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月の行方

声を聴かせて

 最初に目を引いたのは鮮やかな金の髪。
 そして惹かれたのはその溌剌とした声。

「ユーラ?」
「何だよ」
 声をかければ不機嫌ながらも返される声。
 気がたっているのも仕方ない。これから向かう場所を考えれば。
 戦の最前線。
 本当はこんな事などしている暇はないのかもしれない。
 でもこれから命を預けあう事になるからこそ、コミュニケーションは大切だ。
「いや、珍しい名前だと思って」
「そーだけどさ」
 鈴を振るようなとはとても言いがたい。
 物言いは粗野なのに、態度はどこか高潔で。
 最初に会ったときからそうだったなと思いなおす。
 花舞う祭で逢った時。
 強引に引っ張ったあの柔らかな手は、いまは硬い篭手に覆われている。
「作戦の説明をする。部屋に集合だそうだ、他にも伝達を頼めるか?」
 答えを聞かずに背を向ければ、言葉が背中にぶつかる。
「お前は誰だ?」
「は?」
「名乗れって言ってるんだよ!」
 言われてようやく思い当たる。
 ああ。そういえばまったく名乗っていなかったか。
 あの時も、今も。
「ラティオだ。ラティオ・フィデス司祭。じゃあ伝言は頼んだぞ」
「分かった」
 今度はユーラのほうが先に背を向ける。
 その背を見送って、思わずため息が漏れる。
 随分厳しい顔をしてるな。
 あの子の……ポーラのそばにいるときにはそれでも少しは柔らかい表情なのに。
 風に吹かれて、木の葉が一枚舞い降りる。
 刹那思い出される祭の一幕。
 くるくる変わる表情。それにあわせて変わる声音。
 それがなぜかとても愛しくて。
 もっと話がしたいな、と思った。

「あたしの顔になんかついてるのか?」
 気がつけば、不機嫌そうな顔でユーラがこちらを睨んでいる。
 右手に持ったフォークがふるふる震えている辺り、見られてると食べづらいということなのだろうが。
「ううん? パッチリとしたマラカイトの眼と、桜色の唇と」
「うるさい黙れ」
 言い捨てて、にんじんのソテーを一口かじる。
 そんな二人のやりとりを見て、ノクスは地図を丸める。
 まったく毎日毎日飽きずによくやるものだ。
 ……見せ付けられてると思うのは被害妄想だろうか?
 ポーラを伺えば、もう止めるのも諦めたらしく、パンをちぎって口に運んでいる。
 コレが始まった以上、食事に専念するのが一番。
 仲間の意見は一致するほど繰り返された彼らの『日常』。
「何でそんなにかまうんだよ」
「ユーラの反応が楽しいから、かな」
「あたしは見世物じゃねえぞ」
「その騒がしさで何を言って」
 ノクスは小さく呟いたつもりだったのだろうが、ユーラは立ち上がってがなる。
「誰が騒がしいかっ」
「だからユーラだって」

脇役カップルの方が書きやすいとは如何なものか。多分ギャグにもっていけるからかなー。
主役達の方は本編で……書かないと……ねぇ……
もっとたくさんの声を聞かせて?(05.02.09up)

