1. ホーム
  2. お話
  3. ソラの在り処-蒼天-
  4. 第三話 1
ソラの在り処-蒼天-

【第三話 偉力】 1.勇者の価値

 セティたちは相変わらず南下を続けていた。
 目的は、法王の病気を治すための石を探すこと。
「ヘオスに行くのか」
 なんでもないような台詞を不満たっぷりに言うのは相変わらずのブラウ。
「だって法王様病気なんだよ? 治すには石が必要なんだよ」
「どーだか」
 何か思うところがあるのか、それとも単に反発したいだけなのか。
「ま、教会に恩を売っとくにはいいんじゃないのかなーって僕は思うけど」
「そうね。使い走りさせられることは分かっていたし」
 早速始まりそうなケンカを仲裁するわけではないだろうが、リカルドとクリオは現実的な意見を述べる。
「使い走り?」
「そう。こっちの街に魔物が出たといわれれば行かなきゃいけない。
 『勇者』の仕事は魔物退治だから」
「そうだよね。魔物退治が勇者の仕事だもんね。
 わたしも頑張らなきゃいけないんだ」
 しみじみと呟いてセティは思う。
 単純に、魔王を倒せばいいと思っていたけど……魔王がどこにいるか分からないし、今現在魔物の脅威に晒されている人たちを無視するわけにもいかない。
 父さんって大変な仕事してたんだなぁ。

 旅を続ける間に戦闘にも野宿にも慣れてきた。クリオが親切に教えてくれるおかげで、当初のように慌てることもなく魔物の襲撃に対処できるようになったし、マント一枚に包まって地面で寝ることにも慣れてきた。
 まだまだクリオやリカルドに敵わないといえど、何をすればいいのか、何をすべきなのかといったことはだんだん分かってきた。
 だけど、中々うまくならないものもあって。
 石で即席のかまどを作って火を熾す。
 水を張った鍋を置いて、沸騰するまで待つ間に食材の下ごしらえをする。
 小さなナイフを使って保存食を食べやすい大きさに切ったり、モノによっては薄く削ぐ。
 言葉にすればコレだけのこと。
 なのに、鍋の中に収まっていくのは、厚さも大きさも非常に不ぞろいな肉。
 向かいに座って同じ作業に勤しんでいるクリオ作のものと比べると、セティのつたなさは良く分かる。
 ほかのことは何とかなっていってるけど、こればっかりはうまくならないなぁ。
 クリオはそれでも褒めてくれるし、リカルドも頑張ってるねと労いをくれる。
 何も言わずに食べるのはブラウ。
 言って欲しいような、言われるとしたら嫌味だから言って欲しくないような微妙な気分ではあるけれど。
 正直な話、こんな暑いところで鍋というのもどうかと思うが、煮るか焼くかくらいしか調理法はないから仕方ない。
 砂漠を抜けてからは大分ましとはいえ、ヘオスは南の国だから。
「クリオやリカルドはヘオスに行った事ある?」
「首都には行った事があるわ」
 スープというには具の量が多いそれをつつきながらのセティの言葉に、お代わりをよそいながらクリオは応えた。
「僕も、首都だけは。ヴァン村だよね、行くところって」
「うん」
 食事を終えたセティは荷物から地図を引っ張り出した。
 アルカで新たに手に入れた詳細な地図。
 地図は重宝するものだが、国によっては機密にあたるものもある。
「えっとー。ヘオスでは一番北みたい」
 知らないところに行くのは不安だけど、とても楽しみ。
 父さんやお兄ちゃんも、こんな思いをしてたのかなぁ?
 そんな比較的和やかな旅を続けて、ヴァン村にたどり着いたのは二月ほど後のことだった。

