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海からのSOS【後編】

 目を開くと見えたのは木の天井。
 体は動かさないままに視線だけを動かす。
 見慣れない部屋のベッドに寝かされているようだ。
 体に痛みはないし疲れもない。着ているものも変わってはいない。
 このまま寝た振りをしていた方がいいか、それとも。
 アポロニウスは思案する。
 その耳に、カクタスの絶叫が聞こえた。
 勢いよく飛び起きて聞こえた声を頼りに廊下を行く。
 もう一度聞こえた声を頼りに扉を蹴り開け中に飛び込む!
「カクタス!」
「アポロニウス!」
 満面の笑みで彼はアポロニウスに向き直り。
「見てみろよ! 美人がいっぱい!!」
 その言葉アポロニウスがぐったりと床にへたり込んだのは言うまでもない。

 テーブルについて出されたお茶は普通のものだった。
 カクタスは一気飲みしたそれをゆっくりと味わう。
 幸いな事に毒も、妙なものも入ってないようだ。
 茶器越しに相手の様子を伺う。
 そう、相手。二人をここに連れてきたもの。
 その肌は抜けるように白く、髪の色も目の色もごく薄い色彩。
 見慣れない服を着てあでやかに微笑んでいる豪奢な美女。
 周りにいる者達もすべて整った容姿をした少年少女たち。
 カクタスは安心しきっているようだが、アポロニウスは警戒を続けたまま。
「突然の無礼な呼び出し、どうかご容赦ください」
 言って女性は頭を下げる。
「つかぬ事をお聞きしますが、あなた方は魔導士さまでしょうか」
「はいはいはい! そうです!」
 駆け引きなんぞないといったようにぶんぶか頷くカクタス。
 なるほど、シオンたちが彼を一人にしたくないわけだ。
 アポロニウスは沈黙を貫く。
 カクタスの返事に部屋がざわめく。女性もほぅとため息をついた。
「良かった……お待ちしておりました魔導士さま。
 どうか、どうか我らをお助けください」
「助ける……?」
「わたくしはドゥーエ。このモーリの長をしています」
「モーリ!?」
「もーり?」
 カクタスが不思議そうな顔をするが無論無視。
「実在したのか……」
「知ってるのか?」
 不思議そうなカクタスにちょっと考えて返す。
「話に聞いたことがあるだけだ。
 はるか昔地上には五つの大陸が、そして天空にも一つの大陸。
 さらに地中と海中にも町があったらしい」
「まあ博学ですのね」
 感心したように言うドゥーエには何も言わず、カクタスに説明を続ける。
「とはいえ千年以上も前に天空の大地は落ち、中央大陸は壊滅したという。
 それ以来地中の町とも海中の町とも連絡が取れなくなったと聞いたが」
「本当に……博識です事」
 ドゥーエは反論も何もしない。アポロニウスとて千年以上前のことは知らないが、これらの話はすべて師匠から聞いたことである。もしかしたらその現場にも立ち会った事があるかもしれない。
 静まってしまった空気を変えるようにカクタスが問い掛ける。
「それで困った事ってなんですか?」
 その言葉にドゥーエは顔を曇らせて切々と訴える。
「長い間ここから離れなくなったせいで、太陽の光を浴びる事が出来なくなってしまったのです」
「あー、それであの姿」
 確かにあの姿はインパクトがありすぎた。まるでどこかの悪役のように黒一色の鎧姿ではまともに話など聞いてもらえないだろう。
「それよりもさらに深刻なのが」
 そこで言葉を切ってドゥーエは窓から外の景色を眺める。つられて目をやれば街を区切る結界が目に入った。
「分かりますか?」
 静かな問いかけにアポロニウスははっきりと、カクタスはそんな彼を見て慌てて頷く。
「結界が、消えかかっているのです」
 厳かな言葉に、カクタスが大きな悲鳴をあげたのは言うまでもない。

