【第二話 彼らの思惑】 5.剣と盾
主の命に従って、適当に荷物を詰めて居間へと戻る。
机の上に置かれたままの『彼』に声をかける。
「ずいぶん静かだな」
彼はまだ相手を全面的に信用したわけではなかった。
だから自らのことを進んで話す気は全然なかった。いくら主が警戒していないからといって、自分までそれに習っていたのでは何のための護衛か。
しかし……ほんの少しだけ気になることがあった。
だから話し掛けた。本心を探るために。
「本当に記憶がないのか?」
『すべてを忘れているわけじゃない』
確かにいろんなことを忘れすぎている気はするが。
父母や師匠のことなど、おぼろげに覚えていることがある。
後はつい最近目覚めたときの記憶。
――ある方を復活させるための生贄になってもらう――
聞かされたときには憤りを感じたが、ある意味その言葉のおかげで「まだ肉体がどこかで封印されてるんだ」とか分かったりしたのだが。
不安なのはところどころ記憶に納得のいかない箇所があること。
「なら、どの時代の人間だ? 生まれは? 年は?」
『生まれは……ダシュプースの百三十七年で。出身は、ティアナ。
年は……二十過ぎるかくらいだったと思う』
アポロニウスの返答に、薄は眉をひそめる。
「自分の年も分からない?」
『修行の旅に出されていたからな。
気がついたら誕生日が過ぎてたっていうのが何度かあった』
「なるほど」
現在ならともかく、昔は暦というものも結構あいまいだっただろう。
ダシュプース百三十七年……今の暦、オルニス暦に直すとだいたい七百年程前になる。
「七百年前の人間……正直、信じがたいな」
『七百年! そんなに経っているのか!?』
「その話が本当なら」
「おや?
ずいぶん仲良しになったみたいね?」
どこか意外そうな主の声がしたのはこのときだった。
『あ』
「公女。お早いお帰りで。何か良いことでも?」
にっこり笑って問い掛ける。
あたしが渋い顔をしてるにもかかわらず、だ。
「すーすーきー?」
「失礼いたしました」
心から謝っていない、あまりにも簡単な謝罪。
まぁそんなことにいちいち腹立ててたら、こいつの主なんてやってられないけど……何か違うと思うのはあたしの気のせいではないと思う。
「王女サマの誕生パーティにお呼ばれしたのよ。
行くしかないのよ。行って諦めさせるしかないのよっ!!」
自然と声が荒くなる。
ああもうあの親父いいかげんにしろっての!!
年齢が親父ってんじゃなくて、精神的に親父なんだけどね。
「王子は好みじゃないですか?」
「全然」
あんな見るからにな筋肉馬鹿は絶対ごめん。
第一『魔法』に関しては一般常識ぶっちぎって詳しい人じゃないと、家での会話についていけない。
「ちなみに公女の好みは?」
薄の質問にジト目で返す。
「教えた途端、山ほど見合い写真持って来るんでしょ? あんたは」
「お褒めいただき光栄の至り」
「褒めてない褒めてない」
この国では十八になれば結婚できる。
こういう事態になるだろうなってのはある程度は予想していたけれど……
「しかし家臣の身としては一刻も早く公女にはお幸せに……」
「自分のために?」
「それはもちろん」
きっぱり言い切ってくれてからに!
まぁここまではっきり言われればかえって潔いともいえるか。
「ところでパーティというと、王子と踊られるので?」
「踊りたくもないけどね。でもそういうわけにも……」
こちらはあくまで招待された側。
それに基本的にお誘いには断ることが出来ない。
でもなんか抜け道がある……はず。
って。
「そーだ! あの手があるじゃないっ
あ! パーティの日までに準備ヨロシク!!」
我ながら名案名案♪
さてさて後は準備するのみ!
あたしは久々に上機嫌で城のほうへと足取り軽く帰った。
「騒がしいひとだなぁ」
コスモスが出て行って、薄はのんびりとソファに座る。
『ずいぶん態度違うな』
「そりゃあ主だし? 大半が嫌味だけど」
主に嫌味を言っても解雇されない。
ある意味コスモスも出来た主人なのだろう。
薄にも聞きたいことは在るだろうが、それはアポロニウスにとっても同じ事。
好機とばかりに聞いてみる。
『公女と呼んでいるが?』
「パラミシアのスノーベル公爵令嬢、レディ・コスモス・トルンクス。
立派なオジョーサマだよ」
公爵令嬢とならば姫と呼ばれてもおかしくない。
しかし。
『パラミシア……?』
不思議そうなアポロニウスの声音に薄はため息ひとつ。
「一度世界情勢とかきっちり教えた方がよさそうだ」
『すまない』
アポロニウスにとってはどうしようもないことだけど、迷惑をかけることになるのは確か。
なんとなく落ち込む彼に明るい声がかかる。
「そうそう。パーティ後に即出発らしいから」
『はぁ?』
それではまるで逃げ出すようではないか?
