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月の行方

【第十三話 月が満ちる夜】 2.闇を彷徨う

 馬車に揺られて数日が経ち、ようやく一行はセーラへとたどり着いた。
 ラティオは珍しそうに、ユーラは感慨深そうに外を眺めている。
 逆に、複雑な色を宿して街を眺めるのはポーラ。
 乗客の胸中などかまわず、馬車は大通りを過ぎ城へと向かう。
 同じく外を見ながら、ノクスも小さく息を吐いた。
 かつて馬車でこの地にきたときは、母とミルザムと一緒だった。
 ポーラと初めて会った日の事。
 さすがにそのときの馬車と今回は比べる事も出来ない。
 ゆれは激しいし、乗り心地は悪い。幌がついているだけましだろうけれど。
 そんな事を考えていると、馬たちが突然いななき、次いで馬車が大きくゆれた。
「何者だ!」
 何があったかを悟る前に響く御者の声。
 こう聞くということは、馬車の前に誰かが飛び出してきたという事だろうか?
 ノクスたちは体勢を整えて相手を伺おうとするが、幌と御者の背中越しということでなかなか様子がわからない。
「待たれよ」
「これより先に進む事、相成らん」
 聞こえてきたのは押し殺したような声。
 双方ともに男のもので、物言いに比べてずいぶんトーンが高い気がした。
「何者だと聞いている!」
 怒鳴る御者の体が一瞬震えたかと思うと、ゆっくりを横に落ちていく。
「殺しはせぬ」
「姫の御前を汚すこと、まかりならん」
 感情もなく紡がれた言葉。
 その内容に、ノクスたちは動く。
 馬車の後方から飛び出し左右に分かれ、前方へ慎重に向かう。
 御者台に横たわる人影。
 遠巻きにこちらを見る人だかり。
 通りの真ん中に通せんぼするように立ちはだかる小柄な姿が二つ。
「おまちしておりました」
 熱を帯びた声。燃えるような赤髪の子供が口を開く。
「ソール教の言う『勇者』よ」
 暗い海色の髪の子供が厳かに告げる。
「ご指名だぞ?」
「知るか」
 ラティオの茶々を聞き流して、ノクスはいつでも刀を抜けるように手を添える。
 待っていたと言った子供たちの瞳の色は、『彼ら』と同じ紫。
 何故『彼ら』がここで待っていたのかは分からない。
 本来は、警戒する必要はないのかもしれない。だけど――
「で、何の用だ?」
 意図せずに出た低い声。しかし、返ってくるのは淡々とした反応。
「知れたこと」
「お相手仕る」
 赤が嘲い、青が告げる。
 薄氷を踏むような、かすかな音がした。
 それがだんだん大きくなり、きしむような音になる。
 子供の姿が変化する。
 肉が盛り上がり、肌が髪と同じ色に染まり、石畳の地面が悲鳴を上げる。
「なっ」
「鬼?!」
 ノクスは慌てて刀を抜くのと同時に、イアロスが走る。
 流石は場数の違いか、ひるむことなく鬼に迫り、その足めがけて剣を振るう。
 しかし必殺を狙ったはずの一撃は、厚い皮膚に阻まれた。
 なおも膨張を続ける鬼の腕をかいくぐり、一旦退くイアロス。
 それと同時に、傍観していた人々が我先にと逃げ出した。
 空を仰いで鬼が咆哮する。
 赤と青。いつかの街で、月夜にみた鬼たち。
「どうする? 生憎俺の剣じゃあ傷もつけれねぇぞ」
 軽い口調で言われた言葉に、冷たい汗が背を伝った。
「これで、傷つくかな?」
「やってみるしかないだろう」
 弱腰なノクスの言葉に返すのはラティオ。
 叔父の形見の槍を構え、眼前の鬼を睨みつける。
「アーク殿がいうには、この槍なら一応傷つけられるそうだからな。
 最悪は全員でサポートを頼む」
「了解」
 言い終わるか終わらぬかの内に、赤鬼が腕をふるってきた。
 大きく跳んで避けると、一拍後に先ほどまでいた場所にこぶしが突き刺さり、周囲に石畳の破片が舞う。
 一撃でも食らったら死ぬな。
 思ったより冷静に判断を下せたのは、慣れなのか、それとも恐怖が麻痺してしまったのだろうか。
風の守り(デーフェンディテ)!」
 ポーラの言葉とともに、慣れた感覚が体を包む。