 木々は思ったよりも豊かに生えていて、そこかしこに優しい影を用意している。
 近くを流れる川はささやかなほどに細いけれど、とても澄んでいた。
 聞こえてくるのは元気のいい作業歌と手伝っているのだろう子ども達の歓声。
「すごく平和そうだねぇ」
 村の入り口にいる見張り役の青年がこちらに気づいたのを確認してから、リカルドは手を振ってみる。
 見張り役といってもそこらの村民となんら変わりない。
 唯一の武装といえば、手に持った槍だろう。
 その槍だって杖代わりに持っているような感じだ。
 槍のことは使ったことないから良く分からないけど、あの時は怖かったなぁ。
 大神殿の入り口で突きつけられた槍は本当に怖かった。
 この人を神官兵と比べるのはいかがなものかとは思うけど。
 程なくたどり着いたセティたちを見やって、青年は確認するように言った。
「坊主、勇者なのか?」
 セティが性別を間違われることは、実を言えば多々ある。
 小さい頃からまるで男の子みたいだと言われてきたが、この歳になっても間違われると少し物悲しさを感じるのは気のせいだろうか?
「うん、そうだよ」
「そうか」
 答えに一拍の間を要した彼女をどう思ったのだろうか、青年は困ったように頬をかいた。
「悪いなぁ無駄足させて。
 魔物はもうダイクロアイト様が倒してくださったよ」
「ダイクロアイト?」
「魔物?」
 知らぬ名を繰り返したのはリカルド。不審な単語を問い返したのはセティ。
 予想外だったのだろう反応に、青年は不思議そうに問い返した。
「なんだぁ、知らんで来たのかい?」
「ええ、別件で南に向かっていたのだけど」
「ダイクロアイト様っていうのは、ヘオスの勇者?」
「ああ。本当に強い方だったなぁ」
 にこやかに応対するクリオに続いて、興味津々にリカルドが問いかけると、青年はしみじみと呟いた。
「おまけにいい人だったなぁ」
 強くっていい人かぁ。会ってみたかったな。
 少し残念に思いながら、セティは考える。
 こんな平和そうに見えるところにも魔物がいて、人を苦しめてたんだ。
 助けを求められたら、すぐに助けに行くような勇者になりたいな。
「ところで宿はあるかしら?」
「ああ、これで結構旅人が来るから一軒だけあるぞ」
 軽く返された返事にブラウは心中だけで安堵の息を吐く。
 正直な話、野宿ばかりというのは流石に疲れてきた。元々体力に自信があったわけではないけれど、暑い中の旅は予想以上に体力を取られる。
 荷物を置いてゆっくりと休めるのはありがたい。
「あそこに一つだけ高い建物があるだろ、あれだ」
 青年が指差した建物まではそう距離が無い。
 丁寧に礼を述べてセティたちは宿へ向かった。
 宿はしっかりとしたつくりで、地方には珍しく大部屋ではなく個室の形式を取っていた。大部屋ならば宿泊費は安くて済むが、見知らぬ者同士が雑魚寝するためどうしても貴重品の管理が困る。
 そんな心配をしなくていいだけでも個室は嬉しい。無論金額はそこそこするのだけれど。
「わー、ベッドで寝るのって久しぶり」
 荷物をとりあえず置いてセティはベッドに両手をついてみる。
 シーツは多少ごわごわしているもののきちんと乾いていた。今日はぐっすり眠れそうだなぁと喜びつつも、クリオに促されてすぐに下に降りる。
 喉も渇いたし、軽く食事を取りながら今後についての話し合いをしようということになっていた。
 階段を下りるとすでにリカルドとブラウはテーブルについていて、おいしそうに何かを飲んでいた。
「何飲んでるの?」
「ん、わかんないけどこの地方の名物だって……一応お酒になるのかな?」
「お酒かぁ」
 少し残念そうにセティはおとなしく席に着く。
「でもそんなに強くないよ。オレンジとかシナモンが入ってるし」
 にこにこと説明してくれるリカルドと違い、ブラウはゆっくりと木製のカップを傾けている。彼は表立って酒は飲まないものの、とにかく水分補給をといった感じだろう。
「それでセティ。石を探しにきたのよね?」
「うん。わたしには分かるはずだって」
 念を押すように言われてはきはきと返すセティ。
 たったそれだけの言葉でここまで来てしまったというのに、彼女は不安なんてないとばかりに笑顔で続ける。
「それだけ信じてもらえてるんだから、はやく探さないとね」
 単純というかなんというか。
 言葉に詰まる保護者二人とは対照的に、いつものような仏頂面でブラウは言う。
「どうやって? ヒントも何もねぇのに?」
「ヒントならあるよ! 石化の病気を治すことの出来る石!」
 それを探せばいいだけだと自信満々な彼女に、今度はブラウも沈黙した。
「まあ、とりあえず聞き込みでもしてみようか」
 現実的で前向きなリカルドの意見に反対するものはいなかった。

 アルカに比べれば少し優しい日光。
 しかし湿気は少し高いらしく、体感温度としてはより暑く感じる。
 なるべく影を選んで歩くセティ。その後ろを数歩遅れてブラウが続く。
 ひとまず村の様子を見て確認することと、石の情報を手に入れられればといった願望を込めて散歩に出たのだけれど。
 怖いというか気まずいというか。
 相変わらずついてくる足音に何か言おうとして、結局沈黙したままにセティはあてもなく歩く。
 ブラウと話すときはけんか腰のことが多い。
 むこうが売ってくるのだからとは思うものの、クリオからも注意されてるしこのままじゃいけないかなぁとは思っているのだ、正直。
 けれど、ここ最近特に彼の機嫌は悪い、と思う。
 見た目や普段の態度から人に当り散らしそうな印象があるけれど、本当に機嫌が悪いときには彼は何も言わない。本当に付き合いにくい相手だと思う。
 お兄ちゃんはよくブラウの友達やってたなぁ。
 取りとめの無いことを考えていると道具屋の看板が目に入った。悔しいが、必需品の調達なんかはリカルドやクリオが先にやってくれてることが多い。
 品揃えだけでも確認しておいた方がいいかな?
 軽い気持ちで扉を開けて中に入ると、先客がいた。
 歳は多分セティと同じくらい。黒髪の戦士風の少年と鳶色の髪のローブ姿の少女。
 店員に商品の説明を聞いては感心している姿から、まだ旅慣れしていない様子が伺えた。
「あいつら」
「え?」
 不意に聞こえたブラウの声に振り向けば、思いっきり呆れた目で見られた。
 なんでそんな目で見られなきゃいけない訳?
 視線に力を込めれば、ますますブラウに呆れの色が濃くなる。
 なんで分からないのかと問いたそうなその様子に、もう一度先客を見やる。
「あ」
 そこでようやく気づいた。これはブラウに文句なんか言えない。
 興味深そうに商品を眺める少女は、アルカの大神殿前で大見得を切った「グラーティア」だった。