【第十一話 遅疑】 1.疑問と推測と重い足取り
大分疲れていたのだろう。
背を木の幹に預けたままセティは眠っていた。
寝息と違い、決して穏やかとは言えない顔が彼女の心境を表している。
「どうする? このままここで今日は休んじゃう?」
リカルドの言葉にクリオはしばし考える様子を見せた。
セティの消耗はかなり激しいのだろう。ゆっくり休ませてやりたい。
野営するにしても準備が色々必要だ。セティ一人を残してはおけないから、見張りにひとりついていなくちゃいけない。そうすると準備にかなり時間がかかる。
ならば、やはり移動した方がいいだろう。
「町には着いていたほうがいいわね。またお願いできる?」
「りょーかいって言うと思った? 姐さん一人に露払い任せられないよ」
やれやれといった様子でリカルドは笑い、視線を残る一人に向けた。
「ってわけで頼んだよブラウ」
反論したい。
なんでセレスのお守り役をしなきゃいけないんだ。
脳裏に浮かんだ能天気な幼馴染の言葉はすぐに打ち消す。今は特に不快だ。
文句を言いたいが、リカルド以上に戦えるかと問われれば、否。
口を開くだけ不利になるので、ブラウはしぶしぶセティを背負った。
道は平らで歩きやすく、けれどどう頑張っても次の街に着くのは夕暮れあたり。
魔物が出ないのだけが幸いといった状況はいつもとそう大差ない。
いつもは交わされている、和やかな会話がないこと以外は。
「セティが気づいてないうちに聞きたいんだけどさ」
そう口火を切ったのは、いつも比較的おちゃらけることの多いリカルド。
「姐さんは、あの時あんまりびっくりしなかったね。
普通人が石になったら驚かない?」
「そういう貴方もあんまり驚いてなかったみたいだけど?」
いつもと同じように笑いながら返すクリオ。
「わたしはね、昔の仲間が『そう』だったのよ」
「ああ。それで良く知ってたんだ?」
昔の仲間に『彼』がいたのだというクリオに、リカルドは納得したような声を出す。そういえばあの子供もクリオを指して『自分達』のことを良く知ってるみたいな事を言っていたなと思い出す。
「本人は笑いながら『住む世界が違う』なんて言っていたけれど……最後の最後で思い知らされたわ」
「確かにあれは……思い知らされるって感じだよね」
それにはブラウも同感だ。
人が、石に変わるなんて思いもしなかった。
あんな最期じゃあ……まだ生きてる、なんて望みはまったく抱けない。
眠っているだけで目を覚ますかもしれないという儚い思いは完璧に砕かれる。
「でも……結局あいつがセレスの持ってた『石』を盗ったんだろうが」
「まあそれは、ね」
ふてくされたブラウにクリオは苦笑し、問いかけた。
「でも、それだけ執着しても仕方ないんじゃない?」
「執着?」
「もう忘れちゃったの? ミルザムさんが言っていたでしょう?
『これが奇跡の正体だ』って」
虚をつかれた。
『彼ら』は死ぬと石になる。
『奇跡』は――石。
ぐるぐると単語が回る。
言われてみれば、納得できた。
今まで見聞きしたものから連想すれば、それらが一つの糸で繋がる。
「盗賊仲間には有名な話があるんだ。
死ぬと石になる連中がいる。その石は宝石みたいに綺麗で、強い魔力を持ってるから高く売れる。加工して魔法の道具にしたり、金属に混ぜて魔法剣を作ったり……需要が高いってね」
だからあの時驚かなかったんだよと付加えるリカルド。
「じゃあ……『奇跡』ってのは、誰かの遺体だっていうのか?」
「想像でしかないけど――あれだけの人数が動いているあたり、王族とかそういった感じじゃない?」
「『奇跡』は神によって十二に分けられたって一説にあるよね。
それってソールがその『誰か』を殺したとも取れる、よねぇ」
うーんと考え込む二人にブラウが待ったをかける。
「ちょっと待て。どうしてそういう話するんだ」
正直、自分だってソールの信徒だ。妖しい方向に話を持っていかないでもらいたい。
「一応事態を把握しておきたいから」
「セティが起きてるときに話せないでしょ?」
リカルドはともかく、クリオの口からそういった言葉が出てくると思わなかったブラウは言葉を失う。
そんな彼に苦笑してクリオは理由を話してくれた。
「セティだって、気づいていないわけはないのよ。
これだけのヒントがあって辿り着けないわけない。
必死に目を逸らしているだけ。
逸らすなっていうのも今は酷だし……でも、敵にはそんなものは関係ない。
だから、わたし達が事態を把握しておかないとね」
「それは……わかんなくは、ない、けどよ」
口篭ったのがまずかったのか、はたまたこちらが本題だったのか、ずずいっと迫ってくる大人二人。
「こういっちゃなんだけどさ。
ブラウだけが知ってて僕らに話してないことも多いよね?」
「そうね。『彼ら』の敵とか」
痛いところを突かれた。
あんなこと覚えてたのかと悔しく思うが、なによりもあからさまにこっちにふってきたあの子供が腹立たしい。
「前にも言ったかもしんねーけど、ラティオの爺さんの顔をうちのじーさんが知ってて……名前は『ソール』って言うらしい。
んで、あの時『セレスナイト』は『魔王』のことを『ソール』って呼んでたよな。おまけにラティオはじーさんを好き勝手されたくないっつってた」
ヒントは早くから出されていた。
教会に所属し、なおかつ司祭という位まであるにもかかわらず教会を毛嫌いしていたラティオ。
彼にそっくりな『魔王』が現れた際に、必ずといっていいほど同じ場所にいた教会関係者。
自分は人質だと言っていたグラーティア。
関連付けて考えろといわんばかりだ。
「じゃああの『魔王』はラティオさんのおじいさんってこと?
若すぎない?」
「リゲルが腕を切り落としたのを見たでしょう? 地面に落ちたときにはもう石に変わってたわ。彼の……昔の仲間の時はそうじゃなかった。
何かの術で生かされてるだけで、もう死んでいるのかもしれない」
「……良く見てたな」
俺、そんな余裕なかったぞと言って、ブラウは一度立ち止まる。
かつてラティオが述べた感想が重くのしかかる。
ため息を飲み込んで、ずれてきたセティを背負いなおしてまた歩く。
「魔物の増加は魔王のせいだと言い始めたのは教会だ」
「でも、今までの情報で考える限り……『魔王』は教会によって作り出された感じだよね」
「『教会の自作自演』ってか。ラティオが言ってたな」
重い雰囲気に足音だけが響く。
あれだけ遠いと思っていた街の姿が遠いながらももう見えた。
日は、傾いているものの十分まだ明るい。
「ノクスが『石』を盗られたとき、バァル司祭がいた。
っつーか、あいつが『石』盗った」
「バァル司祭が?」
「教会が『奇跡』を探してるのは前からのことだけど……なんかねぇ」
裏を感じてしまうのだろう。
ブラウだってそう思う。バァル司祭はなんだか胡散臭い。
法王との謁見時にしゃしゃり出てきたことといい、まるで――裏で教会を乗っ取っているような?
いやいや、それはないだろうと否定する。いくらなんでもそんなこと……
「これからどうしよっかー」
ぽつりと漏らされたリカルドの言葉。
多分それはみんな思っていること。
クリオもブラウも――寝たふりを続けているセティも。