ささやかな幸せ

 出来ればもう少しこのままで。

 にぎわう街の中を旅装束の四人が行く。
 快活に歩いているのは金髪の少女。
 時折後ろを振り返っては、連れになにやら笑いかけている。
「大きな町だな~。あ! 干し杏がある!」
「ちゃんと前を見て歩かないと、人にぶつかっちゃうわよ?」
「へーきだって」
「もちろんだ。ユーラにぶつかるような相手を許してたまるか」
 その一言にユーラは斜め後ろの赤毛の男性をジト眼で見る。
 ラティオ・フィデス。こんな発言するものの、正真正銘主神ソールの司祭である。
「偶然を装って柔肌に触れようとするような輩には、実力行使も辞さないぞ」
 胸をはっていうような事か……
 頭痛を感じつつも、言葉には出さずに深いため息をつく。
 こういう奴は無視するに限る。
 口を開けば、屁理屈を並びたてられてうやむやにされるに決まっているのだから。
 ユーラの対応にラティオは彼女の顔を覗き込んで問い掛ける。
「そんなため息ついちゃって。どこか調子悪い?」
「……誰のせいだと思って」
 ぼそりと呟いたユーラに、しょうがないなぁとかいいつつ満面の笑みでラティオは彼女の背に手を回し、すばやく横抱きをする。
「俺のせいっぽいから、責任持って宿まで運ばせていただくよ」
「何でそうなるッ こんな道の往来で抱き上げるなあっ」
 当然の如く騒ぐユーラを相手に、ラティオはどこ吹く風。
 ほんの少しずつ距離をとっていたポーラは、完全に野次馬の中に消えていて助けは求められない。
「下ろせーっ」
 ……ごめんねユーラ。
 親友に心の中で謝罪して、ゆっくりと野次馬の壁から抜けて道の端まで辿り着く。
 元々注目される事は苦手だし、あの状況で『仲間です』といった顔でそばにいるにしても辛いものがある。
 もっとも、そうやって逃げたのは何も彼女だけではないわけで。
「何か要る物あったか?」
 彼女の隣に立ったのは戦士風の黒髪の男性。その視線は、いまだに聞こえてくるユーラの怒号とも悲鳴ともつかない声のする辺りを向いている。
 姿はすでに見ることは叶わないが、大暴れしている親友の様子が簡単に目に浮かぶ。
「包帯とか薬草とか……保存食も買い足したほうがいいかも」
 一時的に別れる事になるが宿で合流すればいい話だし、先に必要なものを買い足した方がいい。
 元々それが目的で町に寄ったのだし。
 あれだけ騒ぎになれば、どの宿に泊まったかなんてすぐに分かるだろうということもある。
 歩き出したノクスについて行きながら、ふと思う。
 ラティオとユーラ。ノクスと自分。
 いつからそんな風に分かれるようになったのだろう。

 買い物を終えて道行く人を捕まえて二人が向かった宿を聞き出し着いてみれば。
 部屋の入り口で二人がにらみ合っていた。
 ユーラのほうは視線で人が殺せるんじゃないかってくらいのひどい表情で、両手でドアを押さえつけて。ラティオのほうは顔は笑っているけど目は笑ってないよって顔で、そのドアのノブを掴んだまま。
「……何してるの?」
 二人の迫力に、ノクスの背に隠れたい衝動をどうにか抑えて問い掛けたポーラにちらりと視線をやって二人は答える。
「ここの宿、一人部屋が二つしか空いてなかったんだよ」
 そんなことは今までになかったわけじゃないからポーラは眉をひそめる。
 逆にノクスはそれだけで事情を察したらしく、聞こえないように馬鹿かと呟いた。
「ポーラ。部屋割りは、俺とユーラで文句ないな」
「え?」
「あほかっ 男女に分かれるに決まってるだろ!」
「そういう固定観念に縛られるのは良くないなぁ」
「んな訳あるかっ」
 ドアを開けようとする者と、開けさすまいと粘る者。
 ……めまいがするってこういう事なのかしら?
 どのくらいボーっとしてたのかは分からないが、ドアの閉まる音で我に返った。
 目の前の二人の攻防はいまだに続いている。
 ポーラは二人と、今しがた閉められたドアとを見比べて。

 ノックをしてドアを開ければ、ノクスは鎧をはずしている最中だった。
 やっぱり来たか、といった表情でポーラを見て、備え付けの椅子を示す。
 ちょこんとイスに座ってポーラはぼんやりと外を眺める。
 暖かな日差し、人々のざわめき。時折吹き抜ける風が気持ちいい。
 そうして視線をノクスに向ける。
 あんな鎧をずっとつけていて重くないのかな、とか思って見てたら目が合った。
「何か変か?」
「ううん。なんでもない」
 ちょっと不審そうな顔をしてノクスは防具を片付けて、ポーラと向かい合う形でベッドに腰を下ろし、苦笑する。
「毎度よく懲りないな」
 誰のことか考えるまでもない。
「本当」
 同じように苦笑して、ささやかな疑問を述べてみる。
「あまり騒ぐと追い出されるんじゃ?」
 ドアの向こうからは声は聞こえてこないものの、殺気にも似た気配がする。
 いまだにいがみ合っているのだろうか?
「あいつらだけな」
 騒ぎに自分達は関与していない。だとすれば追い出されるのはあの二人のみ。
 自分達がしでかした事だ、他の宿を探せばいい。そういうことだろう。
 くすりと笑いつつも反論はしない。
 別の話題を振れば、言葉少なではあるものの返事はちゃんと返ってきて。
 ユーラが知ったらなんと言うだろうか?
 こうやって彼女たちの喧嘩から逃れるふりをして、ちょっとした会話を楽しんでいる事。

