親愛なる友へ
躍起になっていた。
絶対に見つけるんだ。見つけないと。
ポーラのいた修道院。
立派なものじゃなかったし建物もすごく古いけど、修理しながら大事に使われていて、それがとても大好きだった。
でも今は……
焼け跡にぽつんと小さな人影が落ちていた。
年はどうみても十歳に達していない小さな子供。
どこで引っ掛けたのか、服のあちこちがほつれている。
しかし少女はそれを気にしたふうもなく、地面を必死に探している。
灰をどけて土を掘って、泥で汚れながらも一心不乱に。
探し物は友達からもらったもの。
『宝捜し』と称して隠されてはいるけど、あれは間違いなくユーラに宛てたもの。
彼女と別れてもう何ヶ月かがたつ。
ここに立ち入る事が許されるようになってから、いろんな人の目をかいくぐって毎日のように探しているけど、いまだに見つからない。
ああもう。どこに隠したんだよ。
出来る事なら聞きたい。会って話をしたい。
でも。肝心の彼女は生きているかどうかさえも分からなくって。
だからこそ、どうしても見つけたい。
見つけなきゃいけない。
手を止めると、途端に淋しさが起こってきて慌ててまた探し始める。
ポーラはユーラと違っておとなしい子だった。
初めて会った時のことは良く覚えてる。
ふわふわしてきらきら光る髪なんてみたのは初めてだったし、吸い込まれそうな紫の瞳も印象に残った。
こっちもボーっとしていたけどポーラのほうも人見知りするのか、アースの背に隠れたままだった。
ポーラと遊ぶのは楽しかった。木登りもしたし子供だけで森に入ってみたりもした。
他の子とじゃ絶対に出来ない事だった。
それなのに。
「どこにいるんだよぉ」
ぽとり。
また一つ地面に小さなしみが出来る。
見つからなかったらどうしよう。
もう会う事が出来なかったらどうしよう。
不安ばかりが募って。
そして今日もまた、日が暮れて家に戻る。
「結局どこで見つけたんだっけ?」
一枚の古びた封書を手にユーラは呟く。
預けていた荷物が戻ってきて、その整理の最中にこの手紙を見つけて、ついつい長い時間手が止まってしまっていた。
結構長い間探し回っていた記憶はあるけど。
まあいいか。今こうして持っているし。見つかった事には変わりないんだから。
くすりと笑って手紙を読む。
つたない字で書かれたそれは、とても心のこもった手紙で。
最後の一文まで目を通し、手紙を手にユーラは立ち上がる。
ポーラはこの手紙の事を覚えているかな?
毎日毎日忙しいけど、たまには思い出話に花を咲かせたって良いだろう。
ご機嫌で廊下を足取り軽く行く。
手紙の最後の一文は、こう締めくくられていた。
『ずっとともだちでいてください』
未来のわたしに
「これ、なーんだ?」
そう言ってユーラが差し出したのは一枚の封筒。
ポーラは訳がわからなくて、ペンを持つ手を止めてきょとんとする。
見てみて? と差し出されたそれを、とりあえず受け取る。
大分古いものなのか、あちこちがかなり汚れている。
表書きにはつたない字で『ユーラへ』と書かれていた。
「ユーラあての手紙?」
聞いてみても、彼女はただ楽しそうにニコニコしているだけ。
何か良い手紙なんだろうか?
大分古いものには間違いないだろうけど……というか、なんだかこの字、見覚えがあるような?
そこまで考えて、ようやく思い出す。
「私の手紙?!」
「そう。よく見つけたろ?」
確かに小さいころに、ユーラあての手紙を書いた。
ただ渡すだけじゃつまらなくって、宝捜しと称して探してもらったような……気がする。
「ちゃんと残ってたのね」
確かこれを隠したのは……十年以上も前のはず。
そう思っていった言葉に、ユーラは苦笑交じりに言う。
「違う違う。見つけたのはずっと前だよ。
旅に出る前に大事なものとか、いろんなものを母方の実家に送ってさ。
今日それが戻ってきたんだけど、その中にあったんだ」
「でも、ちゃんと残しててくれたんでしょ? ありがとう」
中を開かずにそのまま手紙をユーラへと返す。
何を書いたのかはよく覚えてないし、知りたいのは山々だけど……やっぱり読まないことにする。破りたくなるような内容だった場合困るし。
そのあとは多少昔話をして、ユーラが帰ってからは仕事に戻った。
そういえば。
ペンを走らせつつ思う。
確かもう一通手紙を書いた。
でも、どこに隠したかしら?
