【第五話 復活】 4.心地よい幸せ
結論から言えば、ポーリーはかなり体力を消耗していた。二、三日は絶対安静とのことだ。彼女を目覚めさせたノクティルーカはというと、彼も無理が祟ったのだろう、深い眠りについている。
ちなみに、先ほどまではポーリーの眠るベッド一つだった部屋は、もう一つ無理やりにベッドを詰め込んだため、多少手狭になっていた。
寝こけたノクティルーカを発見したミルザムが運ぼうとしたところ、なんともいえない目で見られたのだ。
連れて行っちゃうの? 私、ひとりにしちゃうの?
被害妄想だろうか。
とにかく、ミルザムは酷く心にダメージをくらい、ベッドを運び込んだ。
スピカが「男女七歳にして席を同じゅうせず」というではないかと騒ぎたて、ミルザムが運ばないなら自分がと勢い込んできたものの、やはり撃沈した。
「あの目はないよなぁ」
「わらわもそなたも、ちい姫のあの目には弱いの」
だって可愛いし。
「ちょっとした我侭だよな。うん」
「お一人にしてしまってはかえって不安を煽るだけじゃ」
自身に言い聞かせるようにしながら、二人は部屋を後にする。
「末姫様は結局――聞き分けが良すぎるままに成長されてしまわれたからの」
「そうだな」
スピカもミルザムも、末姫――アースの幼い頃を知っている。
そして、ポーリーはそんな叔母に良く似ていた。
「姫様は……お元気かな」
「御文を差し上げようか」
貴女の大切な姪御様が助かりましたと。
きっと喜ばれると笑うスピカに、ミルザムはああと小さな笑みを返した。
なんとなく、ポーリーはため息をついた。
重湯は食べた気がしない。
けれど、固形物はまだ駄目と言われてしまった。
確かに座るだけでも疲れるけど。
こっそりと思い、目を閉じる。
我侭なんていえない。生きているだけで、文句なんてあるわけない。
食事を持ってきてくれたのはユーラで、ゆっくりと食べる――正確には、飲むだけど――間、少しだけ話をした。
無事でよかったと、何度も涙ながらに言われて、悪かったなぁと思う。
私のせいで悲しませた。とてもたくさんの人たちを。
どうしてこんなことをしたのか、話さなきゃいけない。
でも、ポーリーの体調が回復してからと、遮られてしまった。
――ほっとしてしまった自分が悔しい。
「まーた考えこんでんな」
少しくぐもった声に、ポーリーは顔を向けた。
まだ多少寝ぼけた顔のノクティルーカがこちらを見ていた。
「おはよう」
「はよ。で? どうせまた考え込んでたんだろ」
ノクティルーカの言葉に、彼女の眉がよる。
相変わらず分かりやすいよなぁ。
胸の内だけでノクティルーカは息を吐き、先を促した。
「で?」
「でって」
「何考えてたんだ? どうせまた泣くの我慢してたんだろ」
「ど、どうして泣くの前提なの?!」
くしゃりと顔をゆがませたポーリー。
彼女の泣き顔は苦手だったはずなのに、まして追い詰めるようなことはしないと思っていたのに。
ノクティルーカは次の言葉を発していた。
「お前、基本的にすげぇ泣き虫だから」
「……ッ」
おもいきり傷ついた表情でポーリーは彼を睨んだ。
が、ほんのちょっぴり浮かんだ涙のせいでまったく怖くない。
「助けてくれたのはお前だろう」
確信を持った問いかけに、彼女の瞳が揺れる。
「え……と」
なんと言えばいいだろうかと考えるポーリーだったが、ノクティルーカはその猶予を与えなかった。
「まあ、結構ぎりぎりだったけどな」
「え」
「あと少し遅れてたら、やられてただろうし」
「ええッ」
途端ざっと顔を青ざめさせる彼女に、苦笑が漏れる。
ポーリーが自分達を心配してくれたように、自分達だって心配してることくらい、分かっていただろうに。
「どうして、分かったんだ? 俺達が殺されるって」
ただ、嫌なものを感じていただけなのかもしれない。
けれど、話しているうちになんとなく――彼女は知っていたような気がした。
ノクティルーカたちが殺されると知っていて、だからこそ対策を取った。そんな、気が。
見つめ続けていれば、観念したのだろう。
視線が合わないように天井を見るように寝返りを打ってから、彼女は話した。
「戦が終われば、『英雄』は不要なんだって」
――ご存知でしょう?
