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終の朝 夕べの兆し

Vol.4「adulescentia」 2.いつもの時間

 早く起こされてしまったせいで生じた空き時間。無論のこと、食事の時間にはまだ早い。
 仕方ないと思い直して、クレメンティアはお気に入りの場所に行くことにした。ついでに、そこで手紙を書いてしまおうと、ペンなどをまとめた小さめのかばんを手にとって寮を出る。
 すぐに目に入る白い壮麗な校舎。
 創立してかれこれ数十年経つらしいリーリウム女学園。貴族のお嬢様が通う、淑女のための学校……そういえば聞こえがいいのだろう。
 元来、この学校は有力貴族の子女を首都に集めるために――もしもの際の人質として――作られたものだとも聞く。
 はらりと風に舞う、白い花びらを見やって故郷を思う。
 故郷のヒュプヌンリュコスからははるかに南に位置するだけあって、春を告げるコブスの花が咲くのが早い。
 ここに来て一年は経つが、それでも慣れたとはいえない。特に、この視線には。
 ちらりと見やれば、こちらを見ている二人連れ、反対側にも上級生だろう人たちがクレメンティアを見ている。
 王家に次ぐ大貴族、スノーベルの『養女』ともなれば、見られるのは仕方がないかもしれない。
 ――でも、やっぱりわたしは慣れない。
 感じる息苦しさに、人目を避けるようにして結局いつもの定位置、裏庭の花壇へ向かう。
 白い校舎を足早に通り過ぎ、植えられた木々を抜け、まだつぼみもないバラのアーチをくぐり、ロードデンドロンの植え込みを通り過ぎた先に、木のテーブルと数脚の椅子がある。
 学園のかなり裏手、奥にまで行かなければいけないことから、他人と鉢合うことの少ない、クレメンティアの特等席。
 とぼとぼとそこに近づいて、すとんと腰を下ろす。
 しばし木漏れ日を浴び、何度か風が吹いたころ、ようやく安堵の息が漏れた。
 もともと、人が多いところは慣れない。なのにこうずっと注目されていては息苦しい。
 どこからか聞こえる鳥の声。さらさらと風に揺れる木々。こうした自然に囲まれているのはとても落ち着く。ヒュプヌンリュコス自体が首都のように近代化されず、自然がたくさん残っている影響だろう。
 鉄道を初めとした技術で、いろんなものやことが便利になったのは知っているし、恩恵にあずかっていることも分かるけれど……そればかりに囲まれていると時々息苦しくなってしまうのは、わがままなのだろうか?
 このテーブルだって、彫刻がされているわけでも意匠がこっているわけでもない素朴なものだが、クレメンティアのお気に入りだ。
 あちこちに補修のある、メアリーやエリザベートなら座るのをためらうかもしれないくらい古い椅子。だけど、補修の後はとても丁寧で、とても大事に扱われていることがわかるから。
 ため息とともにテープルに突っ伏して、かさりとした音に初めて何かが置いてあったことに気づく。
 テープルに置かれていたのは数枚の紙。手に取ってみれば何やらびっしりと文字が連ねてある。
 どなたかへのお手紙かしら?
 それなら読んでしまうのはまずいだろう。
 とりあえずまとめてしまおうとテーブルの上の残りの紙を手にしようとしたところで、ひゅうと強めに風が吹いた。
 風はクレメンティアの髪をさらって、ついでのようにテーブルの上の紙もひらりと舞わせていった。
 軌跡を辿るように周囲を見やれば、やはり風に遊ばれたのか、緑に紛れて白いものがいくつか視界に入る。
 かなり散らばっているあたり、忘れてからそれなりに時間が経っているようだ。
 ……見てしまったものは仕方ない。
 クレメンティアは立ち上がって、とりあえず目に入った紙を拾っていった。
 元の枚数が分からない以上、すべて拾えたかは分からないが、そのくらいは勘弁してもらおう。
 それにしてもこんなにたくさん、いったい何を書いたのだろう?
