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アカデミーの杖事件【後編】

 ピッ
 携帯電話をポケットに収めて背中を壁に預ける。
「あーあ」
 シオンはため息をついてうめくように視線を落とす。
「何でいっつもこんな仕事がっ……」
 一連の会話を聞いていた瑠璃は明るい声で一応励ましてみる。
「落ち込んでちゃダメっすよー。
 しぱっと解決したら上の方の覚えもよくなるかもっすよ?」
「違う方向で覚えられてるよ。もう」
 そうっすね。
 声にこそしないが彼らの悪名は魔導士仲間ではすでに知らぬものなどいないだろう。
 主従そろって大きなため息をついていると、渡り廊下の向こうから悪名の原因その一がやってきた。
「シオン!」
 料理のためか、珍しくまとめた髪を解きつつ問い掛けてくる。
「あれ? あとの二人は? ゴハンできたから呼びに来たんだけど」
「そっか。探さないとな」
 正直梅桃が料理をする、というのはすごくコワイのだが。
 まぁおじさんと一緒だったんだし大丈夫だよな……?
 楸はどこで遊んでるか分からないのでとりあえず勉強しているであろうカクタスの元へ……アカデミーの宿泊棟へと向かう。
「そーそー指令が下ったぞ」
「やっぱりさっきの?」
 シオンの言葉に梅桃は嫌そうな返事を返す。
 干されているはずなのに……といったニュアンスを含んで。
 そうはいっても極度の人材不足に悩んでいるPAだから、遊ばせておくようなまねはしないということは分かりきっている。
 だからシオンはそれには答えず話をすすめる。
「内部犯の可能性が高い……ってかそれしかないだろ?」
「まぁね」
「俺らの役目はシラーと一緒。だからいつものようにしてればいいってことなんだ……」
 役目については反論したいことは目いっぱいあるが、上司の目にはそう映っていると言うことなのだろう。ならば仕事をきちんとこなして良いイメージに作り変えるしかない。
 本来は入団一年目はほぼ研修で占められるはずなのだが……この人手不足では囮くらいはやらされるのだろうと自らを納得させる。
 あてがわれた階に上って、唐突にシオンの足が止まる。
「どうしたの?」
 不審に思った梅桃が廊下の先を覗いてみると。
 そこには異常に繁殖した植物がうじゃうじゃ蠢いていた。
「楸いいいい!!」
 いいイメージなんか作れそうも無い……
 叫びとは裏腹に、心の叫びは消え入るほどに小さかった。

