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ナビガトリア

二人の秘密

 気づいたときには遅すぎた。
 手を必死に伸ばすものの、間に合わず。
 スローモーションのように景色はゆっくりと流れて。
 高く澄んだ音を立てて、それは粉々に砕けた。
『なんだ、どうした?』
 不思議そうな声を出してアポロニウスがこちらをのぞきこんでくる。
 視線は足元、床の上。
 いかにも病院らしい、特徴のない白いタイルの上で、粉々に砕け散ったガラスが蛍光灯の光をはじいている。
『落としたのか?』
 問いかけつつも彼はほうきはなかったかなどと言いつつ病室内を探し始めた。
 耳で聞こえる声は二つ。声そのものと、その人物の心と。
 でも今はどーだっていい。
 早速片付け始められている破片を見る。
 淡いブルーのガラス。それからいくつかの金属パーツ。
 間違えようもない。主のイヤリングの片方。
 無事なもう一方は今もサイドテーブルで白々しく光をはじいている。
 ちょっと片付けようと手を出したのがまずかった。
 壊してしまうなんてっ
 このイヤリングは最近の主のお気に入りだってことは重々承知してる。
 だからこそ、こんなところにおいてちゃ危ないと思ったのだ。
 しかし……まさか自分が壊してしまうなんて。
「なぁ、アポロニウス?」
『なんだ?』
 緑の瞳が不思議そうに俺を見下ろす。
「それ、元通りにする魔法とかないか?」
 問いかけても応えはない。……当然か。言葉が分からないんだからな。
『直る、直す』
 指差しつつ単語で問いかけると分かったらしい。
『大切なものなのか?』
「あるのか、それともないのか」
 言葉が通じなくても結構何とかなるもんだ。
 有無を言わせぬ口調にしばし沈黙するものの、アポロニウスはやはり困ったように返す。
『あるにはあるが……今は使えない』
「使えないなら期待を持たせるようなこと言うな」
 それが文句だということだけは分かったんだろう。
『これがなければ使える!』
 見せ付けるように手首を示すアポロニウス。
 そこでようやく俺も気づく。
 はめられた漆黒の腕輪。それは魔力行使を一切不可能にする代物。
 凶悪犯を逮捕した後や一部重要施設などに入る際に、魔導士たちに課せられる制約。
 入院中の彼がこれをつけているのは当然ともいえた。
「ちょっとだけはずせないのか、それ」
『ほかのなら何とかなるかもしれないが……師匠だぞ?』
 言葉としぐさで問いかけると、げんなりとした表情で答えが返る。
 嘘は言ってないだろう。
『しかし、そんなに大切なものだったのか?』
 聞いてくるアポロニウスの手を無言でとり、残ったイヤリングを乗せる。
『これは……?』
 そのまま手のひらごとひっくり返せば、重力に従い。
 ふたたび、ガラスの割れる音が小さく響く。
『……ススキ?』
 いやな予感でも感じたのか、多少青ざめて問いかける彼に、俺は満面の笑みを返す。
「一蓮托生」
『ちょっとまてっ これやっぱりコスモスのだったのかッ?!』
「こんなものつけるのお一人しかいないだろうが。
 一人で怒られるのはいやだから、全力で誤魔化そうな」
『共犯にさせるつもりか?!』
「あははは。通じてないはずなのにわかるもんだなぁ」
 喚くアポロニウスと乾いた笑いを続ける俺。
 結局、その場はさっさと片付けることで意見は一致し、この一件は秘密と言うことで決まった。

 ちなみに、後日壊したことがばれて心臓に悪い思いをしたことだけは記しておく。

ナビガトリアでとリクエストをいただきましたので、この二人でお送りします。
彼らが共通の秘密を持つとしたら、やっぱりコスモスに対して後ろ暗いことがあるときなのですよ。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/