これを書いた段階で吹っ切れたと言うかなんと言うか。
自分自身に「書くぞ書けよ書くんだぞ」と言い聞かせた、きっかけの話です。
のお題のコンセプトは「目指せ! (一昔前くらいの)少女マンガ」だったりします。(05.03.09up)

ロマンチストの横顔

 ガラス細工にふわふわしたドレス。宝石に香水。髪飾りや指輪。
 店先に飾られたそれらに見入る女性は多い。
「綺麗ね」
 きょろきょろとそれらを眺めてポーラは言う。
「あれなんかポーラに似あうよな」
「そう?」
 きゃいきゃいと騒ぎつつ店先を見て回る女性陣に対し、男性陣は少し離れてその様子を観察している。
「あれ絶対周り目に入ってねぇよな」
「スリなんかに気をつけないといけないんだがな」
 ノクスがポツリと呟けば、ラティオも似たような反応を返す。
 人通りの多い場所で無警戒すぎるのは困りものだ。
 そんな会話をしているうちにポーラが率先して戻ってきた。
「お待たせ」
 女性の買い物はとかく時間がかかる。だというのに。
 予想外の早さにラティオは思わず問い掛ける。
「もういいのか?」
「なんで? 宿も決めないといけないし、保存食の買出しとかやる事もあるでしょ?」
 心底不思議そうに言うその表情が彼女の叔母を思い起こさせて、そういえばこういうところも似ていると改めて認識させられる。
「しばらくは足止めされるかと思ったからな」
 あくまで一般論だが、妹なら絶対に自分のことを忘れてもっと見たがるし。
 そう思ったのはラティオだけではないのだろう。ノクスも一つ頷いたあと問い掛ける。
「気に入ったの無かったのか?」
「そういうわけじゃないけど?」
「熱心に見てるから欲しいのかと思ったんだがな」
 欲しいんだったら買ってもらえば?
 言外の問いかけに彼女は気づいただろうか。
 ユーラとの時間を手にするためにはこの二人には揃って離れてもらっていて欲しいところではある。
 しかし彼の意に反し、んーと唸ってポーラは首を振った。
「見るの好きだけど、アクセサリーつけるのは好きじゃないし」
「意外だな」
「よく言われるわ」
 肩をすくめて応じる彼女。それを実証するかのように彼女の服装は飾り気が無い。
 服は実用性重視の渋い色合いもの。
 僅かに身につけている宝石だってアミュレットやタリスマンの類である。
 ふと後ろのユーラの姿が目に入った。切ないような眼差しで見つめているのは。
「じゃあ宿を取って手分けして買出しに」
 ノクスの提案を遮って宣言する。
「宿を取っててくれ。買出しに行って来る」
「え?」
「薬草の類と保存食は買ってくるから他頼む。じゃ、ユーラ行こうか?」
 結局はそれか。
 そういったノクスの視線は無視してユーラの手をとりその場を離れた。
 珍しく、抵抗らしい抵抗は無かった。

