【第二話 幽囚】 2.平穏と流れる時間の差
囚われ、と言って良いだろう現のこれからに、宮中内では無論もめにもめた。
七夜内で派閥があるように、公家や宮中内の女房達にだって派閥はある。
『本来の後星』だったにも拘らず、『他国からの介入』によって失脚させられたと考えている人間が多いため、利益的には昴派でも現のことなんてどうでもいいと考える人間は意外と少ない。
もっと砕けて言えば、現は『悲劇の姫君』なのだ。
姉と兄を他国のせいで奪われ、自身もまた本来の場所から追いやられた、可哀想な姫。
本人の認識は別として。――それから、昴になれない本当の理由を別としても。
それぞれの派閥で姉上と朧を比べてみたり、現本人と昴――明――を比べてみたり、互いの陰口を叩きあうのも珍しいことじゃない。
なまじ現の出来がいいものだから、比べられる明は可哀想と思わなくもないけれど。
現が都を出ることになって、こちら側の人間は……うん、色々すごかった。
現付きの侍女――能登――をごり押しで連れて行かせることを了承させ、脅しに脅し上げた。嫌味もばっちりつけて。
味方だから心強く思うけれど……少し、ほんの少しだけ鎮真がかわいそうにもなった。わたしがそう思うくらいだから、どの程度のものだったかは察して欲しい。
実際、真砂に移ってからもすごかったし。
でも能登が着いてきてくれてよかったとは思う。
彼女は元々姉上付きの侍女だったから、立ち居振る舞いはもちろん最上級だし……護衛の能力もある。
糸みたいに細い――鉄の糸、糸の刃って言う方が良いかしら。そういったものを得意の武器としているから持ち込むのも簡単だし。
口がたって気も強いから、すぐに相手とケンカしちゃうのが玉に瑕だけど……でも、現のことを一番に考えてくれるし頼りになる。
最初は現をどう扱おうかと悩んでいた鎮真も、結局は能登の意見に押された。
日当たりのいい、景色が良く見える上等な部屋。
それでも――自由を奪われ、囚われていることには違いないのだけど。
現は毎日暇そうにしていた。でも、正直今までのほうがおかしい。
だって現は星家の姫で、本来なら宮中で大人しくしている――部屋から出ることすら稀な生活を送っているのが普通なのだ。
だというのにこの子ときたら、国内を巡り巡り、海外だってうろついた。
祭祀のためだったり、姉上やポーリーといった身内に会うためだったりはしたのだけれど、それだって一人で行っていいものじゃない。
今までみたいに怪我とかそういったものの心配をしなくても良くなったのは、悪いことじゃあないのかしら?
わたしの思いを他所に、時間はのんびりと過ぎていった。
季節を眺めて歌を詠んだり、香を合わせたり……ごく普通の貴族の姫と変らぬ暮らし。
もちろん、祈りを捧げたりはするのだけれど、妙に平和な日々が続いていった。
軟禁されているといっても、噂とかは聞けたりする。
現の機嫌うかがいに、鎮真もしょっちゅうやってくるし。
面白おかしい町の噂や、政にはまったく関係ない話を少しして戻る。
そういう、不本意だけどのどかな日々が続いた。
桜が散って、藤が咲き誇り、紫陽花に移り。空が濃く冴え、高くなり……澄み渡る。
のんびりした時間なのに、なんだか妙に早く過ぎて。
現がこの地に封じられて一年。何もなかったのはそこまでだった。
真砂へ早馬がやってきたことが発端。
ここより東の、潮路の地で原因不明の奇病が流行ったという。
最初はちょっとした体調不良から始まり、衰弱して起きれなくなってしまった人も出たとか。
先程は原因不明と言ったけど、実際はよくわかっている。
潮路は昨年、現が回るはずの土地だった。もちろん、祭祀のために。
本来回る予定の場所に行かなかった……つまり、『壱の神』の力が注がれなかった土地。
故に、『壱の神』に頼らないと生きていけないわたし達は弱っていく。
かつてこの国に住み始めた第一世代のように。
慌てふためいた潮路七夜は昴をせっついた。
今すぐに何とかして――平たく言えば、現を派遣して祭祀を行って――欲しい、と。
まぁ当然の要望だろう。
このまま現を閉じ込めておけば、待っているのはゆるやかな滅びだ。
しかも事は潮路だけに留まらない。
最悪、真砂以外の地域全部が同じ道をたどるだろう。
壱の神さえ他に移れば、そういった最悪の事態を避けられるだろうけれど……それこそ出来るならとっくにやっている。
現が星家のただ一人の姫――唯一の後継者――だった頃からずっと。
あの頃は本当に皆躍起になって研究してた。
宥めすかして煽てて……それも、全部徒労に終わってしまった。
至急返答願うという潮路七夜の要請に、昴の腰は重かった――らしい。
このあたりの話は、こっそりと鎮真と部下の会話を聞いていたから分かったこと。
変な話だと怒るの通り越して呆れた。
自国の民をみすみす見殺しにするような真似をするなんて、馬鹿げている。
結局……多数の見張り付きとはいえ、現は出かけて祭祀を行うことになった。
最初は呆れたけれど、後に残ったのは違和感。
――遅かれ早かれ、こんな事態になることはわかりきっていた筈。
『壱の神』の御力なければ生きていけないわたし達。
その器たる現を、閉じ込めたままでいられるわけがないのに。
なのに何故、明は謹慎なんて命令を下したのかしら?