「……で」
 あふれた植物を刈り取って、分からないように細かく切り刻んで証拠隠滅しておいて。
 部屋に入ってようやくの事情聴取が始まった。
 と言っても事情はさっき一通り聞いている。ばかばかしくて本気で相手にはしたくないのだが。
「楸が言うには『部屋を覗いたら強盗に脅されていたカクタスを見つけたから、助けるためにカクタスを蹴り倒した』と?」
 話題のカクタスは蹴られたあごを冷たいタオルで冷やしている。
 くっきりと痣がついているということは手加減抜きでやられたのだろう。
「意表つけるでしょ?」
「そりゃーな」
 このいとこの思考回路を見抜ける人物がいるのなら会ってみたいと心底思う。
 とはいえ強盗というのは穏やかではない。だからこそ楸も捕まえようとしたのだろう。
 その結果があのうねうね植物、というのが分からないが……
 部屋に置かれていた植物は、いまやでっけえ茎だけになっている。
「相手の顔は?」
「見てなーい」
「気絶してました」
 元気すぎる楸と逆にあごが痛くて口も開きたくないカクタスの返事が返る。
「何か言ってたか?」
「聞いてなーい」
「気絶してました」
 文句をいってやりたい気持ちはかなりあるのだが、とりあえず一番気になっていたことを口に出す。
「てか、なんで俺の部屋なんかにいたんだ?」
「勉強がわかんないんだよーっ」
 カクタスが半泣きで叫ぶ。
「で。教えてもらおうと思って、カギあいてたから入って待ってたら。
 いきなり頭殴られて。後のことはさっぱり」
「ちょっと待て。カギはかけてたぞ」
 視線を瑠璃にやると、彼も首を縦に振る。小首をかしげて、いたずらっぽく楸が言う。
「ドロボーじゃないの?
 あ、かーくんもちゃんと勉強しないとね」
 楸の言葉を受けて梅桃も言う。
「杖ドロボー?
 そうね明日試験だものね」
「いやまさか」
 それぞれの発言の後半部分は無視してシオンは言う。
「このタイミングで杖ドロボーに出てこられても困るし。このタイミングで別のドロボーって言うのもどうかと思うけど。
 とりあえず適当に問題出すから」
 最後はカクタスに向けて言い放つ。
「へ?へ?」
 ついてこれないのはカクタス一人。
「それに杖ドロボーだったら何で客室なんかに?
 ここを使うことってあまりないはずなのよ?
 魔法の種類を述べよ」
「えとー。属性と……精霊術と、召喚と……魔導法?」
「正解。
 だよなぁ……
 魔導法とは?」
 会話の合間に問題を出されてカクタスは慌てる。
 真面目に議論しているのか、それともまとめてやればいいというものぐさなのか。
 というか一度に二つの話して混乱しないのか、という疑問をはさむ余地も無く、『早く答えろ』といわんばかりの視線が刺さる。
「高い使い捨て魔法……?」
「気持ちは分かるけど失格ー。魔封石を使った魔法が正解♪
 あたし達が来てたの見てたんじゃない?
 属性について述べよ♪」
「うえ? えーと」
「そうだとしても、PA相手にドロボー?」
「地水火風の四つで、自分の属性と逆の属性の魔法は使えない……?」
「正解。
 勇気あるよな。しっかしこんな短時間で仕掛けてくるか?
 精霊術士と魔導士の違いを述べよ」
「えとーえと?」
 どうやらカクタス以外は一度に二つの話題をこなすことが出来ているらしい。
 テストのことでおちゃらける(自分には関係ないから)一方で、ドロボーのことは真剣に話さざるを得ない。
 PA相手に杖を取るという行為は、警官から拳銃を奪うという行為と同じことだ。
 魔導士とは言ってもPAに入団する者は、警官と同じように体術なども一通り覚えなくてはならない。
 シオンたちは新米で不慣れといえば不慣れだが、カクタスは父が軍隊マニアだったせいで鍛えられているし、残る三人は危険に対して敏感にならざるを得なかった。
 故に戦って『勝つ』ことはできなくても『負けない』戦いをすることは出来る。
「相手が杖ドロボーなら狙うかもな。確実に杖持ってるから」
 カクタスと同じ見習い魔導士……灰色のローブの連中は杖を持っているものと持ってないものの割合は半々ぐらい。
 黒のローブを着れる様になれば確実に持っているのだが、そんな連中がうじゃうじゃしている協会を狙うにはリスクが高いだろう。
 あるいは犯人は魔導士についてよく知らないか。
「杖が要るか。要らないか……?」
「正解。
 分の悪い賭けだし。杖貰いたての見習いからとるほうが楽よね。
 杖とは?」
「魔法を使うときの精神の要。無かったら魔法は使えない」
「そのとーり♪ ってカンニングしちゃダメでしょ♪」
 言葉と同時にカクタスの頭を本で叩く楸。……辞書並の厚さを誇る上製本で。
 苦痛にのた打ちまわるカクタスをほっといて楸はシオンへと視線を移し、意味ありげに口を開く。
「しーちゃんの杖が狙いだったとか?」
「はぁ?」
「しーちゃん有名だしー。杖にもプレミアついてるかもよ?」
「『水の支配者』シオンの杖。好事家は欲しいかもね」
 水の支配者とは水属性をもつ魔導士の最高峰という意味をもつ称号で、自分の称号というわけではない、あくまで周りのやつが言ってるだけだ、とシオンは思っている。
 実際は間違いなくシオンのことを指すのだが。
 楸の言葉に梅桃も同調するのを聞いてシオンは投げやりに言う。
「ちょい待て。俺、名前はとにかく顔は売れてないはずだぞ」
 名前が売れるのは仕方ない。シオンの家はそれほどに有名だからだ。
 今は通り名を使っているが一族にとっての成人……十六歳になったなら本名を名乗ることになる。本名を名乗るようになれば今以上に売れるのだろうが。
「ああそれなら、さっきからシラーさんが言いふらしてるよ」
「あンのくそおやぢっ」
 みすみす後輩が仕事をやりづらくしてどうする?
 いや、おとりという点から見れば正しい事かもしれないが。
「で? どーするんだ?」
 痛みがまだ治まらないのか、涙目で聞いてくるカクタスに半ばやけになって答える。
「どうもしないさ。ただのドロボーでも杖ドロボーでもこっちが動くことない。
 やれるもんならやってもらおーじゃん」
「お前達!!」
 鋭い声は戸口から上がった。反射的に鋭い表情で振り向くと、そこにいたのは。
 淡い色のエプロンをつけ、困った顔したジニア教頭。
「ご飯が冷めてしまうぞ?」
「あー…………うん」
 やる気とか警戒心とかが一気に萎えて、一行はおとなしく夕食の席についた。

