【第四話 痛手からの回復】 3.歴史との奇妙な一致
ディエスリベル――世界で一番安全な国の呼び声高く、世界有数の近代国家であるにもかかわらず古いものも大事にしていて魔法協会の本部のある国。
空港に降り立つ前に薄に口をすっぱくして言われた事は。
「大人しくしていて下さい」
の一言に尽きる。
「何でよ?」
外は闇。機内は熟睡している皆々様がいるのでこそこそ話の音量だけど、いきなりその一言じゃあ腹も立つ。
「桜月は圧倒的に桜月人が多かったんです」
それは知ってる。移住とかしようとすると大変らしいし、偏見も多いらしい。
「だから桜月人以外の人種はとても目立つ……あんなのがいても分かりやすいんです」
それも分かる。
あたしも叔母さんの手伝いに買い物とか行ったりすると物珍しそうに見られたし。
でもあんなの? 何の事だろう?
「貴女という方はもう忘れたんですか?」
こいつとの会話はいちいち言葉にしなくていい分腹も立つことは多いけど。
忘れたって? なんかあったっけ?
本気な事を感じ取って嫌みったらしく深~いため息つきつつ薄は額を抑える。
見かねてか、アポロニウスが口をはさむ。
『私を狙ってきた奴のことを言っているんだろう』
ああ。なるほど。そういえばいたなあそんなの。
アポロニウスを狙ってあたし達を攻撃してきたあのゴーレム。
操っていた術者の名前も姿もまったくわからない。
「そんな事忘れてどうするんです?」
あきれて言う薄にこちらは肩をすくめて返す。
「いちいち覚えててどうするのよ?」
大体あんな目にあったの数多すぎて覚える気にもなりゃしない。
薄が護衛についたのはあたしが十六になってから。一族にとって成人とみなされてからの話。
小さいころはそりゃもう色々あったもんだ。
誘拐される事は数回、されかけた事は数十回。
そのたびにご近所の皆様や……何よりおばーちゃんのお陰で何事もなく切り抜けられたけどね。
「……そういうとこやっぱり『一般人』と違うんですね」
なにをいまさら。
「逃げ足とかは自信あるわよ?」
「ともかく。ディエスリベルは確かに犯罪解決率は高いです。だからといって発生率が低いという事にはならないし危ない事は忌避すべきだと思いますね」
「あたしだって進んで危ない目に会う気は無いわよ」
さらりと言ったあたしの言葉に薄は肩をすくめる。
全然信用ないみたいなのは腹立つのだけれど?
苦笑と共にそんな薄に同意する声。
『今の状況を見ているとな』
「まったくです。それでなくても公女はトラブルメイカーなんですから」
「結託すんな」
まったくもう。何でこいつらこうまで結託してあたしをいじめるんだか。
ディエスリベルに行けるって知って結構嬉しかったのにな~。
あそこ魔法協会の本部とかPAの本部とか……後やっぱり都会だし、色々見てみたいところあるのに。
「ともかく観光は無しです。おとなしく協会で調べ物しててください」
「はーいはい」
つまんないなぁ。せっかくあちこち見て回るチャンスなのにさ。
毛布を頭から被って不貞寝をする。
でも。確かにあんまりのんびりしている訳にはいかないのかもしれない。
叔母さんの家にいる間は確かに何もなかったけれど、それは運が良かっただけという事もある。
何より相手が諦めていないとしたら必ず何らかの動きがあるはず。
それでも。これから訪れる先にPAの本部があるのは心強い。
つらつらと考えていたのだけれど、旅の疲れも手伝ってか眠りは意外とあっさり訪れた。
空港からタクシーに乗って即行魔法協会本部へ。
あたしが異議申し立てする間もなく――言った所で即却下だろうけど――その入口へと到着する。
実はあたしもここ、魔法協会本部に来るのは初めてだったりするから楽しみは楽しみなんだけど。
敷地は壁で区切られてて、広い敷地内には本部のほかにもいくつかの建物が建っている。多分実験棟やらだと思うけど。やっぱり規模が違うなぁ。
紹介状を手に長~い受付を済ませると、しばらく時間が欲しいとのことだったので許可をもらって図書室に移った。
静かな図書室の中ではページのめくる音だけが響く。
にしても人いないなぁ……そこそこの蔵書量あるんだからもうちょっと活用すればいいのに。
ちなみに『そこそこの蔵書量』と例えたのは本の量ゆえではない。
量だけで言うならあきらかにここより上を行くところはないだろう。
だけど問題は、似たような内容の本が多いってこと。
本棚は基本的には三色に塗り分けられている。
これは魔法使いのランクを決める魔法検定の級によって振り分けられていて、まず誰でも読める白い本棚。一~六級の人が読める塗装のされていない木目のままの本棚。一~三級の人だけが読める黒い本棚。
ちなみにあたしは木目のまでしか読めない。
それでも面白そうな本がたくさんあるから良いのだけれど。
でも使用者があたしだけってどういうことよ? もったいないわね本当。
『魔法協会とは結局どんなところなんだ?』
アポロニウスの問いかけに、本に目を落としたまま答える。
正直こんなとこであんまり話したくはないけれど、この時代の基本的なことを教えておかないと後々面倒な事になりそうだし。
「魔法協会っていうのは、昔は迫害されていた魔法使い達を社会的に認めされるためのものって意味合いもあって設立されたの」
人は『分からないもの』を恐れる。
暗闇が怖いのはその先に何があるか分からないからっていうのもあると思うし。
魔法の持つ巨大な力は確かに脅威だけれど、傷つけるばかりの物でもない。
魔法は技術だから使う人の心次第。
そういうことに加えて、どういう仕組みでどんな事が起きるかっていうのを人に広めて、偏見や差別を少なくするために頑張ってきたのだ。
『なるほど』
心当たりがあるのか、妙に重い声を出すアポロニウス。
もしかしたら彼自身そういう目にあったことがあるのかもしれない。
「その礎を作ったのがわれらがご先祖様・スノーベルとそのご友人のブルーローズなわけよ」
『は?』
ちょっと胸張って答えれば、珍しく間の抜けた声が返る。
続いて焦った声で問い掛けてくる。
『スノーベルってファミリーネームじゃないのか?』
「いまは、ね。元々は偉大なるご先祖様の名前よ。
あ。ちなみにブルーローズはパラミシア王家の祖よ」
返答に一拍の間があく。
『王家の? じゃあ違うか。しかし女王国家とは珍しいな』
「あ。それはね~初代の王サマが早死にしちゃったんで若くして王位に着いたのが初代女王ローザ。治世もそこそこの評判だったらしいわ。
女性が王位に就いてるからって必ずしも平和な時期が続いた訳じゃないんだけど、男の人が王位につくとみーんな早死にしちゃったのよね。
迷信とかっていえるような国じゃあないし」
腐っても魔法の国。優秀な魔法使いはかつては多かったのだ。
「たくさんの魔法使いが色々調べたものの呪いなんかはかかってなくて一応偶然みたいだけど、実際は分からないわ。最近でも五、六代前に王様がいたけどやっぱり数年で病に倒れちゃったみたいだし」
その時もたくさんの魔法使いが呼ばれて色々調べたらしいけど、結局呪いじゃなかったみたい。
『それで女王国家か?』
「そゆこと」
パタンと本を閉じて立ち上がる。
ぱらぱらと斜め読みしただけだけど、どっかで見たような内容だったし。
さて次は何読もうかな?
誤解があるかもしれないけどあたしは結構読書家だ。シオンといい勝負するくらいには。
もっとも姉弟揃って本で読んだことはすぐに実践したがって、いろんな人を困らせたけど。ま、それも今となってはいい思い出ということで。
「でもさっすが本部ねぇ。いろんな本がある」
ざっと背表紙を眺めてみてもいろんな国の言葉が書かれている。
パラミシアの言葉は結構世界で多く使われてるから会話で困る事は少ないけれど、やっぱり他の国の言葉も勉強した方が良いかな?
魔道書だったらそれ専用のスペルで書かれているから困る事はないんだけどなぁ。
歴史と分類された本棚に向かって背表紙を眺める。
「この際だからパラミシアとうちについて少し勉強しておいてね」
『ああ分かった』
返事を聞いて少し考える。アポロニウスはこの時代の言葉……読めるはず、ないよね。
仕方ない色々はしょって話すか。
パラミシアは設立の関係で魔道の歴史書にはその歴史がしっかりと書かれている。
数ある本の中からパラミシア王家とかかれた本を手に取り表紙をめくる。
数ページめくると家系図が出てきたのでそれの一番上を指差す。
「初代の王様がフロース。その王妃様がブルーローズの娘ローテローズなのね」
代々の王家の事が事細かに書いてあるなぁ。
あたしも内心感心しつつ言葉を紡ぐ。
もちろん他人には聞こえないよう細心の注意を払って。
「だからもともとの王家じゃあないみたい。
大方親の業績に敬意を表してか、政治的理由での結婚なんでしょうね」
『ブルーローズか……』
ポツリと呟かれた言葉に思わず反論する。
「世間様一般ではスノーベルのが有名なのよ? 魔道書の大部分は彼女が書いたものが多いし、協会の基礎を作ったのも彼女なんだから」
ちょっと言葉が強く出たかもしれないけど、やっぱり人間まったく関係のない人よりも少しでも関係ある人の肩を持つものだろう。
そりゃあ娘とはいえサクセスストーリーなブルーローズのほうが興味ある人多いかもしれないけどさ。
「魔法使いへの不当な評価やらを払拭した人として尊敬される人なんだから」
『お前の姓がスノーベルと言うのはそこからか?』
「そーよ」
偉大な業績を残したご先祖様に敬意を払ってそれまでの姓を捨てて――彼女のファミリー・ネームについての記録はないらしい――あたし達は『スノーベル』の子供達になった。
「血筋に関しても徹底的に記録があるのよね、家って。
ほんのちょこっとでもスノーベルの血を引くなら家系図に載るし。
だからすっごい量よ家の家系図」
『そこまで徹底的に管理する必要があるのか』
なかなかに鋭い。
そう。普通そこまですることはない。例えそれが王家であろうとも。
「さてね。まぁ家の血族って基本的に強い魔力もって生まれてくるみたいだし」
その管理っていう意味合いが強い。本人が望もうと望むまいと、強い力を持ったものは厄介ごとに巻き込まれ――もしくは起こし――やすい。
コレも所謂『類は友を呼ぶ』って奴かしら?
パラりとページをめくって思わず声が出る。
「あ。珍しいこれ肖像画載ってる」
アポロニウスが見やすいように本の角度を変えて指差す。
「これこれ」
描かれているのは若い国王夫妻ともう一組の夫婦。
優しい眼差しで国王夫婦を見ている事からどちらか――おそらくは国王――の両親だろう。
「見える?」
『ああ。見え……ってシン!?』
おっきい声だすな!! あんたあたしの耳元についてるってこと忘れてるだろ!?
「いきなり大声出さないでよっ。何? もしかして知ってる人?」
シン。聞き覚えのない名前だけど……
国王の名前はフロースだから、こっちのお父さんのことだろうけど。
『いや、まさかそんなはず……でも』
なおもぶつぶつ呟くアポロニウス。あたしは首を傾げて考える。
この王様が即位したのは協会の設立と前後する。だから。
「協会の設立って……年代的にはアポロニウスが生きてた頃と前後するのよねぇ」
『死んでない』
突込みを無視して問いかける。
「もっと早く言うべきだった?
この手の資料なら家には確実にあるはずだし」
なんたって王家に近い場所にいる家だしねぇ。
『いや間違いだろうたぶん。間違いであって欲しい』
「そお? 本当だったらすごいのに。歴史的有名人とお知り合いなのって」
『……子孫だろう?』
「そこはそれ」
「待たせてしまって申し訳ないね」
まるであたし達の話が終わるのを待っていたかのように声がかかる。
声のしたほうを振り向けば、窓を背に逆光の中一人の影が浮かび上がる。
さらさらした金髪。種族特有の長い耳をそよがせて。
その唇が笑みの形をとる。
「はじめまして。ボクがレンテンローズだよ」