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もの書きさんに80フレーズ

期限は5日

「えーと、朝は『おはよう』。昼は『こんにちは』。
 お礼の言葉は『ありがとう』と」
 辞書を片手に口に出して言ってみる。
 うん、発音はおかしくない……はず。
 だって桜月語なんて習った事はあるけど、実際に桜月人と話したことはないもの。
 ちゃんとこれで合っているのか、通じるのか……ようは度胸よね。うん。
 えいと気合を入れて、また荷造りを始める。
 これは多分、最後の自由な旅行だから、楽しまなくっちゃもったいない。
 ずっと、ずうっと憧れていた。
 桜の咲く遠い国。
 だからこそ、そこに住んでいる人と文通する事になって……そして、そして、ついに長年の夢の旅行が叶う。
「ふふ」
 そう。だから思わず笑みも洩れようってもの。
「うふふ。ふふふ。ふっふっふっふっ」
「……怖いよ、エリィ」
 失敬な。
 いや、確かにさっきの笑い方はちょっと……まあ怖かったかもしれない。
 それでも淑女にそんな物言いは許されるはずがないから、怒ったような眼差しで片割れの『兄』を睨む。
「その言い方は失礼だと思いますけど? ねぇ『兄様』?」
「あ。ごめん。
 エリィはまだ荷造り終わってないの?」
 やはり嫌味は通じなかった。
 あっさり謝罪をして、いつもの如くマイペースにのほほんと聞き返してくる双子の兄。
 本当に、いっしょに生まれていっしょに育ってきてるのに……どうして私とここまで性格違うのかしら?
「まだですわ。
 にーさまはもう終わったんですね」
「うん。手伝おうか? お土産のリスト渡して?」
「じゃあお願いします」
 わが兄ながら、なんと言うか人が良いっていうか。
 自分の事なら自分でやらせれば良いのに、この兄はいっつも手を出してくる。
 でも、言い方もしぐさも押し付けがましくないし……ともすればこき使われるような……そんなタイプなのだ、兄は。
 普通はそれは美徳だし、悪い事ではないのだけれど。
 『公爵』として考えると……必ずしも良いとはいえない。
 ああもう。なんで私のほうが真面目に家の行く末を考えなきゃならないのかしら。
 本当なら、早く嫁に出て『後のことは、にー様にすべてお任せしますね』って言えばいいだけの立場なのに。
 私、まだかろうじて十代なのに、何故こんなに苦労してるんでしょう?
 『若いころの苦労は買ってでもしろっていうもの。エリィちゃんがんばれー』
 この場にいないのに、ありありと母の言葉を聞いた気がして思わず額を抑える。
「? どうしたの?」
 心配そうに聞くにーさまは、本当に私の頭痛の原因に気がついてないみたい。
 分かってたけど、こういうことには鈍いって。
 ……野心満々の人間がにーさまに近づいてきたり取り入ろうとしてるのを、私が苦労してやり込めてることも、きっと知らないんだろうなぁ。
 うん。やっぱりこの旅行の間に何とかしよう。
 このほえほえしたにーさまを、ちゃんと導いてくれる、しっかりしたお嫁さんを捕まえる。
 ええ。なんとしても。
 何とかしてもぎ取った初めての、兄妹だけで行く旅行。
 これは絶好のチャンス。
 たった五日間だけど、持てる力全て使って捕まえる。
 にーさまには可愛いお嫁さんを、そして私に平穏を。
「全力で頑張ります!」
「エリィは遊ぶのにも一生懸命だね」
 燃える私と対象に、やっぱりにーさまは分かってなかった。

新キャラ! と思わせつつ、『あれ?』と思われる方もいるかも?
エディとエリィ。エドワードとエディリーンの若いころのお話です。
中編くらいでこの双子メインの話、書きたいです。もちろん、この旅行中の話ですけど。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/