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爺さまの恩返し

 目的地がある旅、というのはある意味簡単だと思う。
 そこにたどり着いてしまえばいいのだから。
 『人を探し出す』ことが目的の場合は、かなり厄介だ。
  今日も今日とて道なりに旅を続け、たどり着いた街で宿を取る。
「人が多いな」
「祭をしているみたいね」
 見たままの様子を口に出せば、連れがほらと指差した。
 つられてみれば、確かにあちこちが派手に飾り付けられている。
 まずいときに寄ったかもしれない。
 大きな祭になればなるほど、近隣の町の連中や物見遊山に来る奴が増えて、宿が埋まりやすくなる。部屋数に関しては問題なくとも、値段が上がっていることは覚悟した方がいいかもしれない。
 そんなことを考えつつ、視線を前に戻したときだった。
「あん?」
 ちょうど前を歩いていたのは、大きな――あまりに大きな荷物を担いだ小柄な影。
「や、やはりちょっと買い込みすぎたかのぅ」
 歩くスピードを落とし、ぶつかりそうになった大きな荷物――もとい、人影を追い越す際に聞こえたのは、後悔が多分に含まれた情けない声。
 真っ白な髪をした好々爺は、額からたくさんの汗の筋を流しながらも、ふいに柔らかな笑みを浮かべた。
「しかしこれも可愛い孫を思えば軽い軽い」
 無理があるだろ。
 老人の背負っている荷物は、ラシェが持っても重いだろうと思えるほどの量。
 むしろ、よくここまで持ってきたものだと感心してしまえるほど。
 なんとなく……心配してしまったのか、歩みが重くなる。
 そんな彼に気づいてか、ディアナも老人を心配そうに見やっていた。
 周囲から心配そうに注目されていることを知っているのか、ふぅふぅと息を吐きながらも老人は大きな荷を抱えなおそうとして。
「お、おお? おおおおおおー」
 見事に傾いた。とっさに伸ばした手の数の多さと、老人自身が踏ん張りなおしたことで転倒だけは免れたが。
「無事か、じーさん」
「大丈夫ですか?」
 受け止めきれたことにほっとしつつ問いかけると、老人はほっほっと笑った。
「なぁにこれしき。手を貸させてすまなんだな」
 よっこいしょと掛け声かけつつ地面へと降ろされた包みは、やはり大きく重そうだ。
「わしが持てるのにも限度があるしのぅ。残念じゃが、減らすか」
「そうしとけ。じーさんには重すぎるだろ」
「ラシェ」
 咎められるように名を呼ばれて、ラシェはディアナを見やる。
 老人も同じく自分を助けてくれた男の連れへと目をやり、にっこりと笑った。
「こりゃあ別嬪さんじゃ。兄さん果報者じゃのぅ」
「はぁ?」
 ほっほっほっと機嫌よさそうに笑った爺様は、途端気弱そうに荷物へと手をやった。
「そうじゃのぅ。こんな爺が持つにはちょいと無茶があったのぅ。
 ついでにそこらの道具屋まで持ってってくれれば嬉しいんじゃがのぅ」
 ああ困った困ったと、まったく困ってない口調で呟きつつ、意味ありげにラシェを見上げてくる老人。
「どうも年を取ったせいか、最近足腰が弱ぅなってのぅ。あいたた腰が」
 自身の腰を撫でつつその場にへたり込む老人に、だんだんと周囲の人間の視線が痛くなってくる。
 わざとらしいにもほどがある。人を使おうって魂胆が丸分かりだ。
「……わかった、持ってってやる」
「おお有難い。近頃の若いモンにしては良い心がけじゃ」
 一転して軽い身のこなしでしゃんと立つ老人に怒りがこみ上げないでもないが。
 かなりの年に見受けられたが、姿勢もいいしかくしゃくとしている。
 きょろきょろと首をめぐらせているのは、この大荷物の売り先を探してのものだろう。
「若いもん、ね。あんたより上だっつってやろうか」
「言っても信じてもらえなければ同じでしょう?」
 隣に立つディアナの意見に分かっていると返しつつ、ラシェは老人の荷物を持った。
 ――道具屋にたどり着くまで苦労するほどに重いものだったのは予想外だった。

