【第八話 ときを越えて】 2.動き出す歯車
懐中電灯をつけて中を見回す。
そうは言っても入口付近、特に目立つものは置いてない。
ただ、奥に向かって通路が延びるのみ。壁の上部に転々と燭台の後が見て取れる。
ここは一体何に使われていたんだろう?
とーさんは一つ頷いたあと、後ろに向かって提案する。
「そうじゃの。二人ずつ四列で進むか」
本当に冒険って感じ。昔の冒険者とか、RPGの勇者とかってこんなとこ探索するのが仕事だったのかぁとか見当違いな事を思ったりするけど。
とーさんは先頭に。あたしと薄は三番目の列に並んでダンジョン内に入る。
「中は結構きれいね」
あたしの呟きが妙に反響する。
薄暗い通路、よどんで湿った空気。
これ明かりがローソクとかだったらかなり怖いよねぇ。懐中電灯だからいいけど。
「変なものに触るなよ」
「呪われたら大変だし?」
忠告に茶化して問い返せば、とーさんはちらとこっちを振り返って神妙な口調で言う。
「それよりも病原菌なんかが怖い」
「そうっすね」
とーさんと共に先頭を行くローウェルさんのあっさりした同意が、かなり怖い。
確かに。今は無いけど昔はあったっていう病気は結構ありそう……
あたしが黙ってしまうと捜索隊はまたもくもくと歩き出す。
辛気臭い事この上ないが、騒がしくする訳にもいかないしね。
時折あたしは千里眼を使ってダンジョン内を透視する。
今のところ変なものは見つからない。
壁も床もかなり頑丈そうな石造りだから、いきなりどこかが崩落するって事はなさそうだけど。
にしても……この遺跡左右にも結構広いものみたい。
ふと、歩みが止まった。
「どうしたの?」
あたしの問いに父さんは答えず、床の一部を手にしたスコップで叩いた。
派手な音を立てて床の一部がぱっくりと開く!
「……トラップ?」
「うわぉ本格的」
固まったあたしの声に、楽しそうなとーさんの声が続く……って!
「喜んでる場合じゃないでしょうが!」
「そう言ってもダンジョンじゃあ珍しくないけんのぉ」
ぽりぽりと頬を掻きつつとーさんは言って、端の方に残ってた床を慎重に渡って先に進む。
駄目だ。一般人と感覚が違う。
でも……それはそれでいいか。
罠の解除なんかはとーさんがきっちりやってくれるだろうし。
あたしはあたしのできることを。しなくちゃいけないことをする。
視界を切り替えて左右の壁にそれとなく目を走らせて、右手首にした魔封石のブレスレットから力を呼び出し、透視した先に明かりを出現させる。視界確保してさらに先の壁を透視する。
地道な作業だけど仕方ない。
太陽の届かない……光の無いこの場所では壁一枚、床一枚分の透視がやっとだもの。
ドワーフみたいに暗視できれば楽でいいんだけどなぁ。
ないものねだりをしても仕方ないし。地道にするしかないよね。
とはいえ、光の力を封じた石は貴重品。
無駄遣いは避けなければ! とは思っているものの、この遺跡横に広そうだよ。
「コスモス」
「ほいほい」
とーさんの呼びかけに、視界を通常のものに戻して正面を見れば、左右へと別れた道。
どちらが正しい道なのか。
再び透視して、暗さで見えなくなったあたりで光を呼んで。
二、三回ほどそれを繰り返しても、道は続いている。どちらも。
「どっちもある程度まで続いてるみたいだけど」
「見えんのか?」
「先長いから」
肩をすくめて返したあたしに、とーさんは頷いて。
「なら二手に分かれるか。
ローウェル達は右に行ってくれ。ベリングは俺達と一緒に左だ」
「了解」
「適当なとこで切り上げろよ」
「分かってますって」
そうして一行は二手に分かれた。
ローウェルさん達を見送って、とーさんは楽しそうに足取り軽く遺跡を行く。
「さあ行くぞー。未知の世界が待っている~」
『まるでトレジャーハンターみたいだな』
「浮かれすぎて罠にかからないようにね」
ローウェルさんが一緒の方が良かったなぁ。
とーさんはこーやって調子に乗って失敗する事多いんだよね。
いつもならローウェルさんがストッパーの役割を果たしてくれてるけど、残った中でとーさんが耳貸しそうなのって誰かいるか?