 いつもいつも助けられてきた防御魔法。
 絶対に守る。
 そう言い切った彼女に、借りばっかり作るわけにはいかない。
 こちらに向けて振るわれた腕に一か八かで斬りつけるが、イアロスと同じように弾かれ、後退を余儀なくされた。
 鎧に直接切りつけたときのような鈍い衝撃が手に残る。
 相手が鎧を着ているなら、その隙間を狙えばいい。
 だが、皮膚そのものが鎧に匹敵する硬度を持つ相手のどこを狙えばいい?
 弱いところ……関節なら?
 赤鬼の攻撃を避けて、そのまま横を通り過ぎ、背後から青鬼に斬りつけるノクス。
 だが、やはりたいしたダメージは与えられなかったらしい。
 舌打ちしたい気分だったが、そんな僅かな間も命取りになる。
 その場を離れて一拍もおかぬ内に、青鬼の太い腕が通り過ぎた。
 がら空きになった青鬼の背に、ラティオの槍が刺さる。
 苦痛の声をあげて、両手を振り回し暴れる青鬼。
 巻き添えを食わない内に、槍を引き抜き下がるラティオ。
「効いてるな」
「さすがは魔法の武器ってとこか?」
 傷つける事のできる武器があると判明した事はありがたい。
 だが、それで事態が好転するとは言いがたい。
 槍が一振りだけ。それも、使い手が回復役でもあるラティオというのは……
 傷つけられた怒りか、青鬼がラティオを睨みつける。
 赤鬼も彼に視線を向けて警戒している。
「ノクス」
「分かってる。俺たちで隙を作るしかないだろ」
 隣に並んだイアロスと短く話す。
 ユーラの動きは特に鈍いから、囮にするにはリスクが高すぎる。
 攻撃魔法を使えれば多少は変わるかもしれないが、そもそもダメージを与えられるのだろうか。大人しく剣が出来るまで待っていたほうが良かったかもしれないと後悔しても遅すぎる。
 じりじりと後退するノクスたち。
 彼らに鬼が襲いかかろうとした瞬間、空から声が降ってきた。
「Flamma saltate.Exurite!」
 高らかに唱えられる呪文。呼びかけに応えて鬼を囲むように火柱が立つ。
 咆哮をあげて腕を振りかぶる赤鬼。それが炎の壁を破りユーラに迫る。
 突然の事にユーラは反応できず、反射的に目を閉じる彼女。
 衝撃の代わりに来たのは、朗々とした声。
「Lumen! adversaros caedite」
 三度鬼の悲鳴が響く。
「ぎりぎり間に合ったかぁ」
 心底ほっとしたような声とともに肩に置かれた温かな手。
 そっと目を開いて振り向けば見知った顔が笑っていた。
「人の身でよく頑張ったね、お嬢さん。さ、後は任せて下がっておいで」
「こらミルザムさぼんないでよッ」
「だから私はただの星読みですってば」
 上空でがなるプロキオンに応じて、ひとまずユーラを下がらせるミルザム。
「ミルザム?!」
「よ、ノクティルーカ。大変なとこに呼んでくれたなっ」
 軽い口調で恨み言を言われてどう反応したものかと一瞬考えるノクス。
 もとより返事を聞く気はなかったのか、ずかずか近寄って背負っていたものを彼の手に押し付けた。
「とにかく受け取れ。そして、心して使え」
 言われて、受け取ったものを見る。
 布越しにも伝わる金属の冷たい感触。
 借り物の刀を鞘に戻して、包んでいた布を取り払いそれを構える。
 飾り気などない、実用一点張りの剣。
 それは長年愛用していた剣そっくりに作られていて、しかし淡く紫の光を放つ銀色の刃が違うものだと証明していた。
「なんだ。早かったな」
「ですからお待ちくださるようにと申し上げたのです」
 呆れたようなラティオに力なく応えるミルザム。
「こっちの準備も整ったところで、鬼退治と行くか」
 まだ少し疑いが残るものの、改めてノクスは鬼に向かう。
 先ほどと同じように、巨体を崩すべく足を狙って斬りつけた。
 弾かれる事はなかった。
 鬼の上げる悲鳴にハッとしてその場を離れる。
 一瞬。その一瞬が命取りになると分かっていたのに……呆けてしまった。
「倒せるぞ!」
 喜びの色を隠せないイアロス。
 事実。鬼を倒すのに、それからたいした時間はかからなかった。

