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空の在り処

【第五話 対決】 3.復活と交代

 光が奔る。『壱』がバァルを掴んだ左手を中心として、赤、青、緑、黄、紫……そして、白。
 さまざまな色の光が点滅を繰り返す。
 二人から飛び出した十二の強い光は円を描くように回って、だんだんとその直径を縮めていく。
 綺麗。思わず見惚れてしまうくらい。
 だけど、その光はただの光じゃあないみたいで、『壱』以外は顔を引きつらせている。
 一際大きな音を立てて、稲妻のような光が奔ると、バァルが弾き飛ばされる。
 さっき『壱』は返してもらうって言った。
 ……何を? ……誰、を?
 光の本流が激しくなる。さっきみたいに小さな光の爆発が繰り返される。
 不安と期待と。両方が頂点に達しようかという時に、一際激しく光がはじけた。

 眩しすぎる光に目を焼かれたのだろうか、苦痛の呻きが聞こえる中、先ほどまで誰もいなかった位置に……『壱』のすぐ隣に人が立っていた。
 ゆるく波打つ髪は、色彩も相まって穏やかな海のよう。肌は白いけど、すぐ隣にいる現の病的な白さとは違い、健康的なもの。
 見たことはない。でも……予感はある。
 姉上や兄上が時々、やりきれないように言っていた。
 現には必死に隠されていたけれど、気づかずにはいられないくらい、皆が心配していた女性。
 まつげが震え、ゆるゆると開かれた瞳は、光の加減で薄くも濃くも見える不思議な色。
 ふっと息を一つ吐いて、女性はその場に崩れ落ちた。
 白騎士のうちの何人かが思わずといった様子で何歩か飛び出したけど、それだけ。
 ためらった本当の理由は分からないけど、葛藤している様子はわかった。
「『根性がないぞ、(おもい)』」
 呆れるような『壱』の声に、想と呼ばれた女性は――姉上は視線だけを返す。
「想姫……」
 どこか呆然としたような声は、白騎士たちの誰かの言葉。
 やっぱり、国の人間がいるらしい。
「まさか……神」
 背筋が凍る気がした。
 ぽつりとした……独り言のように小さな声だったのに、妙に大きく聞こえたその発言の主は、バァルは、地面に座り込んだまま『壱』を見上げていた。
 対する『壱』は、興味の失せた目で見下ろしている。
「とうとう……ようやく、見つけた……神よ」
「『うるさい』」
 恍惚とした表情で訴えるバァルを『壱』は一言で切って捨てる。
「『いつ、発言を許した?』」
 絶対的な強者としての『壱』の言葉。でも、バァルは止まらない。
「神よ。この日をどれほど待ち焦がれたことか」
「うるさいぞ、黙れバァル」
 言葉を遮ったのは、まだ若い男の声。さっき、わたしを見ていた男のもの。
 彼は何故か『壱』に向かって微笑みかけた。
「やあ、ボク」
 奇妙な呼びかけ。小さな男の子相手じゃあるまいし、何でそんなヘンな呼びかけをするのかしら?
 わたしが感じた疑問と同じ事を『壱』も思ったのかは分からない。
 ただ、不機嫌そうに一言も発することなく相手を見返す。
「やだなぁ。ボクが分からないのかい。『ボク』」
 間違いなく『壱』に呼びかけているみたいだけど……何が目的なのかしら?
 何を言いたいの?
 沈黙したままの『壱』をどう思ったのか、男は困ったように笑う。
「こんなとこにきたから忘れちゃったんだね。ボクはずっと『ボク』を探してたんだよ」
 言われている言葉の意味が、相変わらず理解できない。
 本当に、何が言いたいのかしら。
「神よ!」
 話が読めなかったのはわたしだけじゃなかったみたいだけど、そう声を張り上げた相手も別の意味で読めていなかったみたい。
 切羽詰った表情で、バァルは一心に『壱』を見上げる。
