【第八話 血縁】 3.それぞれの話
なんで、こんなことになってるんだろう。
母親と共に手を組んで祈りながらも、心は別のことを考える。
そっと目を開いて、母とは逆の方向を見やれば、セティと同じく墓前にしゃがんで両手を合わせているリゲルがいた。
さすがに母の前で父に暴言を吐く気はなかったのだろう。母に誘われるままにお参りをすることになったリゲルを見てそう思う。
が、彼女を見る母の姿に、違和感を感じたのは何故だろう?
警戒しているように見えた。まるで、リゲルのことを知っているように。
一足先に祈りが終わったのか、リゲルが立ち上がる。
つられてセティも立ち上がると、彼女はいつもの感情の伺えない声で宣言した。
「多少時間もつぶれましたし、戻ります」
「あ……うん」
もともと、席をはずせと言われていただけに過ぎないし、久々の親子の再会を邪魔したくはないと思ったんだろう。
セティだって母だけに聞きたいことがある。それこそ、リゲルの前ではしたくない話とか。
「そちらの方は、セティのお仲間?」
しかし、娘達の心情を知らない母はおっとりとした様子で聞いてくる。
問いかけに、セティはちらりとリゲルの反応をうかがうと、彼女もまたこちらを見ていた。
これはきっと、さっさと話を切り上げて戻ろうって事だよね?
まあそうに違いないを勝手に判断を下して、セティは口を開いた。
「一緒に旅はしてたけど……ええと、依頼人の護衛の人。
この街に用事がある人がいて、今日その人を送ってきたんだ」
「リゲルと申します」
名乗って深々と頭を下げる彼女。
「そう。リゲルさん。
わたしはセティの母でイルゼ・カーティスといいます。娘をよろしくお願いします。仲良くしてやってくださいね」
友達じゃないんだけどと言いたい言葉を飲み込んで、セティはあいまいな笑みを浮かべる。リゲルに関して言えば、セティは突っかかってばっかりだから。
「そうだリゲルさん。少しお茶をしていきませんか?
セティがどんな風に旅をしているか、聞かせてくださいません?」
「ちょっと母さん!?」
いきなり何を言い出すのかとの娘の反応に、しかし母はため息すらついて反論してみせた。
「だってセティの話は昔から要領を得ないもの。冒険のお土産話を聞いても、母さん楽しくないのよ」
「う。そ、それはそうかもしれないけどさ。話が聞きたいんだったら、そういったの得意な仲間がいるから、そっち行こう?」
クリオはフォローして話してくれるだろうし、リカルドはきっと面白く脚色して話してくれる。
どっちにせよ、リゲルだけは無理。無理だったら!
「そんなに必死になるってことはセティ、あなたリゲルさんに迷惑かけてるわね?」
疑問の形は取っているものの、白状しなさいと言い切られては反論できない。
なにせつい最近、おもいっきり迷惑をかけた。それも命のやり取りに係わるような迷惑を。
「いえ。迷惑などありません。
それに、せっかくの家族水入らずにお邪魔をするのは」
口答えできないセティに代わり、リゲルが平坦な口調で割って入る。
しかし。
「邪魔なんてことありません。こちらが招待しているんですから。
どうか、いらして下さい。大したおもてなしは出来ませんが、是非」
念を押すように再度言われて、リゲルがセティのほうを向いた。
表情の乏しい彼女にしては珍しいことに、はっきりと困った顔をしている。
だが、セティにだって援護のしようがない。ゆるゆると首を降ると、リゲルはため息をつきそうな様子でイルゼに向き直り、ふわりと表情を緩めた。
「では、お言葉に甘えて」
「ふふふ。どうぞ」
微笑み会う二人に、正直なところセティはぽかんとした。
笑ってる。リゲルが。
表情が乏しい彼女だから、笑うなんてことをすると思っていなかった。
「セティ。先にリゲルさんをお連れしておいて。
母さんはちょっと買い物済ませてくるから」
「あ。うん」
半分生返事になってしまったことに気づいたときには、母はさっさと墓地から出て行くところで、セティはゆるゆると後ろを振り向いた。
相変わらずの無表情で佇むリゲルを見て、なんだか疲れてきた。
ああ、結局まだ付き合わなきゃいけないのか。
でも無理を言ったのは母さんなんだよねぇ。
「じゃあ、行こうか?」
結局それだけを告げてセティはリゲルを伴い、一年ぶりの我が家に向かった。
その間、会話が盛り上がらなかったことは言うまでもない。
我が家はやっぱり懐かしい。
とりあえず居間にリゲルを通しておいて、まず台所へと向かった。
水瓶から小鍋に一杯分の水を汲んで、火にかける。
教会を出るときに司祭様特製のハーブティを分けてもらったから、たまには贅沢をしよう。
居間を通る際に、リゲルに一言かけてから自室に戻る。
気恥ずかしいような寂しいような妙な思いを振り切って、ひとまず旅装を解く。
武器と防具を外して、室内では不要なマントとグローブを脱いで、それから階下へとおりた。
居間では手持ち無沙汰そうにリゲルがボーっとしていた。
こちらも、室内では不要とばかりにマントが脱がれているため、鮮やかな青い髪が晒されている。
綺麗な色だよね。
誰に言うでもなくセティは彼女の髪を見るたび、そう思う。
あの街にいた人たちは、ほとんどが青い髪をしていたけれど、あのあたりに住んでいる人は皆青い髪をしているものなんだろうか?