考え出すと止まらない、気になって仕方が無い。仕事が全然手につかない。
「……探してみようかな」
丁度見張ってるような人はいないし、この仕事だって急ぎのものじゃない。
今日一日探してみて、駄目だったら諦めよう。
それなら良いよね?
自分にそう言い訳をして、身支度もそこそこにポーラは部屋を抜け出した。
目的地はかつて住んでいた場所。
修道院の在った場所。
足を踏み入れて、思わずため息が出る。
記憶にあるものとまったく違う、その景色。
焼かれてしまったのだから仕方ないけど。
「えーと……どこに隠したんだったかしら」
必死に記憶をさらってみるが、隠したのは五歳位の時。
はっきり覚えている方が不思議だ。
「建物の中じゃなかったはず……でもあの頃の私が一人で行けた場所は限られてるし」
独り言が多くなってしまうのは仕方ない。
むしろ口に出したほうが考えがまとまりやすいし、誰も聞いてないからよしとしよう。
「埋めたんじゃなかったはずだけど」
埋めようとしてアースに止められた。と思う。
ぐるりと周囲を見渡してみる。
後で見つけるつもりだったのだから、絶対何かを目印にしたはずだ。
目立つようなもの……
きょろきょろ見渡すと、ひときわ大きな木が目に入った。
「あ」
思い出した。あれだ。あの木が目印だった。大きな木だから目立つと思って。
近くまで寄ってみて、木の周囲を探す。
「この木の近くのはずなんだけど……」
ふと、かすかな魔法を感じた。
「?」
きょろきょろと辺りをうかがう。
攻撃のようなものではないし、結界のようなものでもない。
なんだろう。
魔力の残滓を手がかりに、気配のする方を探ってみる。
「木の上?」
本当にかすかなものだけど、上のほう……丁度自分の背よりほんの少しほど高い辺りから感じる。
木を見上げて、よしっと気合を入れて、ポーラは幹にしがみついた。
この年になって木登りをする羽目になるなんて考えてなかったけど。
ズボンで来たのは正解だったみたい。
太い立派な木なので折れる心配は無いが、数年ぶりの木登りはやっぱり緊張する。
大分登った気でいても、下を見ると地面はまだ近い。
次の枝をつかもうと伸ばした手のすぐそばに、うろがあった。
気配はそこからしている。
手探りで探すのは怖いので、うろが覗ける位置まで登ってから中を確認する。
「あ」
中にあったのは一通の手紙だった。
そうだ。腐食しないようにとアースが魔法をかけてくれたんだった。
手紙を取り出して、早速封を切る。
どきどきしながら手紙を開いて、ゆっくりと読み進めた。
『おげんきですか。わたしはげんきです。
いまのわたしはしゅうどういんにすんでいます。
アースといっしょにべんきょうしてます』
それらはつたない字で書かれた手紙。
子供の自分が、未来の自分に宛てて書いた手紙。
今思えばたいした事無い事が、まるで大事件のように書かれている。
十年ちょっと前の自分はこんな事を考えていたんだと、微笑ましくて恥ずかしくて。
長い長い手紙を読み終えると、日がもう傾き始めていた。
早く帰らないと。
懐に手紙を丁寧にしまって、慎重に木から降りる。
城への帰り道、空を見上げて思う。
もう一度手紙を書こう。
十年後……二十七歳の自分に宛てて。
小学生の頃の文集を大人になってから読むような気持ちで。
たまに突っ伏したくなるようなものが出てきますよね……(05.06.01up)
触れる指先
はるか彼方まで広がる広大な大地。緑豊かな農業国家。北の雄と呼ばれるセラータ。
ここにポーラたちが戻ってきて半年が過ぎた。
戦災によって受けた傷もまだ痛々しいけれど、街は少しずつ復興し活気付いている。
こういうとき、人間てすごいなって思うわ。
書類を書く手を止めてポーラは大きく伸びをする。
「もう半年経ったのね」
いつも、ふとしたときに思い出すのは旅をしていたときのこと。
楽しいことばかりではなかったのに、今思い返すと楽しかったことのほうが多いように思えるから不思議だ。
そうして思うのは今現在のこと。一緒に旅した仲間は元気にしているだろうかとか、もうそろそろアースがひょっこりと遊びにきてくれないものか、とか。
他には……
「ほっといてくれっ!」
大声がしたかと思うと部屋の扉がものすごい勢いで開閉する。
閉めた扉に背をつけて、ユーラは大きなため息をつく。
「また?」
「ったくしつこいったら」
うんざりしたポーラの問いかけに、吐き捨てるように応じるユーラ。
