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ソラの在り処-暁天-

【第一話 陰謀】 2.ありふれた幸せ

 見慣れた顔――やってきた客は、それはそれは楽しそうにふんぞり返った。
「久しぶりだな」
 彼はかつて共に旅をした仲間。二十代前半という若さで司祭の位を持つ青年。
 頭の後ろでひとつに結い上げられた深紅の髪と、ソール教の白い法衣のコントラストは目にも鮮やか。
 一緒に旅してるときも派手だと思っていたが、改めて思う。
 おまけにすらっとした長身で、顔が整っているとなればなおのこと目立つ。
 その彼がふっと笑みを浮かべた。
「残念だったな。愛しの君でなくて」
「……何しに来た」
「いや仕事で」
 一気に不機嫌になるかつての仲間(ノクティルーカ)を見て楽しそうに司祭は笑う。
 どうもこいつの笑顔は意地悪く見えるのだが。
「まあ、猊下命令じゃ動かないわけにもいかないだろうからな。
 面倒なことこの上ないが」
「お前やっぱり上司が嫌いなんだな」
「当たり前だ」
 多少皮肉るように言えば、何故か胸を張って返された。
「さっさと法王までのし上がって、教会を解体するのが俺の望みだぞ」
「胸張って言われてもな?」
 一応アージュも国教はソール教だから、そういうことは口にしないほうがいいと思う。しかもそこの司祭が言うことじゃない。
 忠告をしようとソレイユが口を開きかけるが、兄にそれとなく止められた。
 ノクティルーカは知っている。彼がそこまでソール教を嫌っている理由を。
 そして、嫌っていても所属している理由も。
 だから何も言わない。
 部屋に少し沈黙が流れると、小さな呟きが聞こえた。
「こいつが王族……本当に王族……しかも戦女神ソワレの息子……
 ショックだ……なんでこんなことが許されるんだ」
 ぶつぶつと信じられないと繰り返しているのは少女。年はソレイユと変わらないくらいだろう。
 肩の位置にそろえられた髪は蜂蜜色。前髪は真ん中わけで後ろのほうは外に向けてはねている。少しつり目がかった瞳はマラカイトの宝石。
 可愛いけど、勝気っぽい子は趣味じゃないんだよね。
 ぶつぶつ言ってるのも怖いし。
 少女にとっては失礼なことを思いつつ、ソレイユは兄たちの会話に耳を傾ける。
「仕事?」
「そうだ。新しい法王猊下から、直々に先の戦の功労者にお言葉をかけられる。
 だから喜んで来い、とさ」
「……仮にも部下だろ。お前」
「知ったことか」
 たしなめる様なノクティルーカに面白くなさそうに司祭は返し、やおら握りこぶしを作って力説する。
「せっかくここまでユーラと楽しい二人旅してたんだぞ。
 お前を迎えに行くことのこの苦痛! わかるか?」
「何言ってんだてめぇーッ」
 頭に何か咲いてそうな司祭の言葉に真っ赤になって声を張り上げる少女。
 しかし男性二人は何事もなかったように会話を続ける。
「で、ポーリーは?」
「母方の……ベガ殿の故郷のほうに行っているらしい。
 この件を伝える前に出発したらしく、話はいっていないな」
「ヒトの話聞けよお前らッ」
 叫ぶ少女を見事なほどに無視して司祭は笑う。とても冷たい笑みで。
「だが、好都合だろう。あいつらに近寄らせないほうがいい」
「それには同感だ」
 ポーリーは昔、ソール教から『ミュステス』の烙印を押され迫害されていた。
 『ミュステス』は力や魔力・頭脳など、何らかの才能が人より優れている者を指す。その中でも特に魔力を強く持つものは人々から迫害されていた。
 人ではあらざる力を持つものとして。人ではない存在として。
 そうしておいてソール教はミュステスの烙印を押した者を『保護』していた。自らの尖兵とするために。
 彼女がどれだけ苦しんだかなんて分からない。
 苦しみを垣間見たことがある程度。
 ため息をついて、ノクティルーカはふと気づく。
「って……つまりアルカに行かなきゃならないってことか?」