 話し掛ける言葉にも上の空。
 孔雀石(マラカイト)の瞳はずっとラティオではなく通りに注がれている。
 切なげな眼差しでそれらを見ては、すぐに目を逸らす。
 さっきからしきりに話し掛けるのだが、いつものようにぽんぽんと返事は返らずに気の無い相槌ばかり。それすらないこともある。
 いい加減無視されるのが淋しかったので、じっと視線を注いでみた。
「……何だよ」
 視線に気づいたか、ようやくこちらを見る。
 もっともいつもと違ってその言葉には全然覇気が無いのだが。
「綺麗だなと思って」
 いつものように言えば途端にムッとした顔をして睨む。
 女性をほめるのが当然の土地柄で育った身としては、当初はユーラの反応が面白かったのだが、あんまりいじめたくも無い。今度はこちらから視線をそらして屋台を目でさした。
「あんな細かな細工物よく作れるよね。この街にはいい職人が多いな」
「確かに露店多いよな」
 はぐらかされたような気もするけどとりあえずユーラは返事を返す。
「熱心に見てたけど買わないの?」
「……『必要なもの』じゃないだろ」
 いきなりずばりと確信をつかれたのだろう。
 一瞬口ごもったユーラに、ため息混じりにラティオは言う。
「ちょっとくらい買えば良いのに」
「無駄遣いなんかできるか」
 確かに無駄遣いといえば無駄遣いになるかもしれないが、すべてが高いわけではない。
 中には自由になるお金……いわゆる各自のおこづかいとして取り分けてある分で買えるものだってある。
「一個くらい持っててもいいんじゃない?」
「あたしは騎士になりたいんだ。そんなもの付けて喜んでる場合じゃないだろ」
 もっともな理由とばかりに言い含めようとするユーラ。
 まったく強情な。そんなもの、それらに触れちゃいけない理由にはならないのに。
 予想通りの反応に半ば呆れつつラティオは思案する。
 かといってプレゼントしてみたところで素直につけるとは思えない。
 まったく天邪鬼も大変だね。
「あっと。ちょっとここで待ってて買うものあるから」
 ユーラを外に待たせて、ラティオは手近にあった店に入った。

 店の壁にもたれてユーラは露店を見やる。
 旅に出る前、まだ小さいころ。母の化粧道具をこっそり使ってみたりした。もちろん慣れてないからお化けみたいな顔になって泣いてしまうは怒られるわで散々だったけど。
 憧れていないといったら嘘になる。
 でも自分は戦士。きらきらの宝石よりも、剣や鎧といった武具に惹かれるのが正しいはずだ。『女らしい』ことなんて無くていい。
 自然と険しい顔になっていたのだろうか、たまたま目のあった子供が恐れるように逃げていった。
「あたし何やってんだ?」
 思わず出た呟きに、ばさっと音すら立てて眼前に何かが差し出された。
 びっくりしたのは一瞬。よく見ればそれは小さな花をたくさん束ねた花束。
 視線を動かせば花の向こうにはにこやかなラティオの姿。
「はい持ってて。俺他にも買うものあるから」
 有無を言わさず花束を押し付けて、ラティオは少し怒ったように付け加える。
「そうそう乱暴に扱わないでね。高かったんだから」
 怒りがきたのは一瞬後。
「何無駄遣いしてるんだよっ」
 何でこいつはこうも自分の神経を逆なでする事が得意なのか。
 睨み付けてもラティオは肩をすくめていけしゃあしゃあといってくる。
「いいじゃない俺の金だし。それに結構必要なものなんだから」
「花束が何で必要なんだよっ」
「花束じゃなくて薬草だよ」
「……薬草?」
「うん」
 言われてみれば、時折彼の調合する薬の香りに似てなくも無い。
「ちょっと見栄えするように飾ってはみたけど、薬草」
「へぇ……薬草なんだ」
 花も咲くんだと邪気の無い顔で花束を見るその顔は。
 十分女の子らしいのにな。
 声に出せば怒られるので胸の内だけに留めておく。
 もうちょっとおしゃれをしてくれたりすると嬉しいし、それが仮に自分のためだとしたらもっと嬉しいが。
「じゃあ買い物さっさと済ませようか」
 色気が出たせいで変な虫がつくのも嫌だし。
 その言葉は飲み込んで、人通りの増えた道を進んだ。

ロマンチストだけど、それがばれるのを嫌う人の話。
ユーラもラティオも色合いが華やかで鮮やか。主役カップルの方が地味な色なのは……
ふとした時に気づく一面。(05.06.22up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/