薄から見れば主の親。
むしろ積極的にこの男が口を開くはずも無いので頼りに出来ない。
アポロニウスの声はとーさんには聞こえない。
残るベリングさんはここの発掘隊の中で新参者だから、責任者であるとーさんに意見しにくいだろう。
やっぱりあたしが何とかするしかないか。
気をつけないと……とーさん基本的にお調子者だし。
しんがりを勤めるベリングさんをそっと見やる。
年のころは三十半ばくらいだろうか。
やややせぎすな感じのある茶色の髪の男性で、目が猛禽類のように鋭い。
正直発掘隊の中で一番苦手な人なんだけどなぁ。
あんまり話したことないし。人嫌いみたいだし。
妊娠したローウェルさんの奥さんの代わりに入った人で、それでも一年近く一緒にいるけど。得体が知れない感じがするのよねぇ。
『コスモス前』
「ぶっ」
「どわっ」
アポロニウスの忠告より早く、あたしはおもいっきりとーさんの背中に顔をぶつけた。
うう失態。
『よそ見してるからだぞ』
「ちゃんと前見とけや」
「次は転びますよ?」
ええいうるさい三人とも!
あきれた顔してとーさんは手近にあった扉を調べ始める。
ああ。それで止まったのね。
にしてもこのダンジョン、本当に一体何をしていたのかなぁ?
視線を変えて今度は床下の透視に移る。地下何階とかってなってたらやだし。
でも嫌な予感ほどあたるものなのよね……通路は下にもばっちり続いてた。
とーさんが止まってるからあたしもゆっくり透視できる。
地下……三階……うお四階もあるの?
四階の天井辺りに光を生み出す。
そこは今までみたいな通路や小部屋じゃなくって大きな部屋だった。
しらじらと魔法の明かりに照らされる数多くの本棚。そして隠し扉。
もしかして、ここの持ち主の部屋だった?
角度が結構きついけど、隠し扉の向こうを見る。
生み出した光の下に石像が現れた。
ただ立っているだけ、といった感じの男性の石像。
大きさはほとんど人と変わらない。
年のころは二十代前半くらいで肩に届くくらいの髪の、顔は結構丹精。
身につけている衣服は妙に時代がかっている。
そして、それを中心に据えた大きな魔法陣。
――お家に持って帰ろうとしたけど、重くって動かなくって。
悔しいから動かせないようにしといたの――
老エルフの言った言葉が耳に甦る。
もしかして……本当に見つかった?
息を詰めて、その石像を見る。本当は見たくないけどさ。それは秘密。
ただの石像なら断面は平らなはず……
そして。
「あった……」
興奮で声が震える。
やった見つけた! 石像にされている人!
あ、でもあれがアポロニウスとは限らないんだっけ? でも可能性は高いわけだし!
とかあたしが色々考えてたら、後ろからものすっごい衝撃が来て、耐えられずに通路の先に倒れこむ。
押された? いや、ど突かれた。
「薄!!」
「お逃げください公女! 敵です!」
怒鳴るあたしに返るのは切羽詰った薄の声!
その言葉にとーさんは慌ててあたしを立たせて背中に庇う。
敵って……一体どこから?!
薄は小刀を手に持って睨みつけている。
……ベリングさんを。
どういうこと? もしかして誰かに懐柔されたとか?
遺跡発掘ってそういう危険もあるとは聞くけど。
あたしの疑問を読んだのだろう。薄が再び口を開く。
決定的なその言葉を。
「でしょう? プエラリア・ロバータ」
その言葉に――彼は華やかな笑みを浮かべた。