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ソラの在り処-蒼天-

【第六話 相違】 1.知らない事実

 街はそれなりに賑わっていた。
 寒ささえ除けば、いい街だなとセティは思う。
 生まれ故郷は北方に位置するが、そのわりには暖かい方だという。
 よって、元来寒さに慣れていないセティには少し辛い。
 セラータ国セーラ。北の雄セラータの300年前までの首都――
 先ほど聞いたリゲルの言葉が甦る。
 セーラが遷都されたのは三百年前の話。
 デルラ司祭から聞いた『歴史』では、セラータはこの街を捨てたはずだ。
 だというのに、こんなにも栄えている街を放置しておくなんて、と思う。
 歩きながらの威勢のいい声を上げる物売りたち。道行く人の数は街の規模にしては少ないが、それでも中規模都市くらいはいそうだ。
 あと、他の街と違うといえば、道行く人の髪の色。
 赤毛や銀髪は確かに他でも見かけるけれど、この街ほど多くはない。
 そして何より、リゲルやプロキオンのような青い髪。
 人が本来持たないその髪の『人間』が多い。
 ここでは青い髪が普通なのかなぁ。
 先ほどから突き刺さる視線に、セティは居心地の悪いものを感じていた。
 黒い髪や金髪が、ここでは珍しいのかもしれない。
「はい。こっちが宿だよ」
 言われた言葉に顔を上げれば、プロキオンが宿を手で示し笑っていた。
「どういうこと?」
 宿を案内された……のは、正直少しありがたい。
 だって今日は本当にいろいろあった。
 体力的には大丈夫でも、精神面ではセティは特に疲れていたから。
「本当ならこれからでもすぐに……って言いたいとこだけど、疲れてるでしょ?」
 問われて頷く。
 けれど同時に感じる疑問。
 これからでもすぐにって……なんのことだろう?
 セティの疑問が分からなかったのか、彼はこくりと首をかしげ、それから笑った。
「この白騎士達の目的とか、聞きだす気、ないの?」
「あ」
 言われてみれば確かに。
 何のために、誰を狙ったのかを知りたかったから、わざわざ捕虜にしたんだ。
 でも……とセティは考える。
 狙いはきっと『奇跡』。
 ここ最近やたらとかかわることになったものを思い浮かべ、憂鬱になる。
 狙われていたのはレジーナさんだったけど、あれはルチルに『移った』し……わたしが持っているのも知られちゃったし。
 言葉に詰まったセティをどう判断したのか、プロキオンは邪気のない笑みを浮かべた。
「という訳で、ゆっくり泊まってってね。じゃ、よろしく」
「……畏まりました」
 誰に言ったのだろうと思った瞬間、後ろから不満そうな声が返った。
 振り返れば、嫌々ながらもてきぱきとリゲルが荷台に立ち上がっていた。プロキオンがわざわざリゲルに「よろしく」といったからには、彼は別行動を取るのだろう。
「レイたちは泊まらないのー?」
 邪気のないふりをしながら問うたのはリカルド。
 プロキオンの様子では、『セティたちを見張るためにリゲルを残した』ように感じられた。しかしプロキオンもまた、何も知らない子どものように返す。
「だって、ノクス殿たちはちゃんとボクらで歓迎しなきゃ、怒られちゃうヨ」
 肩をすくめて答えて見せる様子は、見た目もあってまだかわいらしい子どものように見えるが……その判断は誤りだろう。
 リゲルが軽い音を立てて荷台から地面へと降り立つと同時に、また明日ねーと笑いながらプロキオン一行は荷台と共に進んでいった。
 しばし見送る形になるセティたちをどう思ったのか。
「休まないのですか?」
 ごく普通の様子でリゲルが問いかけてきた。
 セティたちはなんとなく視線を合わせて、宿の扉をくぐった。

