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ソラの在り処-蒼天-

【第一話 旅立】 2.即席の仲間

 教会のある東町に比べ、西町はにぎやかだ。
 雑貨や金物といった商店が軒を連ね、人通りも多い。
 その道をブラウはさっさと歩いていき、セティが小走りで追う。
 後ろを振り返りもしない彼になんだか腹が立つ。
 絶対ついてくるって思ってるのかな。
 実際についていく格好になってしまっているセティは面白くない。
 目的地であるルイーゼの店に彼は向かっているし、この道は最短距離でもある。
 待ちに待って旅立ちを許されたのだから、セティは一刻も早くルイーゼの店に行きたいし、遠回りをする意味もない。
 ブラウより先についてなきゃ、絶対嫌味を言われるんだ。
 何とか追い抜いてやろうとは思うものの、もともとの歩幅が違うのと人通りの多さとでうまくいかない。
 そして、そうこうしている間に到着してしまった。

 開けられた窓からリュートの音と歌声、ついでに良い香りが漏れてくる。
 きいきいと揺れる看板に描かれているのは、羽を広げた鳥の印。
 フェルン一の信用を誇る、流れ者・冒険者の宿の『金の小鳥亭』。通称・ルイーゼの店。
 ドアを開けると店内の客の視線がいくつか飛んできた。
 食事には少々早い時間帯だが、そこそこ込み合っていた。
 見るからに荒くれ者といった風体のもの。
 仕事から戻ったばかりなのか、汚れてへこんだ鎧をきた戦士。
 駆け出しと一目で分かる少年もいる。
 なんとなく店内を見渡すセティと違い、ブラウはカウンターを目指してすたすたと歩いていく。
 カウンターでは恰幅の良い女性が、駆け出しらしい冒険者になにやら説明をしていた。
 髪も瞳もダークブラウンの、温かい笑顔をする女性。店主のルイーゼだ。
 どうやら紹介された仕事が気に入らないらしい冒険者はイライラとした様子を隠さず彼女に突っかかっている。
 ルイーゼが困ったようににっこりと笑い二言三言いうと、彼は不承不承といった様子でカウンターを離れていった。
 少々不満げな冒険者とすれ違って、ブラウはルイーゼに声をかけた。
「ちは」
「あら? あらあらブラウ君こんにちは。今日も司祭様のお使い?」
「違う」
 えらいわねー、なんて今にも頭をなでそうな勢いのルイーゼに、ブラウはむすっとした表情で返す。
「あらそうなの? もしかしてブラウ君もお酒飲みたくなった?」
 もう少し大人にならなきゃ駄目よーと注意するルイーゼに、反論するのも面倒になったのか、後ろが見えるように横に移動するブラウ。
「あらセティちゃんもいたのね?」
 気づいてもらえた事で、挨拶しようとブラウを押しのけたセティを見て、にこやかだったルイーゼの顔が固まる。
「ルイーゼさん?」
「……セティちゃん」
「は、はい?」
 声音に何か怖いものを感じて、少々後ずさりなどしつつ問い返せば。
「どこに行っちゃうのセティちゃんッ」
 そうはさせじとカウンター越しに肩をがっしと掴まれた。
 あまりの大声に、店中の客の視線が集まる。
「あ、あのルイーゼさんっ」
「セレスくんに続いてセティちゃんまでどこか行っちゃったら、イルゼが寂しいでしょっ」
 言われた言葉に、痛みを覚えないわけじゃない。
 だけど。
「もう、決めてたんだ。ずっと。
 お父さんの代わりに、わたしは魔王を倒しに行く」
 静かな宣言に、店内にざわめきが広がる。
 ――何を馬鹿なことを言ってるんだ?――
 ――あの子、オリオンの子どもだろ――
 ――へぇ――
 興味津々といった様子のものや、逆に醒めた目で見るもの。
 さまざまな視線を感じつつ、セティは口を開いた。
「でも、わたしはお父さんより弱いから、強い仲間がいてくれると助かるんだ」
「それでうちに来てくれるのは嬉しいけど」
 複雑そうな表情で押し黙るルイーゼ。店内を一瞥し、確認するようにセティのそばの少年に問うた。
「ブラウ君も一緒に行くのね?」
 首肯する彼を見てから、店内に呼びかけた。
「誰か、この子達について行く人はいる?」
 反応は――ない。
 セティはむっとした。
 普段魔物を退治したりして収入を得ているのに、相手が魔王だから腰が引けるのだろうか?
 一方ブラウは醒めた目で客たちとセティを見ていた。
 こんなことだろうと思った。
 腕に覚えのあるものは、とっくの昔に旅立ってる。
 『魔王が現れた』と言われて、何十年も経っているのだ。
 国は兵を動かせない。増え続ける魔物の被害を抑えるために騎士団は必要で、手が足りないからこういった冒険者たちに仕事が舞い込んできている。
 故に『騎士ではない腕の立つもの』を『国の代表』つまり『勇者』として旅に出させている。オリオンのいない今、セティは祭り上げるのにちょうどいい存在だった。それだけのことだ。
 客の反応を予想していたのだろう。決まり悪そうにルイーゼが口を開きかけ。