疑問を口に出さず、沸騰を始めた鍋にハーブを入れて、すぐに火から下ろす。
棚を探してカップを二つ取り出して、濃さが均一になるように順に注ぐ。
両手にカップを持って居間に戻っても、母が戻ってくる気配はない。
「どうぞ。熱いから気をつけて」
「ありがとうございます」
冷ましながら飲むハーブティはやっぱり懐かしい。
帰ってきたんだなという感じがして、本当なら嬉しいはずなのに。
目の前にいる相手が相手だからだろうか、ほっとする効能のあるはずのお茶の効き目はあんまり期待できそうにもない。
沈黙が、痛い。
母さん早く帰ってきてくれないかなーと祈りながら、セティはハーブティをちびちびと飲んでいた。
こぽこぽと音を立てて色づいた茶がカップに注がれる。
司祭が独自にブレンドしたハーブティはリラックスするにはちょうどいい。
久しく触ることのなかった部屋。
当然のことだけど、置き場は変わっていなかった。
教会にいる間だって、ブラウが一人で炊事をしていたわけではないから。
棚からカップを二つ取り出し盆に置き、ブラウは言われた部屋に向かった。
一体何の話があるのやら。出来ることなら壁に潜んで聞きたいところだ。
ノックをして入室すると視線が突き刺さる。
養父は緊張した面持ちで、ラティオは相変わらず何を考えているか分からない顔で、ブラウを見ていた。
「な、なんだよ」
つい漏れた減らず口は、どうやら聞こえていなかったらしい。
テーブルを挟んで対面した二人の間には息苦しいほどの沈黙が横たわっている。
こんな場所に長く居たくないとばかりにブラウはカップを置き、そのまま礼をして部屋を出ようとしたところに、養父から声がかかった。
「ブラウ。お前もここにいなさい」
「え」
あからさまに嫌そうな声を出したのがまずかったのか、ラティオがどこか小ばかにした様子で司祭に問いかけた。
「彼でいいのですか?」
「この子だからこそ、聞いておく必要があると判断しました」
「ならば、こちらが文句を言う筋合いはありませんね」
二人で納得しないで欲しいと、セティのように素直に口には出せず、仕方なくブラウは盆をテーブルの端に置いて、司祭の隣に腰掛けた。
「まずは……そうだな。『太陽神ソール』について、どう思う?」
口を開いたのはラティオ。
自身も司祭のくせに何を言い出すんだと思いつつ、ブラウは答えた。
「太陽神。ここの祭神で、この大陸で一番有力な宗教」
親が横にいるために、いつもの様に振舞うことが出来ないのがなんだかもどかしい。逆にラティオはその反応が楽しかったらしく、分かりやすいほどに笑みを浮かべた。
「なら、『ソール』がどこに居るか、分かるか?」
「いと高き空に、だろ」
少なくとも聖典にはそう書かれている。太陽神という言葉からして、太陽が空にあるのは当然のことだろう。
「ああ。『太陽神』はそうだろうな」
『は』を強調して言う彼。何を問われているのか分からず、ブラウは沈黙する。
太陽神もソールも同じなのだから、太陽神は空に在るでいいではないか。
彼の言い方ではまるで、太陽神とソールは別物のような言い方に聞こえる。
どういうことだろうかと考えていると、控えめなノックが聞こえた。
視線を受けて、ブラウが立ち上がり返事をしつつ少しだけドアを開ける。
「イルゼ叔母さん?」
予想外の顔にびっくりした声を出せば、イルゼのほうも少しだけ驚いた顔をしてそれからにっこりと笑った。
「久しぶりブラウ君。こちらに、リゲルさんが護衛をしている方がいらっしゃると聞いたのだけど」
リゲルが護衛?
言われた意味が分からず首を傾げかけて思い出す。
ラティオのことか。
室内を向けば、何をしているんだといった様子の顔で見返されたので、仕方なくそのままの状況を説明することにした。
「セレスの母親が来てて、ラティオ……さんに用がある、そうです」
敬語になったのは司祭の視線が痛かったから。
「私に?」
要領を得ないといった表情をする彼のために、扉を開いてイルゼの姿が見えるようにする。
予想通り顔は知らないらしく、ラティオは不可思議そうな顔をしているが、逆にイルゼは真剣そのものの表情で言った。
「はじめまして。セレスタイトの母、イルゼ・カーティスと申します。
お願いがありまして」
「お願い、ですか?」
「はい」
どうぞと先を促すラティオは優しい司祭に見える。普段の様子を知らなければ、の話だけれど。
「リゲルさんと、話をする時間を頂きたいのです」
「リゲルと、ですか?」
ますます分からないといった表情を浮かべたラティオだったが、彼女の真剣な顔に何かを感じたのだろうか、安心させるように微笑んだ。
「私は本日、こちらの教会にお世話になることになっています。
そちらさえよろしければ、今夜彼女を泊めてくださいませんか?」
申し出にイルゼは虚をつかれたような顔をして、それから微笑んだ。
「うちは構いません」
「それでは、ぜひお願いいたします。ああ、少々お待ちください」
やたらにこやかに進められる会話が、何故かとても胡散臭い。
ラティオは懐から筒のようなものと紙を取り出すと、なにやらすらすらと書き連ね、乾かすように数回ひらひらとはためかせてから席を立った。
「こちらをお持ちください。すみませんが、リゲルに手渡していただけますか?」
「はい。どうもありがとうございます」
礼を言って、突然の訪問者は部屋を出て行った。
「これで、邪魔が入ることもない」
素っ気ない言葉になんと返事をして良いのか迷い、結局言葉を発することなくブラウは席に戻った。
「さて、こちらはこちらの話をしようか?」
椅子にふかぶかと腰掛けるラティオは、先ほどとはうって変わった態度で、傲慢な王者のように見えた。