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変わるもの 変わってほしいもの

 規則的な電子音が聞こえて、ゆっくりとまぶたを開ける。
 朝か……
 ぼんやりとした意識で、手探りで目覚ましを探し、音を止める。
 あくびをかみ殺して起き上がり、カーテンを開けて外を見る。
 まだ夜は明けきっておらず、それでも雲の量で今日は晴れだと言う事が見て取れた。
「うしっ」
 気合を入れてから洗面所へ向かう。
 いつもと同じ……それでいて違う一日が始まった。

「しーちゃん! お誕生日おめでとーっ!!」
「ああ、ありがと」
 まだ誰も起きてないと思っただけに少々びっくりして返す。
 服を着替えて、朝食作るかとキッチンに向かった途端の一声である。
「ずいぶん今日は早いな?」
「だってしーちゃんの誕生日だもん。一番におめでとうは言うよ~」
 目の前でニコニコと笑う楸はいまだパジャマのまま、髪も寝癖だらけのぼさぼさ。
 どちらかというと朝は弱いこの従姉。今日は気合を入れて起きたらしいことは伺えるが。
「……その殊勝さがなんかおかしいと思うのは気のせいか?」
「うんうん。そうやって疑う事は大事だよね。しーちゃんの立場ならぁ」
 会話がかみ合ってない。
 しかしいつもの事なので気にせずに朝食の支度をはじめる。
「今朝は何~?」
「昨日の残りがあるだろ?」
 おかずは焼き魚が人数分残っていたはずだからそれでよし。分量を量って米を研ぎ始める。
 余談だがこの部屋にある炊飯器は桜月出身の楸ではなくシオンが買い込んだもの。
 米主食の献立に、当初は難色を示したのはカクタス。
 しかし彼の立場で文句をいえようはずも無く、多数決でも負けてからは諦めたようだ。
「お味噌汁食べたい。ワカメときのこのいっぱいの~」
「きのこは無い。ワカメと麩でがまんしとけ」
「……じゃあせめて卵をっ」
「ならいいか。とりあえず顔くらい洗って来い」
「ほ~い」
 なんだかすっかりチーム内でのおさんどんが板についてしまったような気がするが……
 炊飯器にセットし終えて、今更ながらになんでここにいるんだっけ? とか思ったりもする。
 タオルで顔を拭きつつ戻ってきた楸は冷蔵庫から麦茶を出して飲み始める。
 それを見てシオンもコップ一杯麦茶をもらう。
 夏は遠く去ってしまったのに冷たい麦茶は何でこんなに美味しいんだろう?
 ふぅと一息ついてからコップを揺らして心底不思議そうに呟いた。
「でもおかしーねぇ?」
「何がだ?」
「しーちゃんの誕生日なら、皆で豪勢にお祝い♪だと思ってたんだけどなぁ?」
 シオンの実家は歴史も格式もある家だ。
 特に『十六歳になる』ということは、正式に一族への仲間入りを示す事でもあり、なおかつ彼は跡取息子なのだから、その祝いは盛大なものになるであろうと思っていたのだが。
「そしたらた~くさんのご馳走とか食べれると思ってたのに~」
「あのなぁ」
 確かにご馳走はあると思うけど、と前置きしてシオンは続ける。
「お披露目は誕生日じゃなくって正月にするんだと。それも伝統だってさ」
「ああ成る程。お祝い事は一気にやっちゃお~ってことね」
 かちっと音がして時計がポーンと鳴る。
「と、ちょっとのんびりしすぎたか。着替えて他の奴ら起こしてくれ」
「ほ~い。お手伝いさせていただきます♪」
 朝はそんな感じで始まった。

 いつものように学校に行き、帰れば事務処理に追われる。
 そんないつもと同じ時間。
 違う事はといえば「お誕生日おめでと~」と知ってる人に言われるだけで、それ以外に対して変わる事はない。
 とはいえ、正月を過ぎてもそうだとは言い切れないのだが。
 そして。
「団長がお呼びだよ」
 槐からの呼び出しもいつもの事。
 団長室へと向かう廊下で、不機嫌に問い掛ける。
「……今日は何やったんだ楸」
「いっつもいっつもあたしじゃないよ~」
 心外だといわんばかりの楸の声。だがしかしこれに騙させた事は一度や二度じゃない。
「じゃあ誰がするって言うんだっ」
「心当たりがあるなら自分で言ったほうが良いわよ?」
 梅桃の静かな問いかけに。
「……すいませんごめんなさい団長が大事にしていた盆栽割りました」
「お前かッ」
 いつにもまして弱弱しい声で青白い顔してカクタスが挙手する。
「盆栽って松の奴? 団長すっごい怒ってるよね?」
 うーんとうなって楸。
「怒るだろうなぁ。あれって十年かけて大切に世話してきたんだろ?」
 思い出しながら言うシオンに瑠璃もうなずく。
「そのせいで私たちまで怒られるのは心外だけど」
 ポツリと言い放たれた言葉が一番効いたらしいカクタスは、直立のまま壁に頭をぶつける。
「ごめんなさいすみませんもうしません」
「俺らに言われてもなー?」
 ぶつぶつうなるカクタスを引きずりつつシオンは思う。
 これからもきっと、こんなことが続いていくんだろうな、と。

 おしまい

シオンのお誕生日当日の話。お披露目のときの様子はちょびちょび書いていってますが。
誕生日はやっぱりどこか特別で、節目になる年のものはさらに特別で。
普通なら「変わるものもあるけど、変わらないものもあるよ」なところが、「変わっていっているけど、本当に変わってほしいものは変わらない」がPA。