる前から決まってる人もいるって言うし。
 私も八歳だし、決められるかもしれない。
 景元と客は話し込んでいるが、その内容は志津に分かるわけもなく、ただ話を聞き流すのみ。
 彼女の役目は挨拶くらい。暇なことこの上ない。
 長い話が終わってようやく客が一人帰って……また次のお客が来る。
 もう終わると思ったのに。うう、退屈。
 河青(かせい)を相手に囲碁してるほうがずっと楽しい。
 でも顔に出したらまた小春に怒られちゃう。もう少しの我慢我慢。
 何とか気合を入れて、次のお客様をお迎えする。
 いつものように叔父に促された後に挨拶をしようとして、志津は目を見張った。
 ちょっとびっくりした。
 だって、今まであったことのあるお客様とぜんぜん違ってたから。
 優しい顔のおじいさんと、小さな男の子。
 私と同じくらいの年の、真っ白な髪の男の子。

 それが、幻日(げんじつ)との最初の出会いだった。

鮮やかな髪の色。時が経っても鮮やかな思い出。 07.12.26

062:花を愛でるひと

「ねえ幻日(げんじつ)(げん)と呼んでもいい?」
 嬉しそうに問いかけるのは綺麗に着飾った小さな姫。楽しさを抑えきれないのか、姫が動くたびにかんざしがシャラシャラと音を立てる。
「はい。わたしも志津姫とお呼びしても?」
 答えるのは姫よりも幼い若君。
 こくんと首を傾げれば、人目を引く雪のように白い髪がさらりとゆれた。
「ええ、いいわ」

 幻日と共に挨拶に来た老人は、名を福川幸正といった。
 福川家は昴より国の測量を命じられた一族。
 正確な地図を作るために実際に各国を歩いて回るのが仕事。
 故にまだ幼い幻日は、祖父に同行する形で仕事を覚えていくのだという。
 とはいえ、測量をするのは何も安全な場所とは限らない。
 今回測りに行くところは子どもの足では辛いため、孫を二三日預かって欲しいと頼んだ幸正に景元が了承し、今の状態になる。
「幻はどこから来たの?」
「都からです。じい様といっしょに、ずっと旅をしています」
「ずっと? じゃあ(くろがね)や梓にも行った?」
「鉄には行きました」
 年の近い話し相手が嬉しいのだろう。志津は次から次へと質問をする。
 そんな志津に答える幻日は、緊張ゆえにかほんのりと頬を染めて、それでもはきはきと答える。
「幻は囲碁好き? それとも将棋? 貝合わせがいいかしら?」
 さあ何をして遊ぼうかと考える志津。
 志津は囲碁が好きだ。腕の方も少し自信がある。
 流石に大人には敵わないが、河青相手ではもう勝負にならない。
 できれば囲碁で遊びたいけれど、ここはお姉さんらしく幻日に選択をゆだねた。
 どうしようかなと考えているらしい幻日。
 きょろきょろと大きな瞳がせわしなく動かして困った様子がよく分かる。
「ゆっくり決めていいからね」
 落ち着かせるつもりで言った志津の言葉を急かされていると取ったらしい。
 先ほどにもまして落ち着きなく視線が彷徨い、一箇所で止まった。
 きょとんとした表情で、竜胆の花の色をした瞳が何かを一心に見つめている。
 何か見慣れないものがあるのだろうかと、志津も彼の視線を追う。
 特に珍しいと思えない小箱とそれから生けられた花が目に入る。
「なにかあった?」
 志津にとっては何も珍しいものはない。
 だけど、幻日はそうではないのかもしれないと思っての問いかけに、案の定彼は頷いた。
「あの白い花、なんですか?」
「薔薇よ。わたし大好きなの。知らないの?」
 教えてもらった名前をかみ締めるように繰り返す幻日に、いい事を思いついたとばかりに志津は立ち上がる。
「お庭に行きましょ。薔薇がいっぱい咲いてるの。きっと幻も気に入るわ」
 慌てて立ち上がろうとしてもたついている幻日の手を引っ張って立たせて、控えていた乳母に要件を告げた。
「茜っ 庭に行くの、準備して」
「志津様ったら楽しそうですねぇ」
 茜の苦笑が聞こえていないのだろう。足取り軽く志津は部屋を後にした。

