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月の行方

【第十一話 希望の行方】 2.先を目指して

 祭具殿に誰かがいる。人に知られてはいけない誰かが。
 夜陰に紛れて多少近づいてはみたものの……祭具殿の周囲は煌々と照らされていて近づけない。
 それも当然か。
 小さく息をつき、心は柱の陰に隠れる。
 祭具殿は三種の神宝が納められている場所。
 そもそも、昴とてその宝を直接目にする事は少ないという。
 少なくとも星家(昴の血族)の一員には違いないだろう。
 どこの誰とも知らぬ者を国の宝を納める場所に匿う事もない。
 細い月の下、篝火に照らされる祭具殿。
 国宝と共にいても問題のない存在。
 ――つまりここにいるのは……
「これは……色々とやらなきゃあな」
 不敵な笑みを浮かべ、心はその場を去った。

『行ったようだぞ』
 日影の言葉にアースはまぶたを上げる。
 誰かに見られているという事だけは分かっていた。
 でもそれは、本当にだんだんヒトから離れていっていることを実感させられる。
 そう。すべてはあの日あの時、『奇跡』を受け継いでから変わったこと。
 そんな思いは悟らせぬよう、別の言葉を口にする。こちらのほうが重要なことだから。
「誰が見てたのかしら?」
『聡い者は気づくであろう。
 人がいるはずのない祭具殿に食事を運ぶものがいる時点で怪しまれる。
 いくら力をで黙らせようが、人の口に戸は立てられぬからな』
 呆れたように言い捨てて、焦れたように武器は問う。
『時に天。いつまでここにいるつもりだ?』
 即答はせず、アースは軽くまぶたを閉じる。
 もう忌明けはしている。だからこうやって篭っている必要も……ない。
 知りたいことは二つ。
 明がどうしてこんな事をしたのか。
 何をどこまで知っているのか。
 直接話をしたいと思うが、昴のもとにたどり着くのは容易ではないだろう。
 ならば、それが可能になる機を待つ。
「年末に」
 行事が多く、何かと慌しい時期。
 普段見ない顔がいても怪しまれない。そんな時期。
 答えたアースに、日影は少々不満そうに返す。
『まったくずいぶんのんびりした返事だな。
 そのような事では北のが麦の元へ着いてしまうぞ?』
「集中して事を起こせば、相手も対応に苦しいんじゃあない?」
『そうとも言えるな』
 くっと笑って日影が応じる。
『良かろう。せいぜい玉をせっついておく』
「うん」
 時間はまだある。だからこそ、息をすって気持ちと頭を切り替える。
 ……家族をこれ以上失わないために。その術を考えるために。

 凛とした冬の空気。吐く息は白く、その冷たさは痛いほど。
 アージュは比較的温暖な国だったし、イアロスと旅した国も南の方。
 だから、北国の冬を実感するのはこれが初めて。
「ようやく着くのか」
 遠かった陸地は、いまや建物の形がしっかりと分かるところまで近づいている。
 上陸準備と言っても『乗客』に戻った今、する事はほとんどなく。
 早い話が暇だ。
 手荷物に関してはもうまとめてあるし、何度も確認したから忘れ物もない。
 仕方なくこうやって甲板に立ってぼーっとしていたのだが。
「もうすぐね」
 わくわくした声と共に、ひょこっとポーラが隣に立つ。
「準備は出来たのか?」
「うん。ノクスも終わったの?」
「だから暇なんだよ」
「ふぅん」
 ふわんと笑う彼女。
 どこか穏やかな気持ちが、その向こうにある姿を見て吹っ飛んでしまう。
 壁にもたれて膝に顔をうずめ、身じろぎ一つする事ないユーラ。しばらく日に当たっていなかったせいか、白くなった肌……というか、血色が悪い。
「……あいつ大丈夫なのか?」
「……多分。だと、思うけど……」
 今までの爽やかさはどこに行ったのか。
 ユーラの周囲だけが極端に空気が悪いのだろうか?
「暑いのに比べたら、寒い方がまだましみたいだけど……
 空気もきれいだっ」
 突然の揺れにバランスを崩したポーラを、腕を捕まえて支えてやって嘆息するノクス。
「今日は特に揺れ酷いな」
 同意を求める問いかけに応えは返らず、不思議に思って彼女を見てみれば。
 支えたせいもあり、比較的近い位置にあったポーラの顔。
 何故か手で口元を押さえ、その目には軽く涙が滲んでいる。
 もしかして……
「舌噛んだのか?」
 問いかけに、こっくりと頷く事で返すポーラ。
「ユーラっ 大丈夫だよ傷は浅いよっ?」
 向こうではいつになく慌てたラティオの声が聞こえる。
 ……また悪化したか船酔い。
 そうこうする間に、船はようやく港に着いた。

