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月の行方

【第十三話 月が満ちる夜】 4.また逢う日まで

 前回に比べれば、多少なりとも慣れていたのだろう。
 そしてそれが自らの命を救ったのだとユーラは気づく。
 深くえぐられた地面を見て。
「一撃でも当たったら洒落にならないな」
 自分で言っていてゾッとする。
 攻撃を加え、一瞬止まった鬼に繰り出した斬撃も難なく避けられた。
 鬼の目に映るのは、自らを滅ぼしうる力を持つ武器の持ち主だけ。
 ラティオとノクスの二人。
 一つ目の鬼相手なら、死角は多いはずなのに。
「リーチがある分、槍のほうが有利だろ」
「この手のものを打ち倒すのは、剣を持った人間と決まってるだろ」
 なんとか対角線上に位置を取ろうとしているが、鬼がそれを許さない。
 赤鬼、青鬼とは桁違いのプレッシャー。
 あの時は二匹相手とはいえイアロスがいた。
 彼が囮としての役目を存分に果たしてくれていた。
「どうするよ?」
「どうするか、なっ」
 振るわれた腕をかいくぐり、カウンターで攻撃を仕掛け、避けられる。
 先ほどからこの繰り返し。違うのは、相手がこちらを倒すには一撃あれば充分で、その逆は難しいということ。
 どう攻めるか。
 考えあぐねているうちに、鈍い打撃の音がした。
「ぐあ」
「なんで」
 鬼の小さなうめき。それに重なって聞こえる、思いつめた少女の声。
 両手で杖を突きつけるように掲げて、ポーラは鬼を睨みつけていた。
「うわ、無茶するなあ」
 どこか尊敬の色すら見え隠れするラティオの反応。
 ノクスとラティオに鬼の意識がいっている間に回り込んだのだろう。
 見事な不意打ちといえた。
 だが、あまりにも無防備といえる彼女の行動にノクスは頭を抱えたくなった。
 何とか安全な場所へ連れて行かないと。
 鬼の隙をうかがって、逃がさないと!
 そうして鬼の様子を伺って、気づく。
 むしろ、鬼のほうが彼女に飲まれているように見えることに。

 虚をつかれたと言ったほうがいいのだろうか?
 適当に攻めて、ころあいを見計らって殺されればいい。
 最初からそれが鬼の目的だった。
 しかし背後からの一撃には少々頭に来たのだろう。
 反射的に攻撃を仕掛け……相手の姿を認めて固まった。
 鬼は、似ていないと思っていた。
 傍らの者に頼る、弱々しい姫。
 その認識があったから、誰にも似ていないと思っていた。
 だが。
 淡い光を放つ銀髪は、彼の姫を――
 やわらかな雰囲気は、あの方を――
 何よりこの眼差しは、かつての鬼の主を色濃く思い出させる。
「何故母上を」
 思ったよりも静かな、問いかけにも似た断罪の言葉。
 静か故に――何よりも効いた。
 鬼が笑った。
 ポーラの怒りの色が濃くなる。そして、その反応に鬼は安堵する。
 漏れた笑いが嘲りのものであると、そう思わせるために言葉を続ける鬼。
「一程度の利はあったやも知れぬ。
 だが、もたらす害が多すぎる。故に討ち取った」
 鬼の応えに、怒りで顔を真っ赤にして、杖を振り上げるポーラ。
 ポーラは身を守るために棒術は教わっていた。
 武術の心得がまったく無いわけじゃない。
 だが、鬼に向かうにはあまりにも未熟といえた。
 杖ははじかれ、衝撃に耐え切れず倒れこむポーラ。
 止めを刺すべくさらに振るわれる太い腕。
 殺されるかもしれない。
 頭のどこかで思うものの、ポーラの反応はどこか冷めていた。
 殺されるとしても、せめて最期まで睨みつけてやろう。
 聞こえてくる悲鳴もすべて無視して、眼前の鬼だけに意識を集中させて、一際大きい声と共にポーラの視界はさえぎられた。

 からんと石が崩れる音。
 法王がようやく我に返ったのは、鬼が消えてしばらく経ってからの事だった。
「逃げた?」
「退いたのでしょう。ああ、我々が手を汚さずとも済みそうですよ」
 呆けた法王に応えるのは、淡々としたバァル。
「バァル?」
「しかしすばらしい技だ。これがあれば全てを見つけ出す事も容易い」
「バァル!」
「どうかなさいましたか? 『法王猊下』?」
 その笑みがどこか危ういことに気づきつつも、光の――石のほうが気にかかる。
「その赤い光は……まさか」
「ええ。これは『奇跡』の一つ。『権威』ガーネット。
 この世ならざる場所より来たりて、我らに与えられたもの」
 淡々と述べるバァル。その声は奇妙な熱を帯び始めていた。
「何故……何故取り出せる?!」
「元々『奇跡』は宿主にとって異物だからだそうですよ。
 とある方法で簡単に分離する事が出来るとお聞きしました」
「そのような事が」
 信じられぬと叫ぶ法王を見ることなく、バァルは応える。何者かに。
「ああ。そうですね」
 そしてそのまま何気ない動作で、法王に向かい合う。
「何……を」
 鈍い音、一瞬の後にかすれた声。
 バァルの手を伝う、熱いもの。
「お分かりになりませんか? 口封じですよ」
 ふんわりと笑う彼の瞳には法王は映っていない。
「今までありがとうございました『法王猊下』。
 猊下の『ソール教』は私が上手く使わせていただきます。……我が神のために」
「かみ……だと?」
まやかしの神(ソール)などと違う、真の神。
 御名を口にすることも恐れ多い尊き方です」
 汚れてしまった手を拭いた布を、手向けとばかりに法王へ渡し、踵を返すバァル。
「ええ、神よ。『奇跡』をすべて集めましょう。御心のままに」
 その声に、応えるものはいなかった。