 地に伏せた鬼の姿にノクスはほっとしたようだったし、ユーラも安堵の笑みを浮かべている。だけど、何故かポーラは『哀しい』と思った。
 自分の心からのものではない。それだけはわかる。
 なら、この感情は誰のものなのだろう?
 ようやく駆けつけてきた騎士たちにイアロスが何か言っている。
 あ、父上がいる。
 騎士の一団にその姿を見つけてほっとした。
 罰は受けたかもしれない。今は良くても、後々受ける事になるかもしれない。
 でも、とりあえず無事な姿を見て安心した。
「なんで、こんなことしたんだよ」
 ぽつんとした小さな声が聞こえたのは、一番近くにいたせいだろう。
 分からない、分かりたくない。そんな感情が流れ込んでくる。
「こうなることなんて分かってたんだろ?」
 振り返れば気づかれるかもしれない。だからポーラは振り向かなかった。
「何をしたかったんだよ」
 今にも泣き出しそうに弱々しいプロキオンの声。
「知れた事を……復讐だ」
 はっきりとした応えに、場が凍りつく。
「ニンゲンに復讐するためだ!」
「変だとは思わなかったのか? 街を破壊した鬼は、黒鬼だったろう?」
 地に伏せながらも満足そうに赤鬼は笑う。
「足止めは完了した。これで時間が出来た」
「アルカを潰すための時間がな」
「なっ」
 思わず声を出すラティオ。
 ソール教は嫌いだが、あそこにはグラーティアがいる。
 何かを言いかけた鬼とラティオを遮るように、プロキオンが術を放った。
 鬼はあっという間に炎の壁にまかれたが、最後の意地なのか哄笑を響かせた。
「ミルザム。皆様方をお連れしろ」
「かしこまりました」
 炎を睨みつつ告げるプロキオンに一礼するミルザム。
 彼は懐から小ぶりの石を取り出し呪を紡ぐ。
 光を放つ石。それが消えた後には彼らの姿もなかった。
 そしてプロキオンは一人、炎の壁の向こうへと足を進めた。

 熱くはない。
 なぜならこの炎は幻だから。
 だって……そんな事をしなくても、鬼たちはもう動く事など出来ないのだから。
「本当に、どうしようもない馬鹿だね」
 どうか呆れ果てたように聞こえますように。
 そう願いながらプロキオンは悪態をつく。
「最後のなんて何? 今更悪役のつもり?」
 大袈裟に肩をすくめて、倒れ伏したかつての同僚を見る。
「呆れてものが言えないよ。シャウラもシェアトも何やってるのさ」
「悪かったな……馬鹿で」
「馬鹿なりの意地があるんだよ」
 応じる声に、後悔の色はない。
「誰が始めたんだよ。こんな馬鹿なこと」
「さあ?」
 どうでもいいような、それでいて本当に分からないといいたそうに赤鬼――シェアトが応えた。
「気がついたら巻き込まれてた。そんなとこ」
 そんなわけないと言いたい気持ちを抑えて、プロキオンは気のない返事を返す。
「ああそうだ。二つ頼み事があるんだけど」
 無言で先を促すプロキオン。
 そんな彼の様子に鬼たちは笑う。
「アリア王妃を助けといてくれないかな? 地下牢にまだいるんだ」
「人払いの結界張ってるからまだ無事だと思う。妙な呪いも解いたし」
「いいよ。その人のことはちい姫さまも気にされてたし。
 むしろ頼まれることじゃない」
 言い切ると、鬼たちはほっとしたように目を閉じた。
「で、もう一つは?」
 本当は聞かなくても分かっている。
 それでも聞いてきたプロキオンにシェアトが言った。
「もういいだろ?」
 問いかけのようなその言葉。

 そして――炎が消えた後には何も残っていなかった。