 不思議に思って紙に目をやってしまったのがいけなかったかもしれない。
 目に入った一文に、思わず紙を取り落とす。
 『世界で只ひとり、まったく魔法が使えない姫』
 どくどくとなる心臓を服の上から押さえつけ、恐る恐る拾い上げなおして、もう一度先ほどの箇所を探しす。
 他人宛の手紙なのかもしれない、勝手に人のものを読むのはよくない、なんて言葉はどこかにいっていた。
 そうして、読み進めることしばし。一枚分を読み終えて、続きとなる紙を捜す。
 面白い。
 そこに書かれていたのは、とても心躍る物語だった。
 まったく魔法が使えないお姫さまが、その能力ゆえに狙われるけれど、それでも自分の力で立ち上がっていく様子が描かれている。
 続きはどの紙でしょう? これからどうなるのかしら?
 どきどきしながら読み進めていると、コーンと大きな音がした。
 はっとして耳を澄ませば、朝食の時間を知らせる鐘の音が響いている。
 続きを読みたい気持ちはある。けれど朝食の席に姿がなければ、あとであの二人に何を言われるか分からない。
 続きが読めない可能性があるのに……
 後ろ髪を引かれたが、ちょっと考えて重石になりそうな小石を探す。
 手紙を書こうと持ってきていた便箋を一枚取り出し、メモ代わりに書き付ける。
 忘れ物が風に飛ばされていたので、まとめておいたこと。
 それから、勝手に読んでしまってごめんなさいという謝罪と……面白かったので、できれば続きが読みたいという、勝手な願い。
 物語の書かれた紙の上に便箋を置いて、そのうえに重石を置く。
 これなら紙が汚れることもないし、そうそう飛ばされることもないだろう。
 わたし以外にもここを使っている人なんて、いると思わなかったけれど。
 もしかしたら、いつか会えるかもしれないと考えて、それはしないほうがいいだろうと思い直す。
 クレメンティアが『クレメンティア』だと知られないほうが、いい。
 今度こそ未練をたって、クレメンティアは駆け足で食堂室へと向かった。

 クレメンティアにとって、学校はあまり楽しくはない場所だ。
 一般教養と芸術を主に学ぶ場は、社交も兼ねている。だから、本来は友達を作ることが大切なのだけれど……スノーベルという家は特殊すぎた。
 王家に次ぐ権力を持つ三公爵家の一角。大貴族故に良いものも悪いものも含めて視線を集めるのは他の家と変わらないが、他家にはないものが一つある。
 魔道の祖スノーベルが興した家。一族の皆が一流の魔道士であること。
 だから、最近の科学技術が発達している状況ではちょっと肩身が狭くなりつつある――わけでもなく、率先してそちらにも投資を行っているものだから立ち位置がとても分かりにくい。
 魔法を使えない多くの人たちから見れば、恐ろしい力を持つ魔道士の代表格。
 魔法を扱う一部の人たちから見れば、偉大なはずなのに科学に傾倒する裏切り者。
 双方から畏怖と奇異の目で見られ、腫物のような扱いを受けている。
 それに加え、『養子』ということでクレメンティアに対する周囲の対応はさらに慎重なものになっている。
 でも、学校に行きたいと望んだのはクレメンティアだから、卒業するまで我慢するしかないのだろう。
 今から学校に通ったって、姉さんは半年もせずに『学院』に行ってしまうから会えるようにはならないし、むしろ家にいた方が休暇に合わせて必ず会えるって何度も何度も確認されたのにっ
 養父の忠告を聞いていればよかったとつくづく思う。けれど、姉と一緒に学校に通うということが当時のクレメンティアにはとても魅力的だったし、ほんのわずかな期間であれ体験できたその時間を、なくしてもいいとは思えないのも事実で――だからこそ、ちゃんと勉学に励もうとしてはいるのだ。
 タイミングも悪かったんだろう。