 はぁと息をついたのは誰が最初だったのだろう。
 眠ったままのレジーナとルチルはそれぞれ部屋に置いてきて、他の面々は食事をしに集っている。
 リゲルだけは部屋に留まることにしたようだ。
 それは、こちらがわとしても渡りに船だったのだが。
「一体何なんだろうね、この状況」
「最初から意図されたもののようね」
 不満を隠さないリカルドとクリオ。
 無論セティだってその意見には賛成だ。
「おまけにここの宿代も要らないと来た……何をさせる気なんだか」
 聖職者であるにも拘らず、人に対して疑い深いブラウの意見にも、今回は反論できない。
「青い髪って言うのも不思議だよね。
 本当に、人、なのかな」
「正確には『人ではない』のかも知れないわね。
 寿命も身体能力も魔力も上……そんな種族だから」
 セティの問いかけに、リカルドは肩をすくませ、クリオは重々しく言った。
 なんとなく声を潜めてしまうのは仕方ないだろう。
 だって、厨房にたっている親父さんも、先ほど挨拶した女将さんも、みんな青い髪をしているのだから。
「あ、そういえばさ。さっきあの子が『ここはセラータの元首都セーラだ』って言ってたけど、ここってセラータじゃないの?」
 疑問を問いかけた相手は、そのセラータの勇者。
 しかし問われたフォルは知るかと返した。
「この辺一帯は近づくなって言われてんだよ。
 なんでも大昔に王族がしでかした不始末で『あいつら』にこのあたりの土地を差し出したらしい」
「あいつら?」
 不思議そうなセティにフォルがエールをちびちびやりながら返した。
「『青い髪』の連中だ」
「種族名がないからね。『彼ら』とかそんな呼び方をするの」
 クリオの補足にそんなものかと思う。
 けれど、種族の名がないって言うのは……少し悲しい気がする。
「もともと肥えた土地でもねぇしって思ってんだろうな」
「……土地、肥えてると思うけど?」
 そう答えるのはリカルド。
 街に入る前に黄金に輝く麦畑を見たという。そういえば、セティが見かけた物売りの中にも野菜を売っているものが多かった。
「土壌の改良とかしたんだろ。
 土地が惜しくなってきた時の王……三、四代前か?
 が、奪い返そうと戦仕掛けたら」
「負けたの?」
「いや、戦にもならなかった」
「は?」
 それは、完膚なきまでに負けたということだろうかと首を傾げるセティ。
「たどり着けもしなかったんだよ」
 フォルは面白そうに口の端をゆがめて答えた。
「軍が出発して、後半日くらいで土地に入ろうかって時に、強風と豪雨が襲ってきてだな」
「はぁ」
「おまけに首都(ノッテ)じゃあ、やたらと雷が落ちるわ、疫病が流行るわ」
「うーわー」
「それもこれも、軍を退いた途端にやんだんだがな」
「なにそれ、呪い?」
 多少頬をひくつかせながら聞くリカルドに、フォルはさぁと返すだけ。
 ……考えても埒が明かないことだけは分かっている。
 それでも、部屋に戻って眠りにつく前。
 どうしてもセティは考えてしまう。

 ――探し物を手伝って欲しいのですわ――
 それは、いつか聞いたティアの言葉。
 ――ノクス様の恋人が呪いにかかっていますの――
 だから、だろうか。
 一度別れた後、騎士に囲まれもう駄目かと思ったときにやってきたリゲル。
 そのあと……ルチルを連れて現れた彼は、いつも以上にぴりぴりしていたように見えた。
 ――解呪のためのアイテムを探していますの。『奇跡』ですわ――
 それはレジーナさんが持って『いた』もの。
 今はルチルが持って『いる』もの。
 セティも、もって『いる』もの。

 困っている人を助けたいと思う。
 けれど、まるで仕組まれたようだとも思う。
 プロキオンとサビク。
 急に現れた二人は、まるで『奇跡』がそろっていることを知ってるみたいに、セティたちを連れてきた。
 大陸の半分以上もの距離を、どういう方法をとったのか分からないけれど。
 だいたい、森を抜けたらこんな長距離を移動してるってどういうことだよ?
 考える間にも、睡魔は忍び寄ってくる。
 まだ寝ちゃ駄目なのに。
 明日、また、考えなきゃ……