「誰もいないのなら、立候補しようかしら」
 涼やかな声と共に腕が上がった。
 はじかれたように顔を上げるセティ。ブラウも声の主に視線をやる。
 年のころは二十歳を過ぎたあたりだろうか。
 ふんわりとウェイブがかった淡い金髪。涼しげな双眸は新緑の色。
 浮かべる柔らかな微笑は、働き者の若女将のような印象を受ける。
 だが、彼女がまとう空気と装備がその印象を覆す。
 柔らかで、それでいて鋭さを持つ気配。
 傍らに置かれた剣は使い込まれた鈍い色。
 それらを確認してセティは緊張した。
 この人、強い。わたしよりずっと。
「いいのかい? クリオ」
「魔王退治はおいても、彼女の旅に同行するのは悪くなさそうだもの」
 戸惑うように、しかし多分に期待を込めて問うルイーゼに、クリオと呼ばれた女戦士は返す。
「よろしくね……セティ?」
「あ、はい。
 セレスタイト・カーティスっていいます。セティって呼んでください」
「クリオ・ブランシュよ。改めてよろしくねセティ」
 あわあわと言うセティに微笑を返すクリオ。
 その微笑に、綺麗な人だなぁとセティは思う。
 こんな綺麗な人なのに、強いなんてすごいなぁとも。
 ぼぅっとしていたセティを現実に戻したのは、店内中に響いた激しい音。
 音の出所に一瞬にして視線が集中する。
 騒音の犯人は中腰の――立ち上がりかけた体勢のまま固まっていた。
「あー、えーっと」
 視線に耐え切れず漏れた言葉は意味のないもの。
 慌てた顔も端整で、あわただしく首を動かすそのたびに、ひとつにまとめたプラチナブロンドがさらさらと動く。体型はすらりとしていて腰には一振りの短剣。戦士には見えないが。
 青年はちらりと向かい――同席しているのか仲間なのか、フードをかぶった小柄な影を見やって、それからセティに向かってあははと笑う。
「僕も立候補しようかなー」
「え」
「だめ?」
 思わず出た声に、子犬のような目で青年は問い返してくる。
「だめっていうか……遊びじゃないんですけど」
「ああ大丈夫だよ」
 何が大丈夫なのか、青年はからりと笑ってパタパタ手を振る。
「楽しそうってわけじゃなくて、手に入るだろう『魔王を倒した』って名声が欲しいだけだから♪」
「もっと駄目です」
「ええええええっ」
 至極当然なセティの言葉に、青年はなぜか大仰に反応する。
 クリオは微笑みながらやり取りを眺めるだけで、ブラウも――こちらの顔はいつものように仏頂面だが――口を出さず成り行きを見守っている。
「どうしてどうして? 僕役に立つよ?」
「だーかーら」
「はっ オリオン程度の子どもが勇者? 馬鹿げてるな」
 唐突に響いた声に静寂が戻る。
 青年の右隣の席。隻眼の戦士がセティを睨み、吐き棄てるように言った。
「自分の力をわからねぇ奴が大口を叩く。オリオンがいい例だ」
「父さんを馬鹿にするなっ」
 かっとなり怒鳴り返すセティを留めるようにブラウが肩をつかむ。
 簡単に挑発に乗った彼女に気を良くしたのか、戦士はにやけた口元を隠そうともせずに続けた。
「力もねぇ奴が」
「多少はありました。少なくとも貴方よりは」
 言葉をぴしゃりとさえぎったのは凛とした声。
 先ほど仲間に立候補した青年の向かいに座した小柄な人物。
 フードをかぶっているため年は分からない。
 だがその高い声から子供か女と察せられる。
「それでも背負ったのです。確かに大ばか者です」
 声音に嘲りの色はない。
 しかしため息混じりに肩を落とされれば、セティは矢張り面白くない。
「ご感想はもっともですが、故人の悪口は賛同しかねます」
 発言の主と戦士がしばしにらみ合う。
 はらはらと見守る者、いつでも止めれるように腰を浮かす者。
 しかし彼らの予想に反し、戦士は舌打ちをして店を出て行った。
 静寂の後に、突っ立ったままの青年がしみじみとこぼす。
「りっちゃんって勇気あるよねぇ」
「あのような見掛け倒しを言い負かすのに、必要な勇気などありません」
「……見掛け倒し」
 やはりぴしりと言い捨てて、その人物――『りっちゃん』は席を立つ。
「強いと思うけどなぁ」
「その程度の目だからこそ、無謀なことをしたのでしょう」
「言われちゃうと反論できないなぁ」
 けらけらと青年は笑う。
「少しは目を養ってきなさい。そちらの子の旅に同行して」
 『りっちゃん』はそのまま振り返りもせずに店を出て行く。扉の閉まる音が妙に大きく響いた気がした。
 あっけにとられて後姿を見送ってしまったセティ。
「ねぇねぇセティ」
 いつの間に近寄っていたのか、青年が隣でにかっと笑った。
「りっちゃんもああ言ってたしー、仲間にして?
 あ、僕はリカルド。リカルド・ディエゴね」
 さてどうしようかとセティが考えるまもなく。
「じゃあ今夜はここでぱあっとやってってちょうだい!」
 ルイーゼのこの言葉によってなし崩し的に宴会が始まってしまい。
 翌朝、即席のパーティで旅立つことになった。