【第四話 双貌】 4.見慣れた貌
「やー、本当ににぎやかだよねぇ」
呆れの色濃い感想は、最後尾を歩いているリカルドのもの。
そんな彼を疑いの目で見上げるのはフードをかぶったままのリゲル。
「いつまでついてくるつもりですか」
「それはセティ次第かなー。僕はただの仲間だし」
ついてくるなと遠まわしに言われてもリカルドはめげない。
ほんの数日だが、彼はリゲルと行動をともにしたことがある。
彼女は辛辣な物言いはするが、こういった回りくどい方法はとらない。
本気で嫌なら直接ついて来るなとセティに言うに決まっている。
だから同行に反対はしていないということだろう。
顔を上げて前を見れば、先頭を行くノクスにはクリオがなにやら話しかけているし、セティは当初の目標だった「先輩勇者」のフォルの話に目を輝かせている。
中間にいるレイとティア、ルチルとブラウの面々は表面上だけ和やかだ。
っていうか、空気が寒い通り越して冷たすぎるよねぇ。
あははと漏れてしまった苦笑。リゲルはなんとも興味のない様子で殿を務め続けた。
後ろが怖い。振り向きたくない。
ただそれだけの感情で、セティは一歩先を行くフォルを追いかけ続けた。
「フォルさんは勇者の仕事ってどういうことされてるんですか?」
「んな堅ッ苦しいことしてねぇよ。
つーか勇者なんざ、便利屋の代名詞だろ? 依頼料が雀の涙の」
「そう、なんですか?」
心底嫌そうに告げるフォルに話題がまずかったとセティは固まる。
勇者って便利屋なんだ。でもわたし、誰かから依頼を受けたことなんてないし。
教会のあれも一応依頼なのかな? 結局果たしてないけど。
ふいにフォルがセティを見下ろしてきた。
「お嬢ちゃんはいくつだ?」
「十六です」
「若いな」
頭二つ分は違うんじゃないだろうかというほど背の高い彼は億劫そうだが、見上げるセティだってかなり辛い。
ため息混じりに視線を前に戻されては、セティに表情を伺う術はない。
若すぎるから頼りないって思われているんだろうかと彼女は考え、仕方ないと嘆息する。経験値が貧弱なのは自分でも良く分かっていた。クリオたちと旅して嫌というほど。
そう考えると、王様の忠告は正鵠を射ていたということだ。
黙ってしまったセティをちら(というには少々努力が要る)と見下ろして、フォルは苦い胸中を何とか顔に出さぬように試みた。
十六といえば、確かに国によっては一人前と言える年だろう。
けれど、「勇者」に祭り上げ雑用をこなさせるには若すぎると言わざるを得ない。
天下の大国フリストが何をやってんだか。とはいえ、そことタメはる母国セラータも、自分なんかを「勇者」に仕立て上げているのだが。
あーあ面倒くせぇ。
この生真面目そうなお嬢ちゃんなら、あのお嬢さんも「勇者」として喜んで仕えるだろうに。世の中はどうしてこうもままならないものか。
セティと同じく、後ろに漂う冷気を感じながらも無視して、フォルは前だけを見る。
下手に振り返って何も得るものがないのに自ら虎穴に入ることもない。
前を行く二人の戦士は真面目に宿探しをしているようだ。
適当なところで別れてしまいたいが、この街の規模では宿は一軒しかないだろう。
余計な問題が起きなきゃいいがと心配する彼の予想通り、一行は唯一つの宿に泊まることになった。
「こちらに勇者様がいらっしゃるというのは本当ですか?!」
扉が悲鳴を上げるほどに勢い良く宿に飛び込んできたのは壮年の男性だった。
夕食には少し早いとはいえ、酒場も兼ねている食堂に人は少なくない。
人々の視線を一身に集めながらも、彼は室内をきょろきょろと必死に見回している。
肩を大きく上下させて、必死に走ってきたのだろうと察せられる姿。
一人の「勇者」は肩をすくませ知らぬ存ぜぬを通そうとし、一人の「勇者」は元気良く挙手してアピールをした。
「えっと、勇者です。新米ですけど」
「ああ、あなたが!」
ぱっと表情を明るくして男性はセティに駆け寄り、恭しく礼をした。
「私の名はエクエスといいます。勇者様にお願いしたいことがありまして」
「どんなことでしょうか?」
食事を続けていてはまずいだろうとセティが立ち上がると、挙手した方の左手をひっしと掴まれた。
「お仲間の方に、病気に詳しい方はいらっしゃいませんか?!