頑丈な扉の向こうからは「せめて話を」「少し時間を」だのという声が複数聞こえる。
すべて男性のもの。
それらを聞いてポーラも苦笑する。
帰国後、彼女らの名声は止まる事を知らず上昇中である。
救国……そして戦乱を収めた英雄として。
かつて騎士団に所属し、一部隊を率いたユリウス・レアルタの娘と、王家傍流の流れを汲み、各地に名声を誇るアルタイル将軍の一人娘。
彼女らと懇意になる事は多くの者の望む事。まして年頃の娘でもある。
その結果が扉の向こうの現状である。
求婚者や自称恋人・婚約者。ありとあらゆる方法で近寄ってこようとする。
それでも、父親達の厳しい監視ゆえにこの程度で済んでいるのだろうけれど。
ユリウスの『娘と付き合いたければ自分を倒してみせろ』といわんばかりの行動が抑止力として働いているのは確か。とはいえ、それでおとなしくなるような連中でもないが。
「あ~もう。鬱陶しいったら」
ユーラの怒りももっともである。逆にポーラはそんな実感はあまりないのだが。
父の迫力のせいもあるが、『英雄』といえど所詮『ミュステス』という見方もある。
侮蔑の対象となっていた存在への意識をそんなに簡単に変えられるものだろうか。
ユーラは扉のほうをにらみつけて長い長いため息をつく。
その瞳に別の色が映った様な気がして、扉の向こうが静かになったのを見計らって、ポーラは問うてみる。
「でも『恋』ってしてみたくない?」
「そっかぁ?」
「うん」
気のなさそうに返事しつつも、ユーラの顔はどこか赤い。
「今まではそんな状況じゃなかったし……見てると幸せそうに見えるし」
特に目の前の親友とか。いっつも文句言いつつもその表情は柔らかで。
幸せになってほしい。自分の分まで。
想いは口にせずに、にっこりと見つめる。
「そーいうもんか?」
「そういうものじゃないのか?」
どこか不満げなユーラの答えに、楽しげな響きを込めた男の声が問い返す。
「ってめ!」
弾かれたように振り向けば。窓の外、大きく張り出した木の上で笑いをこらえてる一人の男性。柔らかな光を宿した海老茶の瞳。鮮やかな赤髪とそれに良く映える白い法衣が風に遊ぶ。
「どっからきやがるっ?!」
「ドアからじゃ無理そうだったからな」
よいしょといいつつ窓から部屋に入るラティオに、指を突きつけてわめくユーラ。
自分で望んだのか左遷されたのかは知らないが、今現在ラティオはセラータ首都セーラのソール教会の責任者として赴任している。
一方部屋の主の方は、警備はなにをしているんだろうと考え込む。
まあ、普通聖職者が窓から出入りするとは想像していないから仕方ないのかもしれないが。
机をはさんでポーラの前まで来てラティオは一礼し、笑みを浮かべる。
「久しぶりだなポーラ。ユーラを借りていくぞ」
そのまま返事も待たずにユーラの手をとり、部屋を出る。
扉の外からユーラの叫びと求婚者達の絶叫が聞こえるがそれもいつもの事。
ポーラはため息一つついて散らばった書類をまとめる。
今日の様子が伝われば……少しは周りも静かになるだろう。
『求婚者』はユーラ目当てが多いのだから。
今年でポーラは十八歳。この国では結婚適齢期にあたる。
しかし自分は結婚することはないだろうこともポーラは思っていた。
「だって『ミュステス』だもの」
口から漏れた言葉は、自分が思っていたより重く、痛いものを含んでいて。
仕事のし過ぎで疲れたのかしら。
しばらく休憩をとることに決めて机の引き出しを開ける。
書類を納めようとしてあるものに気づき、それを手にとる。
細かな花の細工があしらわれた腕輪。花舞う祭りでもらったもの。
これを手渡されたときの様子を思い出して苦笑する。
青い花。それが意味するものを知らないから、あんな簡単に渡したんだろう。
ちゃんと答えることができないからって、あんな方法をとった自分も自分だけれど。
小さなころとこの腕輪とで、二回プロポーズされた事になるのよね。
ついつい顔がほころぶ。
でも――
「針千本、飲まなきゃ駄目かな」
こてんっと机に頭を預ける。冷たい木の感触が心地よい。
置かれたままの腕輪を手を伸ばしてつんとつつく。
覚えていて欲しい。忘れていて欲しい。
相反するけれど、どっちも本当の自分の想い。
だからこそ自分からは何も言わない。
親友の姿に、ありえたかもしれない未来を重ねるだけ。
「いいなぁ……」
私は『ミュステス』だもの。
口から出る憧れの言葉とは逆に、心の言葉は凍てついていた。
対して、セラータから南東に下ったアージュでは。
