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月の行方

悠久の調べ

 飲み、食べ、歌い、愛し、祝せよ。

 つまらん。
 これ見よがしにため息をついた彼に、同僚達からの非難の視線が突き刺さる。
 小さな神殿で行われている人数の少ない拝礼。
 外は祭だって言うのに……
 窓から見える祭の熱狂振りと、今いる神殿の空虚さ。
 ああつまらないつまらない。
「フィデス司祭」
「何か?」
 非難の声に表面上は穏やかにこたえる。
「身が入っていないのではないかね」
「そうでしょうか?」
 敵が多いのは知っている。自分に転がり込んできた『司祭』の位。
 こんな若造と同列に扱われればそりゃあ腹も立つだろうとは思うが。
「祭に興味がありますかな?」
「ええもちろん」
 非難の口調に皮肉で返す。
 途端に突き刺さるような視線。彼らをやんわり牽制しつつ答える。
「そうそう敵視する事もないでしょう?
 収穫に、大地の恵みに感謝する祭はソールにだってあるんですから」
 この町で行われているのはソール神の教えが広がるずっと以前から伝わる祭。
 それらは各地の伝統として認められないらしい。この石頭たちには。もっとも自分だって小さな頃はそれこそ『ソールの教えがすべて』な考えをしていたのだが。
 時折尋ねてくる名付け親によってその価値観を粉微塵に破壊されたのはかえって良かったかも知れない。
「むしろ祭に協力するなりしてもいいんじゃないんです? 同じ町に住む仲間なら」
 提案にも返るのは白い視線。
 そうして、朝の拝礼はぎすぎすした雰囲気のまま進んでいった。

 遠くから聞こえる楽の音。時折聞こえる何かの唄。
「楽しそうだな……」
 窓の外を眺めて思う。
 この祭は恋人達の祭らしい。今の自分にはそんな人はいないのだが。
 もともと偶然に会った人と回る祭りだというし、誰か適当な人を捕まえてみようか?
 司祭といっても結婚してはいけないという戒律はない。
 ないが、結婚している聖職者は少ないというのが現状なのだが。
 だからこそこの祭を敵視しているのかもしれない。
 とはいえ、楽しそうな雰囲気を見てるだけ、というのも虚しい。
「よし」
 そうと決まれば早速実行。元々大神殿からの視察で来ただけだし、町の雰囲気を知るのも大切な任務のひとつ。
 手早く旅装に着替えて窓から脱出成功。
 神殿の塀をよじ登って、人通りの少ない裏路地へ飛び降りる。
「さて……と」
 服の埃をはたいて辺りを見渡せば。
「……何やってるんですか」
 懐かしい声の主が呆れ顔で立っていた。