都で、というのならまだ分かる。
七夜が目障りだから、あちらの力を削ぎ、自分達だけは助かろうというのならば――心情的には許せないことだけど――考えられない戦略では……ない。
疑問に感じたのはそれだけじゃない。
真砂に移って一年と半年くらいが経った頃、いつもの鎮真のおしゃべりで知ったこと。
「そういえば、先日星の御子が誕生されたようですよ」
「あら、それはめでたいですね」
少し躊躇したように話を繰り出した鎮真に対し、現は屈託なく喜びを表す。
……笑ってどうするの。つまり、ポーリーに後を継がせたくない連中が明を……ってことでしょ?
というか、明はいつ結婚したのかしら?
にこやかな現に対し、鎮真はあからさまにほっとした顔をした。
本当に素直というか……嘘がつけないんだなと思う。
一国の主ともなれば腹芸に長けてなければいけないというのに、どうにも鎮真はそういった方面が弱い。普通の人ならそれは美点になるんだろうけれど……
「明さんはお元気そうでした?」
「ええ。相変わらずお元気で、お美しく成長されていました」
現の問いかけに安心しきった表情で返す鎮真。
「そう」
けれど、同意するような現はどこかおかしかった。
多分鎮真は気づいてない。その後も二言三言話しただけですぐに出て行ったし。
能登に茶を入れるよう頼んで、その間少しぼうっと外を眺める。
……絶対、何か考えてる。
考えてるとしたら、何? さっきまで話していたのは明のこと……で。
そこではたと気づく。
『お美しく成長されていました』?
あの時、明は十五歳くらい――あくまで見た目の年齢が――だった。
あれから一年半しか経ってない、というのが大半……というか、みんなの意見。
でも……わたしたちの『一年』は、外つ国の人間の『百年』。
外つ国の血が入ったものは、年を取るのが早くなる――朧のように。
……鎮真は、おかしいと思わなかったんだろうか。
朧は都に来て、二年と経たずに亡くなった。
でも、四年前――初めて現が朧に会ったとき、明は生まれていなかった。
わたしたちにとっての『一年』は、朧にとって『二年』と同じ。そして……明にとっては『十年』。
朧の年の取り方が早いというのは気づかれにくかった。それに、彼女はそのことを広く知られる前になくなってしまった。
でも、明の成長の早さは皆も――少なくとも宮中にいる要職者や七夜の中枢に位置する者達は知っているはず。
歳で言うなら、きっと今の明は三十くらい。その年の相手に『成長』という言葉はなんだか妙な気がする。
あまり近くにいないから気づかないのかしら?
わたしや現だってきっと、ポーリーの成長を間近で見なければ納得できなかったと思う。
あんなに短い時間で大きくなってしまうなんて、分かっていたつもりだったけど驚かされたもの。
明の成長の早さを鎮真が知らないとは思えないけど……でも、理解していないのかもしれない。
あれ? でも、真砂七夜の当主なら謁見するのは当然だし……十六歳と三十歳を間違えるのは……あんまりないことだろうし。御簾越しだから分かりにくいとか?
疑問は尽きないけど、心情はどうしようもなく複雑。
以前、明は現を騙して閉じ込めた。今回の軟禁だって彼女の命令だ。
懐いているようで、簡単に裏切る。そんな相手を信用できない。
現はお人よし過ぎるから、気をつけてほしい。本当に。
明が何を考えているかなんて分からない。
問いただしたくとも、本人に会うことは……ない。
だから真相は闇の中だろう。そう、思っていた。
真砂に明が現れる迄は。