「ふむ、これくらいかの」
 大分……ふたまわりほど小さくなった包みを背負って、老人は満足そうに笑った。
 あの大荷物の中から、これだけはというものだけを選びなおしてまだこの量。
 孫への土産だから張り切るものかもしれないが、最初から量を考えろと言いたい。
「つきあわせて悪かったの。いやあ助かった助かった」
「そーか」
 ぐったりした返事をするラシェ。それを見つめるディアナもかなり疲れていた。
 なぜならこの爺さま、とても元気な人だった。
 ディアナの髪を見て『うちの孫も娘さんに負けず劣らず綺麗な銀髪をしていてのぅ』と自慢をはじめ、荷物を売るはずの店でなおも買い込もうとする。
  女の買い物に付き合うのも大変だが、それ以上の疲労感があった。
 早くも茜の色を帯び始めている空を見上げて、町に着いたときには青かったのにと時間の経過を思う。
「今回は本当に助かったぞ。まぁこれは礼代わりじゃ受け取ってくれ」
 機嫌よく笑った老人は、何かの包みをラシェに押し付けてくるりと背を向けた。
「おい、じーさん」
「助かったぞ。達者でのぅ」
 人好きのする笑みを浮かべてこちらに向けて手を振った老人は、あっというまに人波に飲まれて見えなくなる。
「元気なおじいさんだったわね」
「元気すぎだ」
 心底疲れたように呟くラシェ。
 お疲れ様と労わって、ディアナは彼が持つ包みに視線をやった。
「そういえば、何を貰ったの?」
 ディアナの言葉に改めて手の中の包みを確認してみる。
 ただ布で包まれただけの代物は、片手に収まるほどの大きさで重みも大してない。
 礼といって渡されたくらいだからヘンなものではないだろうが、一応警戒して布を捲ってみた。
「羽根?」
 最初に見えたのは白い羽根。
 続いて布を捲れば、作り物の見慣れない白い花の髪飾りが姿を現した。
「綺麗な細工ね」
 ディアナが呟くとおり、見事なものだった。
 白い花は布で作られているのだろう。丁寧な仕事でかなり値が張るものだろうということは察せられる。
 ふと思いついてあたりを行く人々を観察すれば、似たようなとまではいかないものの花と羽根の髪飾りをつけている娘達がいた。
 とすれば、あの老人はわざわざ道具屋で自分達の目を盗み、これを購入したということになる。
 彼の思惑通りになってしまうのが多少悔しい気もしたが、お礼の品物をすぐに売ってしまうのもなんだか気がひける。
「ラシェ?」
 髪飾りを持ったままに沈黙した彼を不審に思ってか、呼びかけるディアナ。
 街に入るときには――人目のあるときは目立たぬように隠されている彼女の髪。
 おもむろに手を伸ばし、耳の上あたりに髪飾りを止めてみた。
 やわらかな羽根も清楚さを強調する白い花も彼女には良く似合っている。が。
「お前の髪だとあまり目立たないな」
 白い花に白い羽根。髪も白なら当然だろうけれど。
 ぱちりと瞬きをして、贈られた彼女は楽しそうに目を細める。
「貴方の髪なら映えそうだけど?」
「冗談じゃねぇ」
 やるなよと一応忠告しておいて、今宵の宿を探すべくラシェは歩き出す。
 すぐにその横に追いついて、隣を歩きながら彼女は自らの髪に飾られたそれを指差す。
「お祭にかかわるものかしら」
「だろうな」
 すれ違った中で髪飾りをつけているのは大抵若い女性。その隣に贈り主だろう相手の姿がもれなくついていれば、どういった類のものかは想像がつく。
「虫除けになっていいだろ」
 昔ならいざ知らず、今の彼女には必要ないものだろうけれど。
「それとも、何か問題でもあるのか?」
 あるわけないだろうと言い切る彼への返答は、どういうわけか苦笑だけで。
 どーいう意味だコラ。さあ、どういう意味かしらね。と、そんなやり取りはやがて人波に飲まれて見えなくなっていった。

5周年記念SSでした。結末だけは一番最初に思いついてた、聖戦三英雄verです。
『このお祭の日には、好きな人にこれをプレゼントするんだよ』という風習って結構おあちこちにあるはずだよねーとこじつけで。

黒以降のこの二人なら絶対照れないと思うんだ。最初は照れてたけど慣れたんだろうディアナと、照れる様子が想像できないラシェ。ああでも、時代が経つごとにだんだんディアナの尻に引かれてそうだなラシェは。