 町の中央辺りは特に盛り上がっていて、近づくのは容易ではなかった。
 本当はそっちに行きたかったのだけど仕方無しに比較的空いてる方へと歩いていく。
 この辺りまでくれば楽の音と歌ははっきり聞こえる。
 ソールのものとは違うリズム。
 樽や丸太を置いただけの椅子に座って耳を済ませていたら、目の前に指を突きつけられて。
「聞いてますか?」
 その持ち主は先ほど道で再会してしまった彼女。説教する気満々である。
 目深にかぶった黒いフードからのぞく雪色の銀髪。蒼と翠の瞳。
 年下の少女の格好で年寄りじみたお説教が始まる。
「まず、塀をよじ登って出入りなんてしちゃいけません」
「正面から行くと嫌味を言われるから嫌だ」
 キッパリはっきり言い返せば、アースは大きくため息ついて。
「また喧嘩したんですか? ラティオ、ご同僚とは仲良くした方がいいと思うのですけど」
「悪くする気はないが、頑固頭のはげじじいどものご機嫌取りはしたくない」
「それは思いっきり喧嘩売ってますよ」
 自覚はあるが、そりが会わない相手はどうしたって出てくるものだ。
 そう言い返そうかと思ったけれど、そのせいで祭を回る時間がなくなるのが嫌だったのでやめておく。
「にしても神出鬼没だな」
 話題を変えればこれ以上説教する気はないのか、肩をすくめて。
「別に狙っている訳じゃないのですけどね。
 あの子がそろそろこの辺りに来るらしいって聞きましたから」
「会いに来たのか?」
「会いたいのは確かですけどね……」
 苦笑して彼女は呟く。表情に似合わぬ深刻な声で。
「目くらましのためですよ」
 狙われているのは彼女の姪。天性の強い魔力を利用しようとする者、その身に流れる血を抹殺しようとする者は多い。
 彼の戦を仕掛けた国は、魔力を持ったものを次々と攫っているという。
 中でも特に『銀の髪の少女』を探しているというのは有名な話。
 色合いは違えど同じ銀の髪。姪が成長した今では年頃も変わらない。
 溺愛している姪のためなら自らを囮にするくらいなんともないのだろう。
「もしも会ったら仲良くしてあげてくださいね」
 一転して明るい声を出してアースは立ち上がる。
「もう行くのか?」
「元々町を出るところだったんですよ」
 踵を返しかけて、ああと呟く。
「容姿はですね、銀髪で」
「それはいい。何度も聞いて耳にたこが出来た」
 キッパリはっきり言い返せば、一瞬悲しそうな顔で沈黙して。
「じゃあ私はこの辺で」
「アース」
 呼びかけにもう一度振り返る彼女。
「この歌どういう意味なんだ?」
 聞いてみれば、元々大きなその瞳をさらに大きくさせた後、瞳を閉じて耳を澄ませる。
 数フレーズが流れた後。
「『恵みに感謝を、豊穣の祈りを捧げよ』って感じですね」
 ふっと笑って彼女に向かって手を振れば、それを認めてアースは人ごみに紛れて消えていった。
 どれほどの昔から伝えられてきたのだろう?
 耳に心地よいこのメロディー。
「世が移り変わっても、人の願いはそう変わらないか」
 ポツリと呟き、祭の中央へと向かって歩いた。

 衣装を借りて仮面をつけて、完璧に地元民のふりをして祭を眺めれば、やはり楽しい。……参加できればもっと楽しいのかもしれないが、パートナーがいない以上しょうがない。
 そろそろ神殿に戻ろうかと思ったとき、視界の端に銀色が映った。
 改めて見れば、黒髪の青年とアースとどことなく雰囲気の似た銀髪の少女。そして金髪の少女の三人連れ。
 もしかしてあれがアースの姪っ子か?
「楽しそうだな~。ポーラ! 荷物置いたら見に行かないか?」
 溌剌とした金髪の少女の声がここまで聞こえてきた。名前は同じだし、銀髪の子へ視線をやっていたからまず間違いないだろう。
 このさい祭を徹底的に楽しんでしまおうか?
 仲良くしてあげてくださいね。
 そう頼まれた事だし。
 ラティオは人に気をつけて彼女らに近寄り、金の少女に向かって手を差し出した。
「お手をどうぞ? お嬢さん」

 さあ、祭の始まりだ。

イメージ的には「カーニヴァル」に近い感じで。祭に奏でられる音楽。
最後に書いたけど、祭シリーズ最初の話。
たったひと時でも現を忘れて。(05.01.26up)