「もうよろしいでしょうか?」
「ああ、話してくれ」
 海の底でおぼれたくない~っ 死ぬのは嫌だあああっと、すっかりおびえてしまったカクタスを魔法で正気に戻して話を続ける。
「結界が消えかかっているせいで、ここはもう長くは持ちません。
 ですが地上に出ようにも太陽の光を浴びる事が出来ぬのでは難しいでしょう」
「それで結界を張りなおすために魔導士を攫おうとした?」
 気まずそうに頷いてドゥーエは言葉を続ける。
「ですが私たちの知らぬ間に地上からは魔導士が少なくなってしまったようで……それでも人がいなくなれば騒ぎになり、もしかしたら強力な魔導士が来て下さるかと……」
 ずいぶんと自分勝手なことだが、命がかかっているならそう言う手段もとるだろうとは思える。
 結界が弱まっていることは確か。しかし彼女の言葉を鵜呑みにするのも。
「どうか、結界を強化していただけませんか」
 ドゥーエの懇願に、決まり悪そうにカクタスはアポロニウスを見る。
 カクタスは魔導士としては優秀じゃない部類に入る。
 視線を受けてアポロニウスも力なく首をふる。
「こんな強力な結界は私達で張るのは無理だ」
 強化するだけでも後五人、張りなおすなら十人くらいはアポロニウスと同レベルの術者がいるだろう。無論エルフや師匠のような人なら一人でも張れるかもしれないが。
 それを聞いてドゥーエは深いため息をつく。
「そうなのですか……では、申し訳ありませんがしばしここにご滞在ください」
「はぁ?!」
 カクタスの悲鳴にドゥーエは氷の笑みを返す。
「貴方達だけでは無理なのなら、他の術者を連れてくるまで」
「嫌々! オレ役にたたないから!」
「いいえ。いて下さるだけでいいのですよ。
 助けが来るのでしょう? あなた方が来たように。
 そうすればいずれ結界を張りなおすだけの人数が集まるはず」
「その前に結界が破れたらどうするんだよ!」
「そうならないためにも、おとなしく人質になってくださいな」
 あでやかな微笑で空恐ろしいこと言うドゥーエにカクタスは背筋が凍る思いをする。
「では他の方と同じ部屋に案内を」
「それはちょっと困るかな~」
 間延びした声がするのと、ドゥーエが振り向くのはほぼ同時だった。
 結界の境目辺りに見覚えのある少年少女が立っていた。
「うわあいシオン! 橘!」
「やっほー二人とも~」
「ま。一応話は全部聞きました」
 楸はぴょこぴょこ手を振りながら、シオンは杖に手に油断せぬままに近づいてくる。
「まあ」
 ドゥーエは微笑を浮かべてシオンに問う。
「では、結界を張りなおしていただけますか?」
「いいでしょう」
 なんでもないことのように軽くうけあうシオンにアポロニウスはあっけに取られ、ドゥーエは満面の笑みを浮かべるが。
「誘拐事件の犯人として自首するなら、の話ですが」
 シオンの言葉にドゥーエはとぼけた様子で問い返す。
「あら、何故私を」
「何故も何も無いよね~。まあ命かかってたから多少は同情するけどさ」
「誘拐は罪です」
 楸は呆れたように、シオンはきっぱりと言う。
「結界を張りなおしていただけないなら、こちらにも考えがございますよ」
 その言葉にアポロニウスは即座にカクタスを背に庇う。
「ほへ」
「いいから杖を喚べ! 人質になりたいのか?!」
 先程まではにこやかだった少年少女たちが殺気立っている事にカクタスはまったく気づいてないらしい。人質はカクタスたちのほかにもいる、状況は圧倒的にシオンたちに不利だとドゥーエは思ったのだろう。
 しかし彼女の予想に反し、楸はにこやかな笑みを浮かべる。
「人質の取り合いこならあたし達だって負けないよ?」
 言葉と同時に、楸の前に妖精のようなものが現れる。
 全体的な姿は人間の女性に似ているが、下半身は魚のもの、耳の形も違うし、髪も瞳も肌も淡い水色。手のひらに乗るくらいの小型の人魚といった感じか。
「水の精霊のウンディーネちゃんでーっす」
 楸の言葉に、ウンディーネは嬉しそうに彼女の周囲をくるりと回る。
 それを微笑ましく見ながらシオンが厳かに告げる。
「貴女が拒否するならば、この都の全員を誘拐に加担したものとして逮捕します。
 結界を破壊して」
「なっ」
「だいーじょーぶ。誰も死なせないためにウンディーネちゃんが頑張ってくれるから♪
 まあ町の事は諦めてもらうしかないけどね~」
 からからと笑いながらの恫喝(どうかつ)にドゥーエも、そしてアポロニウスも顔色を無くす。
「で、どうされますか?」
 シオンの最後の問いかけに、ドゥーエは深い深いため息をついた。

「これでおわりっと」
 さらさらとペンを走らせて、シオンが最後のサインを入れた。
「今回はすんなり終わってよかったな~」
「久々っすねぇ。何も壊さずに事件解決したのは」
 のほほんと笑うシオンの肩で、やはりのほほんと瑠璃が笑う。
 視線の先では楸たちが仲良くスイカ割りをしている。
 ……個人的に楸に割る係を任命するのはものすごくまずいと思うのだが。
「でもマスター。これからあの街はどうなるんすか?」
「町長が自首したから情状酌量の余地もあるだろうし、そこまでひどい罪にはならないんじゃないか? あやふやだった街の存在がはっきりしたし、これからは連絡をとることになるだろうな。ひとまずは結界の張り直しに行くことになるんだろうけど」
 言ってそばに置いていたカキ氷を一口。
「今は時間稼ぎ程度に強化してるだけだし。
 賢者さまの時間が空いてから本格的に張り直しだろうな。
 そうすればアミューズメントパークとして十分やっていけるんじゃないか?」
「海の底の綺麗な町。確かにいってみたい気がするフレーズっすね。
 しかも美人さんが多いんだったらお客は十分集まりそうっすね」
 のんきに会話する一人と一匹の横でアポロニウスはどこか遠い目で海を眺める。
 今までは特に意識してなかったけど、やっぱりこの子達も師匠に面倒見られてただけあって嫌なとこ似てるよなぁ。
 帰ってから何を言われるか分かったもんじゃない事に気づいてまた大きくため息をつく。
 そんなアポロニウスをよそに、案の定叩かれて抗議の悲鳴をあげるカクタスや、全然誠意のこもってない謝罪をする楸の声が砂浜に響き渡った。

 おしまい

アポロニウス正式メンバー入り!&カクタスのお役立ち度ダウン!の話です。
本当の最初は人魚出そうかとも思ったんですが……そういえばこういう裏設定あったなと思い出しまして。
うっかりとまたまたかなりのボリュームですね。PAはなんか多くなるんですよねぇ。
海……もう何年行ってないかなぁ。見るだけならしょっちゅう見れますが。