「そういうことだ。不愉快極まりないがな。書状が届いてなかったか?」
 面白くないといった表情で、不思議そうに問い返す司祭。
 そんな彼にノクティルーカは先ほどまでいた場所――机を示す。
「あの状態なんだが?」
「……もてるな」
「そっくり返してやろうか」
 一目で看破されたのも悔しいが、司祭も同じ立場だったのだろう。それ以上は返してこなかった。
 先程の一件から分かるように、司祭は仲間の少女戦士……ユーラに求愛という名のちょっかいをかけている。それも結構一途に。互いに想っている相手がいることを知っているので、司祭はさっさと話題を変えた。
「国王に話は通しているらしい。早めに準備を整えてくれ」
「早めにって言われてもな、準備はそれなりにかかるぞ」
 ノクティルーカは継承権は低いが一応王族だ。
 彼が外に――国外に出るのはそんなに簡単なことじゃない。かつて旅に出ることを許されたのはアージュの風習ともいえる成人の儀式だから。
 共をつけずに旅に出て見聞を広め、なおかつ功績を上げることを目的としたもの。だからこそ王族でも気軽に出ることが出来たが、今は違う。
 分かりきっていることだろうと問いかけるノクティルーカに対し、司祭はため息つきつつ馬鹿にした笑みのおまけつきで答えてくれた。
「世間で話題の『英雄』が護衛だなんだをたくさんつれていったら大事になるだろうが。警備……というより同行者は二人だけだぞ。馬車の御者と案内人な」
「だからこそ『二人旅』ってわけか」
「そうだ。馬車の中に二人だけだったっていうのに」
「わかった。さっさと準備はする」
 ノクティルーカの返事。それでこの場は収まるはずだった。
「僕も行きたい!」
 そう、ソレイユが言い出さなければ。
「は?」
「レイ?」
 聞き返す兄に、にっこりと笑ってソレイユは返す。
「面白そうなことなのに兄上だけ参加するなんてずるいですよ。
 ソール教の本拠地アルカの大神殿、一度でいいから見てみたかったんですよね」
「面白そうってな……」
「ぜんぜん面白くないと思うぞ」
 きらきらとアコガレの眼差しを向ける弟にノクティルーカは困惑し、ユーラはずばりと否定する。
「甘いですね兄上。兄上たちにとっては面白くないことでも、僕には面白いことだってありうるじゃないですか」
 口々に否定されたにも関わらず、ソレイユはちちちと指を振って得意げに言い切った。
「それはそうかもしれないけどな?」
「でしょう?」
 我が意を得たとばかりに胸を張って、今度は兄の仲間に向き直り訴えるソレイユ。
「それに僕もお二人には色々とお聞きしたいことがあるんですよね。
 ポーリーちゃんのこととか」
「お前がノクスの弟か?」
「はい。はじめまして。ソレイユ・ミディ・ジュールです。
 お会いできて光栄です。ユーラ・レアルタ嬢」
 朗らかな挨拶に少女――ユーラはびっくりしたように一瞬硬直して応じる。
「は、はじめまして……ずいぶん人当たりいいな」
「どーいう意味だそれは」
 かつての仲間の評価に不機嫌な声で問うノクティルーカ。
 そんな彼にユーラはむっとした口調で返す。
「そのままの意味に決まってるじゃないか。根性悪」
「どっちがだッ」
「ウェネラーティオ・フィデス司祭も、ぜひ一度お会いしたいと思っていました」
「光栄だなソレイユ王子。そんな畏まらず、ラティオでいい」
「では僕のこともレイでいいです。ラティオさん」
 にこやかに挨拶を交わす二人といがみ合っている二人。
 しかし、はっとしたようにユーラがソレイユを指差した。
「っていうか、なんでお前がポーラのこと気にすんだよ」
 『ポーラ』はポーリーのことだ。
 彼女の名付け親によると、本来『ポーリー』が名前であって『ポーラ』は愛称とのこと。しかし悲しいかな。ポーリーの父親の「ポーラでいいじゃないか」という発言により、ポーリーと呼ぶのは名付け親本人と幼馴染のノクティルーカたち兄弟だけだ。
 いきなり指差されたソレイユはというと、多少驚きながらも一応答える。