夢幻泡影

 さぁ鐘を鳴らそう。ひと時の幻の始まりだ。

 そこは特に特色のない……街道沿いにあるそこそこの大きさの町のはずだった。
 しかし中央に行くにつれて、聞き及んでいた話と少々違うような気がする。
「なんだか活気があるわね」
 ポーラの言葉通り街のあちこちに人出があり、屋台も出て花吹雪が舞っている。
「祭なんだろ」
 と興味なさそうに言うのはノクス。
 逆にユーラは興味津々と言った感じで辺りを見回している。
「楽しそうだな~。ポーラ! 荷物置いたら見に行かないか?」
「……そんな余裕ないのよね……」
 行きたくない訳ではないが、これから先の旅路を考えると財布の紐を縛らざるをえない。
「祭って事は……宿も便乗して高値になってる可能性があるな」
 ノクスの言葉にため息一つついて。
「やっぱりダメ。見てたら別に欲しくないものまで欲しくなっちゃいそうだし」
「それが懸命だな」
「ちぇ~」
「何言ってんだ」
 まだ未練があるらしいユーラに、ノクスは目でポーラを指し示して心持ち声を小さくして言い募る。
「わざわざ人の多いところに連れてってどうする。こいつが目立つとまずいんだろ?」
「正論だけど、てめーがいうとムカツク」
 二人の口げんかにポーラは再びため息をつく。
 なんというか……早い話が性格が合わないのだろう。この手の言い合いは結構多い。
 もっともそれで怒ってるのはユーラだけなのだが。
 いつもならユリウスが窘めてくれるのだが、生憎彼は五日ほど前から別行動中。
 となれば、止めるのは自分しかいない。
「二人ともいい加減に」
「お手をどうぞ。お嬢さん」
 ポーラの声にかぶって聞こえたのは聞き覚えのない男の声だった。
 振り向けば、古風な衣装に身を包み、顔の上半分を白い仮面で隠した一人の男性。
 仮面などかぶっていれば普通はそっちに目を奪われるのだろうが、彼の場合目を引くのはその鮮やかな赤い髪。
 身長はノクスより頭ひとつと半分は高いだろうか。
 仮面の奥の茶色い瞳は柔和な光を宿している。
「誰だお前」
 またポーラに言い寄る奴がきた。
 そう思ってユーラは意識して低めの声を出す。
 実際こういうことは今まで何度もあったのだ。
 街を歩いているとナンパに遭う。いつもはユリウスが追い払うが『いいとこのお譲に違いない!』と思い込んでしつこくついて来て、終いには実力行使でお帰り願うということが結構あるのだ。
 それでもノクスが加わってからはこういった事はなかったが。
 その事実もまたユーラが腹を立てる一因だったりする。
 警戒気味の彼女に対し、仮面の男は何事もなかったかのように言い返す。
「人に名前を聞くときはまず」
「怪しい奴に名乗る名は無い!」
 噛み付くように言い返せば、口元に満面の笑みを浮かべる仮面男。
 そうして彼はすっと右手をユーラに差し出した。
「やっぱり君がいいな」
 ちょっと待てなんだこの手は?
 ポーラは美人。儚そうな容貌だけれど凛とした強さを持ってる。
 自分は戦士。美しさだのなんだのは関係ない。
 それがユーラの認識である。
 だから何を言われたのか分からなかった。
「私のパートナーになっていただけませんか? お嬢さん」

「パートナーってなんですか?」
 固まってしまったユーラの代わりに問い掛けたポーラに、仮面の男は意外そうに問い掛ける。
「今日はルペルカーリアなんだけど?」
「なんだそれ?」
 ノクスの言葉に改めて二人に向き直って男は言う。
「ルペルカーリアはこの地方の豊穣の祭でね。
 この日に偶然……最初に出会った異性と一日だけの恋人になるっていう祭ですよ」
「一日だけ?」
 不思議なお祭、とポーラは呟く。
 でも、偶然出会った人とそう何時までも一緒にいるというのも……
「祭に参加するにはパートナーが必要ってだけなんだけど。
 この日にパートナーがいないとそりゃもう悲惨な目に」
「あー。そうかもな」
 大袈裟に肩をすくめる男に相槌を打つノクスを押しのけてユーラががなる。
「かといってあたしが協力する理由なんか無いっ」
「でもせっかくのお祭だよ?」
「そんな暇なんか無い! あたし達は先を急ぐんだ。こんな町すぐに」
 さっきまでと一変して否定して威勢良く言いかけるユーラに冷静な突っ込みが入る。
「さっき着いたばかりだろーが」
「それにここで待ち合わせしてるのよ?」
「ぐ……」
 そうだった。
 ユリウスを置いていく……もとい、ユリウス無しでの旅は苦しい。
 それにナンパ男をかわすために父親を置いていくのは馬鹿らしいし。
「色々と珍しいものもあるのに、見なくていいの?」
 おまけにこの仮面男が好奇心を刺激する。
「べ……別にいーさっ 後でみれば」
「言ったでしょう? パートナーがいないと参加できないって。
 余り者同士、参加しようよ」
「は?」
 その言葉に間抜けな返答をするユーラ。
 つまりはノクスとポーラがパートナーだということで。
「違うっ!」
「そうなの? じゃ君は彼のパートナー?」
「死んでも嫌だっ!!」
 ユーラの切り返しに笑みを浮かべて仮面の男は彼女の手をとる。
「では決定。参りましょうか『カーラ』」
「カーラって……おいっ こらっ 勝手につれてくんじゃねぇっ~!!」
 騒ぎつつも、あっという間に人ごみに紛れてしまった二人を見送ってしばし。
「……え…………と」
 ポーラに助けを求めるような目で見られて、ため息一つ。
「明日になりゃあ帰って来るだろ」
 ノクスはとっても無責任な言葉を吐いた。

