1. ホーム
  2. お話
  3. もの書きさんに80フレーズ
  4. 手を繋ぐ
もの書きさんに80フレーズ

手を繋ぐ

「ねーお母さんってばー」
「はいはい」
 目の前を仲のよさそうな親子連れが横切っていった。
 夕飯に何が食べたいとか、そういったたわいないことを話している。
 それを見るともなしに見る。
 普通の親子とはああいうものを言うんだろう。
 すいと視線をそらすと、見慣れた姿を見つけた。
 先ほどの私と同じように親子連れを目で追っている子ども。
 白に近い銀髪で、緑と青の二色の目を持つ、非常に目立つ少女。
 『奇跡』を継ぐ存在。
 彼女はしばし親子連れを見守った後、ほほえましそうな寂しそうな笑顔を浮かべた。
 母親を思い出しているのかもしれない。
 手を引かれていた子どもは、彼女とそう年が違うように見えない。
 視線に気づいたのか、彼女がこちらに顔を向け、驚いたような顔をする。
「クリスさん!」
 そうしてこちらに駆けてくる顔からは、もう翳りは消えていた。
「武器屋さんでお手伝いしてたんですよね? 終わったんですか?」
 問いにこくりと頷く。
 路銀が心もとないからと、この町にとどまり簡単な手伝いを始めて早三日。
 余裕ができるにはまだまだ時間が要る。
 すると、先ほどの子どもの歓声が聞こえた。
 なんとなく目をやると、母親に笑顔で抱きついている。
「さびしいか?」
「え?」
 ふともれた私の言葉に、きょとんとした顔で見上げてくる彼女。
 この年で親と離されれば『さみしい』のだと、誰かがそういっていた。
 あちらは必死にこちらを見上げて、こちらは見下ろす。
 もともと私は言葉足らずらしく、同僚からは良く怒られたものだが、この少女はそれが気にならないらしい。
 眉を寄せてうーんとうなった後苦笑する。
「さみしいというか、『お母さん』ってああいう存在(もの)かと思いまして」
 視線を親子連れに戻し、少女は言葉を紡ぐ。
「私が生まれてすぐに、お母さんは亡くなったらしいので良く知らないんです」
 そういうものかと思う。
 同時に、少し似ているとも。
 私も『母親』という存在が良く分からない。
 あんなふうに手をつないで歩いたことなど――ない。
「あ、クリスさんはどうしてこんなところに? 宿は反対方向ですよ?」
 首を傾げられて気づく。
 そうか、反対だったのか。道理で見覚えのない場所だと思った。
 表情から何かを読み取ったのか、苦笑して彼女が手を差し出す。
「じゃあ帰りましょう」
 差し出された手の意味が分からなくて見返すと、そのまま左手をとられた。
「もう少ししたら帰る人で道がいっぱいになっちゃいますから、迷子になったら大変ですよ」
 子どもが言うせりふじゃないと思うが、土地勘がない私は自然と彼女に手を引かれる格好になる。
 夕暮れの道を宿に帰りつつ思う。
 誰かとこうやって手をつなぐのはいつ以来か、と。

 宿に着いた後、仲間から指差されて笑われたのは何故だろう?

母を知らない子どもと母が解らないクリス。
手をつなぐ親子連れ。その光景を本当にうらやましかったのは、どちらでしょう?

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/