 あの頃は、兄姉みんなが学校に通うために家を出ていて、子供はクレメンティア一人きり。仕事が忙しいらしく、養父どころか祖父母まで駆り出されて何やらあわただしかった。
 忙しいからと蔑ろにされていたわけではないのは理解している……もとい、学校に通うようになってから分かった。
 他の子の話を伝え聞くに、両親と食事をとることすら稀な家もあるらしい。スノーベルでは逆に家族がそろわない日の方が珍しかった。だからこそ、寂しくなってしまったのだろうけれど。
 カツカツというチョークの音ではっとする。
 随分と授業を聞き逃していたようだ。
 黒板と手元のノートを見比べて、できる限り急いで書き留める。
 カリカリとペンを動かして文字を書きとめながら思う。忘れ物だろう、物語を。
 読みやすい綺麗な字だった。
 あの場所にあったということは、ここの生徒か教師などの関係者だろう。
 どんな方が書かれたのでしょう? わたしよりも年上……ですよね。
 著者を知りたい、会って話をしたいと思う心もあるけれど。
 わたしが関わったら迷惑ですよね。
 そもそも忘れ物に気づいて取りに戻ったにしても、勝手に読まれたと不快に思われることだってあるだろう。
 と、いけないいけない。
 またそれてしまった思考を振り切って、今度こそクレメンティアは真面目に授業に向き合うことにした。

 先ほどさらっと述べたように、クレメンティアには親しい友人はいない。
 遠巻きに見つめられることには慣れてはいないけれど仕方がないのだろう。
 カフェテリアで紅茶を飲みつつ、朝は書けなかった手紙を書こうと便箋を取り出し、ペンを走らせては止め、また書き連ねてを繰り返していると、声がかかった。
「ここ空いています?」
 視線を上げればニコニコ笑顔の少女の姿。
 髪は柔らかそうなブルネット。こくりと首をかしげて問うさまは、深い色のまん丸とした瞳とあいまって幼さに拍車をかけている。
「エレオノラ」
「よかった。どこの席も埋まっていて困っていたの」
 名を呼べば、了承を得たとばかりにはにかんで、クレメンティアの向かいに腰を下ろす彼女。
 遠巻きに眺める視線が色々なものを含んできたのに、彼女は気づかないのだろうか?
 エレオノラはカラーチェ男爵家の末娘。男爵家の領地がスノーベルの隣ということもあり、小さな頃から何度かは顔合わせをしてきたが、どうにも慣れない。
「新作のクッキーですって。ティーナもいかが?」
「……いただきます」
 家族以外が使う愛称を呼ばれて少し眉を寄せるものの、クレメンティアは素直に応じる。
 エレオノラが時々どこからか調達してくる焼き菓子はどれもこれも美味しいからだ。
 勧められたクッキーを一枚口にすれば、練りこまれた紅茶の風味が広がる。甘さもしつこくなくて美味しい。
「ご家族にお手紙?」
「ええ」
 答えつつ紅茶を一口。美味しいクッキーだから、もう少し食べたいけれどと思っていれば悟られたのか、器ごとクレメンティアの方へと差し出される。
「どうぞ召し上がれ。ティーナに喜んでいただけれるなら差し入れの甲斐がありますもの」
「……買収でもなさるおつもり?」
「表面上だけでも好意は素直に受け取るものですよ、クレメンティア公女」
 咎められるように言われて押し黙る。
 エレオノラの言葉は正しい。ついついけんか腰になってしまうクレメンティアはけしてほめられたものではない。大貴族であるが故の尊大さと取られる分、なあなあにされているだけで、敵を作っていることには変わりないのだ。
「それは別として。流石にあなたも挨拶をされたほうがいいと思って」
「挨拶?」
 何のことだろう?
 クッキーをつまんだ手をそのままに問いかけ直せば、ぱちくりと瞬きを返される。
「あら、まだご存じなかったのね。
 王女が、リウィア王女が復学されたそうですよ」