 にぎわう祭。華やかな衣装。どこからか響く楽の音。
 その中をぶすっとした顔のままユーラは男に手を引かれて歩く。
 まるで離したらすぐにでも逃げるかのようにがっしりと掴まれて、実は少し痛かったりする。もっとも力が弱まれば即逃げる気はあるのだが。
「ったく誰が愛しい君(カーラ)だよっ」
 それでも悪態をつく事だけは忘れない。
 ただでさえ勝手に連れて来られて。
 この間にポーラに何かあったりしたらどうしよう。
 こいつが敵でないという証拠もないのに。
「行きずりの者同士。ちゃんと名乗っても再び会えるかなんて分かりはしないからね。
 ならばせっかくの祭を楽しむとしよう。
 ああ、私のことは愛しい人(カーロ)と呼んで欲しいな」
「『お前』で十分だっ」
 怒鳴られているのに男の口元は笑みを絶やさない。
 馬鹿にされているのか? いやどちらかというと面白がっているように思う。
 本当にペースが崩される。
 大仰にため息をついたユーラの目の前に小さな包みが出された。
「焼き栗だよ」
 にこやかに言われて顔をしかめるユーラ。
 確かに栗はおいしそうだし、香ばしい香りもするのだが。
「のんきなもんだな。戦時中だってのに」
 吐き捨てるように言った言葉に、道の端に寄ってから男は答える。
「だからこそじゃないか?」
 怒鳴りたくなるのを抑えてユーラは男を睨みつける。
「こんなに大騒ぎして、大事な食料を浪費して、か?
 次の標的がどこかくらい分かってるはずだろ」
「だからこそ。だよ」
 男はユーラのほうを見ずに、楽しげな人々を眺めている。
「祭は非日常的なもの。戦もな」
 口調はとても軽いもの。
 それでもその言葉は重い。
「楽しい祭もいつかは終わる。あっけないほどに。
 そうしていつもの退屈でしょうがない……それでも穏やかな生活が始まる」
「……戦は、そんな簡単に終わらない。終わるのなら……」
 どんなにいいか。
 戦が終わるのなら。
 でもきっと、今の状況を変えるには……戦を終えて、そうしてようやく向かい合える。
 そこまで辿り着くには、一体いつまでかかるのか……
「この世は所詮泡沫のようなもの。楽しまなきゃ損だってね」
 そういって男は再びユーラの手を引き、祭の中へと戻る。
「おいっ」
 抗議の声は、先ほどよりも沈んで聞こえた。

漢和辞典より、儚いもののたとえだそうです。
もともと祭はあきらかに「日常とは違う」空間なんで、ぱっと消えちゃう感じがしますよね?
どちらが『うつつ』か『まほろば』か。(05.01.07up)

