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しんせつ

神の器

「壱様」
 名を呼ばれて、『それ』は意識を浮上させる。
 いつものように目覚めさせられて、『壱』は不服そうに顔をゆがめる。
 目の前に並んでいるのは壮年の男性たち。唯一の女性は『壱』に寄り添うように控えている。
 もっとも、彼女の存在に気づいているのは『壱』とあと一人だけだろうが。
 言葉を話すのも億劫だとばかりに彼らを眺めれば、一番年かさの男性が頭をたれたままに陳情する。
「ここ最近、晴天が続いております。
 喜ばしいことですが、そろそろ恵みの雨をくださいませぬか?」
「いえ、我がくにではまだ日が足りませぬ。夏の大雨の影響で作物の芽が出ず」
「畏れながらわが国では……」
 毎度のごとく止まらぬ陳情に、いつものように『壱』は聞き流すことにする。
 ため息をつくことすら面倒だ。
 相手が言い尽くしたところを見計らって、もっともらしいことを言って退出させる。
 そうすれば、部屋に残るのは一番年若い青年だけ。
「『何か言いたそうだな、破軍――真砂七夜鎮真』」
「いえ」
 知っている声に重なる知らない声。よく見知った顔に浮かぶ、知らない(かお)
 それは戸惑うものだろうなと『壱』は人事のように思う。
 だけれど、この状況を長く続けるのは良くない。常ならばいざ知らず、今の現は不安定だ。
「『ならば侍女を呼ぶがいい。ぼくは眠る――現はしばらく目を覚まさない』 」
 言い終わるやいなや、『壱』だったものの体がかしぎ、ぽてんと横になる。
 畳の上に広がる雪の色の髪。瞳は閉ざされたままに顔色は悪い。
『……支えるくらい、してくれてもいいじゃないですか』
 体を持たぬ自分の代わりに。
「恐れ多くて触れることなど出来ないさ」
 非難めいた少女の霊に、歯がゆさを押し殺して鎮真は立ち上がる。
 きっと侍女を呼びに行くんだろう。
 一人残された青い亡霊は妹に触れる。
『……お願い。現を守って』
 眠り際に聞こえた声に『壱』は是と応えた。
 今までと違い、この器()はとても居心地がいい。
 だから起こすな。眠らせて。自分の力が器を壊さぬためにも。

神様も憂鬱。

神の器-ver2-

『いい加減にしてくださいッ こんなくだらないことで「壱」を呼び出すのはっ
 常時とりついてるようなものとはいえ、神を降ろすのは負担がかかるんですよっ』
「分かってる、いやってほど分かっていますよ。(うつ)殿下」
『名前を呼ばないでくださいッ 鎮真なんかに呼ばれたくないです』
「それはそれはご無礼を」
 かんしゃくを起こす青い亡霊に、鎮真は投げやりに謝罪する。
『現を思うなら、もう少し配慮してください』
「想うなど……俺には過ぎた感情ですよ」
 妹を思って言った亡霊の言葉に、自嘲の笑みを浮かべる鎮真。
 ほんの少しの意味合いの差異に亡霊は納得しつつも冷たい視線を投げかける。
『……ヘタレ』
「何かおっしゃいましたか?」
『いいえ。若輩の北斗でも「破軍」の座にいるくせに意見も出来ないのかと思っただけです』
 ついとそっぽを向いて間違っていはいない反論をする。
 言い返さぬままに歩いていく鎮真の背を見つめ、空は思う。
 うん『壱』。貴女正解。現はしっかり守ってあげなくちゃ。
 そう決意する空と、知らず敵を増やした鎮真。
 はてさて。『(カミサマ)』はどんな未来を用意するのやら。

実は、話がかみ合うことの少ない二人。