「そりゃ幼馴染ですし。当分会ってないから忘れられてないかなーとか」
「……そういうとこ聡いな、お前」
 げんなりした声でいうのは兄ノクティルーカ。
 弟には言ってないが、彼はポーリーに派手に忘れられてたことがある。それも二回も。
 しかしそんなことを知らない弟は、にっこりと最大の秘密をばらすように――実際そうだったりすることももちろん知らない――楽しそうに微笑んだ。
「何より、あと二ヶ月も経たない内に義姉になる人ですし?」
「レイッ」
「あね?」
「義姉……って」
 叫ぶノクティルーカ。
 不思議そうでいて、しかし納得したようなウェネラーティオ。
 そして、理解できないといった風情のユーラ。
「義姉は義姉ですよ。
 だって兄上とポーリーは今年結婚することになってますから」
 噛み砕くように言ったソレイユ。
 それをきっかけにユーラは叫びつつノクティルーカに詰め寄った。
「なんでだあああっ」
「そりゃ許婚だからな」
 面倒なことになったと思いつつも答えるノクティルーカ。
「なんで、いつ、どうしてこんな奴の許婚なんかにッ」
「こんな奴で悪かったな」
「母上とアルタイル将軍との約束で、生まれる前に予約されてて、決定したのは五歳のときって聞きましたよ」
 ソレイユの言葉なんて耳に入ってないだろう。
 興奮して真っ赤になりつつもユーラは現実を拒否する。
 だってあたしはポーラの親友であって。ソール教に追いかけられてる頃からの友達で。親友だからそんな大切なことを隠しているはずがない。
 よってノクスの言ってることは間違い! よし!
「あたしは許さないからなッ」
「なんでお前の許しが要るんだ」
 娘を渡すものかと立ちはだかる父親の勢いで言うユーラ。
 こうなるのは分かってるから言わなかったノクティルーカは小さく息を吐く。
 なんでこんな奴に否定されなきゃなんないんだ。
 本来、一番問題のはずの父親なんて、まじめな話の後にいきなり『婿』呼びしたっていうのに。
「大体お前のことなんてポーラは」
「嫌ってると思うのか?」
「……ッ」
 口上をさえぎって告げたセリフに言い返せないユーラ。
 ポーリーはとても我慢強い子だ。
 つらいことがあっても悲しいことがあっても、弱音をはかなかった。
 多分ユーラに心配かけたくなかったからだろう。
 たった一歳とはいえ、ユーラが彼女より年下だったせいもあるかもしれない。
 そんな彼女が泣くのは弱音を言うのは、育ての親というべき女性と……ノクティルーカがいるときだけ。
 自分では力になれないと、何度思い知らされたことだろう。
 力なく沈んでしまったユーラ。
 そんな彼女を見て、射殺さんとばかりにノクティルーカに視線をくれるウェネラーティオ。
 脅しに屈したわけではないが、咳払いをしてノクティルーカは言った。
「別にいいじゃないか。お前にはラティオがいるだろ」
「は?」
 予想のはるか斜め上を行くその言葉に、思考がすっかり吹っ飛んで顔を上げるユーラ。
「珍しくいいことを言うな。ノクス」
 拍手をしだすラティオ。それでようやくユーラが言葉の意味を理解する。
「ばっ なんでそうなるんだッ」
「照れるな照れるな」
「照れてねぇッ!!」
 真っ赤になって叫ぶユーラの姿に、ノクティルーカは納得する。
 なるほど。俺はポーリーの話題を出されてこういう反応をしていたわけか。
 そりゃみんな面白がって言うはずだ。
 同じ目に合わされてるもの同士。
 ちょっと同情したくもなるが、相手は自分を目の敵にしている。
 想い人との仲を邪魔されるのも面白くないので、このままからかい続けることにする。
「式には呼んでくれるんだろ」
「呼ぶぞもちろん。見せびらかすために」
「馬鹿かお前らッ」
 ノクティルーカのからかいと本音だけのウェネラーティオの返答に、真っ赤になって叫び返すユーラ。
 楽しそうにじゃれあう三人を見守って、結局僕ついて行っていいのかなぁと自問自答するソレイユの姿があった。