人生って甘くない
エリカは困っていた。
魔法使い養成学校スコラ・マグスに入学したのは昨日のこと、だというのに。
廊下を行く同級生からちらほらとかけられる視線が痛い。それからささやく声も。
あの子? そうそうあの子。
ため息をつきたいのをこらえて、落ちかけていた視線を上げる。
「おはよう。エリカ大丈夫?」
「うん、大丈夫だ」
心配してくれる同室の子――アリエル・ハンブリングにはそう答える。というか、そう答えるしかない。実際がどれだけ違おうが、だ。
あんなことがあれば仕方ないのは分かっている。他人がエリカと同じ目にあっていたのなら、エリカだってやっぱり見てしまうだろう。
問題は、学校内だけならいざ知らず、寮生活のため四六時中これが続くということだ。
「じゃあごはん、いこ?」
「うん」
アリエルは少し喋りが幼い印象を受ける。外国からわざわざ入学したというのだから、言葉に慣れていないのだろう。
ほんのちょっと気持ちが上向いて笑みを浮かべるエリカの耳に、聞きたくなかった声が届いた。
「リドリー!」
まだ高さを保ったままの少年の声に、ちょうどその場に居合わせた少女たちの視線が、エリカに集まった。
しんと静まり返る建物内とは別に、外からはメシにいこうぜーとか呼びかける声が響いている。あまりにうるさいと先生に怒られるのではないだろうか?
「ええと、リドリーさん? 本当に、会ったことないの?」
「ない」
おそるおそると言った様子で聞かれた内容に間髪いれずに返す。
少なくとも、エリカはあっていたとしても覚えていない。
「じゃあ、本当に一目ぼれ?」
困惑したような同級生の声。困っているのはこっちだと思いつつ、どうなんだろうねとエリカはこぼした。
そう、それは昨日――入学式後のこと。
あらかじめ配られていたプリントに記されていたように、クラス別に担任に連れられ教室に向かい、明日からの予定と簡単な自己紹介をして……そんな、ごくありきたりな入学一日目が終わり、解散の声が出された。
けれど、すぐに席を立つものはほとんどいなかった。さっそく交友を深めようと話しかけるものや、出されたプリントを呼んでいるものが多く、つまりはたくさん人がいた。
エリカは席に座ったままプリントを読んでいた。明日からの予定がぎっしりと書き込まれていたので、一通り確認するために。
ふと、机に影がかかった。
顔を上げれば、自分と同じくらいの少年がこちらを見下ろしていた。視線が合うと彼は笑う。どこかぎこちなさそうに。
「えっと、エリカ・リドリー?」
「そうだけど」
同じクラスであることは分かっているが、次々となされた自己紹介で全員の顔を覚えきることなど出来ていない。
それが分かっているのだろう。彼はにこっと、今度は自然な感じで笑って言う。
「俺はジェイコブ・ベックフォード。ジャックでいいよ」
それから急に真顔になる。なんだろうとエリカが思う間に、彼は言ってしまった。大声で。
「あのさ。俺と……友達になってくれませんか!!」
「……は?」
エリカが戸惑うことしか出来なくても、誰も何もいえないだろう。
ごく普通に考えて、高校生になって、面と向かって『友達になってください』はあまりないだろう。
あまり社交的とはいえないエリカにとって、友達になってほしいといわれること自体は嬉しいことだが、あれでは揶揄されても仕方ない。
新しい生活に強い期待を描いていたわけではないが、これは――この、変に注目を集めてしまっていることはいただけない。
外からは相変わらずエリカを呼び続ける声が響いているし、なんだか別の声も混ざってき始めた。
どうしようもない思いを飲み込んで、彼女は食堂へと続くドアを開けた。
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友達って、この国ではこうやってなるものかしら。ところ変われば常識も変わる。