受け継いだものは
A.もう少し一人で探してみよう。
とりあえずもう少し探してみるか。
部屋の中をくまなく捜索することから始めるアポロニウス。
『くまなく』といったところで、彼の私物はそもそも少ない。
PAに所属して結構立つが、いまだに必要最低限の物しか置いていない。
机の中や本棚の奥を探してみるが見つからない。
こうなると、部屋の中ではなくどこかで落とした可能性もある。
「昨日はどうしたんだったか……」
うなりつつ記憶を呼び覚ます。
そう、昨日は確か久々に酒を飲んだんだった。
昔に比べかなり味が良かったのと、しきりに飲めと勧める相手がいたんだった。
一人は幸せいっぱいな槐。そしてどこかやさぐれた薄。
何とか酔いつぶれることは免れたものの、意地と根性で部屋にたどり着いたことは覚えている。
酔っ払っていたそのときに落としてしまったんだろうか?
ポケットからこぼれた可能性はある。
頼りない記憶をたどりつつ、昨夜歩いたであろう廊下を行く。
下に何か落ちていないかを確認しながら。
だからこそ気づかなかった。声をかけられるまで。
「おはようごさいますアポロニウスさん」
大きく肩が跳ねてしまったのは仕方ないだろう。
あわてて深く礼をして挨拶を返す。
「おはようございます師匠!」
「? 今日は早いですね」
顔を上げると見慣れた青いローブ姿……ではなく、動きやすそうな地味な色のスウェット姿で肩にはタオルがかかっている。
おまけにいつもはおろしている髪はひとつに結い上げられ、頬がほんのり染まっているとなれば。
「もしかして師匠……鍛錬とかしてました?」
「してますよ?」
恐る恐るした問いにはきっぱりとした答え。
「早起きは三文の徳といいますし、適度な運動は体にいいんですよ」
落とした視線の先には使い込まれたといっていい運動靴。どうやら走り込みをしてきたらしい。
明日からは自分もちゃんと鍛錬しようと心に決めるアポロニウスに対し、お師匠様はにこやかに問いかけてくる。
「早起きは感心ですけど、下を向いて歩いていると気持ちまで落ち込みますよ?」
「いえ、ちょっと探し物をしていたので」
「探し物?」
「というか……落し物を」
そういった瞬間に、師匠は大きな目をさらに広げて、それから長いため息をつく。
「アポロニウスさん」
「は、はいなんでしょう?!」
呼びかける声には呆れが多分に入っていて、おまけに情けなくて仕方ないといったオーラまでもが出ている気がする。
「落し物なら、形状とか分かっているんじゃないんですか?」
「ええ、それはもちろ」
当然だと答えかけて言葉がとまる。
そうだ。自分は魔法を使えるわけで、物を探す魔法はあるし、知っているのだから。
「……すみません」
消え入りそうな声で謝れば、仕方ないと苦笑された。
「まだまだ戻った実感が無いのかもしれませんけど……基礎から教えなおしますから」
「……はい。それでは早速探しますから」
苦しい言い訳だとは思ったけれど、会話を無理やりそこで切り上げてアポロニウスは部屋に戻る。
とてもいやな感じだ。今はもういないはずの父親の、イイ笑顔を見た気がして。