戻れない日常

 花舞う町で現を忘れて。

 コレ食べて? あれも見る?
 そんな感じで話し掛けてくる男に適当に答えつつ、ユーラはいつになったらポーラたちと合流できるかなと考えていた。
 どのくらいの時間がたったのだろう。人に紛れて太陽の正確な位置はつかめないが、建物などの影から判断するに、結構経ったように思える。
 いくら不機嫌といえども、祭の雰囲気自体はユーラは好きだった。
 奏でられる楽の調べ、人々の笑い声。
 一緒に回っているのがこんな仮面の、得体の知れない男で無かったらもっと楽しかっただろうに。
 声には出さずに、変わらず手を引き続ける男を睨みつける。
 視線に気づいて男はこちらを振り返り、にっこりと口に笑みを浮かべる。
 さっきから何度同じことを繰り返したろう?
 身長はユーラより頭一つ分くらい上、鮮やかな赤髪。そして仮面の奥の茶色の瞳。
 なんかすべてが胡散臭い。
 ぎっと睨みつければ、彼は微笑んだまま肩をすくめてまた前を向く。
 変な奴につかまっちゃったよなぁ。
 男から視線を逸らせば、露店の商品が目に入る。
 見たことも無い食べ物や何かを模した置物。花にアクセサリー。
 この町が豊かな証。
 これだけ揃っているなら、薬草なんかも手に入りやすいかな。
 ポーラはあんな見た目なのに無茶しまくるし。
 ふと、露店の品物の一つに目を奪われた。
 思わず立ち止まったユーラに気づいて男も立ち止まる。声をかけることなく彼女の視線を辿って。
「欲しい?」
「……さぁな」
 とても楽しそうな問いかけに、十分沈黙した後あいまいに答えるユーラ。
 視線はずっとそれを捕らえたまま。
 銀細工の腕輪。細かな細工が施してあって、製作者の腕を雄弁に語っている。
「買ってあげようか?」
「だからなんでそうなる」
 あまりに簡単な男の言葉に、ユーラは胡乱気な顔で見上げる。
 たとえ売り出し始めの無名の人のものだと仮定しても、これだけの細工物。
 ユーラの他にもその腕輪に目を奪われて、ため息をついて名残惜しそうに去っていく女性がちらほら。ため息は品の素晴らしさにだけ与えられたものだろうか?
「だいたい、そんなものを貰う理由なんてない」
「ルペルカーリアでは『一日だけの恋人』と贈り物をしあったり、口説いたりするものだし」
「ほんっとうに軽いノリなんだな」
 吐き捨てるように言っても男は全然動じない。
 じーっと腕輪を見てぶつぶつ呟く。
「でもあれカーラに似合いそうだけどなぁ。
 あー……でも銀じゃなくて金の方が似合うか」
「だから誰が『愛しい君(カーラ)』だっての!」
 怒鳴ってみるが結果は同じ、仕方なくユーラは適当な方へと足を進める。
 手首は相変わらず掴まれたままなので、今度はユーラが男を引っ張る形になる。
「欲しかったんじゃないの?」
「見るだけで十分。あんなのあたしのがらじゃねーし」
 ここに父・ユリウスがいたならどういう反応をしただろう?
 ようやくそういうものに興味を持つようになったのかと感涙されるのが想像できてなんか悲しい。
 ユーラの返答に男は何で? と問い掛ける。
「素材は悪くないんだからさ。もうちょっと小奇麗な格好すれば似合うよ?
 カーラ綺麗だし」
「はあ?! 目悪いんじゃないかお前」
「何でそうなるのさ」
「きれいっていうのはポーラみたいなのを言うんだぞ」
「ポーラ? さっきの白っぽい娘?」
 白っぽい……って。他にもっと何か言いようがあるだろうに。
 容姿をほめられると拒否反応を起こす事は、身近にいるポーラや父は良く知っている。
 言わないだけで男と同じ事を思っているということを彼女が知らないだけ。
 鮮やかな金の髪。深い緑の瞳は強い意志を秘めて、健康的な日に焼けた肌。
 ポーラと並ぶと目立つのは、実はユーラの方。
 なのに彼女は自分の魅力に気づいてないのだろうか。
 思案する振りをして見せて、男は臆面もなく言葉を重ねる。
「でも俺の好みじゃないし。カーラの方が綺麗だよ」
「……ッ」
 言葉につまり、見る間に赤くなっていくユーラ。
「カーラは可愛いな」
「うるさいうるさいっ」
「照れてる照れてる」
 本格的に機嫌を損ねる前に、買うものがあるからと男はユーラのそばを離れた。
 しばしその場に立ち尽くしてから、彼女は近くの壁に背中を預ける。
 ああもう変な奴に引っかかった!
 戻ろうにもこう人が多いんじゃあ、どっちの方角に行ったらいいか分からないし。
 真っ赤な顔のまま百面相を続ける彼女の目の前に、深い赤が現れた。
「はい」
 視線を上げれば、相変わらずの仮面男が一輪のバラを差し出している。
「プレゼント」
 これなら貰うのに躊躇ないだろうといわんばかりのその言葉。
「気障だな」
 悪態をついても、赤い顔のままでは説得力がない。
 受け取ろうとしない彼女に、男は苦笑して手にしたバラを彼女の髪に飾る。
「気障でしょ?」
 硬直する彼女に意地悪にも笑ってみせる。
「遊んでるだろお前」
「うん。カーラが可愛いから」
 憮然として言えばあっさり返されて。
 うああああああっ こういうのは本気であたしの柄じゃないっ
 火照ったままの頬が鬱陶しい。
 舞い続ける花びら。酔いそうになる。
「うがーっ」
 頭がいっぱいなのか真っ白なのか。気がつけば前もろくに見ないままユーラは走り出していた。