 明けて翌日。
「おーいカクタスー。いいかげん布団から出ろ」
 あきれ返ったシオンの声にベットの上の大きな布団の塊(カクタス在中)は震える声で答える。
「う……うううう受かるかなぁ?」
 カクタスはヒーローマニアだが、自身は類を見ないほどの小心者だ。
 『杖のテストを受ける方は受験会場に集合してください』
 女性の涼やかな声の放送が流れてむくっと布団から這い出る。
 ぎこちなく首を動かして。
「いってきマス」
「いってらっしゃーい」
 そして沈黙が流れる。最初に口を開いたのは梅桃だった。
「結局何もなかったわね」
「明日は朝一で帰るから、本当に狙われてるなら今日中に仕掛けてくるだろうけどな」
 今日は試験、発表は今日の午後一番。狙われているというのは不快だが、狙ってもらわないと困る。
 自分達に与えられた役目は囮。出来る限り犯人側をかき回して本当の捜査員(シラーではない)が仕事をしやすくすることなのだから。
「しーちゃんもてもて♪」
「うれしかねーよ」
 その瞬間、部屋に電話のベルが鳴り響いた。

「もしもし」
 警戒した声で電話に出ると、
 『三十二号教室に爆弾を仕掛けた。解除したくば東屋に杖をもってこい』
 それだけ言って電話は途切れた。
 試験をやるのは全部で五つの教室。
 三十二号教室はカクタスが受ける教室だ。やはり狙われているらしい。
「録音かしら」
 無機質な声だったから当然の反応だろう。耳を澄ませていたシオンにも聞こえていたが、梅桃の目は別のことを言いたそうだ。
 つまり『わたしの杖でいいの?』ということ。主語が無かったから仕方ないが、やはり自分が行くのが妥当だろう。
「ま、行ってくるわ。後は頼んだ」
「いってらっしゃーい♪」
 気軽に言ったイトコにシオンは向き直る。
「お前も行くんだ!」
「えー!? なんでぇ」
「お前が犯人捕まえるに決まってるだろ!
 一応杖渡すふりはしないといけないんだからな!!」
 PAが杖を奪われるなど恥以外の何者でもない。そして取引の瞬間こそがチャンスなのだから。
 分かりきっているはずなのに動こうとしない楸に、シオンは最強の脅し文句を使うことにした。
「いい加減にしないと今までの悪行……全部椿姉に言いつけるぞ!?」
「ぃいいいいやああああぁぁぁぁああっ!!」
 楸の顔が一瞬にして青く染まる。
 『椿』は楸の姉で、傍若無人な彼女の最大の弱点だ。
 自分の姉よりも女らしくて、普段は優しいけどたまに怒ると怖いかな。というのがシオンの感想。
 しかし楸にとっては『たとえて言うなら恐怖の女王』らしい。
 故に効果は絶大で。
「協力する!! 協力するからそれだけはヤメテー!!」
 大騒ぎする二人に梅桃は冷たい一言を吐いた。
「さっさと行きなさいよ」