平時には不要なのですよ。要らぬ争いを呼ぶ『英雄』など……ね――
それはかつて死刑宣告として言われた言葉。
やっぱあいつかと、どこか冷めたように思うノクティルーカに気づくことなく、ポーリーは続ける。
「私が首を差し出すなら、他の皆を助けるって言ったの」
だからと少女は続ける。
「私なんかの命でみんな助かるなら、それでもいいやって思えたの」
「ポーリー」
名を呼べば、泣き笑いの表情でポーリーはこちらを向く。
「でもね。私が死んだら、約束が守られたかどうかなんてわからないでしょう?
だから私の手で守れるようにしたかったの」
あらかじめ術をかけておいたのだという。
ノクティルーカたちに生命の危機が迫ったときに発動するように。
「同じ命をかけるならそっちの方が断然いいと思ったし」
「お前馬鹿だろ」
身も蓋もない彼の言葉に、ポーリーは小さく頷く。
「うん。本当に馬鹿だ……ひどい事、頼んだ」
話の内容が分からなくて、視線で先を促すノクティルーカ。
けれど、ポーリーはまた視線をそらす。
「私が選んだ事知ったら、父上はきっと怒るだろうなって。
そう思ったから……だから。
……だから、私なんて、いなかったことにしてもらおうとしたの。
最初からいなければ、淋しいなんて思わないでしょ?
悲しくなんてないでしょ?」
「ポーリー?」
内容が分からない。
何を言ってるんだと言いたそうな彼に、彼女はポツリと応えた。
「私に関することすべでを、消してもらったの。……みんなの記憶から……」
「なに?」
疑問の声を出す一方で、ノクティルーカは納得する。
世間一般に知られている『勇者ノクス』の英雄譚。
それは、『三人』で、セラータやレリギオを襲った魔王を倒したとされていた。
ポーリーが『ミュステス』だったから、わざと外されたものとばかり思っていたのだが。
こういう理由か。
そして、もう一つ分かったことがある。
ポーリーは『消してもらった』といった。
そんなことが出来そうなものも、また、頼んだからといって請け負ってくれそうな相手も一人しかいない。
ポーリーの叔母のアース。
だからこそ、彼女は罪悪感に苛まれているんだろう。
大好きな叔母に、自分の記憶を――存在をなかったことにして欲しいと頼んだことを、悔やんでいる。
実際はミルザムとかそういった連中は覚えていたわけだけど。
父親に俺のことを問われたミルザムはどう思ったろう?
ふと思ったことに、ノクティルーカもまた暗いものを抱えることになる。
「本当に馬鹿だな」
「……わかってるもん」
「だったら、ちゃんと謝れよ?」
稚い子供のように、ポーリーが大きな目でノクティルーカを見つめた。
なんでそんな顔をするんだろうと、逆に彼は思う。
自分が、悪いことをしたと分かっていて、許して欲しいと思うなら謝ることだ。
「アースに気の済むまで謝れば良いだろ。それだけ分かってるならな」
姪に甘いアースのことだ。
ごめんなさいの一言で、きっと許してしまうだろう。
言われた内容を理解し切れていないのか、ポーリーが二つ三つゆっくりと瞬きをする。
一粒、雫がこぼれてシーツに吸い込まれた。後はもう次から次へとこぼれてしまって、彼女はとうとう枕に顔を埋めてしまった。
「ど……してっ ひっ 人がせっかく……っ」
「泣くの我慢すんなよ」
懐かしいやり取り。
だけど、繰り返さないうちにノクティルーカは彼女の言葉を遮る。
「辛いのに我慢しなくていい。……頼ってくれていい」
言い終えてからはたと気づく。
何を言ってるんだ自分。いつかのように慌てることなく、ヤケに冷静にそう突っ込んでしまえることが今は怖い。
……さらに泣くか?
嫌な予感のままに少女を見やれば、先程よりも肩は細かく振るえ、隠し切れない嗚咽が響いた。
また泣かせた。なのに。
ため息をついた後、苦笑ではない笑みが浮かぶ。
どれもこれも懐かしくて、嬉しくて仕方ない。