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月の行方

【第十話 取り戻したい時間】 5.なるようにしかならない

 ぽんぽんと背中を叩かれて落ち着いたのか、ポーラがようやく顔をあげる。
 いきなり泣き出して、その理由もわからないけれど。
「落ち着いたか?」
「ん。ごめんね」
 ノクスの問いかけに、それだけ言って力なく笑うポーラ。
 彼女自身も、何でいきなり泣き出してしまったかはよく分からない。
 ただただ悲しくて仕方なくて、泣かずにいられなかった。
 握ったままだったノクスとユーラの服を離して、今度は気まずそうに笑う。
「さて……ノクス。こっちの方向に街があるっていうのは本当か?」
「あ……ああ」
 手を叩いて話を変えられ、とりあえず頷く。
「今からなら日暮れまでには着く距離……だと思う」
 目算にはあまり自信が無い方だから、最後が尻すぼみになってしまったけれど。
 そんな彼の様子に構わず、ラティオが探るように聞く。
「で、そこがウールだと?」
「距離があるから怪しいが……城が似てた。
 建物とかは国ごとに特徴あるしな。アージュのどこかって可能性が高い」
「ふん」
 返答に納得がいかなかったのか、ラティオは顎に手を当てて考え込む。
 そんな男性陣と違い、ユーラは不思議そうな顔をする。
「うーる?」
「アージュの王都よ。それで、ノクスの故郷。
 私もお世話になってたことあるけど」
「でも変じゃないか? だって昨日あたし達がいたのってツァイト国内だぞ。しかも大分レリギオ寄りの」
「そう……なのよね」
 同意して、ポーラもまた考え込む。
 一晩で走り抜けられるような距離ではない。ツァイトから出るだけでも一月はかかっていたはず。
 となれば考えられるのは。
「魔法がかけられていたと考えるのが正しいだろうな」
 面白くもなさそうにラティオが呟く。
「街門に、一箇所だけ見張りを立てていなかったのも変な話だ。
 罠にかかったに違いないな」
「なら……あの街は?」
「罠かもしれないが……行ってみなきゃ話にならん」
「まあ……そうだよな」
 肩をすくめてラティオが言い、ノクスも同意する。
「俺とポーリーは靴も無い状況でラティオは武器が無い。装備を整えなきゃな」
 武器があるだけマシと考えても、この装備で旅を続けるのは辛い。
 保存食や薬草の類だって心もとないし。
 あの街が本当にウールならば、その手のモノも手に入りやすいだろうと判断して、嫌々ながらも宣言する。
「罠だって分かってても行かなきゃな」
「むしろわざと引っかかったと思わせてやりゃあいいんだよ」
「罠にかけた事、後悔させてやろう」
「……お願いだから警戒してね?」
 血の気の多い発言をした二人に、ポーラの懇願は届いているのだろうか。
 多分、無理だな。
 不穏な発言を残し、意気揚揚と歩を進める二人を眺め、ノクスは胸中で嘆息する。
 自分がしっかりしないと。
 あの街が本当のウールかを確かめることが出来るのはきっと自分だけ。
 ……この三、四年の間に変わってるところもあるだろうけど。
 そして、彼らはようやくまた歩き始めた。

 その後すぐに魔物に見つかり、盛大な追いかけっこをするハメに陥ったりして……街に着いたのは、日が山に隠れかけたころだった。
「何とか……門が閉まる前に着けたな」
「まーな」
 門に背を預けたまま息を整える事しばし。
 そろそろ門番の視線が痛くなってきたところで大通りを歩き始める。
 多くの店が商品の片付けをし、夕餉のいい香りがどこからとも無く漂ってくる。
「城の門は……もう閉まってるよなぁ」
「それ以前にこの格好じゃ入れないだろうが」
 残念そうにいうユーラに、疲れながらもノクスは返す。
 魔物たちを相手にしたせいもあり、一行の姿は火事場から命からがら逃げてきましたと言わんばかりにひどいものになっていた。
 普通の宿じゃ、面倒ごとを嫌って泊めてくれないだろう。
 どうしたものかと考えつつ顔をあげる。
 視線の先には白い王城。見覚えのあるその姿。ここまで近くにくれば見間違う事など無い。確かにこの城はアージュの王城……なのだけど。
 幻ってこともありえるよなぁ。
 疑い出せばきりが無いけれど疑ってかかることは必要。
 なにせ、ノクスの常識とアースたちの常識は違うのだから。
 ウールによく似た場所……もしくは、ここの人たち全てが魔物かもしれない。
「取り合えず……行くか」
「どこへ?」
「伯父上の屋敷に」
 問う声に返すノクス。
 この時間帯に訪ねて行って、とりあえずまともに応対してくれそうな心当たりはそこしかないっていうのもある。
「伯父って?」
「母方のだ。
 ここで悩んでて答えが出るわけじゃなし、行ってみる価値はあると思うけどな」
 一応意見だけ出してノクスは黙る。
 他に良い案があるのならそちらに乗るつもりだったが、三人ともに口を開かない。
 そんなことをしてる間にも、太陽はゆっくりとその姿を隠していく。
 黙ったままでは仕方ない。
「じゃ、そうするか」
 決定し歩き始めたノクスに、まずポーラが並び、残る二人もゆっくりと後をついてきた。
「場所はわかるのか?」
「昔連れて行ってもらったことがある」
 とはいえ、当分会っていないからすぐに分かってもらえるかが少々不安だが。
 道を行く四人を、すれ違う人々はちらちらと様子を伺っている。
 もしかしたら襲い掛かられるかもしれない。
 緊張から不自然になる歩みをなんとか誤魔化して、一行は歩く。
 赤い太陽が、名残惜しそうに半身だけを覗かせていた。

 上流階級の邸宅地への入口で少々足止めを食らったものの、ラティオが司祭だという事と彼の達者な口のお陰で、二三質問受けた程度ですんなり入れた。小さいころの記憶を頼りに道を歩き、見覚えのある屋敷を見つけ、意を決して敷地に入る。
 貴族にしては小さな屋敷。
 それでも丁寧に世話をされているのだろう庭は、晩夏の花を咲かせている。
 飴色の扉に取り付けられた簡素なノッカーに手をかけて、ノクスは仲間に振り向く。
 言葉は発さず、問い掛ける。
 皆が軽くうなずいた事を確認して、自らも息を整える。

 そして、来訪者を告げる音が奏でられた。