 アカデミーの校舎と校舎の間にあるちょっとした中庭。木々と植えられた草花に囲まれて東屋はあった。
 少し離れたところでシオンは立ち止まる。
「言われたとおり来てやったぞ。姿を見せたらどーだ?」
「そう急くな」
 声はシオンの背後から聞こえた。意外に近い。
「ずいぶんと威勢がいいな。おっと、仲間の命が惜しかったら振り向かないことだな」
 顔を隠していないのか。
 仲間の命、と言うことはカクタスが受ける教室を知っていたということ。
 左手に持った杖で肩をぽんぽんと叩きつつ軽口を叩く。
「そりゃどーも。で? 解除法は?
 自分でがんばって解除しろとかいったらすぐさま燃やすぞ」
「人質がとられてるのに余裕だな。杖を渡したら教えてやるよ」
 シオンの軽口にも反応しない。実際には水属性であるシオンは火の術は使えない。
 が、それには反応しなかった。
 知らないのか、それともはったりだと見破られているのか。
「そーまでしてこの杖が欲しいかね?」
「教える義理はない」
「そりゃそうか」
 話をあわせて頷いておく。シオンの持つ杖の宝珠の色は赤。
 これを欲しいということは……
「で? 誰に頼まれた?」
「確かに依頼で盗んでいるが、聞かれてすんなり言うと思うか?」
 あっさりと認められてシオンは内心舌を打つ。
 こんなにあっさり認めるとは思っていなかったからだ。
「あんた、魔法に疎いだろ」
「だとしたらどうだと?」
 相手は相変わらず余裕の様子。しかしなんとしても動揺させなければならない。
「どのくらいの金額で雇われたら知らないけど、けっこう杖盗んでるよな」
 こっちの方で行くか。
「杖についてる石は、一個あたりサラリーマンの年収じゃ買えないぞ」
「んなっ」
 動揺の声と同時に風が変わった。
「かかったよー♪」
 風に乗って、偉大だが頼りにならないイトコの声が聞こえてくる。
「よし」
 言ってくるりと振り返る。犯人は突っ立ったまま身動きしない。いや、出来ない。
 楸が風の精霊を使って犯人の周囲の空気を固めてしまったからだ。無論呼吸は出来るようにしているが。声は出せないように空気の振動を止めるようついでに命令したらしい。
 犯人は口をパクパクさせるもののやがて諦め、こちらをにらみつけた。
 四十くらいのいかにもな悪人顔。その腕を取りシオンが口上を述べる。
「国際捜査団の名と法において貴殿を逮捕……」
「見つけたぞ犯人!!」
 そこへ勇んで飛び込んできたのはシラー教官。
 シオンが文句を言うより早く、彼のロッドが赤く煌き炎が二人を襲う!!
「っだああああっ!!!?」
 慌てて飛び退ってシオンは魔導法で盾を作る。
「いきなり何するんですかシラー教官!?」
「黙れ邪魔をするなあ!」
 シオンの言葉に何故かキレる教官。
 そういえばこの人出世欲高かったっけ。
 いまさらながらに最大の敵の存在を思い出して頭痛がする。火災警報がうるさいせいもあるかもしれない。
「おーい犯人逃げてるよ」
 正気に戻ったのは楸の言葉のおかげだった。
「何っ!」
 見るとすでに犯人の姿は無く、手にしていたはずの杖も無い。左手にはやけどができていた。
 文句をいおうとシラーのほうを見ると、
「いたぞ放火魔だ!!」
「なっ わしは」
「ぐだぐだいうな!」
 警備員に引っ張られていく途中だった。
「……あたしのせいじゃないよ……?」
 風に乗って聞こえる楸の声に。
「さいあくだ……」
 シオンは頭を抱えてうなだれた。

 重苦しい音を立てて扉が開かれる。
「ごめんねおじさん」
「いやたいした事じゃないさ」
 アカデミーの教材置き場、その中の魔封石の保管場所に二人はいた。
 杖が無い以上は魔法が使えない。なら魔導法で代用するしかないのだが、シオンが今もっているのは水の魔封石のみ。なので火、風、土の三種類の石を貸してもらおうとやってきたのだ。
「ほら好きなのお取り。こっちの借用書にもサインしてな」
「ありがとー。にしても魔封石多いね」
「教材用だから品質は保証できないがね」
 きょろきょろと辺りを見回す。確かにジニアの言うとおり質のいいのは置いていないがそれでもこれだけあればかなりのものだ。
「ここって誰でも入れないよね」
「当然だとも」
「はいこれ。じゃありがと」
「ああ。あとでカクタス君の合格祝いもかねて食事しような」
 再び重い扉を閉じてカギをかけて去っていくジニアを見やって、ポツリと呟く。
「さて、楸はちゃんとやってるかな?」
「やってるよー♪」
 風に乗って楸の声が聞こえる。彼女は遠く離れた場所で任務中。
「犯人確保したよー。品物と引き換えにお金貰ってたみたい。
 相手の顔は見てないし、声も変えてたみたいよ?」
 任務はどうやらうまくいったらしい。
「わかった、とりあえず戻って来い」
「りょーかい」
 今回シラーの介入はあったものの、ほぼ作戦通りにいっている。
 楸も自分のものがとられたとあっては真面目に働くらしい。
 ……脅しが効いているのかもしれないが。
「だとさ」
 聞いていたのかは知らないが、後ろにいる人物に声をカをかける。
「で?」
 梅桃は問いかけを問いかけで返す。何かの訓練を受けているわけでもないのに彼女はやたらと気配を隠すのがうまい。
「ベタな展開すぎるのがアレだけど、まあある意味仕方ないし。
 ……ただ証拠がないんだよなー」
 シオンのぼやきに梅桃は珍しく笑みを浮かべて答える。
「大丈夫。すぐ出来るはずだから」
「……何しでかしたオマエ……」
 梅桃が微笑むときはろくなことが無い。
「行きましょか。カクタスが危ないかもしれないし」
 危なくしたのは誰だとか、危なくしたのかとか疑問はあるもののシオンはおとなしくそれに従う。
「……とりあえず行くか。さっきの話は後々ゆっくり聞くとして」
 釘をさすのも忘れなかったが。

