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2番目の、ひと

【Step4 誤解と和解】 3.消えない不安と新たな火種

 朝、です。
 なんだかもういろんなことがありすぎてすでに許容量超えている気がするのですが、それでも学校には行かざるを得ません。まあ、明日は休みなので、とにかく今日がんばればいいのです。
 あちこちに手詰まり感があるのですが、もうどうしたものやら。
 少し……どころでなく疲れた様子で歩いていると、後ろからさらに疲れたような声がしました。
「おはよーアーサー」
 ええ、とても眠そうな。ってあれ?
「サキ?」
 振り返ればよろよろふらふらとした足取りでこちらに向かってくるサキの姿がありました。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あんまり……寝たの、三時だし」
 あくびをかみ殺して答える様子は本当に眠そうで……
「三時?」
「うん……労働基準法、ちゃんと適用してほしーよねー」
 労働基準法なんて言葉が出てくる以上、仕事なのでしょう。
 ただ、それにしてもこれはおかしいに決まっています。法律は守らなければいけないのですから。
「よ、アル。それにタチアナも」
「ヴィル」
 また面倒なときにと思いましたが、それをサキの前で出すわけにもいきません。昨日のことはできれば知られたくないことですから。
「珍しく早いね?」
「たまには早く来ることもあるっての!」
「ヴィー君おはよー」
 僕のいやみにやや本気で返したヴィルでしたが、挨拶の声にこたえてサキのほうを向いて、露骨に顔をしかめます。
「……大丈夫か?」
「あんましー。眠い」
 サキの返事にヴィルは渋い顔のままです。怒ってるわけじゃなくて、心配しているんですよね、これでも。
 人間不信の気があるのにお人よし。だからティルアも僕もヴィルをほっとけないんです。
 ヴィルの事を見ていたら、なんだよという表情で見返されたので視線をはずします。
 本当……僕もティルもよく面倒を見てますよねー。
 視線をはずしついでに、今日に限らなくてもヴィルとは違った意味で目を放すのが怖いサキを見てみれば。
「サキ! 信号赤!」
「おー?」
 赤信号の歩道にまっすぐ歩いていこうとしていた彼女の腕をとって引っ張ります。
 ちょうど車はまったく来ていなかったので、すぐに轢かれるということはないのですが、危ないことに違いはありません。
 ほぅっと安堵の息が漏れますが、サキはあんまり状況を分かってなさそうです。
 とっさに掴んだ腕ですが、ちょっと離さないほうが良いような気がします。
 デートのときに手を繋ぐとか、腕を組むとか少し思ってたんですけどね。
 腕を組んでどきどきを希望だったのですけど……今のどきどきは違うものです。
「ほら、しっかり歩いて。……これじゃ休んだほうが良かったんじゃない?」
「だめって言われたー……追い出されたのー……ちゃんと勉強して来いって」
「……学校着いたら、保健室で寝てなよ」
 コンラートさんもこんな状態のサキを学校に行かせるなんて何考えてるんだろう。どう考えても危ないだろうに。
「それに……二日も休んでるし……アーサーにも会いたかったし」
 ……うん、今のは結構嬉しかったです。
 付き合うことになったきっかけは結構アレですけど、なんだかんだで『恋人』やっていけているのでしょうか?
「なぁタチアナ」
 あ、いやな予感。
「しーちゃんって誰だ?」
「ほ?」
「ヴィル!」
 ああやっぱり予感的中です!
 ていうか僕聞きたくないんだけど! なんでもはっきりさせればいいってものでもないでしょう!? 人のことばっかり気にかけないで自分のことに集中してほしいものです!
「しーちゃん?」
 とろんとした……かなり眠気の混じったサキの声。
「うん、しーちゃんよりこき使うんだからあのハゲ親父。あーもうさっさと帰りた」
「で、しーちゃんて誰だ?」
 ぶつぶつ愚痴に移行するサキに対して、再度問いかけるヴィル。
 サキをとめようと思ったはずなのに止められなかったのは、予想もしなかった単語が出てきたからなのですが。だってハゲ親父って。
「ほ? 誰って……しーちゃんはしーちゃんだよ?」
「いやだから」
 きょとんとしたサキに対して、ヴィルはしつこく問いかけようとします。
「ヴィル……いい加減にしなよ?」
 びくりとヴィルが体を震わせます。
 僕の声音から本気の度合いを感じたんでしょう。
 ふてくされた様子でそっぽを向きます……が、そうしたいのはこっちのほうです。
 僕たちのことに外野が首を突っ込まないでほしいくらいです。
「あーああ!」
 突然大声を出したのはサキでした。
「ヴィー君ってば心配性だねー」
 納得したといった表情でニコニコ笑いながら、ヴィルをほほえましそうに眺めます。
「しーちゃんはシオンって言って、イトコだよ」
「……イトコ?」
「そ」
 え? あれ? ええええ?
「おじーちゃんがパラミシア人だっていうのは前に言ったかな?
 本家の跡取り息子さん。うち分家なのー」
「へ、へー」
 呆けた様子でヴィルが返します。
 僕も少し……いえ、かなり呆けています。
 サキは楽しそうに笑っています。すっかり目が覚めたみたいです。
 イトコだというのなら、あんまり気負わなくても良いような気もしますが――『シオン』さんの名前が出た途端にはっきりしたことは、やっぱり気になるのでした。

 放課後、いつもならすぐに帰るのですけど、今日は学校内のカフェテリアに寄っています。ここのケーキは案外美味しいのです。
 けれど、つれてきたサキは不思議そうにしています。
「どうしたのこれ?」
「疲れてそうだからおごり。ケーキ嫌いだった?」
「好きだけど……まいっかいただきます」
 さて、当然のことながらサキとお茶がてら話したいだけ……というわけではありません。
 例のダブルデートの件をさっさと聞いてしまおうという魂胆です。
 今朝の一件でヴィルが完全に納得したとは思っていません。多分……いえ絶対に何がしかの余計なアクションをしてくるでしょう。だからこそ、それを阻止する必要があります。
 人のことより自分のことを何とかすればいいのです。
「ねぇサキ」
「ん?」
「良かったらさ、明日の休みダブルデートしない?」
「ダブルデート? それってティーちゃんとヴィー君?」
「そう」
「別に良いけど?」
「じゃあさ、ティルを誘ってくれないかな。僕はヴィルを誘うから。
 あ、遊ぶからってことにしといてね」
 念を入れた僕に何かを感じたのか、サキがちょっと楽しそうに笑いました。
「何かたくらんでる?」
「ちょっとね」
 楽しそうな彼女につられて、僕も少し意地悪く笑います。
 ティルアだとこういうときはやたら怒ったり呆れたりするのですが、逆にサキは楽しそうに笑いました。
「んー。楽しそうだしあたしはいいよ?」
「じゃあ明日の十時ごろに待ち合わせしようか? 場所は」
「火事だーっ!!」
 突然割り込んできた声。
 とっさに声の方を向けば立ち上る煙。パニックに陥ったのか周囲に走る悲鳴。
 楽しかったはずの時間は一転して、とんでもない方向へ転がっていきました。