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ナビガトリア

【番外編】 戦いへの序曲?

 今宵の月は上弦。夕食を済ませて最後に今日の復習とばかりにいくつか問題を出している時に、薄は大事なお話がありますと簡潔に告げた。
 それを聞いたコスモスは病室だという事も忘れて、素っ頓狂な声をあげた。
「筋肉が来てる~?」
「間違いありません。この目で見ましたし」
 のんきに会話までしてたことは伏せて薄は報告する。
「あ~もうしつこいっ 一体何なのよあの筋肉はっ」
 筋肉ことフランネル王子は、王位を手に入れんがためにコスモスにご執心だ。
 コスモスは故郷パラミシアの王位継承権をもっている。
 とはいえ三公爵家に王位が回ってくることはあまりない。
 今現在例え女王が倒れたとして、継承権第一位のサルビア姫は十三歳だから今すぐに継げないにしても、第二位のパパメイヤン王女か三位のマイカイ王女が継ぐだろう。
 三公爵家は王家直系の血が絶えた時のための保険のようなものなのだから。
「大体さ。何かの事故で王家の方々が継げなくなったって、システル……はいないにしてもナツキッソスにはコーラスがいるでしょ。
 あっちの方が家格上だしあたしにお鉢が回ってくることはないでしょうに。王位継承権第四位って言ったって、三公爵家の長女ならみんな無条件にそうなるんだし?」
「無条件なんですか?」
「王家に女子が誕生しない限りはね。システルに長女が生まれればその子も第四位になるのよ。三人の中から王にふさわしい者を選べるようにってことらしいわ」 
 興味ないから聞きかじっただけだけど。
 そうぼやくコスモスに薄は感心したように頷くのみ。
「付きまとわれるのがお嫌ならさっさと結婚されれば良いんですよ」
「一人じゃ出来ないでしょうが」
 ジト目で見られても薄は動じず、ちらりとこの部屋の主……アポロニウスの様子を伺う。
 会話を理解できなかったのだろう。きょとんとした目で見返された。
「……つまりそういうこと?」
 納得したような軽い声。視線を戻せば呆れのこもった目で薄を見やる主の姿。
「流石公女。勘が良くて助かります」
 微笑んでそう返せば、コスモスもアポロニウスを目でさして小声で言う。
「でもさ。さすがにそれはちょっと酷くない? 下手すれば命狙われるかもよ?」
「一人旅してたくらいですからそこそこ頑丈でしょう。
 それに公女には返しきれないほどの借りがあるんですから」
「ん~。人の弱みに付け込むのはちょっと気が引けるな」
 むぅと唸って腕を組むコスモス。
「にしても公女。こんなに乗り気だとは思いませんでした」
「だってこれ以上筋肉に付きまとわれたくないし。
 ただコイビトのふりしてもらってもうまく騙されてくれるかっていうのと、それで諦めてくれるかが問題よねぇ」
 そっちのことか。
 薄としてはアポロニウスを婿に取れと言いたかったのだが。
 まあいいか。時間をかけて延々といい続ければ、うまくその気になってくれるだろうし。
「ご安心ください。私も騙しますから」
「いや、それで何を安心しろって言うの?」
「いい加減勤めを果たしませんとねぇ」
「ああなるほどね」
 『剣』としての薄の仕事はコスモスに害を成すもの達の排除。フランネルは害を成していると言えよう。
「そういうわけで、仲良く外出とかする気はありませんか公女」
「というか明日晴れたら街での実習する予定だから」
 ねえっと話を振られて、半分以上理解していないだろうけどアポロニウスは頷いた。
「いい加減服とか身の回りのものなんかもいるだろうし。軍資金はもらってるし」
 最後にポロリと本音が出た。公爵家の姫とは言ってもこの公女、下手な一般人より経済観念がある。
「ではいいデートスポット用意しておきますね」
 珍しく機嫌の良すぎる薄を、コスモスは不審に思いながらも頷いた。