 なにやってんだろう。
 どこをどう走ったのか覚えてないけど、気がつけば町を見渡せる高台にいた。
 この辺りは祭の中心なのだろう。
 あちこちの窓から巻かれる沢山の花びら。
 白いそれが夕日に染まって淡い赤に染まっている。
「日が沈むね」
「ああそーだなっ」
 後ろからした声に機嫌悪くこたえれば、そんなもの意に介さないといった感じで仮面の男が隣に並んだ。
 楽しそうに笑った後、少し神妙な……残念そうな声で告げる。
「もう少しでお別れだ」
「そりゃあよかった!」
「ちょっとでも、楽しんでもらえた?」
 少しトーンの変わったその声に、ユーラは口ごもる。
 迷子になった子供のような、不安がにじんだその声音。
 ぶっきらぼうに答えてやろうと思っていたのに、すっかりその気をそがれてしまった。
 本当のところは楽しかった。
 珍しいものが見れて。でも正直に言うのはなんだか悔しい気がした。
「……一応……」
「じゃあもう少しいるかい?」
「ざけんな阿呆!」
「うん。それでいい」
 満足そうな、それでいて残念だという声。
 ふと、今ごろになってユーラは思う。
 こいつは誰だ? こいつは……なんだ?
「君達の進む道は決して平坦じゃないけれど」
「……誰だ、お前」
 かすれる声。何故そんな事を知っている?
 追っ手という感じはしない。でもならば、この違和感は何だ?
 手を伸ばせば届くところに立っているはずなのに。
「現実に戻って」
 奇妙な遠近感。遠くから聞こえるようなその声。
「そうしてまた逢おう」
 それを最後に男は背を向ける。一拍あけてユーラが叫んだ。
「おい待てよ! まだ話は終わっちゃいないぞ!!」
 ユーラの呼びかけに彼は応えず、あっという間に人ごみに紛れて見えなくなった。
 何者だ? 何でそんな事を言う?
 分からない事だらけ。どうしようもない苛立ちを、深呼吸して何とか推し留める。
 ふと思い立ってそっと手を頭にやると、柔らかなバラの花弁に触れた。
「祭の終わり、か」

ルペルカーリアは実在したお祭。バレンタインの原形とかいう説もあるとか。
そして現実に引き戻される。(05.01.13up)