「やっぱそういうとこは普通のお嬢じゃないよな」
苦笑しつつも、まぁそうでなかったら仕えたりしないけど。などと小さく呟いている。
『護衛なのか?』
その問いに、薄は誇りを持って答える。
「そう。剣」
『剣?』
問いかけに、表面上はにこやかなまま。
目はその鋭さを増して答える。
「主に仇為す者すべてを斬る『剣』だ」
敵を消すことにより主を守るもの。
無論それだけが任務ではないのだが。
右手を胸に、名乗りを上げる。
「改めまして。薄・フォリウム・スノーベルだ。よろしくアポロ」
前のあだ名はアポロンで今はアポロか。
まぁアポロニウスっていうのは長いし。
などとアポロニウスが思っていると、にっこり微笑みさらに言う。
「盾になってくれればありがたい」
『盾……』
あきらかにげんなりした声。
まぁ盾になれといわれてうれしい人はいないだろう。
「ああ違う違う。公女の『盾』だ」
言い方が悪かったのに気がついたのか、ひらひらと手を振る。
「主を守るのを専門とする護衛だよ。
そしたら俺楽できるしさ」
その言葉にしばし考える。
この姿ではどうしようもないが、少なくとも彼女は自分のために色々しようとしてくれている。
元の姿に戻れたなら……いや、戻ることが出来なくてもなんらかの礼はするべきだろう。
『世話になるからな。出来る限りは』
アポロニウスのその返事に、薄は心の中でガッツポーズ。
『しかし……彼女は面白いな。
今まで私の声を聞けるものは何人かいたが、あんな反応をされたのは初めてだ』
「だからこそ俺は仕えてるんだけどね」
そんな彼女だからこそ、仕えていて面白い。
「じゃ、準備しちゃいますか」
そしてあっという間にパーティの日はやってきた。
あーあーとうとうきちゃったよー。
そりゃ対策はしたけどさ? やっぱり疲れる相手と会うのって気が重いし。
その気の重さを紛らわすために、お気に入りの絵画をぼんやりと眺める。
この街を開いたといわれる勇者さまご一行の図。
鎧を着込んだ男戦士と、それよりは軽装な女戦士。
そして魔法使いっぽい男女の計四名。
ちなみにこの魔法使いの女性が家のご先祖様。
その面差しは、あの人を思いっきり連想させるけど、別人であることは確か。
どう見たって絵の人のほうが年上だし。
それにしてもこの絵の英雄達はそろいもそろって美男美女。
やっぱり美化されて描かれてるんだろうか?
それでもやっぱりかっこいいものはかっこいいけど。
特に魔法使いの人とか。
「ほほーおぅ。その方が公女の初恋のお相手ですかー」
「……」
振り返ると予想通り薄がとっても楽しそうにこちらを見ていた。
「なるほど成る程……」
とっても楽しそうに言う。
にやけんな! あたしの好み知ってどうする!?
……そーよね……見合い写真山ほど持ってくるのよね……
ため息ひとつ。仕方ないので聞いてみる。
「アポロニウスどこ?」
「居間のテーブルの上に。ってつけるんですか?」
「そーよ」
あたしのカッコを思ってのことだろう。
本日の服は緑を基調とした振袖!
色的にあまり派手じゃなくても、着物は華やかだし。
おばーちゃんのおさがりだけどあたしはこーゆーの好きだし。
結構周囲のうけも良いし。きちんとした正装だし。
何よりこれなら絶対踊らなくていい!!
アポロニウス入りのイヤリングと色も合わせたから……
まぁ着物にイヤリングが正しいか、は別として。
イヤリングをつけて姿見の前に立ってみる。
「どう?」
『はじめて見る服だな』
そういえば、アポロニウスの『目』ってどこにあるんだろう?
ソボクな疑問も抱きつつ問いに答える。
「桜月の民族衣装よ」
『オウゲツ?』
あ、やっぱり知らないか。
「島国で桜のキレイな国ってくらいしかあたしも知らない。
あ、桜って分かる?」
ほとんどあの国の国花だから知らないんだろうな。
『知ってる……師匠が好きだった花だ』
え、うそ知ってるの!?