 液体が地に落ちる、わずかな音でポーラは我に返った。
 彼女視界を占める黒い色。
 近くにあるのも、その向こうに見えるのも、濃さや質感は違えど同じ黒。
 また一つ、しずくが落ちる音がした。
「何故、避けなかった?」
 静かな、静かな問いかけ。
 本来なら怒りの色が浮かんでいるはずの瞳には困惑の色。
「何のことだ?」
 応える声も、やはり静かなものだった。
 先ほどまでずっと恐ろしいものと思っていた声は、酷く切なそうに淋しそうに、それでいてやさしいものに聞こえる。
 深く刺さったままの剣から、ぽたぽたと落ちる命の雫。
 正直ノクスは困惑していた。あのままだとポーラが殺されると思ったから、必死に背に庇って鬼に斬りつけた。
 彼女を背に庇った時、鬼の目が和らいだ気がした。
 剣を繰り出したとき、満足そうに笑った気がした。
 それを裏付けるかのように、剣を腹に刺したまま鬼は動くそぶりはない。
 これではまるで、この結末を望んでいたようではないか?
 疑問を口にする前に、鬼の体が傾ぐ。
「あ」
 後ろに倒れていく鬼に思わず手を伸ばしかけ、次の瞬間鬼は白い炎に包まれた。
「なっ」
「援護に来ました」
 驚愕に重なったのは淡々とした言葉。
 崩れかけた神殿から、ゆっくりとやってくる人影。
 真っ白な神官衣。金の髪の司祭――バァル。
 まっすぐにノクスの方へと向かってくる彼をラティオが遮る。
「ずいぶん遅い援護だな」
「混乱を収めるのに手間取っておりまして」
 彼の皮肉をさらりとかわし、バァルはさらにノクスたちへと近寄る。
 未だ炎に包まれたままの鬼にちらと視線をやり、満足そうに微笑んだ。
「鬼を見事討ち取るとは、さすが『勇者』殿ですね」
 白々しい台詞にノクスは顔をしかめる。
 先ほどの一撃だって、鬼に止めを刺すというより、口封じ的なものが感じられた。
 ノクスたち諸共、始末するつもりだったのかもしれない。
 だが今は――確かめる術はない。
 本当の『敵』はこいつじゃないんだろうか?
 黙ったままのノクスから視線を後ろに――いまだ呆けているポーラへと移し、バァルは手にした包みをこちらへ差し出す。
 問いかけの視線に、多少まじめな顔を取り繕うバァル。
「ベガ殿の遺品です」
 広げられたそれは白い服で、かなりの範囲が黒く染まっていた。
 のろのろと腕を動かし、ポーラはそれを受け取る。
 彼女がしっかり受け取ったのを見て取って、バァルはその場を離れた。
 しばしその背を睨みつけ、ノクスは視線を鬼へと移す。
 炎は既に小さくなり、さらさらとした灰のようなものが風に吹かれて飛んで行った。
 終わった……?
 大きく息を吐いてユーラが地面に座り込み、直立してラティオが黙祷を捧げる。
 そしてノクスは、未だぼんやりしてるポーラに向き直り、肩を掴んで怒鳴った。
「この大馬鹿! いくらなんでもあの状況で後ろから殴りつけるな!
 百歩譲って殴るのは良いけどすぐに逃げろよ! 寿命縮んだぞ!?」
 後から後から文句はわいて出てくるけど、とにかく無事でよかった。
 言葉に詰まる。
 無事でよかった。本当にたったそれだけのことで胸が一杯になって。
「……ノク……ス?」
 涙腺が緩みかけた彼の耳に、またも信じられないような問いかけ。
「お前また人のこと忘れたか? この短時間で?
 本気で実は俺の事嫌いだろお前」
 びすっとチョップを入れてから恨めしげに続けると、ようやく正気に戻ったのか彼女はぶんぶか首を振った。
「違う違う忘れてない。忘れてないから! ごめんなさい!」
「二度目どころか三度目。三度目どころか四度も忘れてんだもんなー」
「忘れてないってばっ ルカの意地悪~っ」
 ぎゃいぎゃい騒ぐ二人と。
「あー終わった終わった。ユーラ疲れた? 運んであげようか?」
「余計なお世話だっ」
 漫才を繰り広げる二人。
 慌てて駆けつけたイアロスが見たのは、破壊された神殿には似つかわしくない、そんなのどかな光景だった。

 ペンを置いて彼は大きく伸びをする。
 日に日に暖かくなっていくこの時期はとても好きな季節ではあるのだが、どうにも気が沈みがち。
 その理由が手元のこれ。まっさらな便箋を前に、思案を繰り返している。
 鬼を倒した後、パーティやら復興やらの面倒事がすべて終わったのが約半年前。
 これだけ経っていたら、また忘れられているのでは?
 不安がぬぐえないのが哀しい。
「本気で嫌われてたりしないよなー」
 ポツリと洩れた言葉は確かに本心で、自分で言った言葉にダメージを受けてしまう。
 あと四ヶ月。いつもより待ち遠しい誕生日。
 その日に将軍に挑み勝利すれば、彼女を娶る事が出来る。
 とは分かっていても、好いていてくれるかどうかは別の話。
 だというのに、ミルザムなどは既に準備をしっかり進めているらしい。
 何を書くか決めかねて机に突っ伏すと、香のかおりが鼻をくすぐる。
 それに励まされて、ノクスは身を起こしペンを手にとった。

 おしまい