【第二話 彼らの思惑】 2.当座の心配
「さてこれからどうしよっか」
あたしの言葉にイヤリングからあきれ気味の声が聞こえる。
『考えてなかったのか?』
若い男の声。名前はアポロニウス。
どういう因果か知らないけれど、遠い昔にこのイヤリングに精神を封じられたらしい。
こいつを真人間に戻すのが今のところのあたし達の目標。
「公女らしいですねぇ」
のほほんというのは黒目黒髪の青年。年はあたしと同じ十八。
優しそうな風貌に反して腹の中はとことん黒い。
「薄……慇懃無礼ってコトバ知ってる?」
「ええ。私みたいな人のことですよね?」
「自覚があるのがいいのか悪いのか……」
彼は薄・矢羽。で、またの名を薄・フォリウム・スノーベル。
名前から分かるように彼もうちの一族。
当然のことながら曲がりなりにも『公爵家の令嬢』であるあたしが一人旅。
という案はあっさり却下された。
ただの旅行ならまだしも、狙われてる可能性がある以上は、魔法もろくに使えないあたしじゃ危なすぎるということらしい。
反論できないのが悲しいなぁ。
まぁ薄はもともとあたしの『剣』だから――スノーベルの本家には一人につきそれぞれ『剣』と『盾』と呼ばれる護衛がいる――どっちにせよついて来るんだったんだろうけど。
「でもどうしよか? 魔法協会とかで調べられるものかな?」
「どうでしょうね? そんな資料があるのならとっくに調べられてるはずだし」
『そんなものがあったらとっくに私は用済みだな』
アポロニウスは何者かに狙われているっぽい。
本人――が聞かされたらしい――曰く。
『何者かにささげるため』だそうだけど。そこのとこもあやふやだし。
「そうよね……一般には開放されてない資料かもしれないけど……そうなったらあたしも見れないし」
シオンなら見れるかもしれなかったな。
出来のいい弟の顔を思い浮かべ……すごく怒るだろうな……とも思う。
書置きして出ただけだしねぇ? 今はまだ奴は学校の時間だし。
「ま、とりあえず移動しましょっか」
今までずっと家の前で立ち話をしていたのだ。
誰も通るはずのない森の中とはいえ、コレはまずいだろう。
「こっちこっち」
先頭にたっていくあたしに薄が声をかける。
「どこに行くんですか?」
「隠れ家♪」
そうしてあたし達は家の周囲を取り囲む森へと足を進めた。
「意外に冷静ですね……」
独り言のように呟く薄に、後ろも振り返らずに言う。
「いくらあたしだっていきなり旅立つようなバカな真似しないわよ」
旅をするにはお金がいる。パスポートもいる。
パスポートはあるにしても正直言って現金は心もとない。
家は元々そこまでお金持ちじゃあないし。
お金に変えられる魔封石は、あたしが魔法を使うには絶対要る物だし。
何とかして旅費を浮かす方法を手に入れないと。
「行き先決めるまでは出ないって」
『書置きしておいてか?』
う……アポロニウスまで突っ込むか……
「しておいても、よ」
薄は何食わぬ顔でいるけど、笑ってる思いっきり笑ってる!
見られているのに気がつくと彼は咳払いをしてそ知らぬ顔をする。
「で? どのあたりに?」
「もーすぐよ」
木々の間を抜けて、現れた白い石にぽんと手を置く。
それからしばらくいくと、森の中には不似合いな豪奢な屋敷が現れた。
赤い屋根に大きな窓。扉には複雑な彫刻が施してありクラシカルな雰囲気をかもし出している。
家の方に比べたら新しい感じはするけどね。家、城だし。
『ここは……』
アポロニウスが呆然とした声をだす。
「まぁあれだけ広い森だと中には色々あるものなのよ♪」
「立派な屋敷ですね」
うん。使ってないのがもったいないくらい。
「だーいぶ昔には別荘として使ってたらしいわよ。
元々も貴族の別宅だったみたいだし?」
「まずは掃除から……ですか?」
嫌そうに言う彼にあたしは首を振る。ここの掃除ならあたしだって嫌だ。
「んーん。建物の精霊のブラウニーがいてくれるからばっちり管理してくれてるの♪」
改めて屋敷を見上げ、玄関へと向かう。カギはかけてない。
こんなとこまで来る人間なんかいないし。
とりあえず部屋に行ってソファに腰掛ける。埃は立たないしソファの感じも埃を被っているような感じはまったく無い。いい仕事してくれてるなぁ。
「昔はよくここに隠れて遊んだりしてたなぁ。天体観測したりして」
従妹達と一緒に肝試しとかしたりして。
「そんな遅くまで遊んでて何も言われなかったんです?」
「おばーちゃんは千里眼よ。それにうちの敷地内だし」
よそに行ってるわけじゃないから特に何も言われなかった。
あたし達の話についていけないのかアポロニウスは沈黙を守っている。
「じゃあまぁしばらくはここを拠点にするってことで問題ない?」
反論も意見も出なかったのであたしは話を進める。
「とりあえずやらなきゃいけないことは旅の準備と資金調達。
そして目的地を決めること。手当たりしだいめぼしい資料あたって決めないとね。
荷物の準備に関しては薄に任せるから」
「はっ」
「ここにあるもので使えそうなものは持ってっていいって許可は貰ってるから。
邪魔にならない程度に詰めて」
「公女はどうなさるんです?」
言外にサボる気か? と聞いている。そうしたいのは山々だがそうも行かない。
「ちょっと資金に関してあてがあるからそっちにいくの。
あとは一応資料あさってみる予定」
魔法協会に所属しているのはあたしだけだし、関係者以外立ち入り禁止って場所も多いし薄はついてこない方がいい。まぁ協会にいく分に関しては護衛も必要ないだろうし。
人目のある場所では襲ってこないだろうし。来たらきたで正当防衛が成り立つ。
なにより、手出しのしにくいところに行くんだし?
イヤリングを取り外してテーブルの上に置く。
「万一ってこともあるからアポロニウスは置いていくね。留守番してて」
『ああ』
言葉をちゃんと聞いていたのかいないのか……うつろな声で彼は答える。
気にはなったけど、あたしは取り合えず屋敷を後にした。