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ソラの在り処-蒼天-

【第七話 遭遇】 5.廃墟に足りぬもの

 ラティオが目を覚ましたのは夜明け前。ようやく山の端が明るくなってくる頃だった。
 元来早起きである彼は、いつものように顔を洗い外に出る。
 薄暗い中にも見えるのは、破壊された街の姿。
 何も起きないだろうことは確信していたが、やはりか。
「ついて来るか?」
 軽く嘆息して背後に呼びかける。
 気づかれていると分からなかったのだろう。
 仏頂面を崩すことないままに、少年が一人顔を出す。
 黒髪の神官。ブラウと言っていたか。
「どこに行くつもりだ?」
「だから、ついて来るかと問うている」
 不信感たっぷりの彼につまらなそうに答えて、ラティオは羽織っていた外套を翻す。流石に季節柄早朝は冷える。
「来ないなら構わん」
 言い捨ててさっさと歩き出すラティオ。ただでさえ機嫌悪そうといわれる顔をさらに歪めて、しばし何かに葛藤していたブラウ。
 気に食わないのは確かだが、気になるほうが強かったのだろう。
 ラティオの背が見えなくなる前に、ブラウは彼の後を追った。

 会話はなく、ただ足音だけが廃墟とかした町に響く。
 空が白々と明けていく。あまり遅くならないほうがいいだろうに。
「どこまでいくんだ」
「もう着く」
 問いかけに答えるのは最低限の言葉。
 人当たりに関して、自分が講釈できるほどいいとは言えないが、この男のとっつきにくさはなんだろうとブラウは思う。
 だいたい、司祭の位を賜ろう人物なら普通は人柄が考慮されるものだ。
 だというのにこの男は。
 睨んでいた背中がふいに立ち止まる。
 あわててブラウも足を止めれば、そこは教会の前だった。
 砕かれた聖印に、少しだけ心が痛む。
 大神殿の連中はともかく、ブラウの養父が大切にしているものは彼にとっても大事なものだ。
 だからこそ余計……大神殿の腐敗ぶりが口惜しい。
 派手な音に、視線をここまで連れてきた男へと向ければ、彼は瓦礫を蹴飛ばして何かを探しているようだった。
「何してんだ」
「証拠探しを少々」
「証拠ぉ?」
 訝しげなブラウに構わず、赤い司祭はあちこちの瓦礫をひっくり返し、自身が言ったように何かを探している。
「やはりな」
 あらかた探しつくしたのか、満足そうな――それでいてどこか辛そうな――声で呟いて、ラティオは上体を起こし、大きく伸びをした。
「で。何かあったのか」
「ああ。なかった」
 無駄足だったなと軽口を叩いてやろうと思っていたブラウだが、こちらを振り向いたラティオの顔に何も言えなくなる。
 いつも人を小ばかにしたように笑っている口は引き締められ、いやに真面目な顔でブラウを見ていた。昇りつつある朝陽が彼の横顔を照らし、闇の中では暗く見えた赤を鮮やかに彩る。
「なかったな。ただの飾りではない聖印も。……血痕も」
「は?」
 何言ってんだこいつ。これだけ破壊されてりゃあ聖印だってなくなるだろうし、血痕がないのがそんなにおかしいことか?
 呆れついでに文句を言ってやろうとして、ブラウは口を閉じた。
 血痕が――ない?
 魔物に街が襲われたなら逃げるだろう。
 でも、全員が無事に逃げ切れる、なんて都合のいいことが起きるはずがない。
 逃げ遅れたなら、どこかに傷を負わされるわけで、死者だって出るだろう。
「帰るぞ」
 ブラウの思考を止めたのは一方的なその言葉。
 反論しようとして――やめる。
 この場所までもリカルドやセティの呼び声が聞こえてきていた。
 すぐに戻らなければ後がうるさいだろう。けれど。
「お前、何を知ってるんだ?」
 ブラウの唐突な問いに、前を行く司祭は振り返り小さく笑う。
「本当の魔物の居場所……くらいだな。人に偉そうに教えられることは」
 はぐらかされたと感じたブラウはより一層きつい眼差しでラティオを睨む。
 けれど彼は動じた様子もなく視線を戻し、小さく言った。
「心の中だ。人の心に魔物は住む。
 そして……光の強い場所にこそ影は濃く強くなる……ってな」
 思わず足を止めたのは、同じだったから。
 かつてまだ小さかったブラウに、養父が言った言葉と。
「あんた、一応本当に司祭だったんだな」
「ああ。よく言われる」
 ブラウの態度から毒が抜けたのが分かったのか、ラティオは楽しそうにくくっと笑った。

「どこ行ってたんだよッ」
「宝探し」
 案の定詰め寄ってきたセティにブラウは適当に言葉を返し、すでに暖かな湯気を上げている朝食へと向かう。
「へー、ブラウが宝探しなんて珍しいねぇ」
「何か見つかった?」
 意外そうなリカルドと、くすくすと楽しそうに問うてくるクリオ。
 今日の食事当番はリゲルが引き受けたらしい。おいしそうに煮立っている具沢山のスープを器によそって、どうぞと手渡してきた。
 こいつも得体知れないなと思いながらも受け取り礼を述べる。
「ねーブラウ。何かいいもの見つかった?」
「ねぇよ」
 年上のクセにまとわりついてくるリカルドを邪険に扱いつつ、ブラウは食前の祈りを捧げてスープを食べる。
「なんにもなかった」
「そっかー、なーんだ」
 つまらなそうに言ったのはリカルドだけで、クリオは何か引っかかったような顔をラティオに向けた。
「何もなかったの?」
「ああ。何もなかった」
「そう……残念だったわね」
 やわらかく笑うその姿に流してしまいそうになるが、先ほど似たような会話をしていたブラウには分かった。
 クリオも気づいてた。血痕がないことに。
 でも……どうして?
「ちょっとこらブラウ! 勝手に行動しといて何先に食べてるのさ?!」
「あーうっせー」
 きゃんきゃんと子犬のように吠えるセティに背を向けて、ひとまずブラウは食事に専念する。
 誰が何の目的でこの街を襲った? それとも、街の住人すべてがまず消えてから、破壊されたとでも言うんだろうか?
 どっちにしても、気味悪いな。
 朝食をとったらさっさと出発するぞという依頼人。
 先ほどは結局はぐらかされてしまったが、彼は何かを知っているんだろう。
 じーさんに会いたいってことは、教会関係か?
 自分達もつい最近、そこの暗部とも言える『警句(アダギウム)』とやりあった。
 それに、ラティオの妹は教会から探されていた。家出とか言ってたな、確か。
 兄が手配されていないとはいえないだろう。
 『なんかややこしくなったときは、セティのことよろしく』
 数年前にいなくなってしまった友人の言葉を思い出して、やっぱり拒否すればよかったと心底思う。
 十分ややこしいことになってんだよ。てめぇ何か知ってたんじゃねーのか。
 言葉には出さずに彼をののしって、ブラウはちらりとセティに目をやる。
 おいしそうに食事を頬張り、しかし作り手に視線をやってしかめっ面をしている彼女。
 こんな面倒な奴の世話を押し付けたままにしてるんじゃない。
 生きてても死んでてもとっとと返って来い。大馬鹿セレスナイト。