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ソラの在り処-蒼天-

【第七話 遭遇】 1.ふるさとに向かって

 元手を貰って懐が潤ったため、早速セティたちは街に出かけた。
 見るものすべてが珍しく、また、街行く人から積極的に声をかけられる。
 これを食べろ、これを飲めと手渡されるものであっという間に両手は埋まり、リカルドとそろって苦笑した。
「なんか、すごいねぇ」
「知ってるんだろうね。僕らが関わった事」
「とりあえず、ちょっと休憩しましょう?」
 噴水の縁に四人並んで腰掛けて、それぞれが受け取ったものをつまみ始める。
 竹の筒に入れられた透明な液体は、結構きついお酒。
 それをちまちまやってるクリオは上機嫌。
 リカルドが差し出した、色とりどりの砂糖菓子をセティも一個貰う。
 口に広がる甘い味に笑みが浮かぶ。
 なんだか、平和だなぁ。
 思い返してみれば、こんなに平和そうな街も珍しいかもしれない。
 今まで通った街は中心部こそ栄えていても、周囲を囲む外壁には多かれ少なかれ壊された跡があった。
 魔物が攻めて来たりしたのだろう、傷跡が。
「それで……これからどうするの?」
 ふいに紡がれた問いに、セティは首を傾げる。
「どうするって?」
「そのままよ。どこに向かうの?」
「ええと」
 問われてセティは答えに詰まる。
 元々は、レジーナをグリュックに連れて行って欲しいと頼まれていた。
 けれどそれは追っ手からレジーナを逃がすためだったんだろう。
 だからグリュックに限らず、逃げることができれば良かったんだと思う。
 それにここには依頼者のエクエスもいる。
 依頼は完了したと言っても多分良い。
 となると、途端にやることがなくなるのだが。
「今さ、一番魔物が多いところってどこなのかな?」
 『勇者』の一番の仕事は魔物退治。
 魔王シャヨウを倒すことが最終目的だとはいえ、居場所が分からない以上どうしようもない。少しでも、被害を少なくするように動くしかない。
「そうね。そういう情報は最近聞かないから」
「セラータのほうに行けば、何か聞けるかもしれないねぇ」
 大きい国だしと続けるリカルドに、ブラウがぽつりと言った。
「つーか、フォルはなんか知ってんじゃねぇか」
 はたと気づく。そういえば、フォルは『セラータの勇者』だった。
「そうだよね。フォルにも聞いてみればいいよね」
「案外、魔王の居場所知ってたりしてねぇ」
「魔王?」
 不審そうな声は、どこかで聞いたことのあるものだった。
 恐る恐る視線を上げれば、鮮やかな紅の髪を持った青年の姿。
「えーと……?」
「ティアのお兄さん?」
 誰だったろうと言葉を濁すリカルドに続いて、セティが問いかける。
「ああ。ラティオという」
「ラティオ、さん?」
 名を繰り返して、あれと思う。
 勇者ノクスの仲間も、ラティオだったような気がする。
「ラティオさんもお祭を見に来たんですか?」
「いや、暇つぶしに」
「そ……そぉですか」
 どうにも、話をしにくい人だ。
「へー、ラティオさんっていうのか。僕はリカルド。
 こっちがクリオ姐さんで、あっちがブラウだよ」
 リカルドの紹介に、順に顔を見ていったラティオが少しだけ眉を寄せた。
「ソール教の神官か?」
「……ああ」
 不満そうに応えるブラウ。
 あれ、でもティアのお兄さんってことは、ラティオさんもソール教の関係者なんじゃないかなと考えつつ、セティは別のことを問いかける。
「何か御用ですか」
「そうだ、ちびっこ」
「ちびっこじゃないですセティです」
「お前の出身、フリストだったな?」
 訂正を入れるが、ラティオはまったく気にした様子もなく話を進める。
 とことんマイペースかつ強引な人だなと思いながらも、頷く。
「ええ、そうですけど?」
「首都に行ったことは?」
首都(フェルン)の出身です」
 セティの答えに彼は軽く頷いた後、ブラウに視線を向けた。
「……オレも、首都出身だ」
 回答が満足のいくものだったのだろうか。
 ラティオは淡い笑みを浮かべて言った。
「前金で千。残りは戻ってきたときに四千でどうだ?」
「へ?」
「内容は?」