「師匠? って魔法の?」
『ああ。両親の友人で、魔法も武術も教えてもらってた』
どこか遠い感じで言う。
昔を思い出してるのかな。
「どんな人?」
あたしの軽い質問に帰ってきたのは重い沈黙。
ややあってようやく言葉を紡ぐ。
『なんというか……
人は見かけによらないことを思い知らされるというか。
優しい丁寧口調なのに、なぜか畏縮するというか。
反則なくらい強かったというか。
いきなり大技食らわせたりするというか……
笑顔が消えたら要注意な人だったな、うん』
えーと、そりはつまり。
「ぢつは怖い人?」
『怒らせたらな』
これ以上聴かないでくれといわれてるみたいなのでおとなしく黙る。
衣装を軽く調えて、ふと思いつく。
そういえばもうここに戻ることは当分ないし。
元の戻る方法を探す旅って時間かかりそうだし、ねぇ?
もっとあの絵をじっくり見とくかな。
そう思って絵の前に行ってじっとまた眺める。
遅いといってマギーが迎えにくるまで。
あんまりじっと見ていた。
だから気づかなかった。
アポロニウスが奇妙な沈黙をしていたことに。
だから気づかなかった。
そんな主の姿を見て少し……ほんの少しだけ微笑む彼の姿にも。
そして薄はため息ひとつついたあと。
珍しく満面の笑みをもらしたことにも。
振袖姿で現れたあたしを見て、案の定王子は露骨に顔をしかめた。
無論それが分かるのはあたしだけだけど。
「ご招待いただきありがとうございます」
へへん。とりあえず出鼻はくじいたぞ!
「いや……その服は?」
「素敵でしょう?
祖母のものなんですけど、どうしても着てみたくて。
無理を言って貸していただきましたの」
こんな機会でもないと着れませんしね。
にっこり微笑んでそう呟く。
嘘は言ってない。悪意はありまくりだけど。
化かしあいに関しては結構自信ありますよ?
お姫様に挨拶をして、女王陛下に挨拶をして。
表面上は和やかに時間が過ぎる。
ダンスが始まるとわざと壁に立って愛想を振りまく。
女性陣からは質問攻めにあうけれど、ダンスを申し込んでくる奴らもいなくて楽。
スッゴイ楽。
これからのことを考えると、体力を残しておかないと。
実を言うとそんなに体頑丈な方じゃないし。
そう思っていたらやっぱり王子がやってきた。
「少し話が」
そらきた。
「ええ。ではテラスの方へ」
テラスの方に視線をやれば、こっそり隠れたSPの方々。
そこならば多少何かが起こっても……
そう思ってるのは、貴方だけではないんですよ王子。
とりあえず役者以外は舞台から降りていただきましょうか。
夜風が気持ちいい。
相手がこんなじゃなかったら、もっと気持ちがいいんだけど。
「それでお話というのは?」
「レディ・コスモス」
問いかけに王子は膝をつき、あたしの手をとろうとする。
「どうか私のつ……」
「お断りします」
さりげなく手をよけて、みなまで言わさずきっぱり断る。
「な」
断られると思っていなかったのか、絶句する王子。
王子様だからとか、王家に弓引くとか。
そんなものにスノーベルの人間が縛られると思っているのだろうか?
「誰も私にはプロポーズできませんのよ?」
いたずらめかして言ってやる。
「そう思う相手には、私からプロポーズいたしますから」
その言葉に妙な笑顔を作る王子。
おいおい誰があんたにプロポーズするって言った!?
結婚するんだったらそうしたいってだけの事だって言うのに。
ずうずうしい。遠まわしな言い方じゃ駄目か。
脳みそまで筋肉な人には酷だったか。
ため息ひとつ。あえて微笑を浮かべて。
「何よりわたくしをモノ扱いするような方とは結婚したくありませんもの。
結婚したら、まず王位継承権を放棄しますわ。お母様と同じように」
その言葉に明らかに動揺する王子。
「な……なにをおっしゃいますか」
「"女が余計なことを考えて"?」
声は、後ろからした。
あたしはテラスの端にいて、背後は夜の空。
室内からの逆光のせいで突然に思える声の主の姿は影に埋もれて見えない。
もっとも、黒髪黒い服だから見づらいのは確かだけど。
「なっ 何者だ!? 誰か」
「誰も来ませんよ」
慌てる王子に薄はのんびり返す。
「今ごろ夢の中でしょう」
隠れていたSPは邪魔なので眠っていただいた。
しかしまるで悪役のセリフだね。
実際はあたしがこっそり魔法使ったんだけど。
「そんなに警戒する必要ありませんわよ?