「七十二点。おめでとう合格だよ」
「いやったあああぁあ!! これで殴られずにすむうぅぅ!」
 出された合格証書を胸に抱きしめカクタスは号泣する。
「大げさだねぇ」
「うちの師匠は厳しいんですよ!」
 そこへ、ぼこぼこにされたシラーがやってきた。
「校長!! いつまであいつらをのさばらせておく気ですか!?」
「そうだなぁ」
 かかわるとろくなことにならない。そう判断したカクタスはそそくさと逃げ出そうとする。
「あー、じゃオレはこれで」
「待たんか半人前ぇ!?」
 急に向き直ったシラーが足を取られて転倒する。
 その拍子にカーテンを思わず握り締め、重みに耐えかねカーテンが外れる。
 そこから、宝珠を抜かれた杖が転がり出てきた。
 その意味を悟り、青ざめて退出をしようとするカクタスに。
「出来ると思うかね? 陳腐だとは思うが来て貰おうか」
 校長は静かに言い放った。

 数分後、音を立てて校長室の扉が開かれる。
「失礼しま……ってうわ! ……シラー教官……」
「犯人は校長だ!! 半人前が連れて行かれた!!」
 その言葉に梅桃があきれ返る。
「何もあんな大男を……」
 確かカクタスのほうが校長よりも大きかったはずだ。
「というか……そのお姿は……」
 シラーはというと下半身が氷付けにされている。
「……助けんか!」

 アカデミー内を走りつつ、説明を求めたシラーにシオンは答える。
「今回の杖盗難事件。協会は一アエスだってソンしてないんですよ。」
「なぜだ?」
「保険です。他の協会に問い合わせたらそんなことするはずないって笑われました」
「んで盗んだものは石だけはずして魔封石保管所においてたわけです」
「杖が大量にあれば怪しまれるが。石だけなら……」
 走り回っていると突然梅桃が叫んだ。
「いた!」
 外を見やれば一羽の鳥につつかれている人物二人の人影。
 瑠璃もちゃんと仕事をしていたらしい。
「よし! オレが合図する! 1.2.3で飛び出せ!」
 シラーが言った瞬間すでに二人は窓から外へと身を躍らせていた。

 着地する前に地面に向かってシオンは風の術を放ち、衝撃を緩和してから地面へと降り立つ。
 その瞬間には梅桃が杖を構えて詠唱を開始する。
「吹き抜ける風よ。我が願いに答え我が敵を切り裂け」
 宝珠がわずかに光を放ち、地面に淡い緑の光で魔法陣が描かれる。その横で魔封石を手に取りシオンも詠唱を始める。
「魔を封じし珠よ。我が願いに応え、その力開放せん」
「アエル・ファルクス!」
 梅桃の声に応えて風が走り、狙いたがわず校長の服を浅く切り裂く。
 こちらに気づいて何かを言い出すより早く、
「淙淙と流れ、たゆたう水よ。その双手で我が敵を掴み取れ!」
 シオンの術が完成し、一瞬にしてカクタスが凍りつく!
 人質など無駄と判断して校長は走り去る。
「待てー!」
 それを追いかけるシオン。その場にはきょとんとしたカクタスが残るのみ。
「? 何が」
「ぼーっとしてないでシラーさんをよろしく!」
 その横を駆け抜けていく梅桃。
 シオンはカクタスを攻撃したのではなく、カクタスを氷付けにした幻をみせたのだ。
「よろしくねって」
 不満そうに追いかけてこようとしたカクタスに向かって梅桃は振り向いて一言。
「足手まといは下がってて」
「はひ」
 瑠璃にちょくちょく突付かれつつ逃げる校長に、気まぐれな運命の女神がわずかに微笑んだ。
「動くなぁ!」
 そういってシオンのほうを振り向き、人質の首に刃を当てる。
 人質を目にした瞬間思わずシオンはずるこける。
「何やってンだあの人はっ!?」
「……役立たずっ」
 今度人質になっていたのはシラー教官だった。
「しーちゃん!」
 と、そこへ楸が走ってくる。手には赤い宝珠の杖。
「楸っ パス!」
 その意味を察して校長は青ざめる。
「とぅ!」
 杖が放物線を描いてシオンへと向かう。
 これを取られたら!
 必死に手を伸ばし何とか杖を取る。ほっとした、その瞬間。
 下半身が凍りつく。
「な!」
 慌てて振り向くと、そこにはシオンが立っていた。青い宝珠の杖を手にして。
「そう簡単に武器を手放すと思った?」
 自らの手の中の杖の宝珠の色は赤……火の属性を示す色。
 そして、この魔導師は『水の支配者』……最初から仕組まれていたのだ。
「作戦勝ち、か」
「そーゆーこと。ね、あたしたち結構使えるでしょ?」
 偉そうに胸をはる楸と対照的にシオンは難しい顔をしている。
「いつまで隠れてるのさ。おじさん」
 ひょっこりと柱からジニアが姿をあらわす。
「悪いがこれも仕事でね」
 その手には、ビデオカメラが納まっていた。