 長い間お世話になっていたから別れは辛い……ものかと思いきや、結構淡泊に船員達に別れを告げられて、四人は久しぶりに陸に足をつけた。
「なんだかまだ揺れてるみたい」
「ほらユーラ。陸だよ。もう安心していいから」
 訂正。ラティオに背負われたままのユーラ除く三人は、多少よろよろしながらも今宵の宿を取るべく街を行く。少なくとも今日一日はユーラを休ませてやらないと動く事もままならないだろう。
 運良く港のそばで宿を見つけて部屋を取り、ユーラとラティオを残して二人は必要品の買出しのためにまた街に出る。
 地面がゆれているような錯覚が消えても、足元は踏み固められた雪で白く、時折滑りかける。靴も買い換えた方がいいかもしれない。
 屋根を見上げても、路地を覗いても雪の塊。
「こんなに雪見たの初めてだな」
「そうなんだ?」
 思わず洩れた言葉にポーラが不思議そうに返す。
「アージュはそんなに雪降らないからな」
「そういえば……ほとんど積もらなかったものね」
 思い返すように言って、ポーラが追加する。
「この辺りは特に雪が凄いんだって聞いたことあるけど」
「つーことは、下手に進んだら凍死するよな」
 丁度見つけた服屋に入り、防寒衣を見繕う。
「買うの?」
「これから先もっと寒くなる可能性あるだろ?」
 暖かそうなマントがいいかコートになっているものがいいか。
 ポーラには言ってないが、金属鎧を着ていると冷えるし。
「……ラティオのも要るよなぁ」
 買い物をまかされた以上、買わないわけにはいかないだろうし……
 サイズは分からないからマントタイプのにしよう。うん。
 丁度店のおやじさん、同じくらいの背だし。ちくしょう身長ほしいなぁ。
「ねぇねぇノクス。どっちがいい?」
「ん?」
 振り向けば、茶色のマントと灰色のコートを手にしたポーラの姿。
「茶色い方かな。見失いにくそうだし」
「見失うって……」
「雪がもっと多くなったら、保護色だろ」
「むー」
 少々膨れて灰色のコートを戻すポーラ。そっちの方を気に入っていたんだろうか?
 そんなこんなでおやじさんからアドバイスを受けつつ防寒衣を選んでいる内に……外が吹雪いた。
「まあちょっと休憩していきな。
 おーい母ちゃん、なんか出してやってくれ」
 遠慮する暇もあればこそ、おやじさんの強引な勧めで結局雪が止むまで休憩していくことになった。
「この程度の雪で驚いてるってことは、セラータは初めてかい?」
「前に一度だけ。冬じゃなかったのでちょっとびっくりしてしまって」
「お嬢ちゃんはセラータ人よね?」
「はい。セーラ出身なんです」
「へえ王都の? またなんでこんなところに?」
「ええと……」
 話し相手によほど飢えていたのか、スープを持ってきてくれた奥さんまで嬉々として聞いてくる。
「戦が始まって危ないからと叔母に預けられていたんですけど……」
 ポーラも口が回る方じゃないから嘘は苦手だ。
 だから、一応は嘘じゃないことを口にしてみる。
「ああ戦か……」
「こっちの方はあんまり実感なかったけど、首都のほうは大変でしょうねぇ。
 うちの娘夫婦もフィーロに住んでるんだけど、男は兵隊にとられてねえ」
「……そうなんですか」
 重く口を閉ざしてしまうポーラに代わり、ノクスが口を開く。
「あの、良ければ王都のこと教えていただけませんか?」
「そんな知ってるって程じゃないけどなぁ。
 クーデターが起きたって話位か」
 髪を掻きつつおやじさんはそれでも教えてくれる。
「クーデター?」
「ああ。言っちゃ悪いが戦を進める王に反発してる奴が少なくなかったんだろうな」
「男手は取られるし、生活は苦しくなるばっかりでさ」
「王都は今よそ者にはうるさいだろうから、近寄らない方がいいぞ」
「……ありがとうございます」
 忠告はありがたく頂いて、出されたスープを一口飲む。
 話をしているうちにそれは少し冷めてしまっていて、なんだか少し嫌だと思った。

 しんしんと降り積もる雪。
 今年もまた、雪に閉ざされる時期がきた。
「って、閉ざしてしまう訳にはいかないんだったなぁ」
 まだあまり降っていないから竹ぼうきで掃けるが、あまり積もるとこれでは足りない。
 とはいえ、来客のためには通路を確保しておかなきゃいけないわけで。
「ただでさえ山の上にあるしなぁ。っと」
 元々力のある種族だから、雪かきに人手が足りなくなるなんてことは滅多にないけど。
「どちらにせよ、早くきてもらわないと。埋まるのも時間の問題か」
 石段の両脇に積まれた雪も結構な量になった。
 自然に敵う筈もなく、雪に閉ざされるのは時間の問題。
「ガーネット、サダクビア」
 呼びかけに下の段を雪かきしていた子供達が父を見上げる。
「なんですか父様?」
「ちょっとお使い行ってくれないか?」
「お使い? 炭が足りないんですか?」
「お客様を迎えに行ってほしいんだ」
 首を傾げる子供達に、にっこり笑って男は言った。
「お前達の伯父さんと、従妹達をな」