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「秘密に決まってんじゃん、そんなのさ」

「お土産です」
 そっけもなくそういって差し出された饅頭の箱に、鎮真は顔をほころばせた。
「お。いっちょ前に気が利くようになったな」
「師匠から常々言われてましたからね」
 少し腐れたように言うのはアポロニウス。
 未だに鎮真との距離のとり方が分からなくて、丁寧口調ながらもどこか気取った感じになってしまう。
「それに、今回の旅行は鎮真さんのおかげで行けたものですから」
「楽しんでくれたなら何よりだ。いい宿だったか?」
「ええ。温泉も料理も宿の雰囲気も良かったです」
 新鮮な野菜と鍋料理は美味しかったし、部屋も清潔で、何より温泉は気持ちよかった。
 最近ずっと仕事尽くめだった分、すごくゆっくりできたことがありがたい。
 このお土産だってアポロニウスが代表で渡しに来ただけで、シオン達全員から感謝を伝えて欲しいと言付かってきている。
 だが、鎮真はアポロニウスの顔をまじまじと見て、不思議そうにもらした。
「それならいいんだが……何でそんなに疲れてるんだ?」
「……聞かないでください」
 温泉に入って疲れもとれて、ガードが弱くなっているところに、酔っ払ったコスモスの言いがかり同然の説教が二時間。
 これで疲れるなというほうがおかしい。
 それでも朝風呂を浴びて少しは立ち直った方だというのに。
「疲れを癒すために行った場所で、心労つくったか」
「分かってるなら言わないでください」
 しみじみと言われて、ますます哀しくなって来る。
 キッと見据えれば、送り出してくれたときと変わらないと思っていた鎮真も微妙に違う。
 落ち込んでいる――とは違う、でも疲れているように見える。なんというか、少し眼が据わっているし。
「鎮真さんこそ、私達のいない間なにしてたんですか?」
 アポロニウスの問いかけに、鎮真はわずかに硬直した後。
「……家庭の事情だ、聞くな」
 そっぽを向いて、そう重々しく答えた。

相手の話が聞きたいならば、自分から話すべし。(07.12.05up)

「もうすぐだから」

 重い雰囲気の鎮真を見るのは久々なので、少しからかってみようとアポロニウスは再度口を開く。
「家庭の事情……って、鎮真さん結婚されてたんですか?」
「してない。悪かったな未だに独身で。なんでそうなるんだ」
「つい連想で」
 どんな連想だかと呟きつつ、鎮真はしぶしぶ口を開く。
「家だけじゃなくて他所にも関わることだからな、頭が痛くって仕方ない」
 咲夜を引き取るべきか否か。彼女の父方と母方――鎮真はこちらの身内――どちらが引き取るべきかで大いにもめている。厄介者は引き取りたくないという者と、家の繁栄のために駒として引き取ろうとする者と……
 どうすれば、どうしたら咲夜は幸せになれるだろうか?
 そんなことを悩んでいる鎮真の耳に聞こえたのは。
「ああ。ようやく師匠にプロポーズを」
 ぽんと手をうち、納得したようなアポロニウスの声。
「だからどうしてそう話が飛ぶ? スノーベルじゃあるまいし」
 かつての弟子の名を出して呻く。出来るものならとっくにしていると声音に込めて。
 女子は色恋沙汰の話が好きだ。しかし、こいつまでそうだったとは知らなかった。
「人にそう聞いてくるということは、結婚の予定でもあるのか?」
 探るような問いかけに今度はアポロニウスが眼をそらす。
「コスモス……だったな。彼女の名前は」
「予定はありませんよ。今のところは」
 一応反論を試みるアポロニウス。
 彼女に対する気持ちは、恋愛なのか友愛なのか分からない。
 唯一つ分かっているのは――これからもきっと、頭が上がらないだろうこと。
 この体だけじゃなく、彼女のおかげで取り戻すことが出来たものはとても多い。
「それで、鎮真さんは? そっくりそのままお返ししますが」
「前途多難だな。ライバルが強力すぎて、未だに口説けてない」
 話題を変える気はないらしいアポロニウスの問いかけに、鎮真は素直に答えた。
 そう、強力すぎるライバルのせいで今日までほとんど何も出来ていない。
 もっとも――家や立場に囚われて、行動に移さなかったのも確かだけれど。
「なんだ、その不思議そうな顔は」
「否定されると思ってましたから」
 まだどこか釈然としない様子の若者に、見た目だけは若い鎮真が苦笑で応える。
「無視して、否定して、諦めて――
 それでもどうしようもなかったら、認めるしかないだろう?」
 立場に囚われているのは彼女も同じ。
 そしてその鎖は自分のものより固く重く、棄てることも解き放たれることもない。
 知っていて、ここまで想い続ける自分はマゾだろうかと思うときもある。
 まったく望みはないこともないと思いたい。
 いつか、届く日が来ると信じて――本当に来るのかと疑いながら。
 かすかな望みを胸に抱いて。
 鎮真の言葉に何を想うのか、沈黙したままのアポロニウスにこうも告げた。
「とはいえ、認めたら認めたで周りからお膳立てされるのはどうかと思うが」
「それはよーっく分かります」
 やたらと力が入っているあたり、アポロニウスも同じような目にあったらしい。
「まあつまりは見てられないって事なんだろうからな。
 面白がってる面もあるだろうが――それだけ応援してくれる相手がいるってことだ。
 あんまり邪険にはしないようにしてる」
「善処します」
 諦めもはいっているが真摯な鎮真の言葉に、アポロニウスも神妙に返す。
 多分、この感情にしっかりとした名前がつく――つけるのも、あと少し。

必ず答えを出すから。(07.12.05up)

お題提供元:[台詞でいろは] http://members.jcom.home.ne.jp/dustbox-t/iroha.html