「おじさんひど~い!」
 楸が膨れる。評議長室のソファにどっしりと腰をすえてクッキーやらを食べ散らかしたのにまだ足りないらしい。
「あんなテストするなんて!」
 そう、今回の一件はPAが仕組んだアルブムに対するテスト。
 人材不足とはいえあまりにもトラブルを起こしまくる彼らに不安を覚えた上層部が仕組んだ。ジニアはその見張り役。
 そもそも彼を見張りに置いた時点でシオンは少し警戒していた。幼い頃からジニアと大叔父には何度もいろんな悪戯を仕掛けられてたせいもある。
 ジニアの実績や年齢を考えれば教頭という地位はおかしいし、周囲の様子もなんか変だったし。極めつけはシラーの態度だったが。
 最初から変だと気づいていたのはシオンだけだが、梅桃も途中で気づいたっぽいし。
 楸は気づいていたのだろう、そして、そのほうが楽しいから黙っていた。
「で? 俺たちは合格なわけ?」
「文句無く合格だよ。ピンチに陥った……というより魔法の扱いはさすがだね」
 魔法を使ったドンパチには慣れているといいたいのだろう。シオンとしては複雑なところだ。
「ならいーや。終わったし。今回は始末書なさそうだし」
「……だいぶ苦労しているんだね……」
 シオンの言葉にジニアはそっと目頭を抑える。
「あとはカクの杖を貰うだけってね」
「わーいっ」
 カクタスの前に布をかぶせられた箱が置かれる。
 布をはずされると、くじに使いそうな黒い箱が表れた。
「準備はいいかね?
 しっかりと杖の形をイメージして」
「は……はい」
 自分用の赤い宝珠を両手で持ってカクタスは応える。
「杖の名前は決めたかい?
 名付けと同時に変形するからね」
「はい!」
 気合とともに宝珠を箱の中に入れる。待ちに待ったこのとき。
 箱に中に手を入れて、宝珠を手探りで掴む。
 杖の銘は迷った。
 しかし、力無き人たちに代わって振るわれる剣であるように、この名をつける。
「グラディウス(剣)!」
 手にした宝珠を箱から引き出す!
 と、宝珠に絡まっていた霞が形を変える。
 黒いもやが金属の光沢を持ち、色も黄金へと変化する。
 そして杖の形がはっきりした瞬間。
「あははははっはははっはははは」
 楸が指差して笑い始めた。
「………………」
「ますたー……?」
 シオンは地面に突っ伏している。ジニアは笑みを浮かべたまま固まっている。
 赤い宝珠は星の中央にはまっており、星の頂点には三日月の装飾。手で持つ部分はご丁寧にリボンの装飾と白と赤のストライプ。
 カクタスの杖は思いとは裏腹に、魔女ッ子のような杖だった。
「所詮こんなものよね」
 梅桃の達観したような呟きがすべてを物語る。
 国際魔法犯罪捜査団プルウィウス・アルクス所属、チーム・アルブム。
 若葉マークが取れるのはまだまだ先のようです。

 おしまい

この話で彼らの性格や役割やらが分かっていただけたのではないかと望みたい今日この頃。
楸暴れる。カク被害あう。瑠璃わめく。シオン止める。梅桃、我関せず。
そういう彼らです。仲は悪くは無いのですが、相性が悪いということで。