舞い降りる花、一片

 言葉に出来ぬ想いを込めて。

 祭の祝いに花が舞う。楽の調べと熱狂が町を包む。
 そんな中、ノクスは不機嫌に呟いた。
「なんて宿だまったく……」
「まさか追い出されるなんてね」
 苦笑しつつポーラも同意を示す。
 ユーラと別れた後、ひとまず宿を確保できたのはいいものの。
 せっかくの祭の日に閉じこもるんじゃないとばかりに女将に追い出されたのだ。
 荷物のほとんどは宿においてきたので身軽には動けることは動けるが、生憎財布の中身は心もとない。
「しゃあねぇ……適当な時間までぶらつくか」
「ユーラ、大丈夫かしら」
 町についた途端に見知らぬ人間に連れ去られたようなものだから、その不安は当然なのだが。
「平気だろ」
 ノクスの返事はそっけない。
 決して関心がないわけではなく、彼女の剣の腕を知っていての発言だからポーラも小さく頷いた。
 道を行く人々はすべて男女一組になっていて、仮面をかぶっているものも多い。
 ユーラと、彼女を強引に引っ張って言ったあの仮面の男を探し出すのは骨だろう。
 ざっと辺りを見渡してごちる。
「にしてもすごい人出だな」
 この辺りでは大きな祭がないのか、それとも有名な祭なのか。
 地方都市とは思えぬ賑わいをみせている。
 かすかに引っ張られる感覚がして視線を下ろせば、ポーラがノクスの左袖を握り締めていた。小さな子供が母親の服の裾をつかんでいるかのようなその姿に、懐かしさとめまいを感じつつ問い掛ける。
「……なにしてるんだ?」
「はぐれちゃあいけないでしょう?」
 何を当然のことをといった感じで問い返されて、何とかため息を押し殺す。
 どういう教育受けたんだか。
 しかし、彼女の育ての親の顔を思い出してなんだか納得してしまう。
「? 人に酔っちゃった?」
 ポーラの見当はずれの問いかけに、ノクスは黙ったまま適当な方角に足を進めた。