兎に角来て頂きたいのです」
「えっと」
あまりの必死さについつい視線を仲間のほうへとそらしてしまうセティ。
たまたま視線のあってしまったブラウは、さりげないフリをして勢い良く視線をそらす。
「そちらの方ですねッ!!」
それを目ざとく見逃さなかったエクエスはくるりとブラウの方へ顔を向け、射殺すような視線で懇願する。
「お願いします! 病人がいるんです! どうか助けてください!」
真正面から言われて流石にブラウもたじろぐ。
普段からひねくれている彼は、逆に気負いなくまっすぐに懇願されてしまうと弱い。
「オレよりもそっちのほうが詳しい」
行かないわけじゃないけどと前置きしてルチルを指差すブラウ。
迷惑をかけられているから、巻き込んでしまえという魂胆らしい。
が、彼の思惑に反してルチルは自ら立ち上がっていた。
「私でお役に立てることなら」
「助かります! 案内しますのでついてきて下さい!」
そういってエクエスはセティの手をとったままにものすごい勢いで走り出した。
「わ、ちょセティー?!」
慌てて席を立ち、連れさらわれる彼女を追いかけるリカルド。
彼の後ろに、ついて行くと宣言した以上、後を追わざるを得ないブラウとルチルが続き、宿にはざわめきが残された。
「あんたは行かなくていいのか?」
予想外の人物に話しかけられて、ティアはその大きな目を瞬かせる。
「教会が絡んでいたら厄介ですもの。わたくしはそんな迂闊な真似はしませんわ。
フォルさんやクリオさんこそ、こちらにいたままでよろしいの?」
「後で戻ってくるもの」
上機嫌でお酒を召してらっしゃるクリオさんは無責任ながらも事実を述べる。
荷物はすべて部屋に運び込まれていて、連れて行かれたセティも鎧を脱いでいた。何があるにせよ一度は戻ってくるだろう。
対するフォルはというと、今のうちに逃げた方が言いかとかぼやいている。
そんな二人を眺めつつ、ティアは胸中でこっそり嘆息した。
こう見張られていては逃げ出すことはできませんわね。
引き摺られるようにして連れていかれたせティにとって幸いなことに、エクエスの目的地はそう遠くなかった。
宿を出て右の路地の行き止まりに、こじんまりとした教会が佇んでいた。
その奥にこれまたひっそりと建っていた小さな家にずかずかと入っていく影と自らの幼馴染を追いかけながら、ブラウはふと郷愁に駆られた。
縄を張っただけの花壇に植えられているのは季節を楽しむ花々ではなく、香草や薬草の類。かすかに風に混じっている独特の匂いは慣れ親しんだもの。
教会に併設してる治療院だろう。
小さな家には複数のベットとたった一人だけ横たわっている老人の姿。
「レジーナさん」
先ほどまでの暴走っぷりを微塵も感じさせずに静かに呼びかけるエクエス。
ちなみに、手を引かれて他人のペースで走らされたセティはというと、入り口のところでばてている。
彼女を少しだけ心配そうに見やって、ルチルとブラウはベッドに近づいた。
病人独特の少し乱れた息。うっすらと開かれた瞳が二人を捉える。
「旅の人なんだけど、レジーナさんの病気を看てくれるから」
エクエスの言葉に老人はかすかに頷いた。
ルチルが診察をしている間、セティはボーっとしていた。
正直、引っ張ってこられたものの何をしたらいいか分からない。
「大丈夫ですよ。しっかりしてくださいね」
老人――レジーナの手を握って励ますルチルは、こうしていると普通のまっとうな神官に見える。
ブラウは診察は彼女に任せて雑用――水瓶に水を移したり、どこからか取ってきたのか薬草を束ねたりしていた。
てきぱきと動く彼の姿を見ていると、教会で育っただけあるなと思う。
普段が普段だけに実感することはあまりないのだけど。
セティと同じく暇をもてあますだろうと思っていたリカルドは、エクエスと何か話をしている。
わたし、何で連れてこられたんだろう?
首をかしげて壁に寄りかかると左手が痛んだ。
走った痛みに顔をしかめて、セティは手を結んだり開いたりする。
動くことは動くけど、動かすと痛い。掌もだけど手首も。
容赦なく引っ張られたせいだろう。
剣を扱うものとして、利き手を他人に預けないのは当然のこと。
守っていて良かったとは思うけど、あまり痛みが続くようなら後で回復魔法をかけておいたほうがいいかもしれない。
そう考えて、なんとなくルチルの背を見やる。
病人に対して甲斐甲斐しく世話を焼く神官。
説法を説きながらも優しい司祭。
それがセティにとっての――そして世間で良く知られているソール教のイメージ。
けれど、ティアが告げる言葉はそれとはかけ離れている。
どっちが本当なのかな。
頭を振って考えを押し出す。
相反する二つの顔。真の姿はどちらかだけ。
どちらもが事実だと言う考えは、その時のセティにはなかった。