 突然の話に、あっけに取られるセティに代わり、クリオが問い返した。
「それだけの額を出すのなら、面倒なことじゃないの?」
「かもな」
 鋭い視線に、しかし彼は軽く肩をすくめるだけで返す。
「フリストの首都フェルンにいるデルラ司祭に紹介して欲しい」
「じーさんに何の用だ」
 やば。
 すっと背中に冷たいものが落ちるような感覚がして、セティはそっと横を見る。
 普段のように不機嫌そうなブラウ。
 けれど、声にどこか固いものがある。機嫌が悪いとき特有の。
 人当たりは良くはないし、何かと問題のあるブラウだが、育ての親のデルラ司祭相手には素直だ。
 胡散臭い相手が何の用があって紹介を求めているのか警戒しているんだろう。
 しかし、相手は不敵な笑みを浮かべて言い切った。
「そこまで話す必要があるのか?」
 ぐっと唇をかみ締め、ブラウはラティオを睨むが、それだけ。
 軽く息をついて、代わりにクリオが話しかけた。
「それにしても、破格過ぎる金額ね?」
「妥当なところだろう? 距離と日数……それに危険度を考えれば」
「危険度?」
「ティアが手配されていたんだろう」
 さらりと言われた言葉に思い出す。
 ――わたくしは人質ですから。
 ――兄様が教会を裏切らないため、言うことを聞かせるための人質。
「ラティオさんも、狙われているんですか?」
「間違いないと思うが? 一度殺されかけたしな」
 面白くなさそうに言う姿は、嘘をついているようには見えない。
「出発は明日の午前中。受けるか?」
 話は終わりとばかりに問われて、セティはクリオたちと顔を見合わせる。
 今すぐに決めていいものか。
「こ……ラティオ殿っ」
 そこに乱入してきたのはプロキオン。
 かなり人にもまれたのか、服も髪もあちこち撥ねていた。
 その後ろには、彼とは対照的にどこまでも無表情なリゲルがいた。
「何をされてるんですかッ?! というか、ご無事でよかったっ」
「ああ。依頼をしていた」
 息を切らして座り込む彼に、ラティオはこともなげに答える。
「以前に話しただろう? 実行するのにちょうどいいと思ってな」
「急すぎますっ!!」
「かまわんだろう。人手は俺一人減るだけだ」
「お一人だけ行かせる訳にはいかないんですってばっ」
「うるさいな、元祖ちび」
「元祖?!」
 二人のやり取りを見ながら、セティは思った。
 ああ、この人って基本的に名前呼ばないのかなと。
「あのですね、もう少しご自分のお立場をですね?」
「足手まといは要らん。必要なのはポーラのほうだろう」
「いやまぁそうなんですけどっ」
 プロキオンはラティオの心配をしているようだが、どうにも面白くない。
 まだ受けるとは言っていないけれど、護衛になる自分達の腕が信じられないといわれているようで。
「じゃあ、リゲル! リゲルもつけますからっ」
「どういうことです?」
 ここに至ってようやく発言したりゲルに、プロキオンは振り返って言う。
「へぇ……いいの?」
 ただそれだけの言葉。
 しかし、リゲルの眉が寄り口が引き締められる。
 怒ってる?
 珍しいもの見たなぁとセティは思ったが、同じ感想を持ったものは他にもいたようだ。
「えー、また一緒に旅しようよ。りっちゃん」
 ただをこねるようなリカルドと我関せずを決め込むラティオを見て、リゲルは小さく顔を伏せた。
「わかりました。お受けします」
「わーい。ねえセティ」
 リゲルの返事に、なぜかリカルドが歓声を上げてセティを見やる。
「えーと」
 受けてもいいとは思う。
 けれど……目的地はフリスト。しかも生まれ故郷だ。
 戻りたくないわけではないけれど。
「もう、一年近くなるわね」
 くすりと笑いながら、クリオがセティの肩に手を置いた。
「一度戻ってみるのもいいと思うわよ?」
「そうそう。戻るついでに、少し親孝行しちゃえばいいよ」
 口々に言ってくれるのが嬉しくて、セティは小さく笑った。
「そう……だね」
 改めて顔を上げてその場に立ち上がり、依頼人――ラティオをまっすぐに見る。
「さっきのお話、受けさせていただきます」
 告げれば、彼は淡く微笑んだ。
「明日から頼むな」
「はい!」
 今度はセティも迷いなく答えることが出来た。