彼は薄。私の剣です」
「ご無礼を。王子」
右手を胸に軽く会釈。
「ですが、王位を得んがために主を道具扱いされては、従者の立場が無いもので」
うーんまさに慇懃無礼。
正直あたしですらこいつの敬語は腹が立つ。
人を小馬鹿にしている感じで。
「ね? 私の剣は頼りになるでしょう?」
こういう物言いをしてしまうあたしも性格悪いとは思うけど。
「公女。そろそろお帰りの時間です」
「あらもうそんな時間?
では王子。ごきげんよう」
全然名残惜しくないですけど。
室内に向かうあたしを呼び止めようとする彼に、振り向いて一言。
「もう二度と会わないことを祈って」
真顔で言ったのが効いたのか、それ以上追ってくることは無かった。
「あっ まっ」
「"逃してたまるか"?」
行く手をさえぎるようにして立つ薄。
その彼をにらみつけて命令する。
「何を言っている。早くそこをどけ」
「心外ですねえ。私に命令していいのは公女だけなんですよ?
旦那様や奥様ならともかく。王子に命令されるいわれはありませんね」
人を馬鹿にした態度に腹立たしいながらも考える。
あの女を逃すわけには行かない。
自らが王位を得るためにはあれを利用するしかない。
こうなったら無理にでも。
すると相手は肩をすくめて。
「おやおやそれはいけませんね。犯罪ですよ。いうまでもなく。
公女に何かあったらこわーい奥様に何されるか……」
そこで初めて王子の顔色が変わる。
自分は何も言っていない。
「"何だこいつは? 何故こんなにも……まさか"」
心の中の言葉とまったく同じ事を言い当てられて、すぅっと寒気が上ってくる。
「スノーベルの眷属ですから……ねぇ?
王子程度の器じゃあ"盾"は務まりませんよ」
我は剣。主に仇為す存在を斬るために在るもの。
「さて、覚悟はよろしいですか?」
案の定、覗き見していたら王子ががっくりと膝をついていた。
「ったくあいつはやりすぎて……
あいつのせいで敵が増えたらどうするのよ」
『そうなのか?』
「そーよ」
千里眼では当然のことながら声は聞こえない。
でもあの様子からして、多分脅したのだろう。
それはそれは恐怖を煽る方法で。
それのおかげで助かったこともあるっていうのが少し複雑だけど。
「あーあ。やっぱ『剣』の選択間違えたかなぁ。 『盾』は間違えないようにしないと」
『間違えたのか?』
「そうそう。アポロニウス知らないでしょ? あいつ人の心読めるのよ」
『は?』
間抜けな返答をするアポロニウス。
まぁ信じれないかもしれないけどさ。思い知らされた後じゃ、遅いんだよ?
「ウソじゃないわよ。だからもう嫌みったらしいったら」
『だからあの不自然な会話か』
「そうそう。なんとしても盾はまともな人を」
あたしの場合。剣はともかく、盾=結婚相手だから慎重にならないと。
ってかうるさく言ってくるんだろうなぁ。薄。
妙にニヤニヤしてたのも気になるし……
『盾、か』
ポツリと呟いた声に意識を戻される。
「アポロニウス」
『うん?』
呼びかけに答える声。
本当の彼はどんな人間なんだろう?
目を見ることは出来ないから、前を見たまま宣言する。
独り言みたいとか言わないように。
「絶対戻してあげるから、覚悟しなさいね?」
『……ああ』
どうやら、よっぽど思いっきり殴るらしい。
そう思っているらしい声音。
それも間違ってはいないのだけど。
「へぇ」
妙に気の抜ける声は真横から聞こえた。
「……! いたのっ!?」
「いました」
にっこり微笑む薄。
こいつの笑顔は何でこうも胡散臭いんだろう。
「…………」
「…………」
『……?』
沈黙したまま見つめあう……もといにらみ合うあたし達。
何で黙するのか分からない。
アポロニウスのそう言う気配もあって、あたしの方から視線をそらす。
「じゃ、行こうか」
「……御意」
あたしが折れると薄も折れる。
そんなことは分かりきってはいるのだけど何か悔しい。
『どこへ?』
アポロニウスの質問にあたしは少し考えて。
「桜月へ」
「桜月……ですか?」
「そ」
行きたいだけだろといいたげな薄に軽く返す。
でもそれだけじゃない。
分からないのなら、直接聞けばいいだけのこと。
「『昔の事』を知るためにね」
いざ、桜咲く国へと。