「どうか私の」
「黙れといっている」
 イライラした様子を隠さない男。自分の発言を妨げられたのがそんなに嫌なのかしら。
 でも、バァルはそんな相手に気づかないように必死に『壱』へと訴える。
「何故私に」
「うるさい、邪魔だ」
 言葉とともに生まれる光。それは狙い違わずバァルを打ち倒す。
 悲鳴を上げることすら許されず倒れ伏すバァル。
 それをつまらなそうに見やって男は『壱』に向き直る。親愛を込めた微笑を浮かべて。
「『……使い捨てるんだ?』」
 嫌悪を込めて、揶揄するように言う『壱』。
 向けられている感情を正しく理解しているのか、男は笑う。
「中々便利だったけど、もういらない。だって『ボク』を見つけたんだから」
 くすくす笑う男は不気味で得体が知れない。
 一体、何が言いたいの?
「大丈夫だよ『ボク』。ボクと一緒に……一つに戻れば思い出すからさ。
 どこかの誰かに分けられてから、ボクはずっと『ボク』を探してた。
 ようやく会えたね」
 切なさすら感じさせて、しみじみと男は言う。
 でも……『彼』が『壱』と同じ……『壱』自身とは思えない。
 確かに、『壱』は複数の場所に同じ時間に存在できるけど、それとは……力のあり方が違うというか。
 上手くいえないけど、『壱』じゃない。それだけは確信を持っていえる。
 そして、わたしの考えを肯定するように『壱』が深く息を吐いた。
「『結局気づけなかったわけか。ぼくは「壱」だ。「お前」じゃない』」
 真っ向からの否定意見に、男は不思議そうに『壱』を見返し、それから笑う。
「長く離れていたからね、信じられなくても仕方ないよ。
 さあ、そんな器早く捨てて、戻ろう」
 その言葉と同時に、白騎士たちが『壱』に向かって襲い掛かってくる。
 『壱』は面白そうに笑った後、目を閉じた。
 どんな策があるのかしら? 現の身体であまり無理して欲しくないけど。
 ――そんな風に、のんきに構えていた自分が憎らしい。
 再び目を開けた『壱』は、大慌てで懐を探る。
 白騎士の剣が届くほど間合いが近くなって、ようやく取り出した懐剣を掲げて小さな声で紡がれる魔法。
 『壱』を中心として吹き荒れる嵐に、騎士たちとの間合いが開く。
 ……なんだか、『壱』が攻撃をしているにしては妙な行動に、嫌な予感がした。
「っ 急にっ 戻さないでくださいよ!」
 焦りと怒りとが半々に混ざった声。
 とてもとても聞きたかった声。
 思わず名を呼びそうになって慌てて口を閉じて両手で押さえる。
『だってぼく、乱暴ごと苦手なんだもん』
 どこまでも可愛らしく、とてつもなく無責任な言葉を言うのは『壱の神』。
「そういうこと言いますか!」
 ……現だ。現だ!
 嬉しさに思わず涙がこぼれそうになる、けど。
『ちょっと! 真面目に戦いなよっ』
「やってます!」
『どこが?! 手抜きもいいとこじゃないか!
 あんなに軽快に「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」ってやってるくせに!』
「そんなことした覚えはありません!
 弱ってるんですよこれでも! 頭重いしふらふらするし!
 武器は黒点だけだし動きにくいし!」
 そう叫びながらも白騎士の攻撃を避けてる現はすごいのかしら?
 あ、単まとめて脱ぎ捨てた。騎士にぶつけるようにして目隠しした上に蹴飛ばした。
 十分元気そうに見えて心配が減ったというか、こういう状況で現に主導権を返す『壱』に呆れるというか。
「うつつちゃんって……随分元気な子なのねぇ」
 地面に倒れられたままの姉上の、妙にしみじみとした言葉に、返事をする必要がないということを、とてもありがたく感じてしまった。