「本当にすごい人出ね……」
「この時期にだけ人が集まるんだろうな」
 二人の感想どおり街には人が溢れていた。
 露店が並び、曲芸師や吟遊詩人が集まり、人々の熱気に呑まれそうになる。
 ちらと横顔を伺えば、興味津々といった表情で辺りを見回すポーラの姿。
 ……まさかこんなところで約束を果たす事になるとは思ってみなかったけど。
「あ。ノクス」
「あ?」
 呼びかけに意識を戻されて立ち止まれば、やわらかな指がノクスの頭を指し示して。
「髪に花びらがついてる。とらないの?」
 言われて頭に手をやれば確かについている。
 これだけ花びらが舞っていればしょうがない事だろう。それに。
「とったって、またつくだろ」
 本人は気づいていないかもしれないが、ポーラの髪にも花びらは絡まっている。
 もっとも黒髪に白い花は目立つからとりたいのかもしれないが。
 ふいと辺りに目をやれば、強烈な赤が視界の端に入った。
「ん?」
「どうしたの?」
 応えずに目を凝らせば、赤毛で白い仮面をつけた男性。
 そして、祭に似合わぬ物々しい格好をした金髪の少女。
「あいつじゃないか?」
 ノクスの言葉に視線を追ってみれば、よく見知った親友の姿。
 なにやら言い合っているのが見て取れる。
「あ、本当」
 呼びかけようと思った瞬間、男がユーラの髪に手にしたバラを飾った。
 瞬間的にユーラの顔が朱に染まり、微笑む男。
 思わず、といった感じで固い声で呟くポーラ。
「……はたから見てるとすごく恥ずかしいわね」
「よくやるよな」
 言外に『頼まれもやらないぞ』といった訴えが込められている。
 ノクスもしたくはないだろうが、ポーラとしてもされたくない。
 何より一輪のバラというのはすごく気障っぽく見えるし。
 真っ赤になってなにやら言っているユーラ達に背を向けようとした瞬間。
「うがーっ」
 ユーラの叫び声が聞こえて。
 後にはざわめく人々と、商品をぶちまけられて呆然とする商人とが取り残された。
 どうやらユーラが立ち去った際に色々引っ掛けていってしまったらしい。
「ユーラったら……」
 ポーラの呟きを聞き取って、商人が声をかけてくる。
「さっきの方のお連れさんですね?」
 妙な迫力を持って確認する物言いに、思わず頷いてしまうポーラ。
 その瞬間に商人の目が光ったような気がする。
 きょとんとするばかりの彼女に代わって、ノクスは重い声で商人に問うた。
「……何があるんだ?」
「まいど♪」
 一転して営業用の顔をして商人は再び品を並べ出す。
「いろいろいーのがありまっせ」
「あ、可愛い」
 言葉通りに指輪や髪留めなどのアクセサリーが並べられるのを目を輝かせてみるポーラ。逆にノクスは胸をなでおろす。
 こまごまとしたアクセサリーの店でよかった。
 食べ物だったら落としたものすべて弁償するところだ。
 声をひそめて店主がノクスに耳打ちする。
「今日はルペルカーリアだからねぇ。何かプレゼントしないとね」
「……そういうもんか」
 買うといった手前どうしようもないし、この店にはノクスが使えそうなものはない。
 かといってこういうものを贈るような相手は、今現在共に旅をしているついさっき走り去っていった女性か、今横にいる彼女くらいしか思いつかない。
 どちらに贈るかと問われれば答えは一つ。
 なによりこうやって大儀が手に入ったんだから、たまにはその――許婚らしいことしてもいいかと思って、早速品定めに入る。
 指輪は向かない。故郷では恋人に結婚の申し込みをするときに贈るものとされている。
 理想としてはちゃんと勝負に勝ってから手渡したいし、こんな安物じゃなくていい物を贈りたい。だから却下。
 ペンダントも却下。
 すでに彼女の首元は、母から贈られたというネックレスが飾っている。香袋だってかかっているし、これ以上首にかけても邪魔になるだけだろう。
 なら残るは髪留めか腕輪。見渡したところ色は赤、黄、緑に青。
 彼女に似合う色といえば紫なのだろうが、生憎その色のものはない。ならば。
「じゃあこれをくれ」
「へいまいど」
 代金を支払い商品を受け取ってポーラに差し出す。
「ほら」
「え?」
 ポーラの目の前に差し出されたのは青色の小さな花を模した腕輪。
「ええ?」
 あきらかに困惑してポーラは腕輪とノクスの顔とを見比べる。
「これ、私に?」
「……俺がつけてどうする」
 ポーラの反応が意外だったので反応が遅れたが、いつまでもこうしていても仕方ないのでとりあえず彼女の手に腕輪を押し付ける。
 なんかちょっと悔しいし淋しい。そこまで拒否しなくっても良いじゃないか。
「いやだってその……」
「持ってたって使い道がねぇんだよ」
 言い切ればしぶしぶながらも受け取るポーラ。
 傍目から見て分かるほどの困惑ぶりにノクスもちょっと考え込む。
 そんなに受け取るのが嫌なのか?
 (ルカ)に遠慮してくれてるっていうのならいいけどさ。
 それとも腕輪に何か意味でもあるんだろうか?
 ポーラはむぅと唸った後、建ち並ぶ露店に視線を走らせ、そのうちの一つに向かい何かを買ってきた。
「じゃあこれ、お返し」
 差し出されたのは深い闇色の親指の爪ほど大きさの石。
「なんだ?」
「護符。効力は本当に僅かなものだけど」
 『お返し』をして気がすんだのか、にっこり笑って言う彼女。
 銀の髪が日を受けて淡い紅の色に染まる。
 振り仰げば東の空は早くも藍に染まり、街中を舞う花びらの数がどんどん増えていく。
 祭は今からが盛り上がるのだろうが……生憎彼らにそんな余裕はない。
「そろそろ帰ってもいいだろ。行くぞ」
「……うん」
 花吹雪の中、二人は宿へと歩を進めた。

気づいてくれないポーラにノクスはすねっこモード。
セラータでは「青い花を渡す」=「求婚」とかいう裏設定あったりします。(05.01.19up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/