 緑に映える白い花。その芳香は香しいがしつこいものではない。
 興奮で顔を真っ赤に染めている幻日を見て、志津は満足そうに笑った。
 わざわざ真砂に来てくれたのだ。出来ればいい思い出を作ってもらいたい。
「きれいでしょ」
「はいっ」
 ぐるんと勢いよく振り向きすぎて、たたらを踏みながらも幻日は満面の笑みをこぼす。
「まっ白できれいですっ 姉上に見せて差し上げたいです」
「幻は姉上がいるの?」
 興奮のままに訴える幻日だったが、素朴な志津の疑問にぴしりと固まった。
「えっと……あの、その」
 何か言わなきゃと思うものの、言葉が出ない様子の幻日。
 まるで大切な秘密を話してしまったような態度。
 いじめているわけじゃないけれど、いじめてるような気にさせられる。
「ねえ茜、薔薇を一輪ちょうだい」
 好きな花だけに薔薇には棘があることを知っている志津は、おとなしく茜にとってもらうことにした。
 志津が怪我をして怒られるのは志津だけじゃない。
 だから、棘が全部取られた薔薇をもらうようにしている。
 いつもならそれを持ってかえって部屋に飾るのだが、今回は違う。
「はい」
 どうぞと、まだ混乱真っ最中の幻日に差し出した。
「え?」
 ぽかんと志津を見上げる顔がまた愛らしい。
 幻は女の子に生まれてれば良かったのにと頭の片隅で思いながらも、志津はもう一度花を差し出す。
「姉上に見せて差し上げたいんでしょ? だからあげる」
「いいんですか?」
 困ったように嬉しそうに、手を伸ばしかけた微妙な格好で問いかける幻日に大きく頷く。
「だって、わたしこの花好きだもの。
 好きな花を好きになってくれる人が増えたらうれしいわ」
 だから遠慮しなくていいのよと言うと、ようやく幻日は受け取った。
 大切な宝物のように丁寧に。本当にうれしそうに笑って。

 楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうようで、最初に言ったように三日後には幸正は帰ってきて、幻日と一緒にまた旅に出てしまった。
 遊び相手がいなくなったのはやっぱり寂しかったらしく、数日間志津はとてもおとなしかった。
 部屋に飾られている薔薇を見ると思い出す。真っ白な髪の男の子。
 表情がくるくる変わって、女の子みたいに可愛い子。
 それに何より……囲碁で負けたことが悔しい。
 自信あったのに。なんで幻日はあんなに強いの?!
 何度も挑んで何度も負けて、結局次に来たときにまた勝負すると約束させたけれど。
「次は負けないんだから」
 白薔薇に向かって宣戦布告をして、志津は練習相手を探しに行った。

 志津が物憂げなため息を吐いていたことから、叔父兼養父の景元が気が気じゃなかったと聞いたのは、かなりの年月が経ってからのことだった。

花は愛でるもの、そして贈るもの。贈った花に、彼の人の面影を見る。 08.01.02

028:ひとひらの恋

 ぱちんぱちんと小さな音が部屋に響く。
 真剣な表情で向かい合っているのは志津と、彼女より少し年上の少年。
 少しくすんだ薄縹の髪は頭の頂で一つに結わえられ、古代紫の瞳はじっと並べられた石を見やっている。
 真一文字に結ばれた口がゆっくりと開かれて。
「負けました」
 宣言をすると、志津は面白くなさそうに碁石を片付け始めた。
「もっとしっかりやってよ河青。練習にならないじゃない」
「そうおっしゃいましても」
 河青は碁が得意ではない。それは志津とて良く知っている。
「特訓してないと、また負けちゃうもの。今度は勝つの。絶対勝つの!」
「姫。練習でしたらもっと強い方にお願いされてはいかがですか?」
 弱いだなんだと言っておいて、もう一局と迫る志津。対する河青は及び腰。
 こういったことには元来向かないんだと心中でごちる。
 先を見越して策を練るのは性根に逢わない。
 従姉の茜によると、志津は年下の子に囲碁で負けたのが悔しかったらしいが、とばっちりをくらいたくはない。
「ほら河青、もう一局」
 それでも……こうやってねだられてしまってはどうしようもない。
 志津姫は河青が仕える主人。だから一緒にいられる。
 もう少し大きくなったならきっと離されてしまうだろうけれど。
 でもそれは、お家のためには当然のこと。
「さあ河青、どこに打つの?」
 返事を待たず、すでにやる気の志津に苦笑を漏らす。
 いつまでそばにいられるかなんて分からない。
 でも――それでも今はこうやってそばにいられるのだから。
 この気持ちを大切にしよう。

 相変わらず、河青はあんまり強くない。
 それに比べて幻日は強かった。
 一体誰と打ってたのかしら?
 都には碁の名人もいると聞くから、そういう方に師事してるのかしら。
 それとも、福川殿(おじいさま)がお強いのかしら?
 今の対局相手は河青だけど、志津は別のことを考える。
 幻ならどこに打つ? どう攻めてくる?
 次は絶対に負けないんだから。

自覚と無自覚。大きくなれば変わってしまう関係。 08.01.09

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/