 一方その頃のPA本部では。
 大きなテーブルと向かい合う形で置かれたソファに三人の男性が座っている。
 窓の外には月と星と夜の空。
 他に見えるものは木々や建物があるだろうと伺わせる濃い闇。
 PA本部が建っているのは繁華街の端のあたり。数々の店舗がしまっているせいで、人工の明かりはごく少ない。
「それでどんなお話ですか?」
 表面上はにこやかに、しかし声にはとげが潜んでいるし、その眼差しは酷く冷たい。
 いつのまにこんな表情をされるようになったのだろうと思いつつ、その彼と相対する主を心配そうに見やる執事。そんな彼の視線にも気づかぬまま、フランネルは不用意な言葉を述べる。
「たいした理由はないのだが、同郷のよしみで激励にな」
 ひくりと刹那シオンの口元がゆがんだのは気のせいではなかったろう。
 しかし何とか笑顔を作って一応謝意を述べる。
「それはありがとうございます。
 ですが王子。ここは異国故、日が落ちてからの来訪は勧めかねます」
 丁寧さの中にも混じるとげを自覚しているものの、うまく隠せない。
 本心は、それだけのために夜に来るんじゃないといった感じである。
 ただでさえPAと学業の両立は厳しいものがあるというのに。
 時間は有限。こんな事で大事な時間を浪費したくない。
 主の不機嫌さに気づきつつも、瑠璃に出来る事はといえばフランネルがこれ以上神経逆なでする発言をしないようにと祈る事くらい。
「ところで公子」
「はい」
 内心かなり嫌に答えるものの、王子はまったくそれに気づかず小声で問う。
「コスモス公女の事だが」
「姉上がなにか?」
 普段は『ねーちゃん』『馬鹿姉』と呼んでいても、ちゃんとした場面では『姉上』。
 やっぱりこういうとこは兄弟っすねぇ。
 声には出さずに瑠璃は思う。もし喋ったりなんかしたらきっと大騒ぎされるだろうし、そんなことでシオンの機嫌をこれ以上損ねたくないせいもある。
「最近の彼女を知っているか? どうやら外人にたぶらかされているらしい」
「どういうことです?」
 たぶらかされるとは一体何のことだろう。
 不思議に思って問い返すと、王子は我が意を得たりを言った表情で言い募る。
「コスモスは王家に連なる人間だ。
 パラミシア以外の者と必要以上に親しくするのは問題だと思わぬか」
 そういうことか。そういえばこの王子はやたらと姉に干渉してきていた。
 事務員に出された紅茶を一口含み。シオンは笑顔で返す。
「それは姉次第でしょう」
 反論を許すことなくシオンは続ける。
「お言葉ですが、我がスノーベルにとって一番の条件は魔法に明るい事です。
 外国人といわれるなら父も叔父も、祖母や曾祖母もそれに当てはまります」
 どうしようもない事実にフランネルは沈黙する。
 それにあの姉がそう簡単に騙されるとも思えないし。
 心の中だけで付け足す。
 たとえコスモスを騙せたとしても、薄を騙す事は出来ないのだから。
「しかしあれが魔法に明るいとは思えん。注意はしたほうが言いと思うが」
 まだ食いつくか。
 半ば呆れながらも一応シオンは聞いてみる。
「どなたかお心当たりでも?」
 すると良くぞ聞いてくれたとばかりにフランネルは目を輝かせた。
「魔法協会の病院に入院しているアポロニウスという名の赤毛の男だ。
 何者か分からん。何も分からんのだ。怪しいだろう?」
 予想はしてたけどな。そう思いつつシオンは紅茶を飲み干す。
 王子はその特権を使ってアポロニウスのことをすでに調べたのだろう。
 それでも何も分からなかった。
 当然である。彼が『復活』してからまだ一月もたっていない。
 それ以上にPAから彼に関する情報にはかなりの圧力がかかっている。
 情報というのは必ずどこかからか洩れるものだが、彼に関しては保護者(という言い方は失礼だが)である銀の賢者にも関わってくる問題だけに取り扱いはかなり慎重だ。
 どこまで話してよかったっけ。
 しばし考え、自分も結局は大して情報をもっていないことに気づく。
 広まるとまずい話題といえば、姉が旅に出た原因である事と、実際は大昔の人間であることくらいか。
「いえ、怪しくはないです。退院後はPAに所属しますから」
「PAに?!」
 経歴が怪しいものはPAに所属する事は許されない。
 フランネルとしてはシオンを仲間に引き入れたいところなのだろうが、シオンとしてはフランネルの肩を持つ義理などない。
 姉の交際相手が気にならないといえば嘘にはなるが、相手として名前が出されたのがアポロニウスなら……信憑性もすごく怪しい。
「しかしだな」
 なおも言い募ろうとする王子に、いい加減シオンもいらだってきた。
 これが終わった後のことを考えると胃が痛い。
 まずは団長に叱られに行って、報告書と始末書を書いて、学校の宿題をして……
 主の微妙な変化に、使い魔は身をこわばらせる。
「本当はまだ漏らすべき事ではないのですが」
 わざと気になる前振りをしてシオンは言う。
「彼は優秀な魔導師ですよ。古代語を自由に操れますし」
 そりゃ昔の人っすからね。
 瑠璃の突っ込みは当然ながらフランネルには聞こえない。
「魔法の扱いや武術の腕もかなりのものと聞き及んでいます。
 『剣』のお墨付きもあるようですし」
 これは本当。魔法に関してはあくまでシオンの感想だが、武術がそこそこできると判断したのは薄である。暗殺家業すら行う彼らにそこそこできると称されたのだから、普通に強いと思ってかまわないだろう。
「それになんといっても銀の賢者様の弟子ですしね。
 我が家としては歓迎こそすれ、拒む理由はありませんよ」
 にっこりと笑っていってやれば、今度こそフランネルは言葉を失った。
 それを機に挨拶をしてシオンは退出する。
 ぱたんと扉を閉じて廊下をしばらく進むと瑠璃が聞いてきた。
「いいんすか?」
「弟子ってことか? あれはすぐに分かる事だしな」
 PAに途中入団なんて滅多にないから、アポロニウスが何者かなんて誰でも気にすることだろう。しかし賢者の弟子だといわれれば、ああそうかそれでと納得もするだろう。
 どんなに遅くてもあと二週間もしないうちに分かる事だ。別に話しても問題ないだろう。
「いえそうではなくて。仮にも王族なんすよね?」
「いーんだよ。俺もあの人嫌いだし」
「そういうもんなんすね……」
 瑠璃の呟きを気にすることなく、シオンは日課のお叱りを受けるために、団長室へと廊下を急いだ。

 肩を落としたままのフランネルに、執事が声をかける。
「王子……」
 どう慰めればいいだろう。するとフランネルはゆらりッと立ち上がる。
「負けてなるものかっ 必ずや王位を我が手にっ!!」
 フランネルはとことん諦めが悪かった。