「兄上。これ追加分」
言葉と共に、音すら立てて書類が山積みにされる。
手にしたペンを握り締めてノクスは呪詛の如く呟いた。
「……いい加減にしろ」
「今はどこも人手不足! 仕事は山ほどあるんだからとっとと片付けてくださいね」
どさどさと机の上に書類を山積みにされて腹も立つのは分からなくもないけれど。
一応は同意を込めて言うのは、ノクスと同じ黒目黒髪の青年。
顔立ちは、全体的に弟の方が人好きがして柔らかい印象を受ける。
優雅に椅子を引いて机に向かい、自分の分の書類を片付けつつ兄に説教する。
「昔はよく机に座って勉強してたんだから。
あのころの宿題より少し多い程度だと思えばたいしたことないでしょう?」
「こういうのは性に合わない」
ぷいと答えるが、別にノクスは勉強が嫌いな訳ではない。
自分の興味のある事柄なら夜を徹してでも調べ物を続けるタイプだから。
無論それを知っているレイはさりげなく切り返してくる。
「その割には『すこしかじっただけ』の兄上の星読み、よく当たりますよね」
「……偶然だろ」
書類整理など当分してなかったのだ。文句言うくらいいいじゃないか。
アージュの男子は、一定の年齢を過ぎたら見聞を広めるために旅に出ることが許される。戦時中故に国を離れなかったレイと違い、ノクスは通例よりも早く旅に出て、その生活に慣れきっていたのだから。
ぶつぶつ言いつつも手は動かす。乱雑な字にならないように一応気をつけてペンを走らせ、新たな書類を手にとる。
「仕事外の書類も混ざってるぞ」
不機嫌な口調で弟に言えば、レイは一瞬だけ顔をあげてつまんなそうに答える。
「それ? お見合いの申し込み」
ため息一つ。書類の正体が分かれば対処はひとつ。
「うわ~もったいない」
流石に音で気づいたか、小さくなっていく紙切れにレイは同情の眼差しを向ける。
「会うくらい、せめて見るくらいしたっていいのに」
「会ったら断るのが面倒だから嫌だ」
「断るのは決まってるんだ」
会うくらいならいいじゃないかと思う。会ってみないと分からないのに。
何より自分には見合いなんて話は少しもこないのに、この兄ときたら。
「どこに受ける必要があるんだ。あいつがいるのに」
不思議でたまらないといったその言葉。顔は不機嫌そのもの。
兄の顔をじっと見て、弟は深い深い息をつく。
ま、こんな人間相手に見合い進める事が間違いか。
諦めて再び書類との挌闘に入る。
『十八歳になったら、お嫁に来てもらうんだ』
小さいころから何度も聞かされてきた言葉。兄は許婚に心の底から惚れているのだ。
「相変わらず、か」
「何かいったか?」
「いいえ? しつこいとか、そこまでだと気持ち悪いとかなんて言ってませんよ」
「今なんて言った?」
しまった失言。これは怒り出さないうちに退出するに限る。
「何も。資料取りに行くけど、入用のものあります?」
「今はない」
「じゃあいってきます」
そそくさと出て行き、ぱたんと閉められた扉を見やって深いため息。
『彼女』のことでからかわれるのは昔からのことだけど、問題は最近特に多くなってきた見合い話。
いい加減断るのも疲れてきた。
首からさげた紐を手繰って、香り袋を取り出す。
もう香りはほとんど残ってないけれど、手放すわけにはいかない。
かといって香を詰め替える気もないけれど。
今、中にしまっているのは別のもの。親指の爪ほどの大きさの闇色の石。
布ごしに指先で触れる。自らの体温で温もってしまったけれど、芯はまだ冷えていて……その冷たさが心地よい。
元気でいるかな。忙しいのかな。……泣いてないよな?
「あと四ヶ月か」
これまでにないほど待ち遠しい誕生日。
十八になったらようやく彼女を娶ることが出来る。
そのために越えるべき高い壁もあるのだけれど。
となるとさっさとこの仕事を終えて鍛錬したほうがいいか。
「あと四ヶ月」
呪文のように呟き、ノクスは掛け声も新たに書類の山へ取り掛かった。
直接的な表現よりもバカップル度が上がっているような気がするのは気のせいでせうか?
テーマ・「小道具は無駄なく使いましょう」(ヤケ)
ポーラはともかくノクス君ずいぶんと一途。幼い頃からの刷り込みは有効なようです。(05.05.18up)
「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/
「未来のわたしに」と連動で思いついた話。
「タイムカプセル埋めた」とか聞くとやっぱり羨ましいです。(05.06.08up)