【第十一話 遅疑】 3.代替わり
翌朝、セティは少しだけすっきりした気分で目覚めた。
問題は何も解決していない。
けれど、朝が来る、それだけで少しは晴れるものもある。
朝食の席でいつものように挨拶をすると、あからさまにほっとされた。
それだけ、心配をかけていたんだなと申し訳なく思う。
神妙に謝って、それからセティは昨日考えていたことを話した。
ブラウに言った事そのままではなく、要点としては二つ。
兄――だとおもう人が、『魔王』と思われる相手と一体何をしているのか?
一連の出来事に『教会』がどれだけ関わっているのか?
「確かに気になるよねぇ。
これが、教会を陥れるためにどこかの誰かが仕組んだことだったりしたら、それはそれですごいけど」
「あ……そういう考え方もあるんだ?」
予想外の言葉に思わず問い返せば、リカルドは苦笑する。
「まあね。かなり難しいことだとは思うけど」
「今までの規模とか考えると、難しいわね。
それに少なくとも……教会の伝で『彼』を追いかけることは可能だったわけだし、関わりがないとは言い切れないでしょう」
「うん」
わざと濁してくれたクリオの気遣いが嬉しい。
でも、甘えてちゃいけない。
「ここで何を言ってたって、分かることじゃないから……知ってる人に話を聞きたいんだ」
「ラティオか?」
「……話してくれると思う?」
胡乱げに見返せば、ブラウも案の定首を振る。
「だからさ、ティアに聞こうと思って。
ラティオさんに比べたら、ちゃんと話してくれるだろうし」
「うーん、手ごわいと思うけど……」
リカルドの言葉に皆苦笑しつつ頷く。
あくまで、兄のラティオと比較したら話してくれるんじゃないかといった程度の希望。彼女自身も結構したたかだと思う。
「でも一番の問題って、あの街にどうやって行くか、だよねぇ」
「……うん」
行ったときは先導されて、森を抜けたら即遠くに行っていた。
出たときも先導されて、いつの間にか長距離移動していた。
この状況でどうやって町に向かえばいいのか?
「セラータの北の方っていうことだけは確かだけど……行くだけ行ってみる?」
「いいの?」
恐る恐る聞くセティに、大人二人は苦笑を返した。
「良いも悪いもないよ」
「セティが行きたい所に行けばいいのよ?
それに『魔王』のことを知るためには必要だと思えることでしょう?」
二人はいっつもこうやって受け入れてくれる。
いつまでも迷惑かけてちゃ駄目だなと思うけれど、気持ちは嬉しい。
「……ありがとう」
素直に礼を述べて、セティは微笑んだ。
向かっていた地域が地域だったため、セティたちはそれからすぐに北上した。
国境地帯からセラータ側に入り、北上すること数日。
そんな中で、セティが気づいたことがあった。
一つ目は自身の変化。
黙々と歩いた一日の終わりに、あるいは魔物との戦闘後の疲れが違う。
動きが鈍くなった――身体能力が全体的に落ちている、と感じるまでに時間はそう必要なかった。
どうやら皆に気づかれているようで、それとなくフォローがされているあたり、やっぱり体力その他が落ちていることは間違いなさそうだ。
原因は……なんとなく分かる。
こうなったのは、セレスタイトとあった後の事。
『奇跡』を奪われてから――だから。あの後から『変わった』。
いや、『アレ』を渡されてから『おかしくなった』のかも知れない。
そう思えるほどに、どこかおかしかったのだと今更ながらに思い知る。
考え込むことが多くなったセティにリカルドは心配そうな視線を向けるだけ。
クリオは一切助言をしなかった。もちろん、求められたなら喜んでするつもりだったけれど。
セティは一人で考え込む日々が続き……気づけば一行はセラータ南部最大の都市と呼ばれるグランコリーナへたどり着いた。
いつものように宿を取って、情報収集を兼ねて食事を取っていると、大きな音を立てて宿の扉が開かれた。
落ち着きなく室内を見回すのは黒髪の少年。
セティと同年代で、なんだかとても生意気そうな印象を受ける。
誰かを探しているのだろうかと思っていると、セティのほうへと一直線にやってきた。テーブルのそばまで来てしまえば、さすがにリカルドやクリオも何事かと視線を向ける。
しかし少年はセティを上から下までじっくり眺め、不機嫌そうに問いかけた。
「あんた、勇者なのか?」
「え? うん。フリストの勇者、セレスタイト・カーティスだよ」
「フリスト?!」
目をむいて繰り返す様は、なんだか幼さを増して少し可愛くも見える。
この街の子かなとセティは一瞬だけ思う。が、服装がそれを裏切っていた。
まだそうくたびれてはいないが、彼が纏っているのは旅装と鎧。それに帯剣もしている。駆け出しの冒険者といったところだろうか?
髪に隠れて分かりづらいが、サークレットでもつけているようで時折額のあたりで光をはじく金属が見える。
ん? サークレット?
セティが疑問を口にするより早く、ブラウが口を開いた。
「そういうお前は何者だ」
問われて、少年は不機嫌そうに――けれど、聞かれるのを待っていたとでも言うように口元を緩ませて答えた。
「俺はラウロ・マルチェッリ。このセラータの勇者だ!」
「は?」
胸を張って答える少年――ラウロに、セティ一行は困惑する。
こんな子供を勇者の任につけていいのかとは自身も似た年齢であるが故に思わない――思っても言えないが、聞き捨てならないことがある。
「ちょっと待ってよ。セラータの勇者? 他の国じゃなくて?」
「俺はセラータ生まれのセラータ育ちだっ」
反応が気に食わなかったのか怒鳴り返すラウロ。
「だって! セラータの勇者はフォルさんでしょ?!」
負けじと言い返したセティの言葉に、少年は口をつぐんで悔しそうにそっぽ向いた。
「……そいつ、前の勇者だろうが」
「前の?」
鸚鵡返しに呟いて、沈黙する。
『前』ということは、フォルは今はもう勇者ではないということだろう。
そして、勇者を解任されるということは――
「ね、君はいつ勇者になったの?」
「一ヶ月前」
面倒そうに答える少年は、なおもセティから視線をそらさず、彼女を観察している。
「ってかこいつに何の用だ?」
いい加減付き合うのが嫌になってきたのか、不機嫌丸出しのブラウの声。
しかし、ラウロはにやりと笑ってセティに指を突きつけた。
「俺と勝負しろ!」
誰かが食器を落としたのだろうか。からんという物悲しい音の後に。
「何してんのあんたって子はーっ」
男性がラウロの頭をごつんとはたき倒した。
「え……っと?」
「あー、すいません。こいつほんっとうに世間知らずで。
ほら戻るよ坊ちゃん。まったく人様に迷惑かけるんでないの」
言い聞かせる口調ながらも、行動は容赦ない。頭を抑えてうずくまっていた少年をさらにどつき、首根っこを掴んで引きずっていく。
しんと静まった食堂の中、からんというベルの音がして二人が立ち去っても、沈黙は続いた。
「何がなんだったの?」
「……さぁ」
セティに答えるリカルドも困惑の色を隠せない。けれど。
「わたしたちがあっちを追いかけている間に、色々あったのは確かみたいね」
静かにそう言うクリオに、否を唱えるものは居なかった。