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ナビガトリア

【第三話 桜の国】 4.石の記憶

 夜と朝とが交わる時間。
 空の色は深い青からだんだんと白んでくるころ……
 リビングにあたしたちは集まっていた。
 テーブルをどかせて広げた布に魔法陣を描く。
 これは単純に集中しやすくするための事。
 その中央にアポロニウスを置いて正面に叔母さんが座る。
 右手には小さな水晶球。
 記録球と呼ばれるそれに、叔母さんが見たアポロニウスの過去を映すというのだ。
 部屋の隅であたしたちはちんまりと座っている。
 邪魔をしちゃいけないし、ね。
「じゃあはじめるわよ」
 そして、叔母さんの左手がアポロニウスに触れた。

 眠りにつく直前のような緩やかな感覚。
 アポロニウスは久しぶりに感覚というものを味わっていた。
 石は何も感じない……心が感じるものは別だけれど。
 奇妙な浮遊感。  
 そして断片的に記憶が蘇る。
 目の前をすごい勢いで映像が通り過ぎていく。

 自分を持つ手。
 話し掛けたとたん大げさに慌てる声。
 小麦の穂の色の髪と意志の強い紫紺の瞳。
 コスモスと出会った時の記憶。

 風に吹かれる白い髪。
 規則的だった安楽椅子の止まる感じ。
 呼びかけても返らない声。
 前の主の最期の時。

 若い娘がいた。
 年老いた女がいた。
 何度も何度もいろいろな人の手に渡ったから……
 甦る。別れの記憶。

 そうして、ゆるりゆるりと近づく。
 始まりの記憶。

 そこにいたのは誰だったのか……石を見下ろすそのシルエットは女性のもの。
 華奢で背は低く、だが逆光ゆえにその顔は分からない。
「今度は大丈夫よね」
 影が喋った。若い女の声。
「ほんとにもうアポロニウスさまってばテレ屋さんなんだから」
 本当に楽しそうな声で。
「同じ時を生きれないなら、肉体のほうを何とかすればいいのよね」
 動いた拍子に見える長い耳。
「これでずっと一緒にいられるわ♪」
 それを聞いた瞬間。すべての記憶がつながった。

『お前が犯人かあああああっっ!!』

 怒鳴った瞬間、視界が変わる。
 少し汚れたクリーム色の天井。
 自分の視界の半分以上を占める指。
 気づいたときには遅かった。
「何邪魔してんのよ!」
 コスモスの険悪な声が聞こえた。

 叔母さんが過去を見てるからって、それをあたしたちが一緒に見ることはできない。
 見られてるほう――この場合アポロニウスは――見えることもあるらしいけど。
 だから正直あたしたちは暇を持て余していた。
 内容に関しては後で記憶球に映したものを見せてもらえるらしいけどさ。
 そうして数分が経ったころ、いきなりアポロニウスが大声で叫んだのよ。
 まったく何考えてるのやら……

 そう、思ってたんだけど。
 記憶球の映像とアポロニウスの説明とで、その考えは覆された。

「これってつまり、望んでなった訳?」
『そんなわけあるか』
 だろーねぇ。それじゃあ。
「この人と恋人同士だったとか?」
 つーか、顔なんてわかんないけどさ。逆光だから。
『何度か顔をあわせた事はある……
 そのたびにさっきみたいな意味不明のことを言われた』
 答えるアポロニウスの声は暗く低い。
「それって恋人でもないのに恋人同士だとか言ったり、『キミとボクは結ばれる運命なんだ』とか、行く先々つけられてる感じがしたり、気がつくと自分の視界に入ってたりとか?」
『……それに加えて人の話は聞かなかったな……』
 つまり……ストーカーされてたってこと?
 そのエルフさんに?
 んで、思い込みの果てにこんな姿にされちゃったってこと?
 アポロニウスは何も言わないけど……それがかえってあたしの想像を肯定している感じがする。
「トラウマだったのね……」
 あたしの言葉に帰ってくるのは沈黙のみ。
「そりゃぁ思い出したくないわよね……」
 無意識のうちに記憶を封印しててもおかしくないわ。
 あたしだってあのくそ王子に追い掛け回された記憶なんか消し去りたいし、ストーカーされたっていうならなおの事だろう。
「で、でもさっ。もう何百年もたってるんだし大丈夫でしょ!!」
『…………ハイ・エルフには寿命なんてあってないようなものだぞ』
 ソウデシタネ……
「…………」
『…………』
 沈黙が降りる。
 でも、解呪する方法を知るためには術者本人が生きてるほうが都合はいいけど……
 会うのいやだよねぇ……当然。
 あたしの考えと同じことを思ったか、アポロニウスが長いため息をつく。
『だが……元の体に戻るためだ……』
「お。よーやくその気になってきたわね」
 あえて軽くいう。
 その気になったというか、そんな理由でこういう状況にされたって事自体が悔しいだろうしね。
 なんにせよ前向きになってくれるのはこっちにとってやりやすいけどさ。

 まぁどうやってエルフに会おうか、とかまだまだ問題は山